第16話

「ここは……?」



 森で意識を失った後、目を覚めたら霧がかかった真っ白な世界が広がっていた。

 どれだけ遠くを見ても何もない。

 あるのは地面と思われる白い床だけ。それだけが永遠と続いている。


(そうか……僕は、死んだのか)


 そこで気づいた。

 自分はあの呪いによって死んでしまったのだと。


「………………」


 相変わらず自分の中では、ユウキやクレアの事が心配でしょうがない。


 弟分みたいなユウキは、僕が死んだ事で泣きまくってるのだろうか?


 クレアはあの魔王を無事に倒せるのだろうか?


(今更悩んでいだって意味は無い。僕はもう死んでしまった身だ)


 色んな悩みが巡っているがもう遅い。今の自分に何も出来ることはないのだから。


「多分ここは天国だよな? ……いや、もしかしたら地獄かもしれないな」


 白い空間から天国を思い浮かべたが、その考えを改める。

 どんな理由であれ何人も殺してきた自分に、この先で待ち受けているのは罰かもしれない。


「とりあえず、このまま歩けば次の場所へ繋がるのか……?」


 前世では体験したことの無い死後の世界だ。

 当然この世界は自分にもよく分からない。

 とにかく前世で見た作品にありがちな展開を見習って歩き始めるが。



「よっ! お前もここに来たのか」



 ふと後ろから声をかけられる。



「──え?」


 赤の他人の声では無い。

 だいぶ前から声は聞かなくなってしまったが、この明るそうな大人の声は今でも心に残っている。


「クレアの……父さん?」


 振り返ったらカイトの予想通り、故郷で死別してしまったクレアの父親が立っていた。





 ⭐︎⭐︎⭐︎





「それでここは一体どこなんですか?」


「ここはこの世とあの世の狭間ってやつよ」


 カイトは歩きながら、隣で一緒に歩いているクレアの父親と話をしていた。

 とにかく父親から歩こうかと提案され、自分も流されて一緒に歩いている。


「死んじまった魂はすぐにあの世へ行くわけじゃ無い。この場所でちょっと待たなきゃならないのさ」


「……閻魔様が判決を下すための時間?」


「ん、閻魔様? そいつの名前は知らんが、俺もこの時間はよう分からん」


 そう言ってガッハッハと笑う彼。

 その姿は昔から変わらないと、カイトは懐かしい記憶に笑みをこぼす。


「お、いい笑顔だ。お前さんはうちの娘と遊ぶとき、よくそんな顔をしていたな」


「まああの時はホント、クレアと両親さんと一緒にいた時間が楽しかったからなぁ……」


 クレアと一緒に外で遊んでは、たまに中で遊んでクレアの家の物を壊して一緒に怒られたりとか、懐かしい思い出が蘇っていく。


「クレアと一緒に村を走り回ったり、毎日一回は一騎討ちしたりと……クレアと出会って僕の人生は変わった。今でもはっきりと言えますよ」


「クレアが初めて家に連れてきたときは、まだ内気だったもんなぁ。それがだんだん来るにつれて明るくなって、たくましい子になったもんだ」


 クレアと出会ってカイトの人生はいい方向へ回っていたのだ。


 彼女と触れ合っていくうちによく笑うようになった。


 ただ外で泣いてるだけの時間も減って、その代わりに彼女の家で家事の手伝いをする時間も増えてきた。


「それはお父さん達のおかげでもあります。家事のこと優しく教えてくれたり、自分でできることが増える楽しさを教えてくれましたから」


「自分からお母さんの手伝いをしてたもんな。カイトと遊ぶばっかのうちの子にも、お前の爪の垢を煎じて飲ましてやりたかったぜ……」


 そう言って、昔のクレアの騒がしさを思い出した父親の顔は呆れている。


「それに嬉しかったことと言えば、お父さん達と一緒に元々住んでた家へ引き取ってもらったことですよ」


 家で虐待されていると分かったクレアは、その両親と一緒に僕の家に……もうそんなところだとは思わないが、突撃してくれたこともあった。


「当たり前だ。子供を痛めつける親がどこにいる。親ならしっかり子供を育てるもんだろ!」


「……」


 それ以降ずっとクレアの家で育ててくれた両親には、感謝してもしきれない。

 だがカイトは、両親に謝りたい事もあった。


「でもごめんなさい。あの時助けることが出来なくて……」


「あの時って、魔物達が村に襲ってきた時か?」



 その質問に頷いて返すカイト。

 


