第15話





「アニキ……?」





 悪夢を見た気がする。






 ユウキが目を醒めると知らない天井が見えた。


(あれ……俺、どうしてたんだっけ?)


 自分の渾身の自爆をしたおかげでイヌティスがユウキに敗れ、その後治療を受けたのは覚えている。

 そして傷は完治し……また浮き始めた所で記憶が朦朧としていた。


(わかんねぇ。とにかくここは何処なんだ……ん?)


 自分の傷を確かめる為に体を触りながら、場所の情報を知ろうと周りを見渡すと一人のメイドと目が合った。


「「あ」」


 重なる一声。それが妙に恥ずかしかったのか両方とも沈黙してしまう。

 ちょっとした無音の時間、先に話し始めたのはこの空気に耐えられなくなったユウキだった。


「えっーと、ここって──」


「お、起きたのね!? 少しここで待っていて!」


「…………」


 質問を遮ったメイドはあわてながら、バタンと大きな音を立てて部屋を出ていく。

 自分の質問は? と思うユウキだが、答えてくれる相手が居なくなった為、微妙な気持ちになりながらも仕方が無いと割り切った。


 僅かながら大きな声を出していたメイドさんが去っていき、嵐が過ぎ去ったような静けさが戻る。


 

「ここは治療室ね」



 ことは無かった。


 よく見たら自分のベットの隣で、自分と同じくらいの女の子がさっきの質問に答えてくれた。


「お前は……」


 その女の子にユウキは覚えがある。


 白をメインにした回復術師の戦闘服を、派手にしたような物を着ていて、その穏やかな白とは反対に、真っ赤な髪の毛に真っ赤な目をした女の子。


 その無表情な顔を見ると、カイトと一緒に旅をしていたユウキには嫌でも思い出してしまう相手だ。

 


「エリーナ……」



 聖女エリーナ。



 彼女は知らないがカイトによって救われた一人である。その聖女の名前を呼ばれた彼女だが、特に反応することなく話し続ける。


「ここはロイ大臣様が使っていた部屋よ。カイトが何か怪我をするときに治療に使っていた部屋。そう、魔王と名乗る前のカイトが使われていた──」


「アニキは魔王じゃねぇ!」


 魔王という単語に強く反応するユウキに、エリーナは目を丸くして静かに驚く。

 だがその表情もすぐに消え、逆にこちらを疑うような視線を送ってきた。


(ちょっと息苦しくなりやがった……!)


 それと同時に彼女からくる圧も強くなる。


 いくら攻撃が不得意だからと言って、人類代表の一人である彼女は強い。それこそ、野原にいる普通の魔物なら気絶しそうなほどの圧を出すほどに。

 さすがは勇者のパーティーにいる聖女だとユウキは思う。


 そんな事を思っているユウキとは反対に、エリーナはさっきの言葉で気になった事を返してくる。

 

「ならなんで彼は魔王と名乗ったの? 確かに黄金の目は魔王の証と言えるけど、あくまでそういう言い伝えがあるだけ。もし彼が魔王では無いとしたら、一度くらいは否定しているはず」


