第8話
時はスタイバ町でカイトが勇者クレアと対峙する前。
戦勇者の称号を受け取ったクレアと魔王カイト討伐隊の兵士達は、ミナロック村に来ていた。目の前にある天井の一部が壊れている大きな家に、複数人の兵士達が捜索している光景が出来ていた。
家の前に立つ私クレアは、中で何があったのかを聞く為に腕を組んで待っている。後ろには野次馬が集まっていて、捜索の邪魔にならないよう兵士達が中に入れまいと警備していた。
そんな村人達の声がうるさい中、目の前の家──反国家組織の隠れアジトから一人の兵士が出てくる。
「戦勇者殿、隠れアジトからリーダーと思われる死体が見つかりました」
「ありがとう、それで他の人達は?」
「それが。全員無事でして……」
「……そう」
私に耳打ちしてきた兵士が言った事に対して、自分は納得がいかないような顔をする。いやリーダーはともかく、隠れアジトにいる人達のほとんどは洗脳されてしまった人達だから、殺されてないのは心底喜ぶべき状況なのだが……。
このアジトに潜んでいた勢力はとても危険なもので、子供を使った暗殺に国家の機密さえもバレてしまう情報収集能力。その一部とはいえリーダーが消えた事は、国家や人の安全に繋がる。
しかし──
(皆殺しにされていないのは何故?)
事が起きたのは前日。
町の道路でフードを被った男性がアジトの暗殺者に襲われる事が起きた。
ちょうどその時に近くにいた人から事情を聞くと、その人のすぐそばで起きたのにも関わらず、男性が暗殺の攻撃を受け止めるまで暗殺者がいる事にさえ気づけなかったらしい。
それほどに暗殺者の腕が良かったという事だろう。
だがここでさらに問題が発生する。
暗殺者が放った攻撃にそれなりの力があったのか、それとも受け止めた時の衝撃のせいか、男性のフードが外れたのだ。
そこから出てきた顔はどこかで見た気ような気がする。黒髪に眼帯、それにあの顔付きはヴァルハラ王国が指名手配で出していた似顔絵とそっくりのような──。
『ひぃ、魔王……!?』
フードが取れたその人が魔王だと気付いた頃には、魔王は暗殺者を気絶させて、その暗殺者を連れたまま隠れアジトの方へと飛んでいったそうだ。
少し経てば、アジトの中から出てきたのはマントをつけて馬に乗っている魔王カイトで、眼帯を外したその顔を村のみんなに見せびらかしたまま、村の外へと出ていった。
この説明からして隠れアジトを襲ったのは魔王カイトだというのが分かるが、魔王という存在が言い伝え通りの存在ならそもそもこの村が皆殺しにあっていないのがおかしいのだ。
(魔王の意識の中に、カイトの意識がまだ残っている……?)
そもそもカイトがあんな風になってしまった原因が分からない。ただこの現状が、カイトの意思が残っているかも知れないと、彼女に希望を抱かせていた。
「あなたは中にいる暗殺者達を一旦集めて、警備している人たちで暴れないように監視しておいて。私はヴァルハラ王国で保護できるか兵隊長と相談してくるわ」
「ハッ!」
戦勇者という称号を受け取った今の私は、魔王カイトの討伐隊に入っていて、実力や多くの魔物を倒した実績を持っている為に、討伐隊の中でも高い地位を手に入れている。
流石に兵隊の指揮など経験がない所もたくさんあるので兵隊長ではないが、ただ指示を出せる立場なのも事実。差別が無くなった今の討伐隊では、兵隊長と相談しながら自分も兵士を動かしていた。
アジトの中に入っていく兵士を見送って、私も場所を移す。兵隊長が見えると、彼は私以上に多くの兵士達と会話しており忙しそうだ。
「兵隊長」
「戦勇者様ですか、何か要件が?」
「はい、アジトの中にいる──」
会話がひと段落したところを突撃して、取り残された暗殺者達の話をする。ヴァルハラ王国なら引き取ってもらえるだろうと結論を出し、その方向で準備やどう運ぶのか話を進めた。
そしてそれもひと段落した頃に、また兵士が新しい情報を伝えてきた。
──彼が何処へ行ったのかと言う情報を。
「それで、魔王カイトの行先は掴めれたの?」
ここでの出来事から一日は経っている上に、相手は魔王だ。そう簡単に分かるとは思っていないが──
「具体的までにはいきませんでしたが、方角だけなら」
