第2話 尊厳を奪われて


 勇者が、アルが死んだ。

 アルと二度と会う事はかなわないのだというその哀しみが心を塗りつぶし、私は枕を濡らす日々を送った。

 哀しんでいるのは私だけではなく、勇者アルと天騎士ラウルが神弓の私を仲間にするためにを訪れた時に起きた騒動でラウルに助けられてから、ラウルに想いを寄せ続けていた姉様もまた、アルの死を悲しみ、そしてアルが命を絶った後のラウルの事を心配していた。

 私はエルフ族としては幼く人の幼女程度しか成長していないが、姉様は大人の女性らしく、そして美しく成長していて、一挙一動に気品を感じさせる。

 そんな姉様もラウルに対しては1人の恋する乙女で、初めての恋に戸惑い悩みながら、精一杯ラウルにアプローチをかけていた。朴念仁2号のラウルは気づいてなかったようだけどね。

 私が旅に出ている間は、私の様子にかこつけて使い魔の鳥を飛ばしてラウルと文のやり取りをしていたんだよね。あとラウルを想ってブレスレットを編んでるのも知ってるよ。

 結局、ラウルに相手がいたため気持ちを伝える事なく身を引いていたが、今でもラウルを慕っているのを知っている。

 本当は今すぐにでも愛しい男の所にかけて行きたかったと思うが、抜け殻のような私を放っておけなかったのか姉様は私のそばを離れなかった。

 すっかり気落ちして人前に出てこなくなった私を心配して両親や姉、家臣たちも様子を見に来たが、何もする元気が起きないまま時間が過ぎてゆく。


 そうして暫く泣いて過ごした後、泣いて暮らしても結局何も変わらない、と私は配下に事の経緯を調べさせた。

 勇者であるアルの親友で、アルを護る役割の天騎士のラウルがいてみすみすアルを死なせるという事も不思議だったからだ。そして事の詳細を知ると顔を顰めるしかなかった。

 アルが愛した幼馴染は、私たちが旅をしている間に他の男にあっさり身体を許して番になり、その子を身籠もっていた。

 さらに王国の人間たちは掌を返しアルをありもしない疑惑と罪で責め立て、用済みになったアルはボロ雑巾のように棄てられた。

 そして……ラウルに下された王からの暗殺命令を知り、絶望の果て自刃して果てた。ラウルがそんな命令に従うような事がないのはわかるから、恐らくラウルはアルと共に反乱でも起こす心づもりはあったのではないかと思う。しかし、既にアルの心は折れてしまっていたのだろう。

 積み重なった出来事が、アルを殺したんだ。

 ラウルは今も王国に残っているがその意図も、心の中も、わからない。

 

 自分たちを救ったはずの存在を、用が済めば切り捨てる。……人間はなんて愚かなのだろうか。


 父様や母様が、人間に肩入れしすぎる私に対して困っていたのは、こういう事だったのだろう。

 人は美しく、そしてそれと同じくらい醜い生き物なのだとこの時私は知った。


 感情に押し潰されていた時間が終わり冷静になると、旅の仲間の事を考える余裕もできた。

 アルの訃報を聞いてあの色ボケ女は……悲しむんでしょうね、一応。アレな感じだけど建前上は聖女的な何かだったしあれでパーティーの中では比較的真っ当な考え方をしていたから。

 旅の中で背丈がのび顔つきが大人らしく成長したアルを、「これでは初老ですわ!!!」なんて嘆いて言ってた時はヤベーなコイツとラウルと一緒になってドン引きしたなぁ。

 あの強欲野郎は……そんな事より自分の地位と名誉と金子の事に必死そう。別にアイツは死んでもいいやつだから、どうでもいっか。

 心配なのはラウルだった。旅の最中で大切な人を奪われて心が壊れかけていたアイツは、アルを護る事とその友情を大切にしていたように思う。

 今どんな感情で居るのかと、それが心配だった。アルを死なせてしまった自責で何かおかしなことになっていないか、という不安もある。便りを飛ばそうか、もしくは直接会いに行こうかと段取りをしはじめたところで、ほどなくラウルを気にかけることができない状況に陥ってしまった。