 彼女の疑問は最もだとユウキは思った。だがそれは裏の事情を知らないから言えることでもある。

 過酷な旅をしてきたユウキは、圧を受けながらもそう考える余裕があった。


 少し気が押されそうだが反論しようとして──


「こらエリーナ。無意識に圧をかけてるわよ」


 メイドが出て行った扉から、甲高い声と共に鎧を着た女性が入って来た。


「あ、すみませんクレア様」


 入ってきた戦勇者に聖女は間を入れることなく、席を立って素早く謝罪する。意識が彼女の方へ行ったので解放されたユウキは軽く息を吐いた。

 だがクレアを見てユウキは真っ先に聞くべき事を思い出す。



 カイトがどうなったか。



「あんたは確か、戦勇者のクレアだよな!? なぁ、アニ、カイトはどうなったんだ!?」




「……恐らく死んだわ」




 視線を離さず彼女はそう言った。


「────」


 その返答にユウキは言葉を失う。


 しかし心のどこかで分かっていたことではあったのだ。


 自分が覚えている最後の記憶は手を伸ばすところまで。カイトがユウキの為に自分の事を犠牲にすると分かった瞬間、力一杯手を出した。

 一度は離されても、もう一度頑張って伸ばした。


 その後の所から記憶が全くない。もうユウキの体に限界がきて意識を失ったのだろう。

 そして目が覚めたときに必ず隣にいるはずの、彼が見えなかった時から、この答えなんだろうと理解していた。


「あなた、カイトと仲が良かったようね」


 そんな絶望の淵にいるユウキにクレアはそう声を掛けた。恨めしそうにクレアの顔を見ると、彼女も疲れと悲しみが混じった顔をしていた。


「……なんでそう思うんだよ?」


「そりゃあ、あんた泣いてるからよ」


 ユウキは自分のほっぺをそっと触る。そしたら確かに肌の上に水の感触があった。


(やっぱり、アニキは……)


 それを感じて自分はようやくこれが現実なんだと実感してしまう。そうなってからは涙は止まらなくなった。


 泣いて泣いて泣いて、声にもならない程に泣く。


 その姿にはさっきまで圧をかけていたエリーナも、クレアも静かに見届けるだけだった。

 この部屋に響くのは壁時計の音と、小さい男の子の泣き声だけ。




「……はぁ」


 そして数十秒経ってからユウキはため息をついて、瞳から哀しみを引っ込めて、もう一度強くクレアに目を向けた。


「もう泣くのはいいの? 感情を吐き出す時間は貴重よ、泣けるだけ泣いときなさいな」


「もう必要なだけ泣いた。それよりアンタは用事があってここに来たんだろ?」


「……何も恨み言を言わないのね、私がカイトを殺したみたいな物なのに」


「アンタはアンタの役目を果たしただけだし、もういい。……それに俺にはアニキから頼まれたことがある。恨みよりそっちの方が先だ」


 その言葉にクレアの目が一瞬開いた。

 それがトリガーになったのか、何かを覚悟するかの様にゆっくり瞼を下げて、大きくため息をつく。


「カイトは恵まれた相棒に出会えたようね……」


 そして瞳を上げた彼女の目もまた、力強い物へと変わっている。


「…………」


「分かったわ。私も過去の失敗ばかりに目を向けてばかりではいられないわね。さっきのは質問でいいのかしら? その答えははいよ。と言ってもこの前わかった所だけど」


 そう言いながら背中にかけている錆びた鞘を取り出して、ゆうきの前でその中に眠っている剣を抜き取った。

 そしてその剣をユウキ達に見せつける。

 

「あなたを助ける為の演技をして逃げた時、カイトは勇者の回復の薬とこの勇者の剣をわざと置いていった」


「その、ボロボロの剣が……?」


 しかしクレアが抜いた剣は、カイトが使っていた光り輝く剣とは似ても似つかない。そのあまりにもの違いにエリーナは声に出すほど困惑している。

 クレアが言ったこの勇者の剣はボロボロになっていて黒く澱んでいた。

 

「私の考えだけど。どういう理由か勇者の回復の薬が必要になったあなた達は、ヴァルハラ王城へ来た。けど薬は一つしかないからそれをユウキに使わせるよう差し向けて、なおかつこの剣を置いた……どう?」


 その質問にユウキは頷く。

 しかしクレアの予想は当たったがその本人は不可解な顔をしていた。

 その錆切った剣を見つめながら。


「そう、ならこの剣を置いて行った理由は分かる? 今の状態じゃあ木もろくに切れないわ」


「理由というか戻し方を知ってるけど、その前にさっきの質問、教えてくれないか?」


 クレアの質問は当然であるとユウキは思い、同時にその戻し方を知っているユウキは、いつでも行えるものだと分かっている。

 だからこそさっきから気になっていた事を聞いた。

 

