第12話
(ユウキ、毒でも盛られたのか……!?)
自分がさっき感じた気配はコイツだと理解し、同時に目の前にいる人型の魔物を観察する。
姿は限りなく人間に近い、だが死人の様な白い肌や赤い目が人に似た別の何かだと僕の直感が告げる。
そして肌と反対に真っ黒な黒い……スーツらしきものを着ていた。
その違和感は凄まじいものだが、今見えている物でそれよりも気にすべきものがあった。
人質にされているユウキと、奴の身体から感じ取れる闇の魔力。
「……誰だお前?」
それを見た瞬間、いつの間にか質問していた。
お前の様な存在を知らない。
魔王ではないのは分かる。ゲームで見た姿とは似ても似つかないから。
ならコイツはなんだ?
闇の魔力を持っていて、自分のすぐそばまで迫れるほどの実力の持ち主。前世でゲームをやった時や、設定集を読んだ時だってこんな奴見かけなかった。
「人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だと教わらなかったか? まあお前の事は知っているから名乗らなくてもいいのだが」
「アニキ、逃げて……!」
「黙れ! 人が話しているのを遮るな!!! そして貴様! 逃げたらこれがどうなるかぐらい分かるだろう?」
「うっ……痛い」
勿論殺すだろう。そう理解した自分は一旦剣をしまい、魔剣たちも地面に下ろす。
それを見た男は話を遮られた怒りを抑えて自己紹介をした。
「我は魔王に従う四大幹部の一人。イヌティスだ」
(……やっぱり知らない名前だ。というより四大幹部と言いやがったな。コイツ以外に三人もいるのか?)
ゲームで見なかった情報があるとこんな失敗をするのかと、自分の不甲斐無さに苛立つが、出来るだけ冷静に相手の情報を聞き取ろうとする。
今の情報が正しければ後三人、今も暴れ回っているかもしれないのだから。
「つまりアンタはこの俺を倒しにきたんだな?」
「いや、偽物のお前には用は無い。むしろお前が持っている勇者の剣に用がある」
(なんで俺が偽物なんだって分かるんだ!?)
表情に出しそうになるのを押さえてさらに考える。
だがイヌティスの顔は悦びに歪んだ。
「くっくっく……顔には出してはいないがその冷や汗、焦っているな。まあ分かるぞ、そもそも今蘇ったのも我にとっても予想外だしな」
「どういう事だ、予想外だったって。そもそもお前が復活したって事は他の幹部とやらも復活したんじゃ無いのか?」
「それは無い。今蘇ったのも予想外だと言っただろう? 本来ならもう少し後に蘇るはずだったのだよ私は」
もう少し後という事は恐らく、一ヶ月より後のことだろう。魔王が復活するその後。
「封印されていた我は何も出来ず長い間眠っていただけだ。しかし最近、どこぞの不届きものが我の闇の魔力を一部奪ってな……」
(奪った奴がいる? ……ああ、ロイしか居ないな)
今まで闇の魔力を使ったやつを見かけたのはあのロイだけだ。アイツの技術力なら、封印されていたコイツから力を奪うことだって出来ただろう。
だが奪えたからって戻る事はないはずだ。
ロイは光の魔力がある勇者の剣でトドメを刺したから。
「……どうしたらお前の復活に繋がるんだよ」
その事を分かっているユウキが疑問をぶつける。
ユウキには話してあるが。光の魔力を当てられた闇の魔力は消滅する。ロイがイヌティスから力を奪ったのは予想外だが、復活する理由にはならないはずだ。
だがそれを聞いてイヌティスは呆れた顔になる。
「……そうか、そんなことも知らぬからお前達は我の復活を許したのだものな。奪ったのは誰だか知らんが、トドメを刺したのはお前だろう?」
「……そうだが」
「ならそれが答えだ。偽物の勇者であるお前が倒してしまったが故に、闇の魔力は残ってしまった」
