第1話

 ある日の朝。


 いつもと変わらず、脳神経外科のうしんけいげか医師のピエール・ド・アズナヴールは、希和子きわこが作り置きしておいた食品をレンジで温めやフライパンでウインナーを焼いていた。ピエールは、希和子が事前に下ごしらえや調味料の調節をしているだけあって、食事作りの負担はかなり楽をしている。

 希和子が来るまでは、医師という仕事柄、栄養などには気を付けていたものの多忙たぼうなため不摂生ふせっせいな生活を送っていた。朝食は食べず、ほとんどをコンビニや昼食には食堂で済ませていた。

 なので、彼女との同居どうきょ生活を始めてからは、朝夕の食事に関して充実とした食事をできるようになった。


 最初に、同居を始めたときは全く心を開かなかった希和子だが、ピエールの料理下手を見てやむを得ず食事担当となり、それを通じて心を開くことができた。


「希和ちゃん」

「なんですか、そんな人にお金を要求するような目を送って。医者なんですから、いくら大学付属の医師でもある程度もらってるでしょ」

「お金のことじゃなくてさ~~。今日は何だと思う?」

「さぁ~、なんでしょう。学校の登校日? それとも、ピエールの出勤日? 後は、ワープロ記念日ですか?」

「自分のことなのに、分からないの?」

「朝からイライラするので、顔を近づけるのをやめてください」

「はいはい。まぁ、今日はちょっと遅くなるからってことで。あっ! でも、夕飯の用意はいいからね」

「珍しいですね。ピエールにも、添い遂げる女でも出来ましたか」

「とりあえず、今日は楽しい日になるね」


 今日は一段いちだん不振ふしんに思うピエールの姿に希和子は何かたくらんでいるのではないかと思った。が、そんなことは自分には関係ないと言い聞かせ、学校へ登校した。

 希和子は陰光大学のリベラルアーツ学群がくぐんのため、付属陰光いんこう高校の北側に位置している。ピエールの勤務している陰光大学医学部付属病院も大学の西側に位置してる。両方とも歩いて十分から十五分歩いたところに位置しているため、途中までの道のりが同じだ。


「ピエール先生!」

 後ろからピエールの名前を呼ぶ若い女性の声がした。

「おはようございます! 希和ちゃんも」

「おっ、おはよう……、ございます……」

 希和子は小さい声ながらも挨拶をした。

 彼女はナタリア・フョードロヴナ。陰光大学大学院医学系研究科・前期課程ぜんきかていの学生。ピエールとは研修で世話になった。その後も、試験などのアドバイスなどを求めて、ピエールの下へ生徒たちが後を絶たない。


「先生、論文でちょっと見てほしいところがあるので、後で見ていただけますか?」

「お昼だったらいいよ」

「ありがとうございます! それじゃあ、また後で! 希和ちゃんも、またね~」

 ナタリアは足早に大学へ向かった。


相駆あいからわず、ピエールは無自覚にモテるわ」

「え~、そんなことないよ。僕は天涯独身てんがいどくしんつらぬくから」

「それが、おんなたらしへの第一歩ね」

「まぁ、そんなこと言わずに、恋愛とか限らず、友達として付き合うっていうのはとても大事なことだよ。人見知りの傾向は仕方がないけど、もう少し人を信頼してもいいかもね」

 希和子は日常的にピエールをからかっているけれども、その言葉への反抗的な反応をできなかった。


 大学の敷地内へ入ったところで二人は各所属の場所、教室へ向かった。


 希和子は人見知りのため、友達を作りにくい。なので、学校にいるときも基本的には一人っきりでいる。

 最初の授業から次の授業まではお昼休みをまたいだ空き時間が数時間ある。一時限の授業終了後に 普段いる図書館の最も静かな個別室にて、教養科目や三年次以降に学習予定の医学に関する本を読み漁っていた。

 お昼は同じ場所で手作りのお弁当を食べた。


 図書館での学習も終わり、数分だけ外の空気を吸うために、校内を散歩した。


 スマホの通知音が鳴った。

 時間もあるので、画面を見てみると、見覚みおぼえのないメールアドレスに件名のないのメールに少々不審ふしんに思った。内容を見てみるとこう書かれていた。

(五時から指定の広場まで来て)

 下へスクロールをし、マップで詳しく場所を確認した。

 場所は医学部付属病院近くの公園だ。そこでは、飲食やバーベキューなどが楽しめる施設がある。おくぬしが誰なのかは、だんだんと理解できた。

 それは、ピエール・ド・アズナヴール。希和子の同居者。

 しかし、今朝もそうだが、一体何を目的にしているのか。お昼過ぎの今も希和子は分からない。


 次の授業も近いので、希和子は教室へ向かった。

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