「えぇ、アナタから先に質問していたわね。じゃあ先にその理由を──」


 『待ってくださいメイドさん! ここは今戦勇者様がいるんですよ!』


 大きな声がクレアの声を遮った。

 声の発生源は部屋にいる人達では無く、さっきメイドが出て行った扉から。


 『魔王と一緒にいた子供と大切な話をしているんです! それを邪魔したら──』


 『私はその戦勇者様に呼ばれたんです!』


 門番をしている男二人の困惑声に、それよりもデカく明るく話す一人の女性の声がここまで響いて来た。


「ごめんなさい。さっきの質問だけど、彼女が入ってからでもいいかしら……何やってんのよアイツ」


 怪我人がいる部屋の前で一体誰が騒いでいるのかと思っていたが、最後の女性の声を聞いた瞬間にクレアは呆れ顔になる。


 後最後は小声で言っていたが、人類の上位に位置するユウキ達には丸聞こえだった。


「……おう」


「……ありがとう」


 そのさっきとはまた違った、疲れた感じを出すクレアに、ユウキはとりあえずオッケーを出す。

 そしてクレアは扉へ向けて歩き出した。

 

 バン、と話し合っている彼らの後ろから突如開かれた扉に、外にいた三人の人達はクレアを見た。


「その通りよ、そのメイドさんは私が呼びました」

 

 ユウキは扉が開いた先に、困り顔の兵士と怒り顔のメイド服をきた女性が見えた。


「え! ほ、本当でしたか!?」


「あ、クレア様」


「何やってるのメイドさん、早く入りなさい。……警備の邪魔してごめんね」


「は、はぁ……」


 クレアはメイドさんと呼んだ女性を、強引に部屋に入れて来た。そしてクレアは扉を閉めた後、彼女の紹介をする。


「この子はメイドさんで、カイトが演技をしていたと分かったのも彼女から情報を聞いたからよ」


 そこでやっとユウキとメイドさんの目があった。


「! …………」


 メイドさんはユウキを見て驚くように目を見開いた。

 

 ユウキもこの人は知っている。城に突入した時出会ったメイドさんと呼ばれている女性だ。あの時は意識もあやふやになりかけていたが、何とか覚えている部分もある。


 しかし勇者クレアやエリーナとは違いほぼ初対面に近い。赤の他人だ。

 他二人と違って彼女の事を何も知らない。その事実が先行して自分も何て言えばいいのか、そもそも話すべきなのか分からず、口どもってしまう。

 


「あ、えぇと……」


 






「申し訳ございませんでした」


 しかし、この空気を真っ先に壊したのは彼女からだった。


「ぇ」


 メイドさんはなんの迷いもなく頭を下げる。

 扉で騒いでいたのが嘘のように、静かにしかし力強く言いながら、綺麗にそれを行なっていた。


「カイト様の助けに入ったにも関わらず、彼を止めることが出来ませんでした。カイト様を死なせてしまった責任は私にもあります、その謝罪を」

 

 彼女の声には先程までの明るさは一切ない。ただ事実を淡々と伝える口の裏に、重い悲しみを感じるだけだった。


(あぁ、段々と思い出してきた)


 突然の豹変にユウキは呆然としたが。メイドさんの裏に隠れている感情を感じ取って、その呆然も消えていく。

 さっきは何て話せばいいのか分からなかったが、突入した城での会話を思い出し始めたユウキは、彼女に伝えたかった事を話す。

 

