第7話

 ミナロック村から離れた平原で、フード付きのマントを着た男が馬に騎乗して渡っていた。

 騎乗した彼にかかる向かい風はマントをなびかせて、後ろに乗っている男の子の姿をあらわにさせる。


「プハッ!」


「なんで付いてきた!」


 カイトは暗殺組織の主人を殺した後、戦意喪失した暗殺者達には目も暮れずに、颯爽と家にいた馬を盗んでいった。

 だがその時に、暗殺者達と一緒に置いていくつもりだってアルファが付いてきたのだ。

 彼が乗った時には家の丁度外に出ており、すぐに目立つ状態。降ろすわけにもいかず、そのままマントで隠して仕方なくここまで来たのである。


「魔王に付いて来るバカが──!「魔王は人助けなんてしないよバカアニキ!」……いやそうだけど」


「俺はアニキに二度も命を助けられたんだ。その恩返しをさせて! それにアニキはなんかあるんだろ? でなきゃあんな笑顔するわけが無い!」


「……」


 彼の愚行に叱ろうとするカイトだが、いきなりの正論にどもってしまう。2人とも喋らない微妙な時間が過ぎていくが、アルファが疑問に思った事を聞いてきた。


「……そもそもなんで、僕が危ないって気づいてくれたの?」


「そりゃあ……」


 正直、森の中で話した時から怪しいところしか無かった。彼なりに必死で隠してたつもりなのかもしれないが、話しているだけで何かあるのはすぐに勘づいた。


 それに──




『……助けてくれてありがとう』




「……別れ際に言った時の、あの助けて欲しいって顔見せつけられたらなぁ」


 あの時の表情が昔の自分と重なったからか、より一層に助けたいと思った。

 その言葉を聞いて、やはり彼は隠せてたと思っていたのか少し驚くが、すぐに笑顔いっぱいに変わる。


「……ありがとう」


「いつも言ってるだろ、人助けは基本だって」


「やっぱりアニキは魔王じゃ無いでしょ」


「なんとでも思え」


 昔の自分と似ていると気づいたからか、死ぬ直前に助けたなんて普通ならありえない事を体験したからなのか、彼との会話はいつの間にか距離が近いものになっていた。

 それはクレアとの会話を思い出す物で、離したくない無いという気持ちもあるが、そういうわけにはいかない。


「恩返しは有難いが、付いてくるのはダメだ」


「……なんで」


「分かってるだろ、魔王と呼ばれてる奴について行くのはどういう事か」


 これから僕は、本物の魔王を倒すまで人類の悪役として生きていかなければならない。できればクレアの味方になってサポートをしたいものだが、ロイの信頼があまりにも強すぎる。誰もロイが悪い事をしていたなんて信じてくれないだろう。そしてそんな奴について来るとなれば、組織にいた時以上に辛いことが待っている。


(それだけじゃない。邪教が作った四大魔剣を集める旅でもあるんだ)


 クレアは光の力を持ってしても、魔王と相打ちになった。なら劣化品の自分が戦っても負けるのは分かり切っている。だからその代わりを探さなければならない。


 それが四大魔剣。邪教──厳密に言えば遥か太古の人類が作り出した、機械仕掛けの剣だ。

 この剣は文字通り四つ存在していて、それぞれ火、水、土、風の属性を宿している、ゲームの表舞台には出てこない裏設定の武器だ。

 悲しみの蘇芳花スオウバナにハマった時に読んだ、裏設定集の本に書いてあった。そしてそこには、四大魔剣が悪いものに取られぬよう厳重でとても危険な場所に保管されている事も書いてあった。


