第9話

(とりあえず来てくれたか……… )


 空から館の中庭に叩き落としたクレアの姿を見て、自分はとりあえず一安心した。彼女ならきっと来るだろうと思っていたが、もし居なければこの茶番の意味が無くなるからだ。


(この戦いはクレアの旅がゲームより安定させる為にある)


 僕はヴァルハラ国王にクレアを認めさせる様に一芝居は打った。あれだけ残酷な事を受けたクレアを見たら、周りから同情を集められる。

 最大の障壁である洗脳も解けた事だし。



 ……その後はクレア次第だが彼女なら問題ない。

 何事にも全力で、誰にも隔てなく優しくできる(自分は除く)性格があれば。



 ただ国王に認めてもらおうと国民に存在を認めてもらわなければ、魔王退治は難しくなる。

 彼女は僕を追う為に色んな場所を転々とするだろう。その時に国民が彼女の事を知ってもらわなければ、サポートを受けづらくなる。

 国の支援にも限度があるし、国の支援に国民の支援も合わさればゲームよりは遥かに旅がしやすくなる筈だ。



 みんなに魔王の脅威とそれに立ち向かえる存在を理解してもらう。



 それが茶番をした理由だが……。


(国王の問題についてクリアだな。あんな装備で現れるとか……嬉しい誤算だ)


 中庭の真ん中に静かに降りた僕はクレアを見る。

 目の前の瓦礫でできた煙を貫通して見える銀色の光。

 そして屋上で見た、姿こそ普通でありながらその存在感は勇者の剣にも劣らない剣。


(ゲーム内最高の武器を装備しているって、どんだけ認めて貰えたんだ……)


 勇者の鎧は言わずもがな、彼女の片手にある無心の剣はゲームでも登場した最高ランクの装備だ。

 入手方法は単純で一度ゲームをクリアして二周目に入り、あの忌々しいイベントを終えると崩壊したヴァルハラ王国城に入ることができる。

 二周目からしか入れないこの場所で、隠し武器という名目でこの武器は封印されているのだ。


 つまりクリア後のオマケ武器(メチャクチャ強い)だ。

 当然現実でも存在しているが国宝級の物でもあるので厳重に管理されている。


 それこそ国王に認めてもらわない限り手に入らない。


(それだけじゃ無い。兵隊長との会話に、屋敷の周りに集まっている兵士達)


 高度な魔力探知や風魔法で知り得たこの情報で、この数日間何があったかは十二分に分かった。

 自分の想像以上に勇者は……いやクレアはやって見せてくれたんだ。


 その事を理解した僕はさっきから鳥肌が立っている。

 その嬉しさを感じた僕は自然と口角が上がる。

 自分がそうなる様仕向けたとはいえ、この結果には大満足だ。


(やっぱりクレア、お前はすごいよ……!)

 


『友達になりましょう』



 僕を救ってくれたあの時。


 真っ暗な底に落ちていくだけだった僕を救いあげてくれた手。そして人生で初めて『輝いている』と感じた記憶の中の、彼女の姿は今も変わっていなかった。


(いやこの喜びを噛み締めるのは後だ。だいたい、どんな事情があっても彼女を傷つけた事は変わらない)


 興奮している自分を落ち着かせる。

 クレアにあれだけ酷い事をしたんだぞと、その事に喜ぶ資格はお前には無いと自覚させる。


(……今は地下にいる二人だ)


 カイトの策略に想像以上の結果を出してくれたクレアだが、彼女も完璧なわけでは無い。

 まだ実力差があるのはさっきので理解しただろうし、恐らく彼女は鎧に魔力を回しているだろう。

 魔力に動きは一切見えないが、今のクレアが僕だったら同じ選択をするし、その特性を存分に使っていた元装備者の自分としても経験と勘で察する事はできた。



 その行動は理にかなっている。



だが。



 彼女は気付いてないだろう、この地下に聖女とその妹がいるなんて事。

 もしクレアがその技を放ってしまったら真下にある地下は潰れてしまう。


 しかしそれは責められることでは無い。


 この地下に施された結界はロイによる物。

 王国や勇者から聖女達の存在に気づかれない様に作られた、対探索用結界だ。

 この世界でトップクラスの魔術師が作った物だからクレアでも感知できやしない。自分もメリーナが地下に入った瞬間に反応が消えた。


(それにこれからクレアに迫ってくる脅威の事もある)


