第14話


「戦勇者様がなぜここに?」

「空から落ちてきた男は誰なの? 血だらけになってるじゃない!」

「それより今魔王カイトって……」


(あぁ……本当に最悪だ)


 周りの住民がざわついている中、カイトは静かに佇んでいた。

 だが周りの声なんて今のカイトには聴こえてなんかいない。少しでも目を離せば、目の前の死神が何をするのか分からないからだ。


「…………」


 二年前より魔力も覚悟もさらに成長したクレアは、剣をこちらに向けながら静かに佇んでいる。

 剣を抜いてから動いていないが一切の隙間が無い。


 その反対にこっちは、既にぎりぎりだ。息は切れる寸前で、体がぐらぐらと揺れているように感じて、景色もも何重に見えて物がはっきりと見えない。

 だが精一杯の力を出して、なんとか立ち上がろうとする。


(……力が入らないか)


 しかし立ち上がろうとするだけで精一杯、いやこれすらも出来ない。今の自分ではクレアどころか、そこら辺にいる兵士にだって負けるだろう。


 その間クレアはこちらを警戒しているのか、何も仕掛けてこない。まさか彼女も、今の自分は一般人並みまで力が落ちているとは思ってもいないだろう。


「あんた、その怪我どうしたの。さっきの攻撃だっていつものあんたなら簡単に防げたでしょうに」


「いろいろと、こっちも事情があるんだよ」


「……それはこっちも同じよ。あんたが勝手に使ってるその体。どうにかして本来の持ち主に戻してもらうわよ。まだ諦めていないんだから」


 こちらを見る目はいつものように冷たい。だがその視線の鋭さは二年前よりも増していた。彼女も僕と戦いながら成長しているというわけだ。

 カイトの、苦しみながらの強烈な視線と彼女の冷えた視線がぶつかり合うまま、二人とも動かない。


「グフっ……!?」


「……?」


 そんな風に睨み合いが続いていくと思ったが、それよりも前に自分の体が持ちそうに無かった。

 体から突如溢れる嘔吐感から口から吐き出してしまう。胃の中からの逆流した汚物だけでなく、黒く濁ってしまった血まで混じって出ていた。


(……なんとかユウキに掛けずに済んだな、良かった)


(様子がおかしい。いつもみたいな余裕はどこにいったの?)


(こんな事している場合じゃ無い、早く転移道具を使わないと……)


 すぐにここから逃げ出したい所だが、目の前のクレアがそれを許してくれない。

 

(少しの時間だけでも良い。この手に持っている結晶を壊せる時間さえあればユウキを救えるんだ!)




 だが現実はそう甘くは無かった。




「なぁ、アイツの目……黄金の目じゃないか?」


 対峙している二人を他所に、外野の住民がカイトの目の方へに指を刺す。それが聞こえた他の住民達も、指の先にあるカイトの目を見て驚く。




「本当だ……」

「じゃあ本当にアイツは魔王で、戦勇者様はそれを退治しに来たのか?」




 それが波紋のように広がっていき、住民達の声は困惑から驚きへと変わっていった。そして変わるのは声だけではなく、彼らの視線も同じだ。


 目の前に立っている血だらけの男は魔王。

 ならその下で倒れている子供は一体誰かと。


「なあ、あいつ俺見たことがあるぞ……!」


 誰かがそう言った。

 その通り、下で転んでいる子供にも住民達には見覚えがあった。


 魔王カイトと共に行動し時には彼を助ける、人間でいながら魔物達を助ける人類の裏切り者だったと。




「あの子供、確か魔王の下について人を襲ったりするって言う……!?」

「人を殺したって噂もある!」

 