 あの時には既に自分に強い力がある事をわかっていた。

 しかし結果はクレアの両親を死なせてしまった。



 その後悔は今でも自分の心に深く刻み込まれている。



「あそこでしっかりしてれば、僕はもっと上手く──」


「お前はしっかり頑張ったよ」


 そんな後悔まみれの自分の暗い声を、力強く父親は遮った。


「え?」


「だからお前は十分頑張ったってこった。あの時やってきた魔物達の数覚えているか? ざっと数百体だぞ」

 

 それは誰が見ても分かる絶望的な数だ。

 もし数百体の魔物が一斉に襲い掛かれば、上位クラスの冒険者だって太刀打ちできない。


「むしろそれだけやって来たのに、クレアや村人達を守り切ったんだ。お前はあんなに幼かったのに十分すぎるほど頑張ったよ」


 父親は歩みを止めてカイトの肩を持った。


 そして昔憧れていた強くて優しいその目で、カイトをしっかり見て言った。


「俺達の娘を守ってくれてありがとう」

 

「……」


 いつもならこちらこそ、と返事を返していた。



 でも今は何も言えない。



 瞳から自分の後悔と共に流れ出ていくものがあるから。



「へへっ。お前のその顔も久し振りに見たな」


 何も話せなくなった自分に、父親はそれ以降何も言わなかった。ただその優しい瞳で見守るながら。






 ⭐︎⭐︎⭐︎






「すみません、見苦しいもの見せちゃって」


「いいってもんよ。たまには溜まった感情を吐き出さなきゃあ、やってられねぇ」


 それから少し時間が経って、やっと涙を流し終えたカイトは憑き物が落ちた様に笑顔になっていた。

 

「うんうん。やっぱお前はその顔の方がいいぜ!」


「ありがとうございます」


 サムズアップする父親。しかしすぐ後に表情を変えて、こちらに質問してくる。

 

「ちょいと気になったんだが。俺と話す前、暗い顔をしてたよな?」


 こちらの顔を除いてくる父親に、それに釣られて自分も一歩下がってしまう。


「ま、まあ。……クレア達の事を気にしてたんですよ」

 

「ほぉ。そりゃあ、なんで気にしてたんだ」


「気にしてたって、それはもちろん魔王との対決ですよ。自分は出来るだけの事をやってきたつもりです。でもやっぱり心配で……」


 この心の問題はさっき片付けたばかりだが、気にするとやはり心配が止まらなくなる。

 だが結局は死んでいるから戻りたくても戻れない。


「なあカイト。プレゼントされて大泣きした日は覚えているか? その後にクレアが母さんにめちゃくちゃ怒られた奴」


「ん? ……うん、覚えているよ。特に謝ってきたときのクレアの泣き顔は」


 カイトは苦笑いしながら言った。

 地味に彼女が泣くところを初めて見たから、大泣きも相まって今でも鮮明に思い出せるほど、記憶に残っている。


「その時にネックレスをプレゼントしたんだが、お前が言ってたよな『僕はクレアを最後まで守れる騎士になります!』って」


「うっ!?」


 そうニヤリ顔でいうクレアの父親。

 実は冗談だって教えられる前に、自分はそのまま勢いでさっきの言葉を言ったのだ。

 それもクレアとその両親の目の前で。


 今思い出しても恥ずかしくなる。


 しかし、


「……確かにそう言ったけど、それも今じゃあ」


 恥ずかしさも消えて今度は悲しさが襲ってきた。

 その願いはもう終わってしまったのだ。


「おっと、もうその気持ちは無くなっちまったのか?」


 そんなこちらの事情を知った事無いと、父親は突いてくる。


「そんなわけない!」


 勿論カイトはそれを否定する。


 それを成すことはできないが今でも気持ちは変わったていない。

 もし出来るならこのまま現世に戻って魔王を倒しに行くくらいにだ。


「だけど……ここは生きた世界じゃないんだ。死んだ人には何もできない」


「……ふーん。死んだ人には、か」


 手を顎に当てて困ったように父親はそう言った。


「そうだよ、死んだ人が生きてる人に出来ることなんて──」

 