 こんな目的があるから、おいそれと人を連れて行く事はできないが、僕の言葉にアルファはほっぺを膨らませて不満そうにしている。


「でも僕、帰る場所が無い」


「あるさ。俺についてくるよりもっと安定して住んでいける所が。ヴァルハラ王国の首都にある聖協会だ」


 僕が言った聖協会という言葉に、男の子はその手があったかと驚く。しかし彼はカイトを助けたい一心だ。カイトについて行く魂胆は変わらない。


「やだ、アニキについてく」


「ダメだ。ついてくるな」


「やだ!」


 子供のように駄々をこねる男の子相手に、カイトはため息をついて馬を止めた。ヒヒーンとなく馬をよそにカイトは降りて「お前も降りろ」とアルファにも促す。


「……分かった、お前を連れて行く」


「! やったぁ「ただし、一回背中見せろ」……はい?」


 いきなりの変な要求に男の子は顔を傾けるが、カイトの「後ろ向かないと連れてかないぞ」という脅かしの元、仕方なく背中を見せた。


 背中を見せてから少し経ったが、カイトは何も言ってこない。いい加減話を進めて欲しいと思った時に、後ろからボトンと何か落ちる音が聞こえた。

 一体何をしているんだろうかとカイトの方へと振り返ると──


「アニキ、一体──」


「そらよっ」


 カイトに聞こうと振り返った瞬間に見えたのは、宝石だった。鉱石のような形をしたそれは透明で、中心には炎のように燃える魔力が見える。

 そしてそれをカイトが勇者の剣で真っ二つにして、ガラスを割った音が響く。


「え?」


 驚きの声をあげたのと、周りが光出したのは同時だった。男の子は何をされたのかも分からずに、周り一帯が光に染まっていき、その光が止んだ後には男の子の姿は消えていた。


「成功したか……」


 どこか寂しそうにするカイトは、さっきまで男の子がいた所を少し眺めて、すぐに馬に乗って本来の目的地へと発った。



 ⭐︎⭐︎⭐︎



「え?」


 突如光に囲まれて困惑した男の子だが、自分の体に変化は無く、そのまま光は消え去っていった。

 光が消えてから見える光景は平原、何も変わっていないような気がするが違う。


 まずアニキがいない事、自分の目の前にお金が入った袋が置いてある事。そして後ろにとても大きくてどこか見たことのある城がある事だ。

 どうやら大きい街の中に建っていて、その街も今の自分と目と鼻の先だ。


(あれってヴァルハラ王城じゃん)


 遠く離れたところからでも見えそうな程大きくて立派なそれは、自分が暗殺組織にいた時に、敵の本拠地として教えられたのと姿が一致していた。

 アニキと一緒に馬を降りだ場所は、少なくともこの城が見えるような場所じゃ無い。


(てことはあの宝石みたいなの……転移道具!?)


 アルファは知らないがゲーム特有の、村や街へ一瞬でワープする便利アイテム。それをさっきカイトが壊したのだ。

 ゲームではよく入手出来るが、この世界では貴重な道具として扱われている。それは目的地までの馬車や船、食料といった移動コストを無くすだけでなく、魔物に襲われないというつまり命の安全も保障される圧倒的なメリットがあるからだ。

 作るのに高価な材料も必要なのもあって、転移道具はとても高く、貴族でも二つ三つしか持ってない人だっている。

 それをあんなあっさりと……。


(違う、それもそうだけど!?)


 ヴァルハラ王国には聖協会があり、そこでは引取先がない子供達を助けている。


 カイトが言った事だ。


 その上自分の目の前には袋がある。確認してやっと気づいたのだがそれなりのお金が入っていた。


 カイトが何か起こった時のために用意してくれたのだろう。



 つまり



「アニキの野郎、置いていきやがったぁぁぁーーーーー!!!」


 平原で一人、アルファは叫んだ。

 


 ⭐︎⭐︎⭐︎



 これから僕が行く町──スタイバ町には「聖女エリーナ」がいる。既に分かると思うが彼女はゲームでクレアの仲間になる存在だ。


 赤い口紅のような色をした髪の毛に真っ赤な瞳。まだ年齢も幼く、背が小さい為に守りたいと思わせる愛くるしさがあるが、彼女はそれだけでは終わらない。

 頭が賢く、知識も豊富で作戦も立てれると、出来る範囲が子供の領域を超えている彼女は、クレアにとって外せない大切な仲間になってくれる。彼女の旅仲間としても絶対にいるべき存在だ。


 あと忘れてはいけないのは聖女の特徴だな。


 勘違いしそうになるが聖女に光の力は無い。だが伊達に特別な存在扱いをされているわけじゃない。なんと人類最強の勇者に勝る部分があるのだ。


 「守り」と「回復」


 この分野において聖女の右に出るものはいない。魔王の強力な攻撃を防ぐことができて、味方の骨折や大怪我を瞬時に無くすことができる。


 敵を倒すのに特化した勇者の反対で、味方を守るのに特化した特別な存在。それが聖女だ。流石に死人を生き返らせることはできないが。


 勇者も光の力で回復することはできるがこれ程(自己修復は別だが)の力を持っているわけではない。いかに聖女が重要なのか分かるだろう。

 さらに言えば聖女が居るだけで魔王が不利にもなる。


 ……まあ、そんな存在をロイが放置するわけがないのだが。


(そう、エリーナはスタイバ町の貴族によって囚われている)