「─────」
言葉を失う。つまり、今回の失敗を引き起こしたのは、自分が本物の勇者じゃなかったからという事になる。
「本物であれば闇の魔力は消滅するが、光の魔力の対に居るだけで同じ性質を持つ闇の魔力は、実際に戻ってきた。つまり殺した者は光の力を引き出せなかったのだろう。そして勇者が光の力を引き出せないのはあり得ん、お前は偽物でしかない」
「チッ……じゃあ俺のせいで仲間を危険に晒しちまったってわけか」
「……その様子だと偽物だとは理解しているわけか。どうだ? お前のせいで大切な者の命が消え去るかもしれないというのは? 悔しかろう……」
後悔が心の中に広がりながらも、剣を握る力を強くする。最低限の情報は手に入れた。
アイツが俺を痛ぶるのに夢中なっている今、その油断をついて最速で首を切る。
「ハッ───!」
魔剣をイヌティスの方へ飛ばし、足を踏み出して自分も奴の所まで一気に飛ぼうとするが──
「予測通り来たな」
イヌティスの背後から岩の刃が飛んでくる。
「ぐっ!」
「アニキッ!?」
細く、長く、小さく、魔力反応も僅かなのに恐ろしい威力。
しかもそのスピードは今の自分の目でも捉えて切るのがギリギリで、自分の体に何個か刺さりイヌティスに辿り着く前に倒れてしまう。
そして同じ様にイヌティスの首を狙っていた魔剣達も弾き返された。
(クソっ……ユウキが近くにいたら魔剣の破壊力が発揮できない!)
魔剣の攻撃力があればイヌティスを倒す事はできるだろう。だが全力を出せばこの地域は焼け野原になる。
自分は問題無いがユウキが死んでしまう為に、本気を出せないでいた。
「偽物とはいえ勇者の剣を持っているのは厄介だ。魔王にとっても脅威になるそれは我が奪っておこう」
地に伏せた自分に一歩一歩近づいてくるイヌティス。
「……それでお前だが。今殺してしまうと本物の勇者がすぐに目覚めてしまうのでな、とりあえず勇者の剣で両腕両足を切りその上で封印しようと思うがどうだ? お前の無様な姿が楽しみでしょうがない」
カイトの甘さに漬け込んだ人質作戦が、確実に自分を優位に立たせていると感じているイヌティスの顔は余裕に満ちていた。
「試してみたがお前は甘いなぁ……。人質を取られただけでこうなるとは。こんなちっぽけな生命なぞすぐに捨てておけば良いというのに、やはり人間の弱さは弱者を捨てられるない所か……」
そこから無様な自分を嘲笑うイヌティス。
本来なら死闘を繰り広げる程の能力があるカイトを、弱点をついただけでこの失態を晒す間抜けさに愉悦を感じていた。
(コイツを封印し、勇者の剣さえ回収すれば魔王様の支配が完璧になる事は間違いない。それをした後はこのうるさい子供を……ん?)
そこでイヌティスは気づいた。
さっきから静かになってるこの子供が何かをしようとしていると。
目の前の偽物に意識が向いたせいで気付けなかった。
コイツの体内から魔力が急激に上がっている事に。
「貴様、一体なにを──!?」
「アンタ、無駄に人見下しすぎなんだよ」
突如ユウキの体が光り始めるが、それでもユウキは気にせず喋り続ける。
ぶてぶてしい笑みを浮かべながら。
───俺達を舐めんなよ。
爆発が起きた。
流石にこの場所全体を巻き込むほどではないが、ゼロ距離だ。イヌティスでも少しは怯むだろう。
(ぬかった! だがこの程度の爆発どうという事は……!)
爆発を食らってイヌティスは怯んだだけ。
自分を犠牲にした爆発の代価にしては、あまりにも小さい。
しかし目の前の男が相手なら……それで十分だった。
「……チッ」
「貴様!?」
煙の中から勇者の剣を持ったカイトが現れた。
光の魔力が殆どなくなって動きが鈍くなった今でも、音速の勢い。伊達に人類を守る人間としてやってきた訳ではない。
(だが甘い!)