「本当に!? どの方向なの!?」
「戦勇者様、落ち着いてください」
「あっ……そ、そうね」
行けたらしい。
その言葉に驚いた私は興奮して兵士に聞き出そうとするが、兵隊長が興奮して無意識に圧を出している私を収めてくれた。わざとらしく咳をしてもう一度問いかける。
「……それで方向は?」
「魔王カイトが言った方向には、大きい町が一つあります。スタイバ町です」
この報告を受けた私達は警備を除いたこの町にいる兵士を集めて、スタイバ町に向けての作戦を開いた。兵隊長と私の前に兵士達が整列し終えたのを見て、兵隊長は話し始める。
「まず魔王討伐隊の次の目的地はスタイバ町だ。先程魔王がスタイバ町にある方角へ消息を眩ませた報告を受けた。その方角で一番近いのがこのスタイバ町になるわけだが……」
そこで兵隊長は隣に立っている私に顔を向け、それを見た私は頷いた後に兵士たちを見て作戦を言った。
「もしもの話だけど、スタイバ町で魔王と戦う事になった場合は市民が巻き込まれる可能性があります。そうならない様に私が街の外か、貴族の館まで魔王を誘導して市民が逃げる時間を稼ぎます」
魔王と戦うとその余波が周りに行き、建物なんて一瞬で吹き飛ぶだろう。なら周りに建物がない場所へと移せばいい。街の外以外にこのスタイバ町でその条件が満たせる場所は貴族の館にあるとても広い中庭だ。
たとえ体の主導権を握っているのが魔王だとしても、カイトの体を使って人殺しをするのは許さない。それはきっとカイトが悲しむことだ。魔王が相手だから仕方がないと言われても、自分が早く気づけば、もっとしっかりしていればと悔やむのがカイトという人間だ。
(そう、この鎧と剣で今度こそアイツに勝つ……!)
あの夜での敗北を糧に静かに心を燃え上がらせる私は、自分の単独行動の説明を終えた後に、住民の避難の事や対魔王専門の兵士達の行動を兵隊長と共に話し合った。
今回の重要な点は、如何に早く住民の避難を済ませて安全を確保するか、これに尽きる。魔王の足止めという自分しかできない大事な役目になった事で、僅かに体に緊張が走るがそれを上回る覚悟で押し返す。
今の自分はあの時の夜とは違う。
持っている装備も変わり、中途半端な覚悟もあの王様の前で捨て切った。魔王を打倒するほどの力も心も持った。
なら後は親友の為に、全力で戦うだけ。
「待ってなさいカイト……絶対アンタを救って見せる」
握りしめた片手を見る彼女の顔には、なんの迷いも無かった。
「今度こそあんたを倒すわ。魔王カイト」
スタイバ町に着いたときには事は既に始まっていた。こんな短期間でどうやってあのデカブツを下僕にしたのかは分からないが、ミナロック村の様には行かないらしい。
逃げ回る人々に外で今も燃えている大きな火柱、そして今私が倒した怪物の破壊光線。
間違いなくコイツは無実の人を殺そうとしていた。
なら市民達を守る為に、カイトの親友としても倒す。
そんな決意を表す様に剣を抜いたクレアを、魔王カイトは不敵に笑う。夜の暗闇の中に潜む魔王と月光に当てられる勇者、互いに相容れないと神様でさえもそう言う様に自分達のいる場所は違いすぎた。
暗闇の中で黄金の片目がこちらを射抜く。その圧はどれほどの物か、まるで蛇にでも睨まれたかのように体が強張る。
「その鎧……前よりはマシになったか」
「これがマシって、アンタが前着てた最高の鎧よ」
だけどこの程度で止まってなんていられない。相手の戯言を返して、体に魔力を回し始めていく。
今装備しているのは無心の剣と……勇者の鎧。
ヴァルハラ王国の検査の元、何の呪いも付与されていない事が分かったこの鎧は、対魔王用に必要不可欠な防具として私に送られた。
実際私も試したが本当に何も無かった。わざわざ強力な装備を放置するなんて、こちらを見下している様に見える。
それはあるだろう。あの夜での実力差はそれほどの物だった。でももう一つ理由はあると思う。
鎧の能力だ。
勇者の剣が人類最高峰の攻撃力を誇るなら勇者の鎧は人類最高峰の防御力を誇ると言える。
自動修復能力持ちに回復魔法の能力増加、その上であらゆる属性に対する耐性。……これは闇属性に対しても例外ではない。
