第4話 殺戮と災禍の先


 私が敵の砦を崩壊させ、そこに駐屯していた第三王子含む兵士を一匹残らず皆殺しにしたことで隣国は全軍を戦線に投入してきた。こちらにとっても、私にとっては姉であり、エルフの国からしたら王女を無残に命を奪われることになったので最早和平の道などなく、後戻りのできない戦争状態へと突入した。

 あの砦の人間を根絶やしにした時点で、覚悟は出来ている。

 主人がいなくなった姉様の部屋で、大切な物入れの中に完成した手編みのブレスレットを見つけた時に、そう決めた。

 エルフは意中の相手に手編みのブレスレットを贈り想いを伝える文化がある。それが手の込んだ物である程相手への想いを表すと古くから言われているが、精美な芸術品のようなブレスレットにはその編み込み一つ一つに護りの加護が付与されていた。ラウルの安寧と無事を祈り、人知れずこれを作っていたのだろう。渡される事なく、その想いとともに仕舞い込まれたブレスレットを初めて見つけた時は、涙が止まらなかった。もしかしたら、再会した時に渡すつもりだったのだろうか?だとしたらひどいよ、こんなのあんまりだよ。女神はどうして姉様にこんな運命を強いたのよ。

 ねぇラウル、アンタ今どうしてるのよ。アンタがいないうちに、姉様が死んじゃったよ……。

 そんな姉様の踏み躙られた想いは、私を戦場へ駆り立てる強い原動力と心を燃やしている。

 いつだったか、ラウルが撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ、なんて言っていたけど今の私にはその心づもりができている。あの砦の人間の家族や恋人や縁者には私を憎んで復讐に剣をとってもいい、自由とはそう言う事だから。

 もちろん私もむざむざやられるつもりはないので、例え相手が復讐に剣をとったのであれ、老若男女問わず隣国の人間であれば躊躇なく殺した。


 それから1年程たっただろうか?長命のエルフは総じて時間をあまり気にしないからハッキリは数えてないが、今も戦争は続いている。

 かなりの敵軍を殺したが、それでも敵は次から次へと兵士を投入してくる。

 兵力差は歴然だが、こちらには私の存在があるから負け無しだった。人の手の届かない高高度から地表に向けての爆撃を繰り返すだけで、人の軍勢は容易く全滅する。

 人間たちは毎回、卑怯者、降りて来いと叫びながら私の矢を受けて力尽きていくのだけれども―――誉は砦に捨ててきた。

 私は害虫を潰すように、人間たちを虱潰しに殺し尽すだけ。


 私の単機無双だけで制圧できてしまう事にあっけなさを感じつつ、わざわざ戦争の口火を切った人間の愚かさには呆れるしかなかった。

 兵力差で負けているエルフの軍勢には、ただ防御を固めてもらえばよい。何より恐ろしいのは人質を取られる事。それさえなければ私が矢の雨を降らせるだけで事は済む。

 徐々に戦線を押し上げて、相手の本国まで攻めあがり、私の神弓のスキルと月皇弓の力を全開放してこの戦争を終わらせよう。そんな事を考えながら戦線を押し上げていた矢先、一つの凶報が知らされた。


 アルがいた国がホロヴォロスという竜に滅ぼされたのだが、そのホロヴォロスとその軍勢が今度はこのエルフの国へ向かっていると。

 今、エルフの国の北側に位置する隣国との国境に戦線がある。しかし、エルフの国の南側からホロヴォロスの軍勢は攻めてきているのでこの国は2つの軍勢に挟まれることになる。


……最悪だ。人間の軍勢の相手だけならどうという事は無いが、勇者パーティーで討伐した魔王と同格であろう存在との2局面相手に展開することは不可能だ。

 ホロヴォロスには私が当たるしかない。経験上竜種と私の弓の相性は悪いが、泣き言を言っていられる状況でもないからやるしかない。

 しかし、そうすると人間との戦線がガラ空きになってしまう。どうする、ファルティ。




「―――こちらの戦線はなんとか維持します。どうか、ご武運を」


 エルフの砦を護る将軍にがそう言葉をかけてきたので、私は小さく頷いてから飛び上がる。

 結局、ホロヴォロスには私があたるしかないので人間との戦線は兵士たちに任せることになった。防御砦まで一気に軍勢を引き、あとは閉じこもって堅守。

 私が速攻でホロヴォロスとその軍勢を押し返すかその侵攻を諦めさせて、また人間との戦線に戻るしかない。むちゃくちゃな内容だが、この国の兵士も数では負けていても弱いわけではないから、これが一番兵の損耗が少ない。