 身も蓋も無い噂を一人が叫ぶと、それに続いて別の人がまた別の噂を叫んでいく。

 それが連続して驚きの空気からカイト達を責める空気へと変貌して、ついにはカイト達にとってさらに悪い空気へと移り変わってしまう。


「ヤベェぞ! 早く殺さないとここも危ない!」


 普通なら魔王が出てきた時点で住民達は逃げただろう。

 しかし目の前の魔王は見てみると今にでも倒れそうなほど衰弱している。それにこの男が対峙しているのは人類最強の戦勇者だ。


 彼女がいれば安心だ。


 この状況から生まれた、自分達は安全だという勘違いに等しい発想が彼らを攻撃的にする。

 

 それだけでは無い。


 この住民達は二年前より昔から魔物達に苦しめられた人達だ。

 魔物のせいで農作物が取れずに食生活で苦しめられ、住んでいた家を壊され、中には大切な人を奪われた人もいる。



 自分達が優位だと思わせる空気。



 そして魔王という概念に対する憎悪が混じった結果。



 最悪の空気が生まれてしまった。

 



「戦勇者様! そいつらを殺してください!」

「そうだそうだ! その子供も殺してしまえぇ!」

「この人類の裏切り者がぁ! 天罰を受けろぉ!!!」








「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」







 


 子供を奪われた者、妻を奪われた者、親友を奪われた者達の怨念が、声となってカイト達へ襲い掛かる。

 住民達の対象は魔王カイトから、その仲間である子供まで及び、そしてその攻撃性はだんだんエスカレートして行く。

 

(あぁ……僕はともかく、ユウキまで許してくれなさそうだな……)


 暴言を吐かれているカイトは、力を失いつつあり何も言い返せない。

 

 だがチャンスは生まれていた。


「待ちなさい、その子にはまだ洗脳の疑惑があるのよ!」


 勇者クレアだ。

 そう言ったのは彼女の優しさもあるが、彼女は住民達と違って、事が起こった現場で直接目を見た人物でもある。


 住民達の新聞からしか得ていない断片的な情報より、遥かに正確な情報を持っている彼女は、カイトの手の上で踊らされている部分もあるが、今の状況をカイト達を除いて一番理解していた。


 新聞でカイト達の事を「魔王」「人類の敵」と書かれた情報しか知らない、住民のカイト達への印象と、

 実際に戦ってカイトの事を魔王と思いながらも、どこか違和感を感じていたクレアの印象のギャップが隙を作っていた。


(この状況にした奴らに、救われるなんて皮肉が効いてんな……)


 どこか他人事になったカイトも、いい加減悩むのをやめて決断している。




 どちらを救い、どちらを捨てるか。




(……ユウキ、今助けるからな)


 カイトはもう人類の事情なんか知るかと言わんばかりに、自分の事情を優先させることにした。

 

 よく考えれば今の状況は自分にとって好都合だ。


 今の自分とユウキには、力を失いサビだらけになってしまった勇者の剣と、その剣にはめる指輪がある。

 さらに目の前にはそれらの本来の持ち主である、本物の勇者クレア。

 

 そして今の自分は堕落するところまで堕落し切った魔王役だ。


 


 

 例えここで殺されてもなんの違和感もなく剣を渡せる。






(それに僕はどう転んでも後少ししか生きられないしな)






 なら後はユウキも殺そうという雰囲気をどうにか切り返して、魔王だけ殺そうという雰囲気にする問題だが……


(そんなの、二年前のアレをもう一度すればいいだけだ)


 今の自分は今までの演技が功を成して、これまでにないほどの悪役に堕ちきっている。

 それなら悪役は悪役らしく無様な退場をするのが定めだ。


 そう決断して、最後の全力を出して立ちあがろうとした。



 だが誰かに腕を掴まれる。

 


 視線を下に戻すと、ユウキは苦しみながら何かを話していた。

 もう声を出すほどの力さえ無く、発音せずにゆっくりと口を動かしただけだったが、カイトは何を言ったのか分かり切っていた。








『にげて』


 