「……いや、別にいいぜ。アニキはきっと巻き込むのを嫌がっただろうし、メイドさんもあの時に助けようとしてくれたんだろ? なんとなく覚えてるよ」


 闇の魔力の呪いで意識が生死を彷徨う中、僅かにカイトとメイドさんの、優しい会話を聞いた気がする。


「あん時にメイドさんが言ってくれたお陰で、アニキも少しは救われた部分はあると思う。結局は死んじゃったけど……ええと、ありがとう」


「…………!」


 彼女は頭を上げない。許しが出るまでずっとそのままで居るつもりらしい。

 だがそのままなのはユウキにとっても居心地が悪い。


「メイドさん、その……頭あげてくれ、そんな事より今はもっと大きな問題があるしさ。所でさっき言ってた事は」


「ええ、彼女が私に教えてくれたの。カイトが魔王になってない事を……メイドさん」


「え、えぇ」


 クレアに声をかけられてやっと頭を上げたメイドさんは話し続けた。


「カイト様には自分に脅かされてやった事にしろと頼まれていましたが普通に言ってやりました。私が薬探しのお手伝いした事」

 

 あっけからんとメイドさんは言う。

 彼女の軽い口調に流されそうになるが、それはつまり人類の敵に手助けをした事を伝えたと言うことになる。


 普通に重罪だ。死刑だって免れない。


「え」


 さっきとはまた違った意味で呆然とするユウキだが、それを見たクレアがわざと咳き込んで、メイドさんの言葉に補足する。

 

「ええともちろん。これが城を回ったら混乱を生むし、メイドさんが処刑されちゃうから、この情報を知っているのはこの部屋にいるもの達だけよ」

 

 この部屋にいる人だけとはつまり、


 自分

 いくさ勇者クレア

 メイドさん

 そして聖女エリーナの4人だ。


 外にいる番人達は? と聞くとクレアは指を鳴らした。そうするとこの部屋の壁に引っ付くように、薄い緑色の結界が現れる。


「勿論音漏れしないよう結界を張ってるわよ。ある人の見様見真似だから、あまり大声は出してほしくないけど」


 流石は人類を背負っている人物の一人。カイトと同じく、難しいと言われる無詠唱も出来るようだ。


「カイトが演技をしていた事実を、最初から全員に伝えるのは得策ではないと私は思うわ。カイトの演技がしっかり成功しちゃってて、国民の彼に対する印象は最悪だしね」


 特に印象という部分にユウキは頷く。意識を失う前に見たあの地獄の様な光景を見ると説得力しかない。


「それに私はメイドさんを信頼できるから、この情報に乗ってるけど証拠は全く無い。だからまずは世界各地で彼に助けられた人達を探すわ」


「それは──」


 いきなり出た彼に助けられた人という重大な情報に、エリーナが聞こうとするが、クレアがそれを手で止めた。


「とにかくカイトの真実を教えるのはそれからよ。……アイツなら絶対どこかで人助けしてるわ。そうでしょ、アナタも彼に助けられたんじゃない?」


「あぁ」


 勇者の問いにユウキは短く返す。それを聞いたクレアはどこか懐かしむ様な顔をして、すぐに真剣な表情に戻した。


「話がそれちゃったわね。私が知ったのはメイドさんから、城で薬探しした時のことを詳しく教えてくれたから。それがアナタの質問に対する答えよ」


 きっとその教えてくれた内容の中には、昔から変わらない彼女の話を聞いて笑ったカイトの事だって入っているだろう。

 確かに、あの会話を聞けばカイトが本当に魔王じゃ無い事はわかる。ならなおさら何で魔王の演技なんて自殺まがいな事をしたのか、それを彼女達は知りたいはずだ。

 そう思ったユウキを他所にクレアの話は続く。


「後は、本当の魔王を倒してからになるけどちゃんとカイトの汚名も返上する。その行動をするためにはどうしても仲間の力が必要だから、今この城にいる彼女にも集まってもらったの」


