第13話
「なぁ……平和だなぁ」
「あぁ……平和だ」
大きな門の前であくびをしながらそんな会話をする兵士達。
街の入り口を警備する彼らの主な仕事は、犯罪者の様な危険な人間達と、魔物達の侵入を防ぐ事。
ここを突破されるとすぐ後ろには大勢の人々が住んでいる場所だ。
そんな大事な仕事を担当している人がこんな様子では、先行きが心配になるだろう。
しかしこの約二年の間、魔物がほとんど現れなくなってしまい、そんな平和な時間をずっと過ごしていれば堕落するのは人間の常だ。
二年より前だって多い訳ではなかったが、それなりの魔物がいた。
だがある人物が登場した事によって、その魔物の数は着実に減っていき、いつしか一切出てこなくなったのだ。
「こんなに平和になったのもクレア様のおかげだよなぁ。魔物達が減ったおかげで食料の収入も安定して、幸せな生活を送られる」
その者の名は勇者クレア。
約二年前から偽物に変わり光を持たない人類最強。『戦勇者』という称号を手に入れた最強の女性。
彼女は、勇者の偽物であり魔王だったカイトを追う、魔王討伐隊に入隊してから大きな活躍をする様になった。
……厳密に言えば入隊前も活躍していたのだが、その時はヴァルハラ王国内の差別意識によって表には出ていなかった。
今では認められて街で詩になるほど知られている。
魔王カイトがヴァルハラ大陸を離れた事を知ってからは討伐隊を抜け、王国の支援を受けながらいろんな国や大陸を冒険し、そこで仲間と出会いながら魔王と死闘を繰り広げたという。
「勇者様々だぜぇ……。ここは拠点周辺だから魔物もほとんど一掃してくださったし、それからは行商達も流通しやすくなって活気が出たもんだ」
そしてここはヴァルハラ王国のヴァルハラ城下町門前。
名前の通り、ここはヴァルハラ城と隣接している町だ。この門をくぐってそのまま真っ直ぐに行けば、遠くからでもよく見える巨大なヴァルハラ城へと着く。
この兵士二人はその入り口でのどかに門番をしていたのだ。話していた片方の兵士が、また眠くなったのかあくびをする。
「ふぁわ〜〜〜…………ん?」
口の前に手を出して大きく息を吐いてると、冠にビチャッと何かがついた。
すぐさま冠についた何かに、少しだけ手を触れると。
「何が落ちて……うわぁ!?」
「どうした!」
突然大声を出した。
手についたそれを見た兵士は、目を大きくして自分の手を見ていた。相方の兵士もその視線に釣られて、手の方を見ると赤い液体が付いているのが見えた。
「血だと……?」
平和になったこの辺りでは一切見る事がなくなった血。それが相方の兵士の手についていた。
それだけでも異常だが、その血は上から降って来た事がさらに助長させる。
「一体な───」
一体何が。と言い切ろうと突然、上空で大きな衝撃が生まれた。
「「!!」」
咄嗟に上を向くとヴァルハラ城を囲っている、透明な壁が割れてガラス片が撒き散らしているのが見えた。
その透明な壁の正体は、警備をしている二人なら分かる。空からやってきた魔物や魔術を弾き返すための強力な結界だ。
人類の拠点の一つと言えるこの場所を、守る壁が突破された事を理解した二人は焦り出しながら、しかし次の行動へ出ていた。
「お前、目がだいぶ良かったな!? 一体何が見えた!」
一人の兵士が目に魔力を通して、空の結界を破った正体を探っていた。
しかし様子がおかしい。この場所に攻めてきたのだから、てっきり万全な状態で来てると思ったのだが、傷だらけに見える。
しかしその疑問はすぐに吹っ飛んだ。破壊した男の目を見て。
「あれは……!」
その目を見た男は、人生で一番切羽詰まった状態になっただろう。
目の前で見せつけられた現実に、また被害を出させない為にも彼は精一杯のデカい声で後方へと伝えた。
「すぐに王城と勇者様に報告しろ! 遂に魔王カイトがやってきたぞ!!!」
彼が見た目は黄金に光っていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
「城の中に入ってきやがった!」
(どこにあるんだ、回復の薬!?)