 ゆっくりと口を動かすだけでも相当な苦労だろう。それでもカイトが今やろうとした事に気づいて、痛みに、今でも落ちそうな意識に、抗って全力で止めてきたのだ。



 自分よりアニキの方が生きてほしいと。



(…………ごめん。それでも僕はユウキの事を裏切る。僕は自分より、君の方が生きてほしい)


 しかしそれはカイトにもいえたことだ。


 自分よりユウキの方が生きてほしい、この自分より大切な人を優先する気持ちは、両者共に強く持っていた。


(…………)


 掴んできた腕を優しく振り解いて、今度こそカイトは立ち上がる。



「おい、魔王が立ち上がったぞ!?」



 それを見ていた住民の誰かがそう叫ぶ。勇者クレアと口論していた住民達も、一斉に視線をカイトの方へと移して、その立ち上がった姿に恐れ驚いた。


(よし、しっかりこっちを見ているな)


 その住民達の姿に、心の中で笑みを浮かべながら次の行動に移す。


「待ちなさい魔王カイト! 次動けはその首を切り落とします!!!」


(さぁーて……僕の人生最後の大芝居。……やってやるか!)



 そうして自分は精一杯の力で片足を上げて────



「待ちなさいって!」


(ごめん、ユウキ)











 ユウキの体を踏みつけた。










「お前のせいで……!」


「……な!?」



 弱体化しまくった今の自分の全力で、ユウキの体を何回も踏みつける。



「お前のせいでこうなったんだ!」



 魔王の演技など気にする余裕は無い。

 突然起こしたカイトの行動に、勇者クレアを含めた周りは呆然となる。



 自然と表情が悲しくなるが、それは良く無い事だ。僕は今、容赦ない最低最悪の魔王を演じなければいけない。



 今の僕は怒りいっぱいの顔にならなければ。



「親を亡くし、組織に操られた哀れなお前を……」



 呆然する周りのことをお構い無しに、僕は思いっきり踏み続ける。



 心の大切な何かが壊れていくのを感じたが、その足を緩めてはいけない。僕は無様な魔王でユウキは哀れな子供にしないと。



「操って手駒にした時から、何もかも上手くいかなかった!」



 真実も混ぜながら嘘のストーリーを語る。

 ユウキと過ごした記憶が頭を通り過ぎながらも、何度も、何度も、容赦なく踏み続ける。


 踏むたびに何かが壊れていくのを感じる。


 踏むたびに心がとても苦しくなる。


 それでも止めてはいけない。こんな事になってしまった一因は自分にもある。

 絶対にユウキを救うために、この足を止めてはいけない。






 するとユウキは、痛みつけられながらも僕に手を伸ばしてきてくれた。




 またさっきと同じように、さっきよりも遅く口を動かしている。












『にげて、アニキ』

 


「……!」



 まだこんな仕打ちにされても、ユウキは僕の事を諦めない。

 その可哀想なほどの優しさに僕は、足が止まりかける。










(ダメだ……!)










 だが差し伸べてくれた手を僕は容赦なく蹴った。


 そこにはもう、無様な魔王と哀れな子供がいるだけだった。



「お前なんかいらない!!! 死んじ───」



 そしてもう一度踏みつけようとして──




「やめろぉぉぉぉ!!!!!」


 

 

 勇者クレアがこれまでにないほどの怒りで突撃してきた。

 無心の剣を一瞬で構え、一瞬で離れた距離を縮ませて、魔王カイトに横に一閃、剣を振るおうとした。



 

 カイトはまだ魔王に乗っ取られているだけかもしれない。

 だが目の前にいる子供を死なせるわけには行かなかった。




 だから確実に仕留めるつもりで一閃放った。





 はずだった。



(え……?)



 クレアは僅かに剣を持つ手を緩めてしまう。




 

(なんでアンタ、泣いてるのよ……?)