「なら問題ないな」

 







 言葉が止まる。


 改めて見ると、父親はドッキリが正解したみたいにニヤリ顔へ変わっていた。


「問題ない? 一体どう言う……」


 おうむ返しをする自分の言葉を、後ろから聞こえて来た音が遮った。


 何かとカイトが振り返ってみたら、光輝く扉が見えた。


「おっと、ようやく来たみたいだな。本当に行くべき場所への扉が」


 その異変に父親はなんの驚きもなく淡々と喋る。

 そこでカイトは分かった。彼はこうなる事を知っていたんだと。


 だがそれよりさっき言った言葉が気になる。


「……行くべき場所?」


「現世だよカイト。お前はまだ死んじゃいないって事さ」


 その言葉にカイトは目を見開いた。

 そしてそれを見た父親は、決まった決まったと豪快に笑っている。


「な、それを早く言ってくださいよ!」


 さっきまでの悲しさはなんだったのか。

 ここで会ってからずっと、僕はおちょくられていたらしい。


「悪い悪い、こうなるまで時間があったからな。それで久々に会う息子にちょっとちょっかいを……な?」


「なんて性格の悪い……」


 さっきまでの感動が引っ込んでしまった。

 というよりこの性格は、久しく話すことの無かったクレアを思い出す。

 彼女のちょっといじる性格は、この人から受け継いだようだ。



「だけどよ、気持ちは楽になっただろ?」


「……まあ、そうですけど」



 大笑いしていた彼は一瞬で真剣な顔に戻る。

 それは否定しない。今の自分は今まで以上に気持ちの重みが無くなっていた。


「それに無理してここに来た甲斐もあった。お前に言えなかったお礼、できたからな」


「……体が」


 そこでカイトは気付く。父親の体が消えかけている事に。

 足の方からが光の粒子へと変わっていき、その境目は上へと昇っていた。

 見るだけでもわかる。もう体は持たないと。


「俺も、俺の母さんがお前にやり残した事。やっと出来たよ。あの世で母さんに言わなくっちゃあな。……お前もやり残した事済ませるんだぞ、最後のチャンスだからな」


 そうして彼は困り顔で頭をかいていた。

 そんな事を言いながらも、やはりまだ話し続けていたいそうだ。


 でもこの贅沢な時間は長く続かない。


「……それなら僕も、し忘れた事があるよ」


「ん?」


 だから終わってしまう前にさっさとやる。








「今まで育ててくれてありがとう。お父さん!」







 僕はめいいっぱいの笑顔でそう言った。

 



 





「……へっ。あったりまえよ、親は子供を育てるもんだからな」






 いつものたくましい笑顔でそう言ったのを最後に。


 お父さんは光と共に消え去った。




「……僕も早く行かないとな」




 この世界に用はない。後は自分の願いを叶える為に、もう一度あの場所へと戻るだけだ。



「よし!」



 そうして僕は光の扉へ飛び込んだ。

 






 ⭐︎⭐︎⭐︎







「ここは……」


 光が視界いっぱい満ちて意識が暗転し、その後僕はベットの上で目が覚めた。


 そしていつもの様に天井を見る。


「あれ?」


 だが知らない天井ではない。


 逆に知っている、知り過ぎているほどの天井だった            

 何せ幼い頃、毎回寝る時に見た風景だから。


「なんでクレアの家にいるんだ?」


 そう。昔クレア家に引きとられてから住んでいた場所だ。

 魔物が襲ってきた関係で数年の間も離れていたが、まさかこのタイミングで来るとは思っていなかった。


 そう考えている時に、扉から軽く叩く音が聞こえてきた。


「失礼します。……起きた様ですねカイト様」


「君は……」


 返事する間も無くすぐに入ってきたその女の子には見覚えがあった。


 二年前に助けた時より背が高くなっているが、その特徴的な外見は変わっていない。

 