空中の城壁を突き破ってからはそのまま、墜落する様に王城へと突っ込んでいった。
壁の破片を撒き散らしながら大胆に侵入したカイトは、ユウキを前に抱えながら城の中を走っていく。
(クソ……アイツの呪いが)
片腕は使えないままで、傷は深くなるばかりの自分は余り周りを気にしていられない。
応援を呼びにいった兵士や、騒ぎながら逃げて行くメイド達には目をくれず、自分の昔の記憶を辿りながら急ぐ。
(遠回りする余裕もない、とことん突っ込む!)
今の自分というよりユウキには、遠回りをする余裕がなかった。森の中で見た時よりもさらに息が荒くなって傷も悪化していくまま。
弱体化しているとは言え、人間を超越しているカイトは、壁を突き破りながら目的地──『ロイの研究部屋』まで一直線に走り続けていた。
壁を突き破るたびに痛みを感じるが、そんな事はどうでもいい。なんでもいいから早く着いてくれと願いながら、何度も壁を破壊した後、遂に研究部屋の前までたどり着いた。
だが、
「……カイト様」
しかし不幸な事に、その扉の前には一人のメイドが逃げ遅れていた。頭から流れて来る血が目に入って、目の前の光景が見えずらい。そのせいで誰かは分からないが、今は一刻も早くメイドの後ろにある扉を開けたかった。
「邪魔だ、どけ──!?」
そう言い切ろうとする直前、自分が壁を壊したせいで脆くなった天井が落下するのが見えた。
しかもメイドの真上から。
(ちくしょう! 目が悪すぎて気付くのが遅れた!!!)
いつもならこんな事すぐに対処できる。だが何もかも弱りきっている今のカイトは、そんな事にさえ出遅れてしまった。
「クソッ! 間に合えぇ!」
「きゃっ!」
余裕の無さから自然と出てしまう、汚い言葉を吐きながら全力で走り出す。爆発的な魔力を当てられたメイドは、その圧を当てられて怯む。
自分がメイドの所に着くタイミングと、
落下した天井がメイドに直撃するタイミングは同時。
メイドをさらって天井の下をくぐり抜ける事もできない、あまりにも短すぎる時間。
それを理解しながら突っ込んだ結果は──
「……助けてくれたのですか?」
メイドさんの代わりに、上から落ちてきた天井を背中で受け止めて、何とか潰されるのを防ぎきった。
とはいえ、今のカイトにはあまりにも重すぎるダメージだった。背中の骨は何個か折れて口からは大量の血が出てる。その表情も苦しそうだ。
しかしメイドからはどこか、ユウキとメイドが無事である事を見て少し微笑んでいる様にも見えた。
「さっさと行け……」
「………………」
自分は今魔王を演じている身だと気付く余裕もない。メイドさんからの質問を無視して、天井をどかしながら扉へと手をかける。
そしてそのまま開けると──そこに勇者の回復の薬は存在しなかった。
「なんで、勇者の回復の薬がないんだよ……?」
偶然思い出す事が出来た唯一の希望だった。これがなければ今自分の腕の中で、弱りきっているこの子を救う事ができない。
(結局、俺は偽物で……大切な人を救えないのかよ!!)
心の中は怒りと絶望で染まり、その何ともいえない激情が身体中を駆け巡る。しかし体ば呪いでボロボロだ。
感情というエネルギーはありながらも、救えないという虚しい結果に、カイトは力無く膝をつく。
(あぁ、クソクソクソクソ!)