 当然、私が不在の間に人間側も勢いにのって攻め込んでくるだろうからこれは時間との勝負になる。


「あーあ、アンタが生きてたら、こんな事にはなってなかったのかなぁ」


 誰にでもなく呟きながら、私はホロヴォロスの軍勢が攻めてきている国の南へと飛翔した。

 黒い雲霞のようなホロヴォロスの軍勢が見えたので、最初から全力の掃射を放つ。

 矢の雨が地表とともに魔物の軍勢を吹き飛ばしていき、その威力に怒涛の勢いで攻めてきていた魔物の動きが鈍ったが、上空からの気配を察して回避した。

 飛来した巨大な竜が地響きと共に着地し、その振動に大地が揺れる。城塞ほどもある超巨大な竜、……これが、ホロヴォロス。

 これなら一つの国を1日で落としてしまう事も可能だろう、圧倒的な力。勇者パーティーの一人である私の力を持っても、倒せるかどうか―――そんな、禍々しい黒い竜がこちらを睥睨していた。明確に私を敵と見定め、狙っている。


「上等よ。この国に手出しはさせないわ!」


 私はそう啖呵を切りつつ、己の心を震わせて叫んだ。

 そんな私の叫びへの回答のように、ホロヴォロスの吐くブレスや、爪や牙が私を狙ってくるので月皇弓の力で高速飛行して回避しつつ、矢を撃ち返す。

 しかし哀しいかな、相性で私が不利なのは歴然だった。

 竜種の強靭な耐久性と飛び道具に強い竜の鱗は、弓での瞬間的な“点”での攻撃に対して無類の強さを誇る。竜種との戦いで有効なのは、勇者の―――アルの、聖剣だった。

 弓が武器の私にはアルの聖剣のような最強の一撃も、ラウルの防壁のような最高の盾もないが、旅の中でラウルの発明で得たとっておきがある。

 私に勝ち目があるとすれば、機先を制しての一撃にすべてをかける事だ。

 ホロヴォロスをけん制して動きを止め、拘束の鎖で大地に縫い付けてから私は上空へと飛び上がる。

 弓の弦を限界まで引き絞り、矢に持てる限りの魔力を注ぎ込んで大気中の魔力を編み込む。最早矢ではなく桜色の魔力塊のようなものが月皇弓に充填されているが、これが私の切り札。周囲の魔力も取り込んで爆発的に肥大化した魔力弾の砲撃。

 これを使う時にラウルが言えと言っていた文言は、確か――――、


「これが、私の、全力全開!―――“星の光で打ち砕く者”!!」


 ―――この技を考案したラウルが、「杖ならもっと良かったし、ファルティは金髪だし髪型から言ってそっちじゃない方だけどな」といっていた事については、今でも何を言っていたのはわからない。

 とにかくラウルのアイデアから生まれたこれは私が持つ最大の威力の一撃。

 放たれた砲撃はホロヴォロスを飲み込み、都市一つは飲み込めるほどの光の柱となり、その周囲の大地を消し飛ばして巨大なクレーターを大地に描いた。


 だが―――ホロヴォロスは健在だった。かなりのダメージは与えているが、相性不利もあって殺し切れていない。

 そして魔力を使い切り、飛び回りながら回避する私は魔力の回復よりも消耗の方が多く、動きに精彩を欠いていく。

 切り札を使い、すべて出しつくしてホロヴォロスを攻撃したものの、ホロヴォロスを倒し切るまではいかなかった。


 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した、致命的に失敗してしまった。


 ―――それでも、私は倒れるわけにはいかない。私が死んだらこの国が終わってしまう。……そんな考え事をしていたからか、一瞬の気のゆるみをホロヴォロスは見逃さなかった。大木のような尾の薙ぎ払いを回避しきれず直撃を受けた私は、そのダメージと衝撃のままに地面へ撃ち落とされ、それでも殺し切れない威力のままに地面をころがり、吹き飛ばされる。 

 受けたダメージが大きすぎるのか、すぐに立ち上がれない。勝ち誇ったホロヴォロスが後ろ足で大地を踏みしめて立ち上がり、仁王立ちしながらブレスを口内にためているのが視える。動けない、躱せない。魔力を込めて飛ぶにもまだ時間がかかりそうだ。

 みんな死ぬ。私も、父様も、母様も、この国の皆も死ぬ。嫌だ、いやだ。


「……助けて。助けてよ、アル」


 思わず口から出た言葉に驚く。あれだけ人間を殺したのに、死を前にしたら今は亡き勇者に助けを求めるなんて、私もまた無様で惨めだと自嘲してしまう。一人で全部背負おうとしてこのザマだ。

 こちらに向けてホロヴォロスのブレスが放たれ、死を覚悟したその時、誰かの背中が飛び込んできた。


「わかった。……アルじゃなくて悪いけどな」


 マントはボロくなり、白と金に輝いていた鎧は随分とくすみ痛んでいるが、その背中は良く知っていたものだ。魔王を討伐する旅の中で、いつも見ていた背中。それが、ホロヴォロスのブレスを盾で受け止めている。


「……ラウル?!」


 天騎士ラウル。私の旅の仲間であり、勇者アルの親友で相棒の青年が、そこにいた。

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