この鎧はかつて強大な悪の手に落ちた事もあったが、今に至るまで一度もその光の輝きを失ったことが無い。あの魔王でさえも手が付けられない神秘の鎧。それが勇者の鎧だ。
この鎧を持ってクレアは、ようやくカイトと同じ土台に上り詰めた。
「…………」
「…………」
この下では大勢の人の声で荒れていると言うのに、この場所は別世界の様に静かだ。人の大声は遥か遠くから聞こえて、今一番聞こえてくるのは風の声。
誰も試合の合図なんてしない、ただ………
「……!」
「ッ……!!!」
何かが彼らを動かしたのだろう。
二人の姿が一瞬で消えた。
ほぼ同時に動き出した二人は音速で館の屋根を駆けていく。十秒にも満たない中で行われた攻防は数十回、剣と剣がぶつかる音を響かせながら続いたその行為は、
「クハッ!?」
クレアが館に叩き込まれた事で止まった。
魔王を追撃しようと上空を飛んだ直後に、さらにその上を飛んで来た魔王に背後から攻められた結果がこれだ。
(やっぱり早い……)
崩壊した瓦礫の中から無傷で出てきたクレアは魔王との、いやカイトとの実力差を分かってしまった。
やはりあの夜と変わったのは同じ土台に立てた事だけ。
心も装備もしっかり決めて来たが肝心の体が追いつけていない。最初の反応も僅かに遅れたせいで、その後の攻防も守りに回っていた。前より差が縮んだだけで私の方が弱者なのは変わっていない。
「鎧がよくても装備しているのが未熟じゃ、その程度か……」
「いちいちイラつく事言ってくるわね」
こっちは少しだけ疲れていると言うのに、中庭の真ん中に静かに降りて来た魔王は汗一つ付いてやしない。
すぐに戦いに移ろうとしないのは余裕の表れか、アイツは近づく事なく降りた場所で止まったままだ。
あっちも実力差が分かったのだろう。最初と同様に構えもせずにこちらを嘲笑っている。
(仕草一つだけでもイライラしてくるわね。……でも、余裕があるならその隙を利用させてもらうわ!)
差は空いたままだけど、縮める方法はある。
魔力強化。
それは勇者の鎧のもう一つの能力。
その効果は単純な物で使用者の魔力を鎧に回す事で防御力に攻撃力、スピードを上げる事ができる。
体を魔力で強化するより効果は大きいが魔力消費も大きい。まあこの能力がある鎧の中ではコスパは良い方なのだが、それでも消費が大きい事には変わらず長期戦には不向きだろう。
(瞬間的な魔力強化で相手の余裕をつく不意打ち、これしか通用しない……!)
正直心許ないがさっきので攻防戦で分かった。
こうでもしないとすぐに負ける事は。
体に溜まっている魔力を鎧に回し始め、体が強くなるのを感じるが鎧の外見に変化は無い。特別な鉱石で作られた鎧は、私の魔力を一切外に出さず中で循環させて無駄なく効果を発揮する。
僅かに時間が掛かるのか欠点だが、魔王は嘲笑っているまま。
(──来た)
静かに最大限まで魔力が回り切った時、私は大きな瓶の中に水が溜まりきった光景を浮かべた。鎧の内側にいる私しか感じられない大量の魔力、まるで自分が水の中で溺れている錯覚をするも冷静に今出せる全力を予測する。
(三……いえ、四倍ね)
四倍。
それが瞬間的に出せる今の私の限界だった。
そう一瞬だけ。
その間だけ魔王を上回る事ができる。欲を言うともっと欲しいがこれだけでも隙を突くには充分。
不意打ちで相手を倒せれば万々歳だがそれは無理がある。
(今!)
だがその攻撃で一時的にも相手を弱体化すれば、この防衛戦の目的達成はグンと近づく。
たった一瞬、されどその一瞬で隙を突こうと前に飛ぼうとして──
「一つ言い忘れてた。このままだとお前、また人殺すぞ」
「──え」
トラウマを蘇らせる言葉の不意打ちで彼女は一瞬だけ止まってしまった。
直後に迫って来た音速の物体。それに私が気づく前に、館の別の壁へ吹き飛ばされた。
(私のバカ……!!!)
切られた直後に硬直が解けた私は自身を罵倒する。王の前であれだけ人を救って見せると言い切ったのにこの無様。
今生きているのは予め鎧に魔力を回していたからだ。もし魔力を回す前にアレを受けていたら、今度こそ上半身と下半身がさよならしていただろう。
(ただ無様は無様でも前よりはマシね、イラついて来たわ!)
