第6話 見届けるという事


ふらふらで今にも倒れそうなラウルを、侍女服の魔神が支えていた。


「上手くいったようですね。そんな事よりも天騎士殿を休ませて差し上げたいので寝床に案内していただけますか?」


 見た目は幼いとはいえ、エルフの国の王女、それも月皇弓を持つ“神弓”の私に対しても完全になめてかかっている。ぐぬぬ。

 しかしこの女が何かヤバいものだというのが直感で分かるし、あとラウルが今にも死にそうになっているのでここで言い合うことよりラウルを休めることを優先してラウルを月皇弓にひっかけてとんだ。

 侍女服の魔神はそこら辺を歩くかのように空中を歩いてきたが、深く考えるのは良そう。


 人間とは戦争状態ではあるが、勇者の仲間であるラウルは別として扱われた。

 この国にとって恩人なのと、私にとっての旅の仲間であり、また姉に近しいエルフは姉の想い人である事を知っていたから。

 竜をラウルが倒してくれたことを端的に説明した後、ラウルを寝台に寝かしつける際、意識を失う直前のラウルがうわ言のように呻いている言葉を聞いた。


「俺は…自分の行動の結末を見届けなければいけないんだ……終わるために」


  自分の行動の結末、か。

 ラウルがやろうとしていることについてはやはり叱責したくなることのような気もするが、そこは事情を聴いてから判断するとして、ラウルの言葉自体は私にも思う所があったので月皇弓を手に、再び飛んだ。


「わざわざ見る価値のあるものではないでしょう?」


ラウルの傍らに腰かけて、意識を喪ったラウルの髪を愛おしそうに撫でていた魔神が薄く嗤いながら話しかけてきた。


「……私にも見届ける責任があると思ったのよ」


 そんな私の言葉に、そうですか、と特に興味もなさそうに返すとまたラウルを眺めるのを再開する魔神。こいつもちょっと不気味で何が目的なのかよくわからないが、ラウルを害するつもりはないと思われるので捨て置くことにする。



 隣国まで全速力で飛ばすと、あっという間だった。国境を塞ぐ砦や要塞、関所のことごとくが破壊されていたので、無人の野を走るとの同じようなものだったから。

 おびただしい兵士や逃げようとした隣国の民の亡骸がそこかしこにちらばっているのを眼下に眺めなが隣国の王都にたどり着くと、その周囲をぐるりとホロヴォロスの残党が囲んでいた。

 周囲を囲めば逃げ場がなくなるということを知っているかのような、経験があるような、奇妙な手際の良さで軍勢が展開されている。そして、慎重に外から内へしみ込んでいくように包囲の輪を狭めるように、押しつぶすように、王都へと魔物が進行していく。防衛線を張る最前線の兵士達の血肉が舞い、逃げ遅れた人々が嬲られ、喰われ、死んでいく。断末魔のコーラスとでも言うような阿鼻叫喚の地獄の窯の様相は、思わず吐き気を催しそうなものだった。

 空を飛ぶ私の存在に気づき、手を上げ、助けを求める者達がいた。

 助けて、と。どうかお救い下さい、と。

 今の状況を導いたのは私だというのに、と何とも言えない気持ちになる。幼子を抱いた母親が、どうかこの子だけはと言いながら声の限り叫び、そしてその声に反応した魔物に母子ともどもひねりつぶされる。人は弱くて、あっけなく死ぬ。

 そしてこの虐殺は私が導いたこと。この人間たちの命を奪ったのは、魔物ではない、私。


 ―――だから目を逸らさずに、殺されつくすまでを、見届ける。


 やがて街の人間が死に絶え、残すは固く門を閉ざした王城の身となった。

 とはいえ、私からしたらあってないような防御なので、会うべき相手に会うために、ひょいと謁見の間のバルコニーに降り立ち、玉座の前へと歩いていく。


「何者だ?!」


 私の存在に気づいた兵士が槍を構えようとするが、一瞥してやると動きを止め、押し黙った。私が持つ月皇弓から、私が何者か理解したのだろう。

 隣国の王も、傍らに控える王子や王女と思われる者達と共に、突然の来訪、戦争中のエルフの国の王女である私の来訪に驚いていた。


「貴様、耳長奴隷の王族か!」


 エルフを前に、彼我の戦力差を前にそんな蔑称を平気で言うとはこの王子はバカなのだろうか?