「……メリーナ」


 青い目に青い髪。

 言葉使いが成長していた彼女は丁寧なお辞儀をしていた。






 ⭐︎⭐︎⭐︎






「よく助けたな。世間じゃ魔王扱いされてるのに」


「例え貴方が魔王だとしても、私から見れば命の恩人です」



 ここで話すのは何ですからと、メリーナの提案に乗ってカイト達は別の部屋に移動していた。

 さっきの寝室は自分が住んでいた時と変わっていなかったが、移動した部屋は違っていた。


「それにしても道具がたくさん置いてあるな……」


 戦闘専門だった自分ではよく分からないが、様々な実験道具らしきものが置いてある。

 恐らく研究室だろうか。


「回復系に……光の魔力の研究もしているのか?」


「はい」


 半分当てずっぽうで言ってみたが、予想は当たっていた様だ。

 メリーナが言うには、カイトに救われた後どうにかして自分も助ける側に回りたいと思ったらしい。

 

「私は姉さんと違って、魔力の才能はありませんでしたから」


 そうして魔力検査をしたが、結果は並以下。

 聖女として才能を認められた姉と違い、妹には魔力が無かった。

 しかし別の才能はあった。道具関係の才能が。


「別に人を助けるのは道具だって可能です。私は自分の力で癒す能力がない代わりに、物覚えが良かったので」


 そんな経緯がありながらも彼女の顔に影は無い。

 淡々とそうだと事実を受け止め、彼女は彼女なりの道を歩んでいる様だ。


「僕は森で倒れてたと思うんだけど……」


 彼女は自身の過去に思う事が無いのなら、外野の自分がとやかく言うことはない。


 すぐに気になる事を聞いた。


 自分が意識を失った時、体はボロボロで、場所も森の中だった。

 それが今では全く別の場所に変わっている。


「私はいつもの様に研究していて、そしたら強力な魔力を感知しました」


「その感知した場所へ行ったら、森の中で自分が倒れていたと」


 どうやらただの奇跡ではなく、何かしらの魔術が作用した様だ。

 その魔術が何か気になっていると、メリーナも察したのだろうか、どこからか道具を持ってきた。


「貴方を見つけた時、首元にこれが……」


「それは……」


 その持ってきたものを見てカイトは目を見開いた。

 それは自分が肌身離さずいつも持っていたものだったからだ。 


 透き通った緑色のクローバー型のネックレス。


 今は亡きクレアの両親から貰ったものだ。


(そうか。最後の最後に僕を守ってくれたんだ。お父さん。お母さん……)


 このクレア家の家宝には、特別な能力『復活魔術』があったのだろう。


 前世の記憶を明確に思い出したあの日に戦ったドラゴンと同じように、自分が呪いに殺された後にこのネックレスが自分を助けてくれたのだ。


「私が見つけた時にはもう壊れた後でしたが……」


「いや、それでいい。そのネックレスを渡してくれないか?」


「……はい。どうぞ」


 受け取ったそれを微笑みながら見る。

 

 クローバー状に埋め込まれていた宝石にはヒビが入っており、欠けている部分もある。

 魔術を発動した際にこうなってしまったのだろう。

 だが大切な形見なのは変わらない。一度大切に強く握って自分の首にかけた。


「大切なものなんですね」


「あぁ。これには僕の大切な思い出が入っているからね。両親から貰ったものだし」


「クレア様の両親ですか?」


「そうだけど」


 確かにこのネックレスは自分の両親ではなく、クレアの両親から貰ったものだ。

 しかしそれを知っているのはクレアだけだと思うのだが……


「クレア様からよく、貴方のお話を聞きました。クレア様のご両親がカイト様にネックレスをプレゼントした事、後幼い頃はここで住んでた事も」


 成程、メリーナは聖女エリーナと一緒に救われた姉妹だし、クレアとそれなりに話す機会があってもおかしくは無い。


「そうか。今の会話で思い出したけど、ここはクレアの家だよな?」


 さっきメリーナが言った、話してくれた内容を聞いて一つ思い出した事がある。

 今僕がいるクレアの家は昔住んではいたのだが、魔物達が攻めてきた運命のあの日に壊されてしまったのだ。

 