硬直はしてしまったが心は折れていない。むしろ今の自分の情けなさから闘争心ができたくらいだ。
(今度はこっちからよ!)
吹き飛ばされた先にある壁を蹴り追撃してくる魔王に向かって一直線に飛ぶ。そして魔力いっぱいの手で剣を握り──
「オラッ!!」
女性に似つかない荒々しい叫びと共に剣を投擲した。
「!?」
まさか武器を投げてくるとは思わず魔王も驚くがすぐに勇者の剣で受け流し、無心の剣はそのまま地面に直撃し轟音を鳴らす。
これでクレアの最大の武器は手元から無くなったわけだが、魔王が両手で勇者の剣を持ったのを見てクレアの口角が上がる。
「ビンゴ!」
やっぱりそうだ。動きがほとんどカイトと同じだ。
どうやって魔王が彼に憑依しているのかは分からないが、最初の攻防戦で彼の特徴を理解できた。
コイツは私の動きと癖を理解している。逆に言えば自分の動きに対する対応も分かりやすいと言う事だ。
そんな事は普通出来ないのが当たり前だろう。だが相手が赤の他人ではなく、毎日一騎討ちしているカイトなら話は変わる。
(劣った肉体を強化しまくった鎧で補助して、やっと追い付けた)
いつも二つ三つ先に行っていた彼より、この時だけは私の方が先に行っている。
そしてやはり肉体に依存するのか、魔王カイトは私の馬鹿力を理解して片手では受け流せないと両手で受け流してくれた。
予想通りだ。
つまり魔王は受け身を取れず、無心の剣の次の──いや今は剣を上回る最大の攻撃を叩き込める。
鎧の魔力で強化された拳を。
魔力の半分はさっきの不意打ちで消えてしまったがまだ半分ある。それなら残った分を全部攻撃に回してしまえばいい。
自分の拳が怪我をしたり、スピードも多少は落ちるが今の状況では痛みは関係ないしこの距離では避けられない。
この時なら莫大な魔力の爆発をぶつけられる。
(私の拳を受け取りなさい!!!)
鎧全体を循環していた魔力が自分の右手へ流れていく。ほんの僅かな空間に濁流の様にそれが押し込まれ、そして自分の拳が炸裂すると同時に、その一点ははち切れた。
城ですら壊す爆発系統の最上級魔法を連想するそれは確実に魔王へと伝達し、爆音と共に魔王は弾かれたかの様に地面へ吹き飛ばされていく。
(嘘でしょ!?)
だがクレアは今まで以上の速さで吹き飛んでいく魔王に驚きを隠せなかった。
(肘で受け止めたなんて!?)
魔力も集めやすく力を受け流しやすい手や、防御力を上げやすい腕よりは劣るが、肘は人体の骨の中でも最も硬いと言われる箇所だ。魔力で固めれば片腕はダメになるが、その痛みを体全体には行かせずに済むだろう。
不意を突いたはずだと言うのに、僅かなコンマ代の世界で彼は最善の受け身をして来やがった。
地面に吹き飛ばされた彼は地面に激突することもなく、片腕だけで綺麗に受け身を取り後退していく。
「まだまだぁ!」
だがクレアの攻撃はこれだけで終わらない。魔王を逃さんと、地面に着地した彼女は、計算通りに着地地点のすぐ近くに刺せた無心の剣を回収して追撃に出る。
今度はこちらからの攻撃だ。
痺れて使い物にならない片手を放置し、もう片方の手を使って相手に斬りかかる。
それと同じタイミングで魔王も使える片腕だけでその攻撃を受けた。
どちらも片手だけ、しかし常人の数倍の力で行われる押し相撲は、鍔迫り合いを再現させていた。
「さっきの嘘はもう通じないわよ!」
「さっきの嘘って?」
「人殺しの事よ! 戦いで周りが巻き込まれる事を言いいたかったらしいけど、もう魔力探知は済んでんの!」
周りに被害を及ばさせない為の戦いだ。
戦闘前にこの辺りの魔力探知は済んでいる。屋敷にいた兵士やメイドさん達も、怪物と戦っている間に逃げ出したのは確認済みだ。この屋敷に地下があるとは聞いてないし、地下も確認してみたが人の反応は何も無かった。
「……ああ、そうか」
その事を暗に伝えたが目の前の男は不敵に笑う。その顔がより一層に私をイラつかせた。
「何笑って──」
その理由を問い詰めようとして、魔王の背後から赤く輝いたのが見えた。その直後にボゥと燃える様な音を聞いて、私はすぐさま後ろに下がる。
(炎魔術!)