 彼女の敵は自分だけでは無い。

 本物の魔王軍もいるし、魔物という人類共通の敵がいながらも、同じ人にも敵はいるんだ。

 この前僕が襲った反国家集団や、邪神や魔王を信仰する宗教団体。


 こいつらは目的の為ならなんでもする。

 ゲームでもクレアのトラウマを抉ってきたり、人質を盾にしたり、逆に人質を利用してクレアを傷つけたりする。 

 

 「悲しみの蘇芳花(スオウバナ)」はダークファンタジーの要素を多く含む。

 主人公にとって大切な親友だろうが。子供だろうが残酷な目に合うのがこのゲームの醍醐味だ。


 ……そんな事はさせないし、自分も四大魔剣を探しながら敵を影で潰していくつもりだ。

 だが全てを排除する事はできない。残った一部はクレアの方にもいくだろう。


(だからこの機会を使って鍛錬させる。自分が敗れた時の保険として……)


 自分は魔王に負けるつもりは一切ない。だが世の中には絶対は無いのだ。もしもの時に備えてメニューを考えたカイトは、クレアに地獄の鍛錬をつけ始めた。

















 


「ハァ……ハァ……ッ」


 あれからどれだけ切った。どれだけ時間が経った。

 短い様で長い様にも感じた。

 切った炎の玉は二桁になってからは数えていない。


 魔王の掛け声によって始まった防衛戦。

 自分の視界全てを赤で埋め尽くす炎から、自分の真下で隠れている人達を守り続ける為にとにかく切り続けた。

 勇者の鎧のお陰で体に一切の傷はない。しかし魔力の方は空になりかけで大きく肩を揺らして息を吸っている。

 炎を斬る事だけに意識を集中して剣に魔力を纏わせた。だが炎の魔力は莫大で多少纏わせただけでは一回で消えてしまうし、纏う量を増やしてもニ、三回で消えてしまう。それではすぐに魔力切れだ。

 だから剣に纏う量を、炎のそれより少し減らして炎を軽減させた。

 相殺ではなく軽減。

 今回は床を守ることが目的なのだから、丁寧に炎を完全に消し去る必要はない。床に当たっても大丈夫なくらいに炎を弱くして、それで魔力の削減をする。


 消えては纏い、そしてに迫ってくる炎を斬り裂くの繰り返し。

 中途半端に消えた炎の魔力はこの中庭に充満して、魔力探知が効かないほど濃度が濃くなった。激しく息を吸おうとするとむせそうになる程だ。


「よく粘るな、勇者クレア」


「……!」


 今の私は返事をする余裕もない。ただ下げていた顔を上げてみれば汗ひとつかかない魔王の姿がそこにいた。

 炎を出すのは飽きたようで静かに中庭に降りていた。

 砕けていた片腕も既に治り、最初と同じように息は切らしておらず余裕に見える。流石は魔王といったところか、確実にカイトの時より魔力量は増えていた。


 今の私は警戒するに値しないと言わんばかりに、魔王は近づいてくる。静かな夜の中、瓦礫の粉を踏む音がよく聞こえてくる。

 ジャリ、ジャリと音を鳴らす回数が増えるほどその音は大きくなって、七回目の音を最後に私の目の前まで来た。

 

「ここまで近づいても何もして来ないとは、魔力切れと見える」

 