 ロイは聖女が勇者と出会う前に既に見つけ、なおかつ活動させない為に、秘密裏に一人の貴族へ売り払ったのだ。ロイは僕の手で首を刎ねたが、聖女は囚われたまま。

 ゲームでは順番が逆で、クレアが先に聖女を救い出してからその後にロイを倒していた。クレアが国から逃げる立場であったからこそ、偶然スタイバ町──その貴族の異変に気づけたが、今のクレアは国側にいる。


 灯台下暗し。


 外側に自分という敵が居るせいで外ばかり気にして、ヴァルハラ王国内に敵がいることに気付けない。もしも自分が魔王を倒せず、クレアが倒す時に聖女が居なかったら恐らくクレアは死んでしまう。


「だからこそ代わりに自分がしなきゃいけないが。ハァ……」


 そこまで頭の中で考えてからため息をつき、目の前の焚き火とその寂しい今日の晩御飯を見る。炎の中で串刺しにされた一匹だけの魚から、量の寂しさを感じてもう一度ため息をした。

 今日も魚一匹しか取れなかった。これで四日連続と嬉しくない記録だ。相変わらずサバイバルスキルの弱さは改善できていないが、今日は落ち込んでそのまま寝るわけには行かない。聖女を助ける準備がやっと整ったからだ。


 スタイバ町の下見は済んでいる。中に入るのではなく、人外じみた目の良さ(ホムンクルスと光の力)を使って外から見ただけだが。

 スタイバ町の特徴としては、規模は普通の町より少し大きい程度に対して、聖女を閉じ込めている貴族の館が大きすぎることだ。流石にヴァルハラ王城みたいな大きさではないが、とっても広い中庭も含めて通常の3倍くらいある。

 前世で例えるなら東京ドーム一個分の大きさだ。……むしろ分かりづらいな。


(なんにせよ、館内の形は大まかに覚えられた。それにあいつらも近くに来ているしこれ以上は待つ必要がない)


 そうしてカイトは真上の月が照らす夜の平原を一人駆けた。







(貴族がいるのは……やっぱ中央にあるあのでかい部屋か)


 息を潜め貴族の館に侵入したカイトは、警備に見つからないように移動する。人類最強を誇る戦闘能力の元に動く足は繊細でしかし的確に、音を出さないで動く事がによって、ほぼ無音で移動できていた。

 だがやはり妙だ。貴族の警備にしては巡回している兵士があり得ないほど少ない。この広さだと普通40人居てもおかしくないのに、自分が確認しただけだと4人しか居なかった。

 とはいえ裏設定を調べるほどゲームにハマった自分なら想像が付く。


(今夜はお楽しみかよ……さっさと終わらせよう)


 元々ダーク要素があるゲームだ。それはクレアの扱いだけでなく世界観にも出ている。聖女は売り払われた身であり、それは実質奴隷と同じ扱い。男性の奴隷なら力仕事があるが、女性になると飼い主の身の回りの世話が入るだろう。


 ロイが死んだこの時に警戒するべきなのに、夜の営みが理由でこのザルな警備をしている事へ呆れながらも、カイトはさらにギアを上げてその部屋へ突入していった。

 人数が二桁も行かない警備なんて、彼には無防備と同然。すぐに辿り着き扉を静かに開けた。

 部屋の中は全てのカーテンが閉まっている為暗い。そこへ扉の外から入ってきた天井のランプの光が中の二人を照らす。片方は上半身裸になっている中年男……貴族で、もう一人は自分や貴族より二回り小さい女の子だった。顔や髪の色はまだ見えないが恐らく彼女がエレーナだ。

 お楽しみの直前だったらしい、突然部屋に入ってきた僕に対して貴族は怒鳴ってくる。


「今日は入ってくるなと言っただろう!」


 きっと兵士がメイドだと思ったのだろう。逆光のせいで顔が良く見えない僕に対して、だいぶお怒りの表情で睨みつけてくる。これ以上騒がれても面倒だ。今の場面でも貴族は充分アウトだが、聖女を隠しているとは確定していない。

