嘘をつく大人
私には、お父さんやお母さんがいなかった。
気が付いたら村長がいて、村長の家で生活をしてた。
村の他の子達とはちょっと違う気はしたけど、村長と暮らす事が当たり前で、そこに違和感を持ったことなんかない。
ただ、「お前は将来、勇者としてたくさん勉強して、剣の稽古をして、強くなって、魔族を倒してみんなを守るんだぞ」って言われてた。
勇者がなんなのかよくわからなかったし、言われた通りにすることが凄いんだと思っていた。
そんな時期が私にもあった。
ある日、村長が私に一冊の本をくれた。
まだ字の勉強を始める前で、何が書いてあるのかもわからないそれを、村長は、いつもより真剣な顔で渡してきた。
「ねえそんちょー、これ、なにが書いてあるの?」
そう聞く私に、村長は軽く首を横に振った。
「お前さんの、母親の日記帳だ。中身は見ていないから知らん」
「じゃあ、そんちょーが読んで!ねえ、いいでしょ?」
私にも、お母さんがいるという事が嬉しくて、ぱぁっと顔を明るくした。
せがむ私に、村長は深いため息をついてから、私に渡したばかりの日記帳をもう一度手にすると、中を開いて、目で追う。
どんなことが書いてあるのかな?今、お母さんがどこにいるのか分かるかな?じゃあ、お父さんがどこにいるのかも分かったりするのかな?
まるで、今日の夕食はお前の好物だぞ、と言われた時みたいだ。
日記を読み進める村長の顔色が、段々と悪くなっていく。
ページを捲るスピードも、早くなっていった。
そして、最後まで行くと、ぱたんと閉じて、困った様に笑った。
「これは読めん。すまんな」
「え、なんで?お母さんのいる場所とか、お父さんのいる場所は?書いてないの?」
「それもわからん」
私に再度日記帳を手渡した村長は、それ以上、日記については何も言わなかった。
村長が読めないなら、他の大人は読めるのかなと思って、日記帳を片手に、村の大人たちに聞いて回ったけど答えはみんな同じ。
村長と同じ様に、困った様に笑って、わからないって言った。
みんな、同じ顔をしてわからないと言う。
その違和感に気が付いて、大人は私に嘘をついているんだと思った。
村長がみんなに嘘をつくように言ったのかな。
もやもやとした気持ちで、村長を、疑う様な目で見始めた。
村長だけじゃなくて、村の大人はみんな、私に嘘をつく。
本当のことを言ってくれない大人たちが嫌になって、いつもは、足を踏み入れちゃいけないと言われている森に入った。
森の中は、大人が言うほど怖くはなかった。
太陽の光りに照らされて、風が吹く度に葉っぱがキラキラと輝く。
綺麗でピカピカな石を見つけた時みたいだった。
そこから歩いて、道を曲がってみた。
あんまり奥に行くと迷子になっちゃうから。
一つの曲がり角だけなら、そこまで複雑じゃないし。
「うわぁ~…!」
目の前に広がる光景に、思わず声をあげた。
湖が真ん中にあって、太陽の光りがたくさん当たって、葉っぱよりもずっとキラキラしてる。
湖の周りで、まあるくて、触ったらぷるんとしそうな、不思議な生き物が数匹、水遊びをしている様だった。
その不思議な生き物も、太陽の光りを浴びて、キラキラしてる。
そのうちの一匹が私に気付いて、びっくりしたのか、綺麗なマルから、ゆがんだ形になる。
「あ、おどろかせてごめん!」
慌てて謝ると、まるい不思議な生き物は、元の形に戻って、飛び跳ねながら私の周りへとやってくる。
そして、きゅい~っと、鳴き声の様なものをあげた。
私の存在を不思議に思っている様だった。
「わたしね、ハイシアっていうの。ねえ、さわっても良い?」
新しい発見に心臓がどきどきしながら、不思議な生き物とより近い目線になるように、しゃがみ込む。
不思議な生き物は、もう一度、「きゅい~っ」と鳴いた。
やっぱり私を不思議に思っている様だ。
きゅい~、キュイッ、
次々と、同じように別の子たちからも声がする。
不思議に思っている声、不安そうな声、ちょっと怖がっている声。
「え?攻撃なんてしないよ!ただ、さわったら気持ちよさそうだなって思って!だめ?」