「ハァ……ハァ……そういうあんたはちょっと油断しすぎてない?」


 魔王がノコノコと歩いてくるもんだから、地獄の鍛錬から解放されたこちらは息を整える事が出来た。

 まだ魔王が油断している間に、自分は酸素をたくさん吸い込んで動きが鈍い脳を回す。


(私だって策無しで来たわけじゃない)


 こちらもただ防衛戦をしていたわけではない。多少の誤差は出てしまったが私が魔王を足止めして、その間に他の兵士達が市民達を避難させる。

 この事に変わりはないし、地面に穴が空いたおかげで地下の空気は地上と繋がり、精鋭達も地下にいる二人の事は感知できただろう。


(それもきっと終わった)


 

 最初の時のように市民達の雑音はもう聞こえない。聞こえないはつまり既にいない。

 だから──

 



 突如、空に二つの爆発が生まれた。




 パンと乾いたような音は周りに被害を与える事なく、ただそこで光るだけ。真っ暗闇の空を照らして、周りは二つの色に移り変わる。

 それは最下級の爆発魔法。

 魔法伝授において、何も無い所から爆発という現象を生みだす為の練習魔法で、実質ダメージも与えられない貧弱な魔法。

 しかしこれには戦闘とは別で使われる目的があった。


(来た……!)


 予想通りに発現したその合図にクレアは歓喜し、魔王は夜を照らした原因を見上げる。

 魔王に見えたのは白と赤。目を逸らしたくなるほどの白い光と、一瞬この世界が血で染まったんじゃ無いかと錯覚する赤い光。

 赤い光はまるで良く無いものを連想させるがクレアの反応はその真逆だ。


 白は『作戦成功』の答え。

 赤は『イレギュラー解決』の答え。


 白は市民達を避難させた事を意味して、赤のイレギュラーは本来ならいないはずの二人の事を指している。


 なら次のステップへ続ける。

 自分のあまりにも情けない姿に魔王は今も油断……いや、ここまで来たら慢心と言ったところか。

 空を見上げる魔王は無防備そのもの、とはいえこのまま斬って一度目は入ってもその反撃がくる。

 

 いやそもそもこのステップに入った時点で魔王に攻撃するのは違う。

 

 それをするのは私ではなく彼らだ。私はミナロック村で説明した作戦通りにする為、周りに漂う魔力を鎧に集めさせた。


 周りの瓦礫の粉がクレアを中心に周り始める。


 魔力強化の応用だ。先程は自分の魔力を道具に回したが、外にある魔力を操って道具に回すことだってできる。

 普通、空気に含まれる魔力なんて残り滓みたいなものだが、。中途半端に消させることで余る少量の魔力。

 一つだけでは大したことないが、チリも積もれば山となるようにそれが数十個もあれば代用できるほどに漂っていた。

 

(魔力吸収……そして魔力放出)


 イメージするのはさっきもやっていた、剣に魔力を纏わせる行為。

 無意識にやっているそれは、地獄の鍛錬が始める前に思いついたそのアイデアを、実現させるのに必要な感覚だった。

 魔力を纏わせる……そのオーラ状の実態は単純明快なもので、魔力の残りカスだ。冒険者や騎士は皆当たり前の様に魔力を武器へ回すが、回した魔力全てが武器に伝達するわけではない。

 どうしても魔力が外に出てしまう。上手に全て伝達させるには素材や技量など色々必要だが、そこは割愛。

 今必要なのは外へ出す感覚だ。魔力を纏わせる時に僅かにだが感じるあの抜け穴。

 この勇者の鎧は素晴らしいもので、内包されている繊細な結界や良質な素材のおかげでとてつもなく抜け穴が見えづらくなっている。


 魔力吸収と魔力放出。

 今行っている二つは魔力扱いが得意とされている魔術使いでも難しいと言われているが……


(私は戦勇者で、それ以前に今世最大の魔術師の弟子! 大きな責務を背負っている者として、こんな事でサジ投げていられるか!!!)