 




 みっともない程に泣いた、カイトの顔を見て。




 疑問は生まれた。だがいくら緩んだ手とはいえ、恐ろしいスピードで放たれた剣は止まらなかった。




 緩んだ手で変わったのは、カイトに当たる位置だけ。




 両手首を切るはずだったその一閃は、僅かに下がり、転移道具を持つ両手へと変わる。

 当たった剣の攻撃の衝撃は、既に立つ力さえ失いかけてたカイトを飛ばすには簡単だった。


 そしてそのまま放たれた剣筋は転移道具を壊し、光が生まれる。





 突然現れた転移の光はカイトだけを巻き込んで、光と共にカイトは消えてしまった。






 刹那の出来事に周りは反応に遅れて静かだった。

 しかし段々と、戦勇者クレアが魔王カイトを倒したのだと住民達が理解し始めて騒ぎ始める。


「やったぞ! さすが戦勇者様だ!」

「魔王は消えた、これで世界は平和だぞ!」

「誰かあの子を治療しろ、すごい傷だそ!!」


 人類の敵を倒した事実は大勢の人々をお祭り気分にさせていた。



 

(何で……?)




 魔王を倒したはずの勇者を除いて。

 あの時見せた表情が忘れられない。自分は恐ろしい間違いをしてしまったのではないかと、心の中は後悔が広がっていた。


 このなんとも言えない気持ちは彼女を苦しませる。何でこうなっているのか自分では分からない。

 確かにカイトを乗っ取った魔王から救うことは出来なかった。でも子供の為に自分が覚悟して決めた事だ。


 それなら訳の分からない後悔は生まれないはずだ。

 一体何が──



(しまった!)



 そこまで考えてクレアはようやく気づいた。自分は元々何の為に魔王と対峙したかを。


 もしかしたら魔王と一緒に転移してしまったかもしれない。そんな最悪な事が頭をよぎるが。



「回復の薬が、ある……?」



 近くの地面に落ちていた。



 それだけでは無い、近くには勇者の剣だってある。



「……一体何よ、この感じ。本当に何なのよ……!」



 その悲鳴とも取れる叫びは住民達の明るい声にかき消される。


 本来なら喜ぶべきだろう状況だが、あまりにも都合が良い展開にクレアはただ八つ当たりするように、自分の腕を強く握るだけだった。

 



 



 あれだけ晴れやかだった天気も、今は曇っていて雨が降りそうだ。






 ⭐︎⭐︎⭐︎







(ああ、何とか、うまくいけた……)



 雨が降り始めたどこなのかも分からない森の中、カイトは地ベタを張っていた。


 さっきの演技で足は動かなくなり、手の動きを鈍くなっていた。

 どうにか頑張って進もうとするが、片腕が動かなくなり、スピードも下がる。

 目もほとんど見えなくなり、息も碌にできなくなっている。



 彼が今動けているのは、まだ残っている強い感情がそうさせているだけで、今生きているのも奇跡に近い。



(ユウキ、大丈夫かなぁ。きっと起きたら泣くだろうなぁ……)


 だがカイトはそんな状態になっても、他人の心配をし続けていた。それは自分がもう死ぬんだと理解しているから。

 ある意味クレア以上に、長い時間を過ごした彼の心情を気にする。


(本当は、もっと一緒に過ごしたかったけど……)


 意識が段々重くなる。体全体が動かなくなり心臓の音もゆっくりになっていく。雨の音も遠くなっていき、ああもう終わりかとカイトは実感した。


 心は相変わらず後悔で埋まりながら、頭は過去の思い出が次々と脳裏に映し出されていく。

 



『友達になりましょう』





 初めてクレアと出会った事を思い出した。



(……そうだ、前から言いたいことあったんだ)



 だがいつか言おうとして、時間が流れていくだけで

ついには言えなかった。


 それがカイトが思い出した、最後の後悔。






(好きだって言えばよかったな……)





 その思いを最後に、目から光が消えて心臓の音も止まって、彼は物言わぬ屍となった。








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