 そう言ってクレアはエリーナに目線を向けた。

 その目線を向けられた本人であるエリーナは何か物事を考えるためにずっと沈黙している。


「アナタに勇者の回復の薬を使ったけど、念のためにその後の診察をこの子にやってもらった。聖女である彼女なら、後遺症とかは何も心配ないはずよ」


「あ、そうだったんだ。見てくれてありがとう」


 今知った事実に、さっきのちょっとしたいざこざは無視してお礼する。ユウキはアニキからよく感謝の気持ちとお礼は忘れるなとよく言われていたものだ。

 あまり人と接する機会は無かったが、教えられた事が功を成してそうお礼ができた。


「……いえ、聖女として当然の役目を果たしただけです」


 お礼された彼女は淡々とそう言う。

 そして考え事が終わったのか、エリーナは目を開けてユウキともう一度向き合った。


「先程の勇者様の話からして、単純な話では無いのは分かりました。ですがやはり、問題が問題なだけにもっと情報が必要だと思います」


 その後エリーナは気まずそうに顔をこわばる。


「……その、都合がいいとは思うんですが。そのカイトさんの話を……聞かせてもらいませんか?」


 さっきのユウキの大泣きを見て、彼女も考えを改めようとした様だ。しかし魔王がカイトか、カイトでは無いかでは世界を巻き込むほどの問題になりかねない。

 そんな問題を感情に任せるのは良く無いと感じたのだろう。失態を犯した可能性はあるがあくまで客観的に彼女は物事を見ようとしていた。


 しかし今の流れからしてこちらに非がある可能性は高い。責任感と罪悪感がせめぎ合って彼女は気まずそうにしていた。


 だがユウキにとって今大事なのはアニキがやり残した事だ。ここでウダウダしててもしょうがない。


「分かった。アニキがどうしてそんな事をしたのか。俺が知ってる限り話すよ」




 恨みのことなんか知らんばかりに、ユウキは話を進めることにした。







 ⭐︎⭐︎⭐︎










「…………」




 話した後部屋にいる全員の反応は沈黙。



 カイトの前世の事だけは、絶対に信じられない要素だったため除外したが、それ以外は全て話した。


 だがやはりそれでも信じられないだろう。邪教に伝わる魔剣の存在や、その守護者と戦った事など普通ではあり得ない情報が多い。


「私は……カイトさんに、救われた?」


 実際、クレアに救われていたと思っていたエリーナが、実はカイトのおかげで救われたと言う事実に動揺している。

 

「確かに、あそこでの戦いはあんなに激しかった割に死人は出ていない。そこは分かる…………だけど」


 クレアに関しては、ユウキの事細かな情報と照らし合わせて納得している部分もあるが。

 だが彼女でもまだ理解できない部分がある。



「ロイ大臣様が敵だった、その事実だけは受け止められない」



 苦しそうな表情で彼女はそう言った。

 昔からの幼馴染のカイトか、昔から死んだ両親の代わりに育ててくれた(マッチポンプだが)ロイのどちらを信用すべきか悩んでいる所だろう。


 

 だがそれも想定内だ。



 予想通りの返答にユウキは予定通りに行動をしていく。やはり彼女達に納得してもらうには言葉より、実物を見てもらった方が早い。



「それも説明する。えぇーと、黒の塗料って持ってこられるか? それでやりたいことがあるんだけど」


「え、はい。私が持ってきます」


 クレアに見せる準備として、メイドさんに少し手伝ってもらう。

 すぐ後にメイドさんが塗料を持ってきて、それを自分がはめていた指輪に軽く塗った。

 そしてその指輪を手の上に置いてクレアに見せる。


「なぁ、この指輪に勇者さんは見覚えあるか?」


「えっと……?」


 その黒くなった指輪が見えた時から、クレアは何か引っかかる様に強く見つめていた。

 もやが掛かっていた記憶が目の前の黒い指輪を起点に思い出していき、ユウキが言うまでなくその違和感の正体を彼女は突き止めた。


「ロイ大臣の指輪? ……でもこんなのあったかしら?」


 思い出したと言ってもロイ大臣の幻覚は効いているみたいだ。

 闇の魔力では無い認識に関する魔術で隠されていたそれは、本来なら気付くはずのなかった事なんだが、ユウキは前世を思い出した関係で何とか認識できたみたいだ。

 アニキも運が良かったと言っていた。


「それをこうして……『ウォーター』」


 そこで魔術で作られた水をかける。塗ったばかりの塗料はそのまま水に流されて、そこで金色の元の姿になった指輪が現れた。


 