ランクは下級だが使用者はあのカイトだ。当たるわけにもいかずこちらも無詠唱の水魔法で相殺させるが、当たった瞬間に煙が周りに漂う。
視界を見えなくさせるのも作戦の内だと理解して、そしてカイトの癖を思い出して、真上に巨大な斬撃を放つ。
その行為は正解だった様で、斬撃で真っ二つになった霧から見えたのは、館の上に立ち大きな炎の玉を浮かせている魔王カイトの姿だった。
「笑った答えを教えてやるよ」
(やばい、あの攻撃は受けないと……!)
隣の平原に放ったものと同じそれを、カイトは中庭へと落とす。すぐさまクレアも剣で魔法を斬るが、威力を殺し尽くせなかった。
小さくなった、しかし威力だけは強い無数の火の玉が地面に直撃をし小さい爆発が起こる。だがこの程度では勇者の鎧に傷一つも付けやしない。
「なんでこんな事したの……」
今までとは違う戦い方に違和感を感じたクレアはそう呟いた。
最初の攻防戦に言葉による精神攻撃と不意打ち。あれらは意味のある戦い方だった。
戦いにおける必要最低限の行為にクレアに対する効果的な戦法と、意味がある戦い方をしていたのに、いきなり火の上級魔法。
上級魔法と聞こえは良いが、勇者の鎧を着た今の私にはなんのダメージを与えられない。あそこでわざわざ斬ったのは周りに被害を出さない為で、なら魔法を切ったら隙が出来ていたかと言えばそうでも無い。
彼はいきなり無意味な事をした。
思い浮かべたその感想をクレアは蹴る。
違う、クレアにダメージを与えると言う観点からすれば確かに無意味だ。
でも彼は無駄な事はしない。この戦いを有利に進める為に、ダメージを与えるのとは別の目的があってあれをした筈だ。
クレアはそう予測した。
ただその予測が当たったとしてもわざわざ教えてくれるわけがないと、ダメ元で聞いてみた質問だったが──
「親切心で教えてやる。もう一度魔力探知をしろ。それで答えは分かるはずだ」
意外にも返答はあった。
(……動きは見えないわね)
クレアは魔王を警戒しながら魔力探知を行う。魔力のレーダーの範囲を広げる最中に、クレアは地面の違いに気がついた。
(穴が空いてる?)
さっきの魔法が原因だろう、さっきまで無かったところに穴ができていた。だがその穴は下の暗い空間に繋がっている。
妙だ、この館に地下は無い筈なのに。
事前に聞いた情報との差異に疑問を感じながら、レーダーの範囲を広げていく。
そして魔王が言った答えが分かった。
(地下にまだ人が……!)
館の真下にある位置で二人の魔力を感知した。
さっきは感知できていなかったのに、今回は分かりやすぎるほど大きな魔力を感じ取れた。
あの空いた穴が関係しているのだろうか、だとしたらこの地下には、この鎧と同じ対魔力感知の結界が張られていると言うことになるが──
(そんな高度なものどうやって)
「俺が言った事を理解できた様だな。──ならお前が今置かれている状況も理解できたはずだ」
焦る私に魔王の声は容赦なく届いてくる。
館の周りだけを守るなら何とかなる。でもあのレベルの魔法でも貫通してしまう地面まで、守護対象になるととても困難な事に変わってしまう。
「今の魔法でこのザマだ。……ならそれ以上の魔法が当たったら?」
その答えを魔王はあえて言わない。窮地に立たされた私を見下す様に、彼の背後から魔力の塊が形成されていく。
一つだけじゃ無い。優に十個を超える巨大な炎の球が現れ始めた。
そしてその全てが先程の炎魔法より強い。
「さあ。お前が勇者なら、人を守りたいと言うのなら……やる事はわかっているだろ?」
「ッ……!」
文句を言う余裕すらない。そんな事する余力があるなら迎撃する事に全てを賭けろ!
鎧に回した魔力を今度は剣へ回す。地下にいる二人を救う為に、炎を斬り伏せる事だけに意識を集中させ構えを変える。
自分の魔力で周りの空気が荒れ狂い、嵐の様に自分を中心に回り出す。
「地獄の鍛錬の始まりだ! 死ぬまで足掻いて見せろ!!!」
その言葉を合図に炎の球が一斉に降りてきた。
一つでも地面に当たったら地下にいる二人は死ぬ。
過去の過ちを繰り返さない為に、地獄の防衛戦が今始まった。
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