だが相手だって腐っても魔王幹部。油断はしたがその能力は高い。
音速で至近距離まで来ている相手に一度は反撃する事はできる。先程使った己最速の魔術をカイトの顔に向けて放つ。
牽制に使った小さい刃ではない。
あれより長くさらに鋭い、槍と化したそれでカイトの顔を貫通させようと送り出した。
(貴様は近づきすぎた。それではこの魔術を避けられまい!)
この距離だとカイトは避ける事はできないと、イヌティスは直撃を確信する。
その予想通り、カイトは近づいてくる岩の槍に対応できず、回避をしないままでいた。
そしてそのまま───
───あらかじめ顔の前に出していた腕に、岩の槍が食い込んだ。
「貴様、腕を犠牲にするつもりで!?」
人間は本能に弱い生き物だ。
たとえそれが最善だと分かっていても、失う事を怖がって別の方法を取ってしまう。
幾ら回復魔法が発達しているからって、痛みに恐れて別の行動をするはずだ。
そんな愚かな行為を遥か昔にイヌティスは見てきた。
確かにそれは正しい。イヌティスの考えはほとんど間違っていない。ただそれが人類全員が同じでは無いだけで。
「死ね、幹部さんよ」
そして目の前の男はそれに当てはまらなかっただけの話で。
岩の刃は魔力で限界まで強化した腕に、刺さり貫通せずに止まった。腕は一時的に使えなくなったが問題ない。
勢いはまだ残ったまま。
勇者の剣を持っている生きた方の腕をイヌティスの首へ振りかざす。
しかし綺麗に切ることはできない。
光の魔力がほとんど無くなった為に真価をを発揮できない、鈍器の様な切れ味になった勇者の剣は、さっきの自分の腕の様に刺さるだけだった。
「グッ……貴様!?」
「…………」
首に剣が刺さったままカイトと一緒に倒れ込むイヌティス。
幹部はこの状態から抜け出そうと精一杯暴れる。自分の鉤爪をカイトの腕に何度も振るい、振るう度にカイトの血が溢れ出て腕が真っ赤に染まっていく。
だが剣の力は弱まらない。どれだけ腕に傷を付けてもカイトは表情を少しも変えず、冷静に剣を首へと押し続けている。
「力がだんだん弱まっているぞ、幹部さんよ」
その言葉には嘲笑う様な見下した声も、歓喜の声もない。
ただ静かな怒り。
自分の失敗が招いた親友の危機と、親友を傷つけた目の前の敵を確実に殺すという怒りだけが、その言葉から表されていた。
光の魔力を当てられたイヌティスは確実に弱くなっている。
今は暴れているが、もう少しで物言わぬ屍と化すだろう。
「ガッ、グッ!? ……貴様、呪ってやる。呪ってやるぞ。後悔させてや──」
「黙れ」
「ガァァァァア!!!??!!」
しかしすぐに静かになると分かっていてもうるさいのはうるさい。
苛ついているカイトは八つ当たりも兼ねて、魔剣達をイヌティスの両腕両脚に刺した。
「き、さま。呪っ、てやっ……………………」
これで腕が怪我することもなく、そしてあまりの痛さに声が弱まっていったイヌティスは、そのまま闇の粒子となってこの世を去った。
魔王の幹部と光の魔力を扱う人類の強者達の戦い。
本来なら大舞台でやる様な決戦は、歴史の外でひっそりと、そして呆気なく決着が着いた。
「……ユウキ! すぐに治療する!」
イヌティスの体が完全に消滅するのを見届けた後に、カイトは周りを見渡しながらユウキの名を呼ぶ。
そしてユウキが見つかるのにそう時間は掛からなかった。さっき爆発した位置の近くで横たわっているのを見つけた。
「さっすが、アニキ。魔王幹部も倒せたな……」
イヌティスの隙を作る代わりに自分の体を犠牲にしたユウキは……体にそれなりの傷はあるものの、カイトの回復魔術で治療できる程度の怪我で済んでいた。
「悪い、俺のミスでこんな事になってしまって」
罪悪感に埋まりそうになりながらも、すぐ様回復魔術を施す。少し効き目が遅いが、確実にユウキの怪我が引いていくのを見て安堵した。
「そんな顔、しないでくれよアニキ。アニキが、判断できたから、倒せたんだろ……?」
