第7話 せめて幸福な終焉を

隣国の滅亡をきちんと見届けてからエルフの国の城に帰ると、エルフの国がある森の周囲を光の防壁がぐるりと囲んでいた。その防壁には黒いいばらのようなものが絡みついている……ラウルがやったのだろうか?

 そんな様子を見ながら城に戻ると、ラウルも動ける程度には回復しているようで寝台に腰かけていた。


「改めて久しぶりね、ラウル」


「……すまん、ファルティ」


 そう言って顔を合わせてみると、ラウルの変貌が良く分かった。昏く、濁った死んだ魚のような目。整った顔立ちは変わらないが、疲れ切り、今にも消えてしまいそうな危うさがある。心の内を悲観と絶望と後悔で塗りつぶしたらこんな様相になれるのだろうか?


「謝る事なんてないわ。それよりも、私を、この国を助けてくれてありがとう」


 そう言って深々と頭を下げると、反応に困っている様子のラウル。私が顔を上げると、こまったな……というように頬をかいていた。

 やつれ、風貌が変わっても、そんな仕草は変わらないんだと少しだけ、安堵する。


「フフフ、存分に感謝してくださいませ。私が造り上げた魔剣アルベリクの力、語り継ぐと―――あぁ、この世界は滅びるから語り継ぐもありませんね」


 横から口をはさんできたのは魔神だった。魔剣アルベリク。それがあの剣の名前なの?……この魔神、人の心とかないのかしら?もう少しこう、手心というか……。ラウルも、腰の剣に目を落としながら何とも言えない顔をしている。


「全て聖剣と同じ性能に設定した神造剣です。女神の聖剣と違って力に振り回されているのは……フフフ、なぜでしょうね?」


 意味深にラウルを流し目でみる魔神。言う通り、あの魔剣はアルの聖剣と同じだけの威力があるものなのだろう。剣に振り回されているように見えるのは、勇者と天騎士の違いか、2人の心の在り方か、私にはわからない。でもきっと、魔神の態度を見るとロクでもない事のような気がする。


「…ハァ。話がずれちゃったけど、さっきの話の続き。私はアルが死んだことに関して、アンタを責めるつもりはないわ。アルの死は誰か一人の生じゃない。色々な人や国や組織の悪意ががんじがらめになって、結局アルを死に追い込んだんだと思う。だから、アンタを私は責めない。……お疲れ様、辛かったわねラウル」


 そう、労いの言葉をかけると、無表情なままにぽろり、と涙を零すラウル。

そのまま掌で自分の顔を覆うと、静かに、すすり泣きはじめた。大の男が泣くなんて、とは言わない。色々なものを失って、背負って、歩いてきたんだから、泣いたっていいんだ。

 魔神が嫉妬心むき出しでグギギ……悔しい、悔しいと、とても悔しそうに私をみているが、気づかないふりをする。コイツと絡むと面倒そうだし。


「この世界に未来はないよ」


 そう言いながら訥々と語り始めたラウルの言葉に、私は言葉が出なかった。

今の世界の状況、そして目覚めている者、これから目覚める者、世界を襲う災厄。本来勇者が倒すはずだったもの達が遺されたままのこの世界。


 ――――この世界は遠からず滅びる。


 隣国との戦争で、私の心も随分と消耗した。だから今ならわかる。この世界は終わるべくして終わるのだ。物語でいえば、バッドエンドのその先世界。本が閉じられる終わりまでのそのページが、今のこの世界なのだろう。私は、目を閉じて天を仰いだ。

 ……逃れられない破滅が待っているというのなら、後出来ることは、どう終わるか、というだけかしら。


 どうするか迷ったが、ラウルの話を聞いて、私は姉様が作っていたブレスレットをとってきて、ラウルに渡した。


「姉様は……死んじゃったけど、これは姉様から、アンタへ」


 そう言って姉様が編み上げたブレスレットを渡すと、驚き目を丸くした後、優しい瞳で、慈しむようにブレスレットを撫でるラウル。


「……そっか。ありがとう、こんな俺を想ってくれて。俺も君の事は、嫌いでは……いや、好きだったよ」


 それから、ラウルに乞われて姉様が埋葬された場所へと案内した。姉様の編んだブレスレットを利き腕に巻いたラウルは、姉様の墓標の前で膝をつき、肩を震わせていた。

 暫くは2人にしよう、と踵を返して歩いた先では、魔神が腕を組みながら静かに立っていた。


「何、アンタそんなところに突っ立って」


「フフフ。

 天騎士殿に愛する人がいることを知り身を引いたエルフの王女。しかし天騎士殿の最愛の人はその時既に魔王に寝取られており、文のやり取りの中で淡く想い合うようになりながらも、結局すれ違い両片思いのままかなう事のなかった天騎士殿の悲恋。天騎士殿の歩みは悲劇に満ちていますね」


 歌うように熱をもって語る、とドン引きする。

 人の姉の死に関わる事なので怒りたくもなるが、コイツは私の命の恩人でもあるので無下にも出来ないのが悔しい。

 それから暫くしてラウルは城に戻ってきたが、姉様の墓標の前で…姉様に何を語ったのか聞くのは無粋なので、聞かないでおいた。さすがに魔神もそこには触れなかった。


 それからラウルは回復するまで城に滞在することになったので、各国に斥候を飛ばしたり、私が飛び回って情報を集めたりしたが隣国との戦争に明け暮れている間に世界はより一層混沌としていた。ついでに魔神もふらりと姿を消しては世の情勢を掴んでくるが、魔神については好きにさせるようにした。多分、こいつが一番強いと思うから。