 彼女の怒りプライドがそれを成した。



(出来たッ)


 感覚が掴み取れた。


(魔王、あの魔術には殺されないでよね。アイツの体なら死なないでしょうけど……!)


 これから起きる事を思ってクレアは魔王が倒される事を願い、カイトが負けない事を祈った。

 

 そして爆発は起きる。


 だが爆発は魔王に傷を負わせる事はなかった。音速より少し遅い攻撃に反応できるくらいなら、爆発するまで一秒も行程があるこれから守り切ることなんて、造作もない事だろう。

 代わりに床は崩壊させたがそれもアイツにとっては些細な事。なんのダメージを与えやしない。


「ウッ……!?」


 その反対に私は無様だ。


 あえて床を破壊させる程度に収めたその爆発は、つまり方向性は違えど地獄の鍛錬の炎と同威力なわけで。

 その威力を持った爆発は私を吹き飛ばしていった。

 体をくの字にさせて館の壁へ吹き飛ばされる姿は、戦勇者という威厳一緒に吹き飛ばしてくれるくらいに無様だ。


 だがこれでいい。


 爆発は私をへ飛ばしてくれて、魔王はに閉じ込めた。

 

 魔王も既に私の事は眼中はなく、地下へ落とされた事にも怒っている様子はない。ただ空を見て自分の失態に気づいたのだ。


 それはそうだろう。空を見上げた時に見えた光は二つだけではない。


 爆発魔法のさらに上。


 そこに魔王に天罰を与えんとする輪っかがあるのだから……!














 



(失敗した……!)


 カイトは空の景色を見て後悔していた。

 地獄の鍛錬をつけさせ、その間に兵士達に姉妹を回収してもらう。そこまでは良い。

 あの炎を軽減させて魔力を分散させる事で魔力探知を無効化し、姉妹が回収された事をバレない様に起点を利かせたのは、感心したが問題はその後だ。

 

 回収が終わった頃合いだと思って、クレアの近くまで来たら合図用の魔術が炸裂し、隙をあえて作るために空を見上げた。




 そしてカイトの予想通り爆発魔術は二つあって──





 ──そしてカイトの予想と違い、その遥か頭上に大きな輪っかが出来ていた。




 厳密に言えば星の光が合計で二十個。それが円に並んでいる魔術がそこにあった。

 知っている。カイトはその魔術を、その恐ろしさを十分に知っている。

 それを見たカイトは顔色を変えて戦闘から脱出に目的を変えるほどに。


(ここから離れないと……!)


 見たところほとんど完成している。クレアの目的は市民を避難させるだけじゃなくて、あの魔術を完成させるための時間稼ぎだったか……!?


(よりにもよってクレアを見誤っていたなんて……!)


 クレアの人を引き寄せる力は想像以上だった。ロイの洗脳でその本質を理解できていなかったのだろう。

 だがカイトだってあの絶望的な信頼関係から、そこまで認めてもらうなんて思いもしなかった。

 あの魔術を発動させるには最低二十………いや五十人の王専属の騎士が必要なのだから。

 

(とりあえずここから逃げないと──)


 そこでカイトは二つ目のミスを犯した。

 もしここから逃げるのならその事に意識するのではなく、自分の後ろにいる勇者に意識を向けるべきだった。


 一秒の隙を彼女が逃す筈は無いのだから──!!!


「ぐっ!?」


 魔力吸収、魔力放出からの爆発という高度なそれには対応はできた。


 至近距離から迫ってくる衝撃を、それを上回る速度と力で剣を振り回し掻き消す。

 彼女がくの字になって飛んでいく珍しい光景が一瞬見えたがそんなところでは無い。

 こちらにくる衝撃は消せても床に届く衝撃までは無理だった。剣を降った直後に床にヒビが入りあっけなく崩壊する。


 ……どうやら衝撃は全方位に撒き散らさず、出来るだけ真下へと集中させたらしい。


 地下は三階まである筈だが、それもこの爆発で綺麗さっぱり消えていた。残っているのは一番下の床だけ。その牢獄に罪人の如く僕は墜落する。


(やばい……あれが来るまでに、早くっ!?)