「……ああ、そうだ。でもユウキも凄かったぞ。うまく魔力を調整出来てて」
自分の事を気遣ってくれたユウキに対して、自分も一旦自分自身のことを責めるのをやめにした。
「へへ……そりゃあアニキとたくさん冒険してきたし、何より、俺が死んじまったらアニキが悲しむだろ。そんな事絶対させないぜ」
「……そうだな」
力強さを感じさせるユウキに、少しだけいつもの調子に戻ったカイトは静かに笑った。
爆発したのにユウキが死なずに済んだ理由は簡単。
彼が爆発する時の魔力量を上手に調整できたからだ。
ユウキが人質になっている間に魔力を増幅させている事に気付いていたカイトは、こうなる事を予期していたが敢えて止めなかった。
その魔力量からしてユウキに死ぬつもりは無いと理解したからだ。
だからユウキが爆発しても驚く事なくすぐ様切りに行けた。
……こうならない様に一度爆発前に切りに行って、結局こうなってしまったのはやるせなさがあるが。
そんな事を思っているカイトに対して、さっきとは反対に、申し訳なさそうな顔でユウキが話してきた。
「でもゴメンアニキ。光の魔力、もう無いだろ……?」
昨日の夜にカイトは後一回しか魔力が無いと言った。そしてその通り、今の幹部を倒すときに自分に残っていた光の魔力を全て使い切ってしまった。
この状態で魔王と戦って勝つのはとてつもなく難しい。
そう思っているユウキの考えは正しく、それを理解しているカイトは──
「確かに光の魔力はもうないが問題ない」
「え」
あっけからんにそう言った。
それもまったく心配して居ない顔であっさりとカイトはそう言ったのだ。
厳しい返答が来ると思って居たユウキはその顔に、ちょっと間抜けな顔をしてしまう。
「え、でも五分五分だって」
「それは戦う事になったらの話だろ。俺は元々、魔王と戦うなんて危険な手段、取るつもりは無い」
昨日は確かに五分五分だとは言った。だが何回も言っている様にそれは戦う前提の話で、カイトは元からそんな事をするつもりは無い。
封印されて動け無い魔王に、慈悲なく全力で攻撃をぶちかます。それが当初からの作戦だ。
「けど、魔王は復活してるんじゃ無いのか? イヌティスって野郎は生き返っちゃったし……」
「それも無い」
「え」
続くユウキの疑問もあっさりと言い切る。
確かに魔王幹部が復活したら魔王も復活するかと思うかもしれないが、カイトはゲーム内で復活した魔王の映像の事をよく覚えている。
その記憶から復活していないと断言できた。
「魔王は災害級の化け物だ。つまりそこにいるだけで大きな影響を及ぼす出鱈目な奴でもあって、もし復活してたら少ししか離れていないここにだって異常が来るさ」
ゲームだと物語の終盤らしく、空が暗闇に染まっていく演出があった。そして闇の魔力を感じた事のあるクレアは、魔王から遠く離れた所からでも異常なほどの闇の魔力を感じ取ったとも言っていた。
しかしイヌティスが現れた今でも、空は何も変わっていないし、尋常じゃない量の闇の魔力も感じない。
「後勇者の剣についてだが、確かに光の魔力が無いと確実性はない。けど封印されてる魔王に四大魔剣の全力を叩き込めばだいぶ弱まるはずだ。そうなればもし復活しても勇者の剣無しで勝てる」
そう自信満々にカイトは言い切った。四大魔剣は災害級に迫るほどの力を持っている兵器とも言える。
どういう経緯でそんな物が生まれたかまでは分からないが、旅の途中でそれ程の力がある事は確認済みだ。
しかもこれが四つ揃えば、とてつもない奥義まで使えるときた物だから、勇者の剣無しでも頼もしい存在である。
「そ、そうなんだ。……なんだ、てっきりヤバイモンだと思ってたぜ」
「人類の存続が掛かっているからな。綱渡り状態は出来るだけ避けるよ」
心配していた問題が解消されたのか、肩の重みが消える様にホッとした表情をしたユウキ。