 

 領土を隣接する人間の国がエルフの森へと侵攻してきたのだ。

このエルフの国は森の中にあるが、隣接する人間の国は、森の資源を狙われて昔から小競り合いを繰り返してきた。だが、私を仲間にするためにエルフの国を訪れた際の騒動を経て、エルフの国との相互不可侵条約を結んだのだったが―――魔王という脅威がなくなり、調停役の勇者もいなくなれば、こうして欲をむき出しにして手の平を返す。

 他にも、私がアルたちと旅を共にする中で収めてきた戦いの火種や戦乱が、またぶり返しているとも聞くと、勇者が死ねばこの有様かとバカバカしくなってしまう。

 この国をめぐる侵攻も、当初は専守防衛で追い返すために、双方の被害が出ないよう警告や威嚇射撃に留めておいたが、数の差で攻め込んでくる人間に、じりじりと戦線は後退していった。

 戦を収める落としどころを探るために私も本気を出すことができずにいたが、このままではいずれは押し切られてしまい兵にも被害が出てしまう。私個人の感情で不殺を貫けれるような状況ではなくなりつつあった。

 今はまだ、私の高高度からの爆撃で前線を死者を出さない程度に抑えて制圧できているので死者こそ出ていないが、これ以上はこちらも覚悟を決めなければいけない。

 私は、どうしてこんな事になったんだろう、と今は亡き勇者に質問を投げかけながら、弓を握りしめるしかなかった。 


 そしてある日、拡大する戦火の中で姉様が敵に捕らわれたのを知った。

 人間の軍勢から逃げているエルフを助けるために向かったその先で、人間の軍の司令官に捕まえられたようだ。姉様は私と違い治癒に特化した才能を持っていたから、傷つく民のために前線に出ていた。護衛もいた筈だが、数には勝てず姉様を攫われてしまったゆうだ。

 敵の砦に捕らわれた姉様をどうやって助け出すかについて将軍たちが議論していたが、そんなもの私一人で奇襲して助け出せばいいだけ。


 月皇弓に魔力を込めて高高度を飛行し、姉様が捕らわれている砦の上空から姉様の位置を“神弓”で探知し、そこ以外を吹き飛ばす。

 勇者パーティーとして旅の中で経験を積んだ私にとっては造作もない事で、姉様の捕らわれているエリアを崩壊させないように注意しながら砦を半壊させる。崩れた瓦礫で怪我をおっている人間もいるが、一国の王女を攫ったのだからこの際それは仕方がないと姉の元へ急いだ。死者を出さずに無力化したのだから御の字だろう。しかし……。


―――攫われた姉は、見るも無残な姿になっていた。


 一糸まとわぬ姿の身体は所々欠損し、男たちに散々に弄ばれた跡がある。

 腫れ上がった顔と潰された目でその美貌は失われ、わずかに胸が上下に動くことで生きていることがかろうじてわかる、そんな状態。尊厳を奪い尽くされて、目を覆いたくなるような姿にされていた。


「ねえ、さま……」


 そんな姉様を前にして、それだけ言うのがやっとだった。あまりにも酷いその姿に震えながら跪き、もう自ら起き上がる事の出来ない有様になっている姉の身体を抱きかかえる。

 そんな風に私に抱きかかえられた姉様が、ひとことだけ言葉を発した。


「ころして」


 ……その日、私は最愛の姉を喪った。

 そしてそれは私の心を押しとどめていた最後の一線を踏み越えさせるには、十分すぎるものだった。

 姉様に“慈悲”を捧げた後、私は吠えた。


「許さない……よくも姉様をこんな目に遭わせてくれたわね。殺してやる。殺してやるぞ人間達!!」

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