 真っ黒に染まった直後だからか、水が落ち切った直後の輝きはまるで光が戻った様で印象的である。

 


 そしてこの指輪の本当の姿を初めて……いや、長い間を得て見たクレアは驚きに染まった。

 アニキはこの事に気づいた時、何で今まで気づかなかったのだろうと思ったそうだ。彼女も冷や汗をかいている姿からして同じことを思っているだろう。


「なんで……これって、お父さんがよく着けてた指輪じゃない」


 クレアの指輪に対する目は、信じられない物を見ているようだ。


「アニキはロイの事を敵だというのは分かってた。でも気づいた時には既に遅かったんだよ」


 指輪で動揺しているクレアにユウキは畳み掛ける。


「洗脳の魔術でみんなロイの味方になっていて、そこでロイを殺しちゃえば、城のみんなが全員敵になっちゃう所だったんだ。アンタと一緒に」


 カイトはクレアのことが好きだった。だから彼女をこちら側に巻き込むという選択肢は最初からなかっただろう。


「それじゃあ、本当の魔王が復活した時に誰も止められない。だからアニキは決めたんだ。クレアを人類の味方にするために自分が敵役になろうって」


「…………そうね。アイツなら絶対そう考える」


 ユウキはベットから降りて、クレアが持っている指輪を掴む。


「首にかけてたネックレスもそう。アニキは旅をしている間、アンタと、アンタの家族との思い出は肌身離さず持ってたぜ」


 そしてその指輪を勇者の剣に嵌め込んだ。


「俺がどじったせいで、その目標は叶えられなかったけど、まだアニキの策は終わってない」


 嵌め込んだ瞬間、部屋全体が光で満ちるほどに剣は輝き出した。さっきまであった錆を綺麗に剥がれていき、その真の姿を表す。


「アンタだよ、勇者クレア」


「……私?」


 そして真の力を取り戻した勇者の剣はユウキ達の前で一人でに浮き、そして本来の主人の元へ戻っていく。


 その本来の主人、クレアは自分の手に収まった光り輝く勇者の剣をまじまじと見ていた。


「アニキは自分で成し遂げようとしてたけど、次の策も練っていたんだ。アニキが好きだったアンタを信頼して」


 ユウキは改めて勇者クレアと向き合い──


「頼む、アニキの願いを、アニキの努力を無駄にしないでくれ」


 頭を下げた。

 



「「「…………」」」




 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 短い気もするし、長かった気もする。

 ただその間ユウキはずっと頭を下げているだけだ。

 メイド、クレア、エリーナの三人は心の中でさまざまな思いが駆け巡る。


 これが本当なのか? そんな考えも僅かに巡った。


 だがクレアは……



 ──だからクレアも、困った人を助けて欲しいな。僕を助けてくれたみたいに──



「ええ、分かった」



 幼い頃、彼に言われた約束を果たすべく、目の前の彼の相棒の言葉に乗った。

 それを聞いたユウキは頭を上げ、嬉しそうな表情をしていた。


「……ありがとう」


「いいえ、こちらこそお礼をさせて。大きなミスをしてしまった私に、チャンスをくれてありがとう。……あなた達はどうするの?」


 後ろにいる彼女二人に振り返ってそう聞く。だが彼女達も今のクレアの発言で既に決心している。


「私は元からカイト様とクレア様の望むままに」


「私はまだ決定的では無いと思います。ですが、彼に救われた人達を探しに、世界中を冒険する必要があると思いますね。探していく内にカイトさんが今まで何をやってきたかもはっきりすると思いますし」