 眼帯を外し暗闇でも良く見えるこの片目を見せ付け、それを見た貴族は怒りから恐怖へと顔を変化させる。やはり目の色は前の世界よりも重大な意味をもたらすようだ。今の所これを見た者はクレア以外の怖がっていて、今回もその例に漏れなかった。


「お、お前。ロイの野郎を殺した──」


「ああ、今日はお前の所の聖女様を奪いに来た」


「その事をなぜ知っている!?」


 相手を動揺させながら質問してサラッとボロを出させようとしたが、初っ端から相手が自爆しやがった。こいつ貴族なんだからトークスキルは高くないとダメだろ。婚約とか政治の話とか、自分の地位の話とかでその能力ないと貴族社会生きていけないぞ。

 ……いや、そういえばこいつアレを打ち込まれてたな。今まで生きてたのもこんな大きい館を手に入られたのも全部、ロイの言いなりだったからか。彼の命令を受けてただそれだけの事をすれば、全てが上手くいくんだからそうなるわな、捨て駒にされてるなんて知らずに。


(まあいい。聖女を助けた後は僕のやりたい放題にさせて貰う)


「何を黙って──ん?」


 貴族の言葉が止まる。なにせ魔王カイトの隣には、自分の隣にいるはずの女の子がいたからだ。貴族がさっきまで女の子がいた方を見ると跡形もなく消えていた。つまり貴族の目では追えないほどのスピードで、この男は女の子を奪い元の位置に戻ったと言うことになる。

 驚いている自分なんか気にせずに、布見たいな物(奪う途中で切ったカーテンの一部)を女の子に被せる姿に貴族は一つの疑問を思い浮かべる。


 瞼を閉じるそんな一瞬でも、自分の命を奪うのも簡単なのでは?


 それに気づいた貴族はプライドや出口にカイトがいる事なんて無視して逃げ去ろうとした。貴族はこんな事なんてあまり体験していないから、プレッシャーに打ちのめされた体は無様に震え、転ぶ。


「や、やめろ! 来る──」


「見るな」


「?」


 カイトが女の子に布を被せた時、貴族は言葉を言い切る前に血を撒き散らし肉片と化した。

 カイトの行動によって女の子は、既に斬られていた貴族の最期を見ることもなく、飛んできた血も肉も浴びる事もなく済んだ。

 まず邪魔者を消した彼は被せた布を、死体が見えない程度に外して容姿を見る。さっきまで見えなかった髪の色や顔も、自分の背後にある扉の外の光が届いて来てその姿をあらわにした。



 それはゲームと同じ赤い髪の毛に赤い目──



 ──ではなく青い髪の毛に青い目をした、しかし色を除けばエリーナに瓜二つの女の子がそこに居た。


「君は……」


 エリーナにそっくりな女の子を見て、前世のゲームをやっていた時に見つけた彼女の姿が蘇ってくる。

 自分の予想とは違ったが彼女を知らないわけではない。ゲームにも少しだけ出てくる子供だから、最悪死んでいる事を覚悟していた。ゲーム同様、クレアと同じように骨の姿で見つかるかもしれないと思っていた。だけどこの世界では本来より一年以上早くこの館へと来たから、運良く助けることが出来た。その事を自覚した自分は無意識に、安心した表情で彼女の名前を呟く。


「メリーナ……」


「? なん、で。私の名前、を知って、いるの?」


 ぎこちない口を一生懸命動かしながら自分に疑問をぶつけてくる女の子は、聖女エリーナの双子の妹、メリーナだった。


(そうか、間に合ったか……だけど)


 そう安堵した自分の心をもう一度引き締める。舞台はまだ始まってさえもいない、とにかくメリーナをここから出さなければ。そう思い、口に人差し指を立てて彼女の質問に答える。


「それは秘密だ」


「ひ、みつ?」


「ああ。答えられなくて悪いけど、今は元の部屋に戻るんだ」


「なんで?」


 ここにメリーナがいるということは、姉のエリーナは今地下牢に居るはずだ。ここがもう少しで戦場になるのだから、シェルター代わりにも使われていた地下牢へ避難させないといけない。