自分が本物の勇者だったらどれだけよかった事か。本物の勇者なら劣化する事もなく、イヌティスとの戦いだってもっと上手に出来たはずだ。
いやそれ以前に、ユウキをこんな目に合う事もなかった。
怒りの後は後悔が彼の心の中を支配して行く。
今まで心の支えにしていた物がプツッと切れて、身体中の力が抜けて行く。
(ああダメだ。本当に何も出来ずに……)
ああ、このまま終わるのだとカイトは察した。そのまま力が抜ける様に目の前の光景も段々と暗くなり……
「カイト様、恐らくですが」
言葉が聞こえる。暗い海の中から僅かに響いてきたその声に、カイトの意識は少しずつ戻って行く。
「あなたが探している薬の場所を知っています」
そしてその言葉でカイトの意識は、完全に覚醒した。
「え……」
それは今自分が一番欲しがっている言葉だ。
しかし今までそんな都合がいい事が無かった彼は、それを聞いて最初に思い浮かべたのは困惑だった。
「失礼します」
誰かに肩を貸された。声が聞こえた方に顔を向けると、さっき助けたメイドが肩を貸してくれていたのだ。
それでようやく顔が良く見えるほどの距離になって、カイトはその人が誰なのかが分かった。
「君は……メイドさん」
「私の事を覚えて頂きありがとうございます。勇者カイト様」
自分が前世を思い出す原因となった、植木を落としてしまった女性だった。
⭐︎⭐︎⭐︎
「このまま真っ直ぐに行けば、左手に目的地の場所です」
「分かった。そこまで頼む」
肩を貸してもらいながら、誰もいない城の廊下を歩く。
メイドさんは自分を、自分はユウキを強い腕力で抱えてゆっくりと進んでいた。
回復薬が移動していた理由は、メイドさんの説明によるとこうらしい。
元々ロイ大臣が主軸で進めていた、勇者の回復薬の量産計画は、ロイ大臣が死亡した事で一旦白紙に戻ったようだ。
実際その薬を作るのはとても難しく、城の中でもできるはロイ大臣だけだったらしい。ロイ大臣が居なくては誰も作れないから、中止になったわけだ。
今は別の女性が、密かにその計画を引き継いだと噂されているが。あくまでそれは噂だ。
元々貴重な薬である勇者の回復の薬は、ロイ大臣が居なくなってその貴重性はさらに上がった。
その上、勇者の回復力は今までのカイトの無茶な戦い方で恐ろしい事は分かっていた。
無くなった腕も、目も治してしまう、今までの回復ポーションとはかけ離れた力がある。
ではこの勇者の回復薬は誰が使うべきなのか?
今の人類代表であるクレアには、そんなかけ離れた治癒能力は無い。しかし聖女エリーナが仲間に加わった今、その問題もほとんど解消された。
では使うべき対象は聖女エリーナが近くにおらず、なおかつ死んでしまったら人類に大打撃を与えてしまう人物にするべきだ。
そこでヴァルハラ国王が出てくる。
ヴァルハラ国は人類で最も栄えている国であり、その国を管理、安定させているのは国王の他ならない。
勿論彼一人で全てをやっているわけでは無いが、人を指示する立場である彼が亡くなれば、ヴァルハラ国という組織は混乱するだろう。
混乱=人類の滅亡の始まりと言ってもいい。
だから誰かに盗まれる事のないように、保管する場所を移した訳だ。
ならそんな機密情報を、メイドさんが知っているのは何故かと聞いてみたら。
『聖女様が仲間になる前は、この薬を使う対象にクレア様も居ました。ただ、本人が大怪我をしていたら、取りに行けないので、信用できる人に場所だけ教えていつでも取りに行けるようにしていたのです。……詳細は分かりませんけど』
話を聞けば、誰にこの情報を伝えるか会議をしていたら、クレアが彼女をご指名したらしい。
なんと、自分が城から出て行った次の日に一緒に王様に対して無茶をして仲が良くなったそうだ。
そんな会話をしながら歩き続けて、今に至る。
「王様に怒鳴ったって、アイツらしいな」
「懐かしい物です。その時も、この様に王様のところへと行きましたね」
魔王討伐隊に入る時にあった話を聞いて、やると決めたら最後までやり通すその性格は変わっていなと、親友らしい話に小さく笑みを浮かべた。
「カイト様も変わっていませんね。前と同じ様に助けて頂いて……」
その隣でメイドさんも懐かしむ様に笑みを浮かべていた。
「でも良いのか? こんな所を見られたら今度こそ首を切られかねないぞ」
「それは大丈夫ですよ。魔王がもしやってきた時、ただの兵士達では戦いにもなりませんので避難を優先する事になってます」
確かに、今まで歩いてて別の人を見かけないどころか足音も聞こえていない。