 メイドさんは当然と言わんばかりに、聖女エリーナは言葉こそまだ信頼しきっていないがその顔には笑みを浮かべていた。

 その回答にユウキは満足するが、まだまだクレアに話し続ける。


「戦勇者さんよ、アンタはまだ勇者になりきれていない」


「まだ?」


「おう、俺が見たアニキの光の力はそんなもんじゃなかった。もっと力を引き出せるはずだぜ」


 ユウキの発言には少し不可解な部分がある。どうやってその力を引き出せるのか、何の情報もない。

 だがその反面、直感的に彼女は理解していた。


「……勇者の力よ、私に力を」


 その直感の元、もう一度剣を強く握った。

 

「!」


 その瞬間、剣の中に眠る光の力がクレアの体へと通っていき、今まで勇者の剣だけが発していた光がクレアも一緒になって光だした。


(力が溢れ出してくる……それだけじゃ無い)


 変わるのは輝きだけでは無い。自分の体の根本から進化しているのを感じる。力、速さ、魔力、感覚、全ての能力が数段と上がっていくのを肌で感じていく。

 今の自分から何でもできる、そう勘違いするほど今のクレアはエネルギーに溢れていた。


「ッ……!?」


 だからこそ遥か遠くから感じる自分と同じほどの、しかし邪悪な魔力に、クレアは振り向く。

 メイドとエリーナは、急に明後日の方向を睨むクレアに疑問を抱くだろう。


 だがユウキだけは違った。


「勇者クレアさんよ、いま邪気を感じたんじゃ無いか? ならその方向に聖地ニルマがあるか?」


「え、ええ」


「……じゃあ、魔王だ」


「「「!」」」


 全員の顔がこわばる。それは当然、昔から言い伝えられた魔王というのは世界を終わらせる程の力を持つ存在として語られていたからだ。


 カイトは偽物、そしてクレアが今感じているこの恐ろしい邪気の持ち主は魔王。

 人類最強といえるクレアがさらに強くなり、しかも魔王はそれと同等の力を持っている。とても勇者じゃなければ対処できない。

 いや勇者でも勝てるか怪しいとクレアはそう思った。


(何弱気になってるのよ! カイトは死に物狂いで魔王を倒そうと頑張ってきた、相棒のユウキも同じように! なら勝つ勝てないなんかじゃない。絶対に勝つのよ!)


 負けそうになっていた心を怒りで立ち直させる。


「ねぇ、あなたの名前は?」


「ユウキだけど」


 今更ではあるが勇者クレアはこの子の名前を知らなかった。だからこそ、今この時に名前を聞く。


「ならユウキ、今から私は魔王を倒す。その為に私に力を貸してほしい。お願い」


 前置きなんていらない、要件はシンプルに。

 重すぎる因縁はまだ残っているが後回しだ。


 今は二人にとって大切な彼の為に力を合わせる。

 その思いでクレアは手を出した。


「……もちろん、サポートは任せろ!」


 今更断る理由も無いと、ユウキもいつものニヤリ顔で手を握った。

 ここから真の勇者と偽りの勇者の相棒が手を組んだ、魔王退治が始まる。






























「クレア様、失礼します!」




 はずだった。




 一人の兵士が息を切らしながら、この部屋へと入ってきた。




「何かしら、魔王が現れたの?」


「え……はい! 聖地ニルマに黄金の目を持つ者達が現れました」


「分かったわ。早速向かう」


 その情報は予想通りのものだと兵士の横をすぐさま通り過ぎ、聖地ニルマへと向かおうとする勇者クレアだったが──


「者達……?」


 そのワードを聞いて振り返る。

 今の私の顔は驚きに満ちているだろう。だがそれ以上に嬉しいという感情が爆発しているはずだ。


「はい、二人です! 一人は黄金の両目を持った男、そしてもう一人は──」


 だって目の前にいるユウキもそんな顔をしている。


 それもそうだろう。だってそれは悲報であると同時に──






「魔王カイトです!」




 

 最高の朗報でもあったんだから。

 

 



 

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