 「世界各地で、勇者パーティーがおさめ紛争や内乱、国家間の争いやほかにも権力争いなどが悉く勃発射していますね。

 あとは勇者パーティーのお仲間と言えば、大魔導士殿は帝国に鞍替えしたようです。

 一方で、戦災孤児や“ハーフ”の幼子を集めて保護していた聖女殿を異端とし、聖勇者教会が軍を率いて聖女殿の領地を侵攻していました。

 ……聖女殿は勇者殿の死の裏であった聖勇者教会の動きを掴んで告発しようとしていたようですが、先手を打たれたようですね。聖女殿の領地は陸の孤島と化しています。その侵攻に帝国が絡んでいるので、大魔導士殿も一枚かんでいるかもしれません」


 うわぁ、本当人間終わってるわ。この世界はもう駄目だ。

 あの銭ゲバゴミカスメガネはまぁ、そんな所だと思うけどあの変態聖女も難儀な事になってるわね。中立の立場でで通すのかと思ったけど腐れ教会と真っ向からやりあうなんて意外と仲間思いなのかしら?……まぁ、旅に出はじめたころのアルを相当に溺愛してたし……成長したら初老とか言って残念がっていたけど……うん、まぁ。そうね。

 しかしアルの死に絡んでそうな奴筆頭のあの守銭奴野郎、問い詰めてケジメつけさせた方がいい気がする。


「ホーント、この世界って終わってるわ。災厄だ、驚異だの前に人間の内輪で魔王を倒す前よりひどい事になってるじゃないの。今なら少しだけ、アンタの言ってることがわかる」


 溜息を零すが、ラウルも、ついでに魔神も答えなかった。

 ラウルもすっかり回復したようで、『世界を見届ける』旅の続きへ出立しようとしているのはわかっていた。


「しょうがないわねぇ。一緒に旅した仲間のよしみよ。アンタが見届けるその度に、一緒についていってあげるわ」


 そんな私の言葉に、心底驚いた顔をするラウル。


「何驚いた顔してるの?当然で書。アンタとそこの魔神だけじゃ、何をしでかすかわからないからね」


 ちなみにあの銭稼ぎ野郎は仲間とは認めていないので、除いておく。

 魔神も悪意がある存在ではないと思うが、人ではない、いや、こいつは、『この御方』は恐らく――――その正体についての検討はつきつつあるが、気づかなかったものとしておく。どうせ、言っても変わらないし。


 そんな私の言葉に、悪戯がばれた子供のような……バツの悪そうな顔をするラウル。


「ファルティ、俺は―――」


「ラウル。私、決めたら人の話を聞かないの。……知ってるでしょ?」


 何かを言わんとしたラウルの言葉を遮り、フフン、と鼻を鳴らす。


「あと、あんたが張った魔剣と天騎士の牢獄…“魔天牢”、だっけ?あれのおかげでこの国も当面安泰でしょうしね。あれを突破してくるような者がいたら、どうせ私がいても結果は変わらないし」


 父や母には、これが今生の別れになるかもしれないので既によく話をしてきてある。

 ラウルの壁がある限りエルフの国は安泰だが、あれが突破されたらどのみち滅びるしかないので私がいてもいなくても変わらないというのが最終的な決断だった。

 後悔の無いように行きなさい、と両親は送り出してくれたが、……もしかしたらこの2人といたほうが私が安全だからという親心かもしれなかった。

 そして私もまた、隣国との戦いに明け暮れて疲れ切っているのもまた、事実だった。数え切れないほどの人を殺した。そうして殺した屍の山の上にいた王族の人間たちの愚かさに、虚しさを感じた。正直うと、殺すことに、疲れてしまった。

 もう世界が亡びるのは回避できないし、遅かれ早かれ私も命を落とすだろう。

 この先死んでも、姉様と同じ場所にいけるかはわからないし、それなら生きてる間は、自分のやりたいことをしようと思ったのだ。


 「さぁ、それじゃ行き先はどこ?帝国に乗り込むの?聖勇者教会の本陣に殴り込み?それとも……あの変態聖女に逢いに行くのかしら?」


 私の声に、諦めたように苦笑し、私の先を歩き出すラウル。その後ろを魔神と並んで歩きながら追う。


 私たちが救った世界の今を見届ける事には私も少し、興味があったし……どうせアンタの事だから、見届けた先に命を絶つ、とでも考えてるんでしょう?

 わかるわよ、一緒に旅した仲間だもの。そして多分、ラウルに何を言っても決意は変わらない。

 そう言う意味では、もうラウルは死んでいるのと同じかもしれない。

 だけど、その終わりに何か救いがあるように―――良き終わりにしてやりたいと思った。一緒に旅した旅の仲間で、友人で、姉の想い人であったこの青年の命の終わりが、せめて―――安らかなものであってほしいと願いながら、その背中を見つめるのだった。

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