問いかける私に、目の前の不思議な生き物は、ぽよんぽよんと飛び上がり、もう一度、きゅい~っと鳴いた。
今度は、いいよと言っている様に聞こえて、私の顔が、ぱぁっと明るくなる。
どきどきしながら両手でそっと持ち上げると、ひんやりと冷たい感覚が手のひらに伝わった。
柔らかいけど弾力があって、さわっている手はさらさらのままだ。
「うわあ…はじめて…」
思わず上げた声に、周りで様子を見ていた他の子達は、次々と飛び上がる。
不安そうに鳴いていた子や怖がっていた子も、一緒に飛び跳ねて、楽しそうだった。
その日の、夜ご飯も食べ終わって一息ついたころ、私は村長に、今日あった事を話した。
森で不思議な生き物に会ったこと、鳴き声の意味がわかったこと、私の言葉を分かってくれて、お喋りみたいになった事。
「ねえ、そんちょー、あの生き物ってなに?」
あの不思議な生き物は、自分達の事をわかっていない様だった。
無邪気に聞く私とは反対に、村長の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
村の子達と一緒になっていたずらをした時に怒られる、その何倍もの赤さだ。
「あれほど森に行くなと言ったではないか!森に行った挙句、魔物と喋っただと?!何をふざけた事を言っておる!あれは魔物だぞ?!将来お前が倒すべき相手だぞ?!わかっているのか?!」
怒鳴り声と一緒に、何ならお皿まで飛んできそうな勢いだった。
あまりの大声に目を丸くして、私は固まった。
「勇者として倒すべき相手と何をそんな!友好的になったとでも言いたいのか?!そんな事あるはずがなかろう!わかったらとっとと食器を片付けんか!」
これ以上、森であったことは話をするなと言いたげに村長は立ち上がると、自分の部屋に行ってしまった。
残された私は、泣く間もなく、ただ、驚いて目を丸くし続けた。
あの子達が、私が勉強や剣術の稽古を頑張って倒さないといけない相手?
ただ飛び跳ねて、楽しそうにしてるだけなのに?
一緒に遊んだのに?
頭の中がぐるぐるとして、ぼんやりと、村長に言われた通り、食器を片付け始める。
洗い物をしている途中、だんだんと落ち着いてきたけど、自然と涙は出なかった。
大人は嘘つきだ。けど、あの子たちは私に嘘はつかない。
倒さなきゃいけないなんて、そんなの、それが勇者なら、私は勇者になんて、なりたくない。
絶対、反抗してやるんだから。
お皿を洗いながら、そんな事を、考えた。
それから数年後、勇者になるための勉強や剣術の稽古が始まった。
当然、勇者になりたくない私は、話半分で先生の音読を聞いたり、王都から派遣されている軍の一番偉い人――サイトゥルとの剣術の稽古を、受けたり受けなかったりを繰り返していた。
ある日、軍の宿舎の近くで、あまり見かけない顔を見つけた。
このヘントラスは魔族の領域に一番近い村だから、王様が、軍の中でも一番強い人たちを集めて警備しなさいと命令したんだって、村長から聞いた事がある。
だから新しい人は、王様とか、偉い人に実力が認められて、この村にやってくる。
村の大人と違って、外から来たばかりの人だったら嘘はつかないんじゃないかと思って、日記の事を聞いて見ようと思った。
だからその日、私は珍しく剣術の稽古をサボらなかった。
サイトゥルには、今までサボっていたことを怒られたし、怒鳴られた。
そんなに怒鳴る必要ないじゃんって思って食らいついてやった。
けど、もうそんな面倒なことはしないと思う。だって本当に面倒くさかった。
ただ新しい人と話したいだけなのに、どうしてこんなに頑張って話しをしようとしなくちゃいけないんだろうと思ったけど、その甲斐あって、稽古が終わった後にチャンスは巡ってきた。
宿舎に持ち込んだ、一冊の古い日記帳を抱えて、廊下を走る。
つるつると磨かれた廊下では、今日は稽古の時間じゃない、待機してる軍の人達や、仕事をしているメイドさん達が行き交っていて、その間を縫うようにして走って新しい人を探した。
暫く宿舎の中を走っていると、前の方に、その目当ての人が見えてくる。