「この時に呼ばれるクレア様も、運がいい事に今はヴァルハラ城から少し離れた所にいます。ここにやってくるまで時間は掛かるでしょう」
「…………どうして、そこまでしてくれるんだ」
研究部屋で声をかけてきた時に、カイトは罠を嵌めにきたのかと考えもした。
だが彼女は嘘が得意では無かったし、今はメイドの情報だけが頼りだった。
それに、彼女の真剣な眼差しを見てその疑惑も吹き飛んだ。
だが疑問は残る。どうしても気になっていたカイトは問いかけていた。
「簡単な事です。恩返しですよ。私はあなたに救われました。でもすぐ後に城を出てしまって、恩を返す事が出来なくて後悔していました」
淡々と話すメイドさんに、カイトは黙って話を聞く。
「それから二年してようやく会えたのです。どんな事情か分かりませんが、今のカイト様は昔とは変わっていない。ならこの後悔を無くすためにも、恩返ししようと思ったんです」
「……人が良すぎないか? もし自分が危ない奴になってたらどうしたんだ」
「大丈夫ですよ。そんな怪我をしてるのに人助けを優先するお人好しに、危ない人なんていません」
「───」
そうキッパリと笑顔で言われてしまった。
この会話はさっきもした事がある。昨日の出来事なのに遠く感じる記憶が、今のメイドさんとダブった。
「あぁ、ホント僕は恵まれてるな……」
クレアにその両親。ユウキにメイドさんと沢山の人に助けられた。嫌なこともあったが、それと同時に大切で温かい思い出もある。そう耽っていたが─
「それは違うと思います」
「え」
メイドさんがまたキッパリと断ってしまった。
「私がこうしているのは、前にカイト様に救われたからです。だから今カイト様を助けているのは運ではなくて、カイト様が掴み取ったものだと思いますよ」
「………………………………」
そして力強くメイドさんはそう言い切った。カイトはその事に言葉を失う。
少しの沈黙、カイトが驚いた表情をしていると、メイドさんは何かに気づき、だんだん顔を青くなっていく。
「す、すみません! 私カイト様のこと何も知らないのに、こんなこと言ってしまって! ああ、また私失敗しちゃった!!」
自分が今どんな事をしたのか理解したのだろう。カイトを他所にあたふたし始めたが。
「いや、ありがとう」
「……え、あ、はい」
今度はカイトが優しい顔でそう言った。
『あなたは運に恵まれただけの男ではない』
沢山のミスはしてきたが
『その行動に間違いはないのだと、あなたの手で掴み取った未来なんだ』とメイドさんは言ってくれた。
今までの行動は無駄じゃなかったんだと励ましてくれた気がした。
「メイドさんのお陰で、気持ちがだいぶ楽になれたよ。……ありがとう」
思っている事は口にしていない。ただいきなり感謝を告げただけだ。しかしメイドさんはその言葉を聞いて。
「……いえ、こちらこそ救っていただいてありがとうございました」
笑顔でただ、そう返した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「ここです」
カイト達は目的の場所へとたどり着いた。
目の前には頑丈そうな大きな扉が一つ。大切な物を保管している場所だ。
鍵で開ける様にしてあり、当然扉自体も魔法の鉄で頑丈に出来ている。少し強い武器程度で壊せそうにもないが……
「かと言って鍵も持っていません。これは」
「問題ない」
次の瞬間。
音を超えた速さで魔剣達が扉を切り刻み、紙のようにあっけなく切られた扉はそのまま奥へと倒れた。
その光景に「すごい……」とメイドさんは呟く。だがカイトは貸された肩をどかし始めた。
「じゃあ後は一人でいく」
「え、いえダメです! 私も……」
その続きは言えなかった。カイトが力を調整しながらメイドのお腹を殴ったからだ。
「起きた時は、俺に脅されてやったと言え」
気絶する前にそう言って、メイドさんを優しく受け止める。
クレアにやった力任せのパンチでは無い。
とある大陸で伝われている武術を応用した特殊なパンチだ。
メイドさんはクレアと違って普通の人間だから、出来るだけ後遺症がない様に気絶させた。
「……行くか」
メイドさんを少し離れたところで横にさせ、ユウキを担ぎながら中へ入っていく。
失いかけた意識も体力も、さっきのメイドさんと話したお陰で戻った(気がする)。
「!」
痛みに耐えながら全力で進み続けると、黄金に光る小さな瓶を見つける。見つけてからはさらに小走りでその光が見える方へと向かっていた。
そしてようやく手に入れた。
たった一つだけの勇者の回復の薬を。
(おい、嘘だろ……嘘だろ!?)