 およそ十メートル程の奈落に落とされたカイトはすぐさま上がろうとするが──






「遥そらに位置する希望なる星よ、罰ある者に地下深くへ天罰を!!!」







 既に手遅れだ。

 兵隊長の声が聞こえた瞬間に輪っかは光出し、そら一面が白一色に染まる。

 そしてその直後に、









 ──星 が 落 ち て き た──










 光ったと思えば自分は暗闇を見ていた。

 だが変わったのはそれだけでは無い。

 体全ての自由は奪われて、魔力で強化しているはずの体と骨が悲鳴をあげている。

 


(違う、僕はあの星に!!!)


 

 体全体に掛かる重みを感じて、今の自分は地面に地面にうつ伏せにされているんだと理解する。

 これは対災害級の魔術だ。




 災害級とは文字通り災害並みの被害を出す化け物達。




 ただそこにいるだけで天気は恐ろしく荒れる。


 ただ歩くだけで全てを潰していく。


 ただ生きているだけでその他全てを滅ぼす。




 災害級は常に寝ているか封印されている。

 そしてそれはずっとそのままにしなければならない。人類が生き残る為にはそれしか無い。奴らに勝てるなんて愚かにも程がある。それだけ彼らは過去に悲劇を生み出してきた。


 唯一倒せるのは魔王だけ。勇者という魔王唯一の天敵がいるその存在だけ。


 人は、地上にいる全ての生物は自然に勝てない。災害級はその自然の一部を具現化させた様なもので勝てる道理は存在しない理不尽そのものだ。


 だがしかし。

 


 ラーテゥンヴァッルン・メテオ星よ、堕ちろ



 太古のの人類はそれでもと、理不尽に足掻きに足掻いて作り出したのがこの最上級魔術。

 自然の具現化を倒したいのなら、こっちはその大元をぶつければ良いんだというぶっ飛んだ発想で出来上がった魔術だ。

 そんな不可能は出来る筈無いと言われていたが、しかし作り出されたそれは創設者の想像通りに、星を堕とす奇跡となった。


 ……実際にはその千分の一をだが。


 星を具現化しようとしたがそれは出来ず、再現できたのは星が落ちた結果の一部だけだった。



 ──隕石を遥かに越える質量を持つ星が落ちたら?



 ──何もかも潰れて消える。



 これはそれだけを再現し劣化した魔術。いや劣化どころかコピー元と比べるのも甚だしい、千分の一しか再現できていないのだから。

 結局人類は人類。

 自然を越える事は出来なかったがしかし、人類を超えるものは生み出された。

 この魔術は後世に、戦争を終わらせる最終奥義の一つとして今まで受け継がれてきたのだった。

 

 (!?!?!???!!!!)


 声にならない悲鳴を上げる。

 その魔術を受けている彼は今までにない痛みに苦しめられていた。

 腕を切られた時だって、目を切られた事だってある。だけどこの痛みは違いすぎる。まるで蟻が像に踏み潰されている様だ。


 足が、手が、頭が一切動かない。


 それどころか顔が地面に食い込んでいって息すらできない。このままでは死んでしまう。

 

 まさに絶体絶命の彼だが、これを脱出する手段はあった。



 光の魔力



 相性があるとはいえ災害級を打ち破れる最強の力。それを使えば最上級魔術だって超えられる。


(だけど、そうなったら四大魔剣は……!)


 だが代償は存在する。いくら超えられるからって相手は人類最高峰の魔術だ。光の魔力は莫大な量を減らしてしまうだろう、カイトの予測では半分以上も。

 それだけ減らしてしまえば、魔剣の門番達に勝つことが出来ない。

 もしかしたら三つまでならいけるかもしれないが──


(ダメだ! 四つ揃わなければ魔王には勝てない……!!!)


