第2話

  希和子きわこ陰光いんこう大学入学する。そして、ピエール・ド・アズナヴールの下へ同居することになる数年前。


 希和子はもともと、田舎いなか盆地ぼんちに暮らしていた。一人っ子で、両親からは大切に育てられたが、成長するにつ入れて母とは距離ができていた。何も意見が合わず、休みも働きづめの母とは反対に父とは付きっきりで一緒に過ごしていた。小学校入学後も両親との関係性は変わらずにいた。


「希和! ご飯よ」

「はーい。お父さん行こう!」

  しかし、小学二年生の時に父を病気で亡くした。それは、彼女にとって、距離のある母との間を埋めてくれる存在だった。


「希和! なんでいうことを聞かないの! とぼけないで!」

「うるさい! 私のことは放っておいてよ」


 ベッドの上でうずくまった。

「お父さん……、会いたいよ……」


 父の死によって、母との関係性は悪化。罵倒ばとうされる毎日に希和子は懲り懲りした彼女は、父の死後に夢で何度も出てきた大きな施設が立ち並び、ギリシャ神話のアテナなどの神々が打ちしだされたあの場所に行けば、何かを変えられると思った。予告もなしに、希和子はこれまで貯めた小遣いと口座の通帳、衣服数枚をショルダーバッグに詰め込み家を出た。


 人伝ひとづたいで聞いた話だが、突然いなくなった子をとても心配していて、数日は不眠ふみんおちったそうだ。


 電車。新幹線を乗り継いで希和子はセキュリティーの強い陰光いんこう大学が管理するマンションに乗り込み誰でもいいから中に入れてほしいと思い、ある部屋の前の廊下にて、体育座りになりながら少し仮眠をした。


「君、大丈夫?」


 男性の声に目を覚ました希和子は、一瞬で彼の性格などを理解できた。

 そして、希和子はこう言った。

「私は……、こっここに……、いたい……」

 疲れ切った希和子に彼は家に上がってもらった。目が覚めるまでは三日程かかった。


 誰かがのぞき込む気配がした。それも、この家の家主だけじゃない。

 希和子はゆっくりと目を覚ました。

「あっ! 起きた、大丈夫?」

「目を覚ましたようだな」


 初めて会った男性一人とあと初めて見る男性と女性が一人ずついた。

「まず、洗面所で用意しようか」

 助けてくれた人が言った。


 そして、用意された女性もののルームウェアに着替え、リビングに戻ってきた。

 そこにはご飯、お味噌汁、サラダ、ホッケの塩焼き。そして、みかんゼリーが置かれていた。


「どうぞ、座って。三日ぶりの食事だからしっかり食べないとね!」

 初めて見た女性が食事をするように言われたため、希和子はその通りに動いた。


 口にはしなかったものの、手を合わせ心の中でいただきますを言った。

 一番初めに手をつけたのはお味噌汁。基本的に、味の濃いものではなければ何でも食べられるので、進んで食事を進めた。


 そして、お米を一粒残さず、希和子はここに来て初めての食事を完食させた。

 希和子は再び口にはしなかったが、食事終わりの挨拶であるご馳走様でしたを言った。


「よく食べたね。美味しかった?」

 女性からの質問に希和子は、首を縦に振った。

「そう! 良かった」

「ナタリアは普段料理しないからな」

「いや、私は実家に帰ったときはする人ですから。ほら、都会のキッチンって小さいから」

「まぁな。俺も普段は食堂や飲食店で済ませるから人のことは言えないな」


 初めて見た男女で楽しく話していた。


「あの、名前を聞いていい?」

 女性からの質問に希和子は少々緊張した。

 しかし、ご飯を奢ってくれた恩人なので、一言も言わないのも問題だと申し訳なく感じた。一緒に持ってきた保険証とともに小さな声で答えた。

「うっ……う、閏間うるま…… きっ、きわ、希和子きわこ……で……す……」

閏間うるま 希和子きわこちゃん、珍しい名前だね。私はナタリア・フョードロヴナって言うの。すぐ近くの陰光大学で医学を勉強しているよ。そして、この怖い男の人が……」

「怖い男とは人聞きの悪いな。俺は、ファン 哲堯チェンヤオだ。難しいからチェヤオでいい。専門は違うが、陰光大学付属病院で医師をしている」

 希和子は自分の周りにいる人たちは、性格が様々だが医学部の優秀な人たちなんだと思った。


 そして、私を家に上がらせてくれた男性。

「あっ! 僕の名前、ってまだ紹介していなかったね。僕はピエール・ド・アズナヴール。研修医終わりたてのピカピカドクターだよ」

「それまるで……」

 ナタリアの話を遮り、希和子が口を開いた。

「……、小学1年生がいうこと……」

 三人とも希和子の声が小さいながらも、ツッコミを入れたことに少々驚いた。

「君、ほぼ初対面の人に容赦ないね。流石だ」

 ピエールは荷物を椅子に置く。

「まぁ、まだ目が覚めたばかりだが、君がここに来た理由は徐々に聞くとしよう。保険証を題してくれたことだし、緊急連絡先を通じて、親御さんに心配はかけてはいけないから連絡していい?」

 チェヤオの意見に希和子も納得し、首を縦に振り了承した。


「ねぇ、ピエール先生。冷蔵庫の中空っぽですけど、買い出ししておきましょうか?」

「あー。そうだね。そうしてくれると助かるよ」

「じゃあ、後でレシートを提出するのできちんと支払ってくださいね」

「分かってるよ」

 ナタリアは買い出しのために出かけた。

 チェヤオも仕事があるからと後にした。


 ピエールの自宅には希和子と二人だけとなった。

 年が離れているが、二人は男女でもある。しかし、決して異性として緊張している訳ではない。

「希和子ちゃん。しばらくうちにいるから、堅苦かたくるしいことはなしにして何か自分たちが気持ちよく過ごせるように、あだ名を決めないかい? 僕は、希和子ちゃんのことを希和ちゃんと言いたいな」

 急なあだ名決めという話になり、ピエールのあだ名を考えるのに少々時間がかかった。

「きゅ、急なことを……言われても、でも……、その……そのままで……ピエールと……よっ呼びます……」

「そっか、それでいいよ」


 二人は自宅の掃除や整理・整頓をし、二人の生活がしやすい環境にした。

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