同じ軍の人と話をしながらどこかに行くようだった。
楽しい話をしてるのか、笑ってる。
日記帳を落とさないよう胸に抱えながら、その男の人の所まで駆け寄った。
「あの!」
「ん…?え、俺?」
思ったよりもでかい声で、廊下に私の声が響く。
周りの人たちがびくっと肩を揺らして驚く中で、男の人も驚いて振り向くと、自分の事を指さした。
うん、うん、と何度も深く頷いてから、抱えていた日記帳を差し出す。
「これ、読んで!教えて!」
「え…?」
戸惑いながら、日記帳を受け取ろうと伸ばされる手に、隣にいた男の腕が伸びて、止めに入った。
「おい、やめとけ。ハイシア、前にも言ったろ?これには書いてないって」
「けど」
「そんなに読みたきゃ、自分で字を勉強しろよ。お前には先生だってついてんだろ?」
「勉強は面倒くさい…」
男の言葉に、ぶーっ、と頬を膨らませる。
魔族を倒す勇者になるための勉強なんてしたくない、勇者になりたくないなんて、兵士がいっぱいいる宿舎では、さすがに大声で言えなかった。
それに、大人が字を読めるなら、読んで、その内容を教えてくれたって良いじゃないか。
別に何も、変なことを言ってるわけじゃない、と、思う…
「あのなぁ、俺達だってそんな暇じゃねぇんだぞ?お前と違って」
「良いよ、貸して」
はんっ、と鼻をならす男とは違って、見た事がない顔の人は止められた手をもう一度伸ばして、私が持っている日記を受け取ると、ぺらぺらと開いた。
最初の数ページ、それから、途中を飛ばして、真ん中ぐらいの数ページ…
進むにつれて、その男の人の顔色が段々と悪くなっていく。
隣でいじわるを言った男が、呆れた様にため息をついて軽く頭を振った。
「ねえ…何が書いてあるの?」
「…」
「そこに、お父さんとお母さんのいる場所、書いてある?」
ちょっとした期待と、それから不安を抱きながら、日記を読んでいるお兄さんに顔を向ける。
お兄さんは何も答えないまま、日記帳を閉じて私に差し出すと、首を横に振って困った様に笑った。
「これには書いてないよ」
「…そっか、ありがとお兄さん!」
日記帳を受け取って胸に抱えて、大きく手を振ってから来た道を歩き出す。
勿論、いじわるを言った男にあっかんべをするのも忘れずに。
色んな大人にこの日記帳を見せても、みんな、「ここには書いてない」しか言わない。
それが嘘だって事、私は知ってる。
大人はみんな、嘘をつくとき、困ったように笑うんじゃないかなって思うぐらい、同じ顔をする。
そんな顔をするくらいなら、本当の事を話してよって思うのに。
その数日後、軍に新しい人が入る度に私が日記帳の事を聞きまわっていると知った村長が、教えてくれた。
お母さんはエルフ族で、私が生まれてすぐに死んだこと。お父さんは、そのもっと前に死んでいる事。
お父さんが何をしていた人だったのかは言わなかったけど、その仲間が行方不明になっている事。
村長の顔は、嘘をつく大人の、困った様に笑った顔じゃなかった。
その時だけは、私が魔物と話せると言ってからするようになった、その辺の犬とか猫を見るみたいな顔じゃなくて、どっか、遠い場所を見ている様な顔だった。
日記帳には何が書いてあるんだろう。
ますますわからなくなったけど、両親が死んでいるという事自体に、そこまでショックはなかった。
会いに来ない両親だと思っていた存在が、会いに来ないのではなく会いに来れない両親だった事に、寧ろ、安心した方が大きかった。
それと同時に、日記帳に何が書いてあるのか、やっぱり気になった。
気になったけど、私が勉強をすると、みんなして私に「魔王を倒す勇者になるんだ」と言うに決まってる。そうなることに、やっと納得してくれたと思う大人もいるかもしれない。
それが嫌で、あの、意地悪を言った兵士の言う通りには出来なかった。
湖で、魔王は人間を殺そうとしていると言ったランの顔は、今まで見てきた『嘘をつく大人』と同じ顔をしていたな、と思った。
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