勇者が死んだこの世界で
サドガワイツキ
第1話 勇者が死んでしまった
女神のお告げを受けて“神弓”に選ばれたことで、“エルフの国の第二王女ファルティ”から、“神弓のファルティ”へと私の立場が変わっても、まぁそうなるだろうなという程度の感慨しかなかった。エルフに伝わる伝説の武器『月皇弓(げっこうきゅう)』の担い手の私は当代最高の弓の使い手だから当然といえばそうだし、私からしたら使える技が増えた程度のものでしかなかった。
お告げにあった、私を迎えに来る勇者と天騎士はどんな連中なのだろうかと思いつつ待っていたものの、いざエルフの国を訪ねてきたのはまだ少年と言ってもいいあどけない顔立ちの金の髪を持つ優し気な少年と、黒髪に茶色い瞳をしたけだるげな青年だった。
どちらも華のない地味ないでたちで、これが“勇者”と“天騎士か、と肩透かしを食らったのを覚えている。
アルベリクというのが勇者の少年で、アルベリクを護る天騎士がラウルと名乗ったので、私も“神弓のファルティ”と自己紹介をしたのを覚えている。
穏やかで朗らかで、おおよそ戦いに向いているとは思えないのと、人懐っこいその勇者の少年の第一印象は、コイツが勇者で大丈夫?というものだった。
アルベリクとは背丈も見た目の歳も近かったので私達は何かとよく行動を共にしていたが、アルベリクという長ったらしい名前を呼ぶのも面倒だったので、私はアル、と短く縮めてその名前を呼ぶようになった。
アルは、戦いに向いているは思えない、優しすぎる性格と、命が失われないようにと他人の命には必死になるのに自分の事になると抜けている子だった。
その上何事も頑張り過ぎて危なっかしいところがあって放っておけないので、旅の中でいつしか常にアルを気にかけるようになっていき、戦いの時もそうでない時も、いつも目でアルを追っていた。
誰かの笑顔が好きで、静かな時間を過ごすことを愛している子供のアルに、何故勇者という重荷を背負わせたのかという事については女神に対して文句を言ってやりたくなることが何度もあったのも懐かしい。
いっそ、長命故に他者への思いやりや関心に乏しいエルフの国の強者を勇者にすれば、それこそ事務的に勇者の仕事を遂行しただろうにと思いつつも、私はそんなアルの優しいところを好ましく思うようになった。
一年ほどの旅の中でアルはあっという間に成長していった。あどけない顔立ちの少年は精悍な顔つきになり、旅立ちの頃には同じくらいの身長だった筈が、背丈も伸びてその顔を見上げなければいけないほどの差になった。少年と青年の間にある一瞬のゆらぎのような、そんな儚さと美しさを宿す美男子に成長したと思う。
そしてその成長速度の違いは、悠久に近い時間を生きる自分と、ほんの50年程度の時間しか生きることができないアルとの違いを感じさせてどうしようもなく哀しかった。
旅の中、西日にきらきらとひかる水面の輝きをみつめながら何かを―――もしかしたら故郷に残してきた人の事を想っていたのかもしれない―――想うアルの横顔は見惚れてしまいそうなほどに美しく、私の緩慢な心臓の鼓動が少しだけ早くなるのを感じた。あれがきっと、恋に落ちた瞬間なのだろう。
魔王討伐の旅は良い事も悪い事もあったけれど、それでも―――美しいものをたくさん観た。それはエルフの森の中しか知らない私にとっては新鮮なもので、自分の価値観を変える経験ばかりだった。
そんな私の心を両親は喜ぶべきか、窘めるべきか迷っていたように思う。
魔王を倒し、王都への凱旋を終えた後、私はエルフの国へと帰る事になった。人の寿命が尽きるまで、ほんの50年くらいだしこのままアル達と一緒に暮らしていてもいいだろうと思ったけれども両親から強く窘められ、身分や立場もあると言われたら結局折れるしかなかった。
国へ帰る最後の夜、私はアルと2人で話をした。
星の綺麗な夜だった。
「ねぇ、やっぱり、幼馴染の事が好きなの?」
アルの顔を見上げながらそう言って問いかけた私の言葉に、心底驚いたような顔をするアル。そういう所だぞアルぅ!この朴念仁!
だがアルは驚きから落ちつくと、その言葉の意味に目を閉じて、それからハッキリと強い意志をこめ、私を見つめ返しながら答えた。
「うん。……ごめんね、ファルティ」
……やっぱり、ね。ふられちゃったかぁと内心ではため息をつきながらも、ここで手のひらをかえして私に靡くような子だったらきっと惹かれてはいなかっただろうから、恋というものは難しく、度し難いと苦笑したものだ。
「そ。それじゃあせいぜい、幸せになりなさいよ。アンタは世界を救ったんだから、その分だけ幸せになる権利があるんだから」
私は旅で得た、たくさんの宝石のような時間と、得難い思い出や出会いと、そしてほんの少しの失恋の痛みを得て、エルフの国へと帰った。
……今思えばなんて残酷な言葉だったんだろう。その時はまさか幼馴染が既にアルを裏切って他の男に寝取られているなんて知らなかったから。
それから少し経ったある日の事、エルフの国にその報が届いた。
――――勇者が死んだ、と。
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