 自分の話す事に対して、首を傾げながら疑問に思う彼女を優しく諭すように、頭を撫でて話す。


「今からここは危ない場所になる。……君はお姉ちゃんを守りたいんだろ、一緒に居るんだ。そのまま後ろを振り向かずに、部屋の外へ出るんだ」


「……わかった」


 姉を守りたい、その一言で疑問に思っている目から強い意志を感じさせる真っ直ぐな目に変わったメリーナは、今までとは打って変わってすぐに部屋を出た。

 彼女が部屋を去るのを足音で確認しながら、カイトは目の前の死体を一片たりとも視線を外さず、縦に真っ二つになって息は絶えている筈のそれが今もなお痙攣しているのを切った後から見続けている。

 それも死んだ後に神経が残っているから動くなんてレベルではない。動き始めてから時間が経つにつれて、その震えはむしろ強くなっている。


(ボスのお出ましだな。……二回目の大芝居。張り切ってやるか……!)


 呪いを見ず知らずの内に掛けられた貴族は、ロイが出来るだけ貴族を殺した奴に傷を負わせられるよう、死んだ後に強力な魔物に変えられるよう仕組まれていた。

 今いる部屋周辺に、警備も含め誰もいない事を魔力探知(機械のチップを外した時に手に入れた能力)で察した僕は体に魔力を回す。

 

 その瞬間、肉片だったそれが膨らみ肉塊へと変わっていく。質量保存の法則を無視して貴族の体の何十倍まで膨れ上がっていく肉塊は、部屋を内側からぶち壊しなおその領域を広げていった。

 僕は巻き込まれないように回避しながら、この館の一番高いところまで飛んでそのまま立ち、目の前の中庭に立つ肉塊から変化した大きな魔物の姿を見た。


 直立二足歩行で大きな尻尾があるそれは、身体中の皮膚が恐竜のような赤茶色のものに変わっており、形が人間のものに長い爪を付け加えた両腕。そして顔も恐竜の物をそのまま持ってきたような姿。

 20メートルクラスの特撮でよく居そうな怪獣が姿を表した。


(おっと、早速放ってくるか……)


 貴族の意識なんて既に消失しているだろうが、殺した奴を対象にするよう作られているのか、魔物は自分に向けて、口の中から発射する光線を放とうとしている。

 充填時間も短く、一瞬大きく光ったと思ったら、光速で鉄さえも簡単に貫通するビームを放ってきた。それを目視で捉えながら、腰にかけている勇者の剣の鞘を抜き──


「おらよっ」


 軽く弾いた。自分に向かって一直線に来た黄金のそれは、空に向かって大きく円弧を描きながら空中で爆発した。深夜で真っ暗な夜空がほんの僅かな時間、真昼のように明るくなり、耳を塞ぎたいほどの爆音が響き渡る。



 そんな異常現象が起きたらどうなるか。



「なんだなんだ?」

「あれ……」


 家の窓から、扉から、室内にいた町の住人たちがぞろぞろ外を見る為に出始め、館の周りが人の姿でいっぱいになった。最初は異変が起きた空を見続けるが、次第に町の中央にそびえ立つ黒いナニカに気付いて、最終的に魔物の方へ視線は集まった。


(そうそれでいい。今から始まる戦いには観客が必要だからな)


 みんなが後ろの魔物と自分を見ている事を確認した僕に、空から月の光が落ちてくる。暗くてよく見えない自分の姿があらわになり、町の住民は、魔王ではなく勇者のような神秘さを醸し出しているように見えるだろう。

 そして舞台が整ったこの時。今から始める茶番劇の為に風魔法で、僕の声が街全体に届くように調整して、口を大きく開いて叫ぶ。


「この町にいる者たちよ、聞くがいい! 我が名はカイト。元勇者であり今は魔王という人類の敵だ! ヴァルハラ国王から聞いての通り、つい最近魔王である自分は復活した!」


 僕の魔法はしっかり働いてくれているようで、自分が話し始めたら「そういえば」と国王からの伝令を思い出す人がチラチラ見えてくる。

 ここでもう一押しだ。


「そこで! 復活した景気祝いにこの町で皆殺しを行う事にした! 後ろにいるこの魔物は、お前達を地獄へ送る巨大な死神というわけだ!!」


 町の人たちに死刑宣告をした後に、上級炎魔法を誰もいない、町の隣にある平原へと放つ。僕の頭上に、僕より二回りも大きい火球が生み出され、そのまま平原へと落ちていき天まで届きそうな火柱が立った。