 僅かに入った邪念を払う。相手は光の魔力を持ってしても一歩届かなかった魔王だ。勇者の劣化品である僕が勝つにはその近い様で遥かに遠い一歩を埋める代用品が必要なんだ、一切の妥協は許されない。


(けど、このままペシャンコになるのもダメだ)


 しかし自分が死んでしまっては元も子もない。

 魔王を倒して世界のみんながその事を祝福していたら、実は魔王はニセモノでしたと本物の魔王に壊される未来なんてクソ喰らえだ。



(これを壊せる方法は他にもあるけど、それは外からしかできないしなぁ……クソ!)


 どうしようも無い選択肢に対して苛つきながら、ありもしない希望を願って、心の中でそう愚痴る。



 そう、人にとってあまりにも強すぎるこの魔というより結界だが



 実はとんでもない欠点がある。



 単純に外からの攻撃にとてつもなく弱い。

 この星を具現化させているのは二十人に、結界を広げないためのブレーキ役が三十人といるのだが。具現化させる作業がとてつもなく厳しいのだ。

 どれぐらい厳しいかというと、少しでも意識を削がれたら魔術が崩壊するほど。

 この二十人の誰かの意識を少しでも削ぐことが出来ればこの魔術は消えるのだが、当然そうならない様にブレーキ役+見張りがいる。

 

 この館にいる五十人以上の兵が全てヴァルハラ王国の精鋭中の精鋭だ。確かに魔王を味方する奴なんている筈ないから意識は館に向いているが……それだけだ。


 一瞬で倒せるだろう。

 だからこの希望は叶わない。


(やるしか無いかぁ……!)


 こうして決心した彼は光の魔力を解放し、この星を砕いて結界を壊し、その代償として魔力の大半を失う。



























 ──彼が来なければ。



















 パキッ








 ──な。




 急に軽くなった顔を上げる。

 何かが割れた音が聞こえた。その割れた物が何なのかカイトは見ていなかったが、彼は既にその正体に気付いた。


 結界が……壊れた?


 その事実にあり得ないと思う彼だが五体無事に立てている自分の体を見て、それが真実だと体が受け入れる。

 しかし頭は受け付けていない。自分が絶対だと思っていたものが破れた時、人はその変化を受け付けないものだ。それが自分にとって良い方向に変わるものでも。


 そんな状態ではあるが周りは待ってくれない。状況はだんだん変わり始めているのだ。


 ──誰の仕業だ!

 ──わかりません、気がついたら……煙!?

 ──隊長、敵の侵入を許しました!

 ──なんだとっ!?


 混乱しているのは自分だけでは無い。上にいる相手達も誰かの不意打ちで結界が壊されて、しかも黒煙をばら撒かれた為に周りが一切見えない。

 そのおかげで大勢が一時的に崩れている。

 

(敵……?)


 だがカイトはそれよりも気になるワードが飛び込んでいた。敵と言う事は、つまりは自分の味方である。

 しかし今の僕は偽物の魔王をやっている身、とても強い魔物なら壊すのはあり得なくは無いが来るはずがない。


 じゃあ人間ならどうかと言われればもっとあり得ない。

 人が助けに来たとしても精鋭相手に不意打ちをしなければならず、道具を瞬時に使い混乱させ、そもそも機密情報であるこの魔術の弱点を突かなければ──


(不意打ちが出来て……機密情報を持っている人物?)


 そこでカイトはようやく気が付いた。

 つい最近、これが出来そうな人物を助けた事に。



 カイトがそれに至ったすぐ直後に、答え合わせがやってきた。

 黒煙がここまで降りて来て、黒で一色になった前のさらに奥から、馬の足音が聞こえる。

 間違いなく幻影では無い。確実にこちらに近づいている……!



(まさか)



 そしてその音が最大まで聞こえた時──






「アニキっっっーーーーー!!!!!」





 ヴァルハラ王国まで送ったはずのあの子が黒い煙の中から現れた。


 



 




 

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