第3話 虐殺
……何がいけなかった?何を間違えた?どうして姉様が命を落とすことになったのか?
一途に想い続けた愛しい男にではなく、下劣で野蛮な奴らに穢されつくし、死を願う程の責め苦を受けなければいけなかったのか?
ひとつだけわかるのは、勇者に惹かれて人間を手にかけることを戸惑った私の甘さがこの状況の一因だという事。
もっと早くに、殺す覚悟を決めるべきだった。
だからその落とし前は私の手と、ここにいる人間たちの命でつけてやる。
まだ動ける兵士たちが集まってきて、私を取り囲んで何か言っている。なにをいってるんだろう?わからないなぁ、だって動物の……いえ、虫けらの言う事なんてわからないよね。
「ごめん、アル。私は――人間を殺すよ」
結論から言えば、砦にいた人間を殺しつくすまで時間はかからなかった。隣国の軍勢は、勇者パーティーの本気を舐めすぎたのだ。
ひとたび弓を放てば数十の矢がはなたれ、自動で目標を追尾してその心臓を射抜き、あるいは首を跳ね飛ばし、その命を奪う。目標を観る必要もなく、探知する範囲の中の人間へ必中で自動追尾して殺す。
ふと、魔王の要塞を攻めた殲滅戦の時にラウルが言っていた言葉を思い出す。アイツはときどき変な言葉遣いや物言いをするので、そういうものは印象に残っていた。こうやって敵を追い詰める時は確か―――
「小便は済ませてる?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はオーケー?」
……だったっけ。うろ覚えだけど。そう嘯きながら足取り軽く歩きながら矢を放ち続け、人を殺して、殺して、殺し尽した。
この程度の有象無象なら、弓の弦を引くまでもなく、弦楽器のように指先で弾く程度の魔力の矢で事足りたので、途中からは小鳥が囀る早朝の森を歩くのと変わらない歩き方で、ステップを踏みながら月皇弓の弦を弾いて、兵士達を造作もなく射殺した。
砦の地面は、いつしか流された人間の血で真っ赤に染まっていった。
隅々まで探知し入念に殺し尽してから最後のお楽しみに司令官を探すと、砦の隠し部屋の隅でガタガタ震えていた。馬鹿な男だ、隠し部屋なんて私の探知の前では無意味なのに。腰が抜けているのか、立ち上がる事すらできないようだ。
「ひゃ、ひゃめ、ひゃめろぉ!わた、わらしに手を出したら、きしゃま、どうなるかわかっているのか!!わらしは、りゃいしゃんおうじらぞ!!」
涙と鼻水で顔をゆがめて、剣の切っ先を突き付ける司令官。りゃいしゃんおうじ?あぁ、第三王子か。その割にはなんと無残で、惨めで、矮小な存在なんだろうか。こんなダニに姉様は辱めを受けて尊厳を奪われ、死を願うような責めを受けたのだと思うと心の底に黒いどろどろしたものが際限なく湧き上がってくる。
「……どうなるの?」
なんて事が無いように小首をかしげながら質問すると、鳩が豆鉄砲でもくらったかのように呆けた顔をする司令官。
「ねぇ、教えてよ。
あなたに手を出したらどうなるのか、教えてよ。
大好きな姉様をあんな姿にされて、この手でその命を終わらせないといけかった私に教えてよ。
……ねえ、黙ってないで教えてよ!!!!!」
月皇弓に矢はいらない。弦を引けば魔力で生成された矢が現れて、離せば目標に飛んでいく。そんな月皇弓に狙われていることを理解した司令官が剣を捨てて、地面に額をこすりつけながら懇願する。
「ヒィィィィッ、た、助けてください!どうか、命だけは!アヒィィィッ!!し、しにたくない、しにたくない!やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!うたないでくださいいい!!!」
まさか本当に部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをするなんて、と思わず笑みがこぼれる。そんな私の笑みに恐怖が限界を越えたのか、頭を下げながら私を見上げていた司令官が飛びずさり、少しでも私から距離をとろうと壁にへばりつくようにしながら泣き叫んでいる。みれば司令官の股間がじっとりとしみが広がっていた。大の大人が、小便を漏らして懇願する姿は滑稽だ。
「いいわ、撃つのはやめてあげる」
私がため息と共に弓をおろすと安堵した表情を見せる司令官だったが、代わりに指を鳴らすと魔法の荒縄が司令官の手足を縛りあげて拘束した。何勘違いしてるの?と薄笑いを浮かべる私に、ヒョッ?と困惑した様子をみせる司令官。あぁ、今のやり取りもラウルの影響受けてるわねぇ、と内心苦笑してしまった。
私はにっこり微笑みながら、腰の後ろにぶら下げていたマチェットを引き抜いた。
「そのかわりに姉様がされたことと、同じことをしてあげるわね」
司令官の顔が絶望に染まった。
「ひ、ひぃっ!いやだぁ!いやだよぉぉぉああああああっ!!!殺さないでぇぇぇぇぇ!!どうしてボクがこんなめにぃぃぃぅっ!!!あああああああっ!あーっ!!!!」
そう狂乱する司令官に、命乞いなのか絶叫なのか、これもうわかんねぇなと苦笑いするしかない。
あれだけのことをして今更命乞いが通るわけがないのにね。姉様の身体に残っていた残滓から、姉様を穢し尽くした最初の一人がお前だと私の探知ではわかっているのだから、生きて返すわけないでしょ?
この砦で生きているのはもうアンタだけ。時間も気にせずゆっくりしていってね。
―――司令官は、嬲られた姉様と同じ状態にしてから“慈悲”を与えてその場に遺してやった。
汚い悲鳴も懇願も不愉快だったし、司令官に因果応報の拷問をしても姉様は帰ってこないが、きっとやらないよりもやった方がスッキリするからこれでよかったのだと思う事にする。最後の方は壊れた人形みたいなママー、ママーと母親に助けを求めていたのは、一軍の司令官で王子なのだからもっとマシな断末魔は無かったのかとは思うが。
この第三王子に敵国の王族を嬲り殺すという事が理解できていたかはわからないが、私はそれがどんな意味を持つか、理解した上で手にかけた。
もう後戻りをするつもりは、ない。
それから探知で砦とその周辺に生存者がいないかしっかりと確認し間違いなく殺し尽くした事を確認してから、姉様の亡骸を布でくるんで抱え、国へと戻った。
生命を終えたエルフは、エルフの森の大樹の下に埋葬するのがしきたりだから。
戻った姉様の見るに堪えない姿に嘆く両親の姿をみながら、私は改めて人間への報復を胸に誓った。私だけでなく、エルフの国の皆が同じ怒りを共有している事だろう。
魔王が死んだ後でもこの神弓の力は健在だし、月皇弓もこの手あるというのに、わざわざ虎の尾を踏みにくる人間は本当に愚かだ。
この戦争は止まらない。
どちらかの国が、亡びるまで。
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