 流石に全てではないが、こんな綺麗に残ってもいなかった。


「私が買って直しました」


「そうかそうか。買ったのなら修復もでき……今なんて言った?」


「買いました」


 一瞬の沈黙が走る。

 というより脳が一時停止していたカイトは、我に帰った。


「……ええと、買ったのか? この家を?」


「この周辺です」


「…………よし、具体的に話してくれ」


 いきなりの爆弾発言を食らったカイトは、とにかく説明してもらって頭の混乱を治す事にした。

 

 




 話してもらった内容はこうだ。


 カイトに助けられた彼女はどうしても恩返しをしたかった。周りが彼を魔王だと非難しても、彼女からすればカイトは命の恩人に変わらない。

 しかし実際問題、カイトに礼をする機会があるわけがなく途方に暮れていた。


 そこで風の便りで聞いたのがこのクレアとカイトが住んでいた故郷。


 魔物に壊されてから修復はずっと手付かずだったらしい。


 それなら自分が治そうと、まずクレアに相談した様だ。

 相談を受けたクレアも故郷を直したい所だったが、今までは世界各地の魔物退治で。その時は魔王カイトを追う任務で手が外せない状態だった。


 もちろんロイ大臣が治すわけもなく、そもそも魔物達が沢山いたあの頃に、誰も住まないであろう村を治す余裕が無かったのだ。


 そこにきたメリーナの願望。


 これをチャンスと思ったクレアは彼女に護衛と修復業者にアドバイザーを寄越し、故郷の修復作業を始めたのだ。

 ついでにメリーナの希望として、クレアの力を借り土地を買って。


 魔物の問題もクレアが蹂躙して解決し、ゆっくり進みながらも着々と修復は進んでいっだ結果、今に至る。



 ただこの土地を買ったのはお礼だけが目的ではないらしい。



「王城で調べていた時に気になった情報があったんです。ここの辺りは昔、光の一族が住んでいたという……」

 

 光の一族というのは名前の通り、勇者と光の魔力に関連する一族である。

 しかしゲームでは名前だけが出てくるだけの存在で、自分もそれなりに調べてみたが何も出なかった。


 その情報を手に入れた事自体意外だと思ったが、ロイ大臣が隠していた情報から出たらしい。


(色んなところまで手回ししてるな……)


「この土地に住んでいた家の家宝ですからね。昔はすごい技術を持っていた光の一族ですし、復活魔術が宿っていてもおかしくはないでしょう」


「……そうか、メリーナは道具の研究をしてるんだもんな。道具の効果はお見通しか」


「まあ、一人で道具の研究を任されていますから」


 サラッとネックレスの能力を言い当てているが、道具の効果を見極める事自体難しい事である。

 なおさら、レアな能力を持ったこのネックレスは難しかっただろうに。


 この二年間でどれだけの努力をしてきたのだろうか。


「私がカイト様を森の中で見つけた時、傷こそありませんでしたが魔力はほとんどありませんでした。なのでずっと治療をしていました」


「そうか、看病してくれてたんだな。ありがとう」


「いえ、これぐらいの事はさせてください。私とお姉さんはカイト様に救われたので」


 復活魔術はあくまで体を死ぬ直前まで時を戻す魔術。

 呪いは一度殺された時に役目を果たして消えた様だが、魔力は使い切った後だった。

 

 折角命を取り戻しても起きる前に殺されていたかもしれない。

 それをつきっきりで見てくれたメリーナは最後のチャンスを守り通してくれた。彼女には感謝しきれない。


 そう思いながらカイトは頭を下げた。


「……それで何の礼も返せずに悪いけど、自分は今からやらなきゃいけない事がある」


 そして頭を上げてそのまま次の話へと移行する。


「……それはカイト様が偽物なのに魔王と名乗ったことに関係がありますか?」


「ああ」


 頭の回転が速い彼女にはお見通しだったらしい。

 