そのユウキに「つまり」とカイトは付け足していく。
「ユウキは大勢の人間を救った様なもんさ。イヌティスにされるがままだった俺に、お前は体を張って血路を見出してくれたんだからな」
「……へへっ。アニキの親友だからな俺は」
よくやったと、笑顔でそうはっきり告げた。それを聞いたユウキも嬉しそうに照れながら笑顔になる。
「よし傷も治った。もう立てれるか?」
「なん、とか」
傷が完全に引いたのを見たカイトは回復魔術を止めて、ユウキは少しフラつきながらも一人で立つことが出来た。
「よし。少しゆっくりでもいいからニルマに向かうぞ」
「……おう」
それを確認したカイトも自分に回復魔術を掛けながら、目的地の方へと先に歩き出していく。
「ユウキ。とは言っても問題はある。倒す事はできるが、早くニルマに着かないといけなくなった」
「そう、なのか?」
……さっき魔王を倒す事は問題無いと言ったが、イヌティスは別の問題を生み出してはいた。
それは彼が発言したとある言葉にある。
(実際に光の魔力の対に居るだけで、同じ性質を持つ闇の魔力は戻ってきた。か……)
イヌティスは自分の復活が早くなった理由をそう答えていた。
(そして自分は偽物だから、光の魔力を使いきれず闇の魔力を残してしまったとも言っていた)
さらに早く復活した事の発端は、自分が光の魔力を扱えない偽物だからとも言った。
この情報が事実なら嫌な事が浮き彫りになる。
闇の魔力は光と同じ様に本来の主人へと戻る習性がある。
イヌティスの場合はロイが魔力を盗んで、ロイは自分が倒した。
偽物の自分がロイを倒したから、盗まれた魔力は元の主人へと戻ってイヌティスは早く復活することが出来たのだ。
「イヌティス……あの野郎の言葉を信じるなら、俺が力不足だったせいで闇の魔力は残った。そしてそれが元の場所、つまりイヌティスの方へ行って復活が早くなったという事になる」
こういう経緯でイヌティスがこっちに現れてきたのだが、一つ疑問が残る。
「じゃあイヌティスを倒して残った闇の魔力は一体どこにいくのか……」
当然死んだ者より格が上の方へと行くだろう。
そうなれば魔王幹部の上は一人しか居ない。
「……魔王だ。しかもイヌティスはそれで早く復活したと言ったから、魔王も早く復活するかもしれない」
一ヶ月余裕を持って置いて良かったと、今までに無いほど早く魔剣を回収出来た事に感謝していた。
まだ予測の範囲内だが、充分あり得る事だろう。しかし幸いな事に、最悪の事態にだけはなっていない。
まだ未然に防げられるラインだ。
復活が早まったとはいえ今では無い。少しでも早くニルマにつければ何とかなる。
「まだ余裕はあるが、出来るだけ早めに行くぞ。ユウキ…………?」
そう言ってカイトは違和感を感じた。
さっきまで返事をしていたユウキの声が聞こえない。
突然と嫌な予感が体を走る。衝動にかけられながらすぐ様後ろへ向けると──
傷は元通りになっているのに倒れているユウキの姿が見えた。
「───ユウキ!!!」
急いで駆けつけて容態を見る。さっき回復魔術で治したはずの傷がいつの間にか戻っていた。
ユウキの息も荒く、さっきの様に話すこともできない。
(なんで魔術が効いていない。……そういえば人質にされている時から弱ってたな)
あの時は傷でもつけられたから弱まっていると思ったが、よく見たら傷なんてどこにも付いていなかった。
この異常事態をどうしようかと診察を続けると、見覚えのある力がユウキの中に潜んでいるのを感知した。
「これは……闇の魔力?」
そう、さっき倒したはずのイヌティスが持っている力と同じそれが、ユウキの体を駆け巡っていた。
イヌティスがまだ死んでいなかったのか、周りを見渡すが奴の姿は見えない。やはり完全に消滅している。
その時、イヌティスが死に際に放った言葉を思い出した。
『き、さま。呪っ、てやっ……………………』
(あいつ、まさか呪いを掛けていたのか……!)