他にも無いかと探すが、黄金に光っているものは無い。確実に一つしかなかった。
(……どうする)
選択肢は二つだけ。
ユウキに使うか、自分に使うか。
一つの回復薬を半分にして使うのもダメだ。本来作られたことが奇跡に近いこの薬は、その量も遥かに少ない。
そしてロイは、この量でやっと一人分の効果があると嘆いていたのを覚えている。
今カイトは迫られていた。
自分を捨てるか、ユウキを捨てるかを。
ユウキを捨てるなんてもっての外だと、カイトは当然思う。だが自分の死を選んだら大きな問題がある。
クレア達は魔王を倒せるのだろうか?
今の実力ならクレア達でも魔王を倒す事は出来るかもしれない。
だがそれはクレアが光の魔力を使いこなせる前提の話しだ。
しかもその条件をクリアしていたとしても、倒せるだろう。ではなく倒せるかもしれないと言う段階だ。
自分が先に戦って、弱った魔王と戦わせるのはいい。だが自分が死んだらそんな事は当然出来ない。
今のクレアとその仲間達なら誰一人欠ける事なく魔王を倒す事ができる────そう簡単に信じられないほど不安要素が多すぎた。
最悪、負ける可能性だってある。そしてクレアが負けると言う事は人類の滅亡だ。
(でもこの答えは分かっている。自分に使うべきなんだと)
だが今悩んでいるのは、個人の感情があるからだ。ユウキを救ったとしても人類が救われない可能性は高い。
極論、個人の感情なんて捨てれば簡単な話なのだ。
しかし、
(ユウキを捨てられるわけないだろ!)
カイトは決断出来なかった。
カイトの頭の中にはユウキとの思い出が流れていく。どれも楽しい思い出で、独りぼっちでやるはずだった旅がこんなに温かい思い出に変わったのはユウキのお陰だった。
そんな親友を捨てたくなかった。
だが人生は迷っている間でも、容赦なく次の問題が現れると言うもの。
「!」
反射的に魔剣達を十字に、自分の真横へと展開する。
その直後、その先から壁を貫通して、何重もの斬撃が飛び出してきた。
「グッ!?」
魔剣達では防ぎきれなかった衝撃がカイト達に襲い、そのまま保管室から吹き飛ばされていく。
漏れた衝撃だけで数十メートルは吹き飛ばされる威力。こんな馬鹿げた力を持っている人は、一人しかいないと相手を瞬時に理解したカイトはそのまま逃げようとする。
ヴァルハラ城の外側へと吹き飛ばされている今が、唯一の脱出のチャンスだ。
(風よ──来い!)
今度は風の魔術で生み出した衝撃波を自分に当てて、そのまま外へ出ようとした。
だが自分が思い描いた風は来ない。本来さらに上へさらに外側へと飛ばすはずだった風は、全く別の方向へとカイトを飛ばしてしまう。
(呪いのせいで上手く調整できない!)
呪いと傷が深すぎる今の自分では、そんな繊細な事はできず、目的の進路から大きく離れてしまう。
そのまま落ちていき、カイトが見た先にはどこかの建物の屋根だった。
(危ない!!!)
瞬時に判断したカイトは、思いっきり真横から風の衝撃波をぶつける。そうする事によって墜落する場所は家の屋根から、人の交流が多くて広い道路へと変わった。
「きゃあ!?」
「おいおい、空から人が落ちてきたぞ!!」
「あいつ……子供を抱えているぞ」
大きな砂埃を立てて落ちたカイトの痛みはとてつも無い。だがそれでも、ユウキは腕の中でしっかり守り切った。
勇者の回復の薬も一緒に。
(早く、転移道具を!)
周りでどよめいている住民がいるが、今はそんな事どうでも良い。
今一番会ってはいけない人物がもう少しでくる。それに会わないためにも、行き先がニルマでは無いどこかの転移道具を取り出して──
「待ちなさい魔王カイト。少しでも、攻撃する仕草をしたらその腕を切るわよ」
使うには遅すぎた。
カイトが前に着ていた白銀に輝く鎧。
片手には無心の剣を持っていて、なびかさる白色の髪はいつものように美しかった。
残酷なまでに。
片方は血だらけでぼろぼろ、もう片方はどこまで行って美しい。
一歩ずつ死へと歩き出しているユウキを見ていた目線を、目の前に立っている人を見ようとカイトは上げる。
出来れば自分の予想は、こんな残酷な現実はあってほしくは無いと願いながら。
その願いはすぐに壊されるが。
「勇者……クレア」
そこには、二年前より遥かに逞しくなった勇者クレアがいた。
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