 それに光の一族を調べているからか、どこかクレアの事を本物の勇者と勘づいている節もある。

 

「実は──」


 彼女にはもう助けてもらっている。ここは魔王退治のために協力してもらおう。

 


 

 



 ⭐︎⭐︎⭐︎







「このままニルマへと行くのはいいが俺の事はどうする。顔のことは知られているが」


 そう言って振り返ると、入口の扉を閉めたエリーナが見えた。


「顔はローブで隠すので問題ありませんよ」

 

 説明を終えて少し経った後、メリーナとカイトはクレアの家の外に出ていた。


 メリーナは回復魔術師の戦闘服で、そしてカイトは頭にローブを被ったまま、片目に眼帯をつけている。


「だけど、聖地ニルマに入る時は顔の確認はあるだろ。それは一体どうするんだ?」


「顔に大怪我を負ったから治療させてくださいって言っておきます。私は聖女の妹ですから、聖協会でも顔を知られてますし、地味に地位も高いんです」


 確かにその理由で突撃すればすぐに治療室へ行けそうではあるが。


「それでも顔の確認をする事になったら?」

 

「その時はカイト様の力でボコボコにしてください」


「急に作戦が雑になったな」


 さらっと恐ろしい事を笑顔で言う彼女に呆れるカイト。

 しかし今はそんな事を論争する暇は無い。自分が気絶している間、それなりの時間が過ぎてしまったのだ。

 最悪着く前に魔王が復活しているかもしれない。


「時間がないから俺につかまれ」


「えっ。どうやっていくんですか」


 後ろにいるメリーナに手を招いてコチラくる様指示する。

 どうやって行くのか不思議になりながらもメリーナが近づくと、カイトはそのまま腕で彼女を抱えた。


「あ、あの。どうしてお姫様抱っこを……?」


「それが一番楽だからだよ。後喋らないほうがいい、舌を噛むぞ」


(何をするのでしょうか?)


 メリーナも今の状況を理解している為、カイトの言葉に従う。

 さっきは馬に乗って移動しようとしたが、カイトはそれ以上に早くつける手段があると言っていた。

 

 このお姫様抱っこ状態からでは、どうなるのか予測は不可能だが。


「イメージは正確に。詠唱ありで行う……よし、予想通り剣はまだ自分の手の中にある」


「……」


 目を閉じたままカイトは何かぶつぶつ言い始めた。

 その瞬間、周りの風が密かに周り始め──


「飛べ」


「……!」


 その一言で自分達は空を飛んでいた。



(!!?!???!!)



 どんなものよりも早く、真上に加速したその風魔術はメリーナを驚かせる暇さえも与えない。

 ただいきなり変わった風景に反応して、何度も周りを見るだけだ。


 真下には森の緑がいっぱいで、さっきまで居た家がその中に豆粒のようにポツンと。

 そして自分達の後ろに、鉄で出来ている何かが埋め込まれた剣が浮いていた。


(あれは一体……というより近づいてきてる?)


 その疑問の答えが出る前にカイトは次の行動に移っていた。

 カイトは体を真横にしたまま脚を後ろへ向け、そこにゆっくりと迫ってくる謎の剣。


 それ剣をスキー板のように踏んだカイトは移動に使う呪文の仕上げをした。


「機械仕掛けの風の剣よ。何よりも速く空間を切り裂け」


 

 その一言を終えた瞬間、カイトの背後から台風のような莫大で強力な風が彼らを押し出した。


 足に溜めた魔力の跳躍も相まって飛び出した速度は、音速……いや、それ以上のスピードで空を駆けていった。





 この速度なら馬で走るより何十倍も速く着く。


 体も心も全快である今の彼は今まで以上に迷いがない。



 魔王退治に向かっている今だって、カイトの心に心配はない。

 勝つことだけに集中していた。




 こうしてカイトはクレア達よりも一足早く、魔王退治に向かった。









(きゃあああ!?!? なに、これ。はやいはやいはやすぎぃぃぃい!?!?!!!??!)

 


 ただしメリーナは、魔王退治とかそれどころじゃなかった。

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