死に際にニヤリとしながら放ったあの顔。
イヌティスはユウキに闇の魔術による強力な呪いを掛けていたのだ。恐らく症状からして回復魔法も効かず、傷がだんだんと深くなる様な魔術を。
そして呪いを掛けたのはユウキだけでは無い。
「……クソ、俺の体も重くなってきやがった!」
カイトの体も突然、さっきの数倍ほどの疲れを感じ始めて視界もボヤけて来た。
体もフラフラし始めるが、意識をしっかりしてそれらを食い止める。
この様子だと、自分も呪われているらしい。
「とにかく、呪いの治療をしないと……指輪で」
うまく回らない頭で精一杯の対策をする。闇の魔力には結局、光の魔力をぶつけるのが一番だ。回復魔術が効かないとなったらそれしか無い。
望みは薄いが、勇者の剣にはめられている指輪を外して、そのままユウキの指にはめる。
指輪にも光の力は残っていたはずだ。唯一の希望に掛けてみるが……。
(ダメだ、なんの変化もない)
悲しいかな。カイトからは完全に光の魔力が消えてしまった。二年前にはカイトの体内に大量に残っていた光の魔力は、もうクレアの方へと戻りきっていたのだ。
「ア、ニキ……」
(クソ、体の傷が進行するばかりだ……!)
苦しそうにしながらユウキは自分の名前を呼んでくる。カイトはそれを聞いてさらに焦りながら何かないかと模索していた。
(他に何か方法は無いのか……!? 指輪以外に!)
今まで蓄えてきた知識に解決策がないか知るために、過去を遡っていく。
しかし、いくら遡って行っても闇の魔力に対抗できるのは光の魔力だけという事実。ゲームに無い話が出てくるとこうなってしまうのかと、自分の無力さをカイトは呪っていた。
(昔から失敗ばかりだったな。聖女を助けた時も、自分が捕まりそうになったし)
しまいには現実逃避に、失敗の過去を振り返っていく。
聖女を助けた所から始まり、クレアの成長速度を見誤った事や、ドラゴンを仕留め損ねて自分が大怪我したことの思い出が濁流の如く流れていく。
(なんならこの指輪だって、いくら洗脳魔法にかかってたとはいえ形が同じだから早く気づけばいいのに。あの時じゃなくて、もっと早く……)
そしてドラゴンの次は、前世の記憶がハッキリと思い出した原点と言えるシーン。
紙を持ったロイに違和感があるシーンをくっきりと思い出す。
(待てよ……指輪を付けていたロイと僕は何を話していた?)
『そちらの手に持っている紙は……?』
『ああ、これか』
デジャヴとはこの事か。今重要な情報がこの思い出にはあった。
『なるほど、私の勇者の光の力を使用した回復薬ですね』
(……あの回復薬があった!)
闇の魔力に対抗できる唯一の道具、勇者の力を使った回復薬の存在をカイトは思い出した。
流石に量産までは行き着けなかったが、確か数個か試作品が作られていたはずだ。
だが保管場所はヴァルハラ王国。今向かっているニルマから離れてしまう。
それに可能性の話ではあるが、あのクレア達がいるかも知れない。
そんな事が頭をよぎるがすぐに消し去る。
(そんなの関係ない……! 絶対にユウキを救うんだ!)
吐き気や傷から来る気だるさ、何もかもを気合いで吹き飛ばして、カイトはその場から全力で飛んでいった。
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