「何をしているのです衛兵、この娘は、我が弟を惨たらしく殺した悪鬼ですわ!!捕らえた者にはその身体を好きにする許可を与えます。さぁ、捕らえてわたくしの前で弟の命を奪った報いを与えるのです!!」


 金切り声をあげている王女も、もう少し状況を冷静に理解するとか、自分の感情を押しとどめるだとか、そもそももっというべきことは他に在るだろう、とか、あまりにも残念過ぎてため息が出る。品性どこかに捨ててしまったのかな。


「ハァ……私はそこの国王に話をしに来たのよ」


 王子と王女のアホっぷりに頭が痛くなってくるが、頭痛を堪えてハゲヒゲデブのオsッサン、隣国の国王に話しかける。


「ワシに話、じゃと…そうか、ワシに逆らった愚かさと非礼を、詫びに来たという訳か!!良いぞ、そこで床に額をこすりつけて謝罪することを許す!!」


 ……うわぁ、さらに頭痛くなってきた。何でこんなのが国王なんてやってるのよ人間。


「ん?どうした、謝罪せんのか?あぁ、そうか、まずは戦の賠償などの話もせねばならぬからな。そこはエルフの森の資産や、エルフの若い娘を奴隷として供出してもらうとして……それより、この国は魔物に襲われていておちおち外交の話も出来ん、疾く外の魔物を倒して参れ」


 そう言って顎をしゃくり、私に外の魔物を倒してくるように促す国王。いやぁ、傲慢と自尊心を肥大化させるとこんなバカが出来るんだなぁ、と一周回って感動してしまう。


「勘違いしてもらっては困るわ。私は、今のこの惨状を呼んだのは私であると説明に来たのよ」


 そんな私の言葉に、言葉の意味が理解できないのか間抜けた顔をする隣国の王族たち。

衛兵たちの何人かはその意味に気づいて槍を構えている。まぁ、私には構わないし攻撃の動作を取ったら即座に頭を射て破砕するけど。


「あの魔物達は私がここに誘導したのよ。私はアンタ達が、誰の手によって殺されるのかわからないまま死ぬのは可哀想だから説明だけしに来てあげたの。その後は、私は上空から貴方たちが嬲り殺しにされ、喰われるのを“見届ける”だけ」


 そんな言葉の意味に、顔を青くする隣国の国王。へたりこみ小便を漏らす王子、金切声を上げて私を捕まえろ、殺せと叫ぶ王女、遠巻きに私を囲もうとする衛兵と、謁見の間は混沌とした空間になった。


「ま、まて!……いや、待ってください!!それは、どういう事じゃ」


 震えながらゆっくりと質問をする国王。ようやく、状況が理解できたらしい。


「私は、貴方たちの国を根絶やしにする。殺し尽す。

 丁度魔物の軍勢がいたから、ここに誘導したの。別に私一人でも皆殺しにできるけれど、こうした方が速いと思ったし、魔物の軍勢が国落としのやり方に慣れていたのは僥倖だったけど。ともかくあなたたちはここで死ぬのよ。それじゃ、私を恨んでも構わないから」


 そんな私の言葉に、状況と力の差を理解した国王は、泣き叫びながら地面に額をこすりつけて懇願した。


「どどどどど、どうか命は!ワシの命だけはたすけてくだされ!!こうして謝ってやる!!ワシは国王、その他の下々民とは違う!!他の奴らはここで死んでもいいから、どうかワシだけは助けてくれええええ!!!!」


 そんな国王の言葉に、衛兵も、王子も、王女も、唖然としている。


「ち、父上?何を仰っているのです?私は第一王子、この国の後継者ですよ?」


「黙れ小僧!子供など、ワシがいれば新しく作る事が出来る!ワシさえおればこの国は何度でも甦るのじゃ!!」


 そんな国王の言葉に、言葉を失っていたが、顔を真っ赤にした王子が腰の剣を抜いて国王に斬りかかった。


「ぐぎゃあああああああああっ!!」


 王子に斬られた国王が地面に倒れ込む。だが、痛い、痛いとのたうちまわってるあたり命に別状はない様だ。


「ころせー!このはんぎゃくしゃをころせー!」


 痛みに泣き叫びながら喚き散らす国王に、おろおろする衛兵たち。一貫して、私を殺せと叫んでいる王女はブレないが、相手をするのも面倒なので無視する。


「なんでもいいけれど、話は済んだから行くわね。それじゃ―――さようなら」


 喧騒を背に、月皇弓で飛び上がり城を後にする。改めて眼下を見下ろせば、もう魔物の軍勢は城の外壁をよじ登っていた。城門や城の下層は陥落したらしい。

 安全な高さからぼんやりと城を眺めていると、やがて魔物の軍勢が城を落としたようで、あの国王も、王子も、王女も、皆等しく、貪り食われて死んでいった。


 ……これが、見届けるという事。


 隣国が完全に滅びたのを確認したが、達成感も、満足も、感慨も特になかった。

ただ―――疲れたな、と思った。

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