 その炎の光は先程の破壊光線に負けないほどの輝きをして、僕の後ろにいる魔物の姿を露わにする。


「さあ逃げ惑え怯えろ! この魔物から放たれる黄金の死線を受け取って死に絶えるのだ!」


 魔王の後ろにいるナニカが建物ではなく、口も目もある大きな魔物だと気づいた時には、この暗闇の世界は悲鳴と困惑が飛び交う状態になっていた。町中がパニック状態。しかし魔物はそんな事を気にせず、貯めに貯めまくったエネルギーを目の前の目標(カイト)に放とうとしていた。

 そのビームは先程の比じゃない。一度目では威力不足だと察した魔物は、時間を代償にこの町を木っ端微塵に吹き飛ばす程のエネルギーを口に溜め込んだ。


(……ああ、やっと来たか)


 だが目の前にいるカイトはそんな事を気にする様子ではなく、怯えるどころかむしろ笑ってさえもいる。

 愚かな。何もしてこない目標相手に今からたどる末路を思い浮かべながら、魔物は容赦なくそれを放った。前の太さは同じ、しかし数倍の魔力の濃さで迫ってくる死線をカイトは──


 首を軽く傾げて避けた。


「!?」


 光速で放ったそれを、しかも数ミリという世界でギリギリ避けた目標に驚きながらも、次の充填をすぐさま始める。しかし何故? と言う疑問も浮かび上がってくる。目標は自分から魔王だと言ったが、断じてそれは無い。

 彼には闇の魔力がないしむしろそれの対に当たる光の魔力がある。光の魔力があると言うことは勇者であり、勇者ということは人々を守る存在だ。


 なら今の攻撃を避けたのは……?


「!」


 魔物がそれに気づいた時には手遅れだった。



 目標のはるか後方、先程放ったビームの到達地点に答えはあった。



 いつ現れたのか、夜でも眩しいほどに輝く鎧を着た白髪の彼女は、黄金の死線に対してカイトがやってみせたように、剣で弾いた。




 違う。弾いたのではなく弾き返した。




 一直線に飛んでいったそれはそのまま来た道に戻っていく。カイトや町の住民にとっての黄金の死線が、魔物にとっての死線へと変わり、口から放たれたものがそのまま帰れば、当然死線の行先は魔物の顔へとなり……。

 


(ああそうか。こいつは待っていたのか──



 死が迫る直前。弾き返した女にもほんの僅かな光の力を感じ取った魔物は悟った。







 ──もう一人の勇者を








 






 ⭐︎⭐︎⭐︎


 頭を破壊された魔物はそのまま倒れて、貴族の館の一部を壊した。それを見た町のみんなは何が起きたのか分からず混乱していた。


 ──その女性を見るまでは。


「兵隊長、町のみんなは頼んだわよ! 私は魔王カイトを足止めします!」


「分かりました! ……戦勇者殿、どうかご武運を」


「あなたもね」


 町全体が黒に染まる中、ひとつだけ白い光が現れた。その存在に町のみんなは見惚れていて、先程のパニックが嘘のように静かになった。


 会話を終えた次の瞬間、女性は流れ星のように光の速度で魔王へと向かい人も音も何もかも捨て去っていく。そんな状態で魔王を半殺しにするつもりで剣を振るうが、魔王は後ろへ飛ぶことによって軽く避けた。


「ようやく来たか……」


 カイトは襲いかかってきた彼女の顔を見て薄ら笑う。

 対して彼女は先程まで魔王が立っていた所に降り立ち、夜空から落ちている月の光が、彼女の本来の姿を表せるように輝かせていた。

 その光の中で見える目に迷いは無かった。

 

 その事に魔王は退屈しなくて済むと喜んだのか、勇者の剣を構えて、それに相対して彼女も無心の剣を構えた。


「今度こそあんたを倒すわ。魔王カイト」


「待っていたぞ、クレア!」



 町の皆が見ている中、魔王と勇者の対決が今始まった。

 



 

 

 

 


 


 


 

 

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