第6話

 あの夜の出来事から数日。


 恐らく魔王と呼ばれている僕カイトは、頭を抱えていた。ヴァルハラ王国の首都から離れている山で。


 魔王と呼ばれるほど恐ろしい奴が頭を抱えている。

 そんな姿を見れば、彼はきっとすごい悩みをしているのかもしれないと思うだろう。


 ……全くそんなことはないのだが。


(やばいやばい、あれからほとんど何も狩れてねぇ……!)


 そう。今の自分が抱えている問題とは──


「サバイバルなめてたぁ!」


 サバイバル生活がろくに出来ないことだった。




 自分が立てた計画は、前世を思い出してすぐに考えた物なので穴がある。流石にクレアの件はやり遂げたが。


 問題はその後の生活についてだ。


 自分は過信していた。

 光の力という万能の力があり、戦闘用ホムンクルスの体というどの環境でも対応出来るハイスペックを持っている。

 それならサバイバルくらいできるだろうと。


 だがダメだった。


 山で魔物や動物を獲ろうとしても、先にこちらを察知してすぐさま逃げ出す。

 あれが生存本能なのだろうか、数十メートル離れた自分を感知して逃げ出すのは驚いた。


(それ以前にサバイバルスキルが貧弱なんだよなぁ……)


 火の起こし方や罠の設置の仕方とか、実際やろうと思ったら全然出来やしない。前世でいうあれだ。仕事のやり方の説明を一通り受けた後、行けそうと実践してみたら分からないことだらけの奴。


(いやそもそもこういうのはクレアに頼りきりだったじゃん!)


 さらに思い返してみれば、魔物退治て野宿するときは、手際のいい彼女に色々やってもらってた。……戦闘以外に彼女に勝てる要素がないような。


(他でもクレアに頼ってたツケが来そうだな)


 来るであろう問題だらけの未来に悩むが、今は食料問題に意識を集中しよう。

 さっき動物を狩れないとは言ったが、一応方法はある。


 光の魔力を使えばいいのだ。


(でも出来るだけ使いたくない。光の力は有限なんだから)


 僕は偽物の主だ。力を使うと体から漏れて、漏れたそれは本来の主へ戻っていく。

 本物の魔王を倒すまでの間。光の力が消えないように多用するのは避けたい。


 次の目的地だって、「聖女」を助けないといけないのだから。光の魔力は絶対消耗する。


「でも飯は食わないと死んじゃうしなぁ……」


 自分はご飯がないと生きていけない。お前ホムンクルスやろと思うだろうが、よく考えて欲しい。

 僕は実際に子供から青年まで体は成長している。太古の技術を使って作られた体は、半分人間と変わらないほどの精度なのだ。


(悩むなぁ。光の力を使うか、他の方法を模索するか)


 静かに流れる川を前に、手を顎に添えて座る僕はどちらを選ぶか考えるが、その時間は唐突に終わりを告げた。


「助けてくれぇーー!」


「……ん?」


 目の前で静かに流れる川に一つ、騒がしい音が聞こえる。下を向いていた僕は前を見て、それを探すと一人の男の子がいた。

 ぱっと見でわかる。今にでも溺れてしまいそうだ。


「やばいな」


 それを見た僕はすぐさま川に飛び込んだ。静かな川に大きな衝撃音と大きな波紋が広がっていく。

 川の流れや、暴れている男の子など様々な問題はある。しかしそれらも光の力でクリアして、特に苦戦することなく助けることができた。


「大丈夫か!?」


 川から少し離れた所へあげて仰向けにした男の子の服装を見る。

 布のブラウスを着ており、腰の周りを革のベルトで締めたとても単純な服装をしていた。


 今の自分は魔王を演じている立場だ。だからこんないいイメージを持たれるようなことをするのは、計画に支障が出てしまう。といっても見殺しにするのは自分も嫌だし、その辺りの解決策はいくらかあるから一応問題ない。


 助けた男の子の口から水を吐き出させ、息を確認する。すると傾けた耳に小さく呼吸している音が聞こえた。

 なんとか助けられたらしい。


「……気絶してんな」


 目をずっと閉じたままの男の子をどうするか。

 周りを見渡すと川と森だけ。そこは魔物だらけの巣窟だ。男の子一人にさせるのは危なすぎる。


(まあ自分に恐れて逃げていったんだけどね)


 よく考えたら魔物いないしそれで今困っているんだった。光の力が原因だろうから、それをうまく出さない練習をしないと。

 ……いや、とにかく一人にさせるのはダメだろ。それにおかしい点もある。


(なんでこんな所に一人で……?)


 さっきの説明通りここは魔物だらけだ。子供ならいや普通の人間一人では生きていられない。

 近くに親らしき気配も感じないし、なんでここにいるかますますわからなくなる。


(まあいいや。山を降りて目が覚めるのを待つか……)

 

 考えても答えは出ないと思った僕は、そのまま下山することにした。




 ⭐︎⭐︎⭐︎




「……ここは?」


「やっと起きたか」


 男の子が起きた頃には、既に日が下りておりあたりは真っ暗。僕たちは今、山の麓の森で焚き火をしている。

 周りは木に囲まれており、念のために魔物がいないか警戒していた。


「とりあえず腹減っただろ? 食え」


 そう言って、焚き火に刺していた串刺しの焼いた魚を持つ。男の子の手が熱くならないように片手で根本の持ち彼の目の前に持ってくる。

 男の子は困惑して俺を一瞬見るが、相当腹が減っていたらしい、犬の様にガブガブとかぶりついた。


(あぁ〜良かった。なんとか1匹捕まえられて)


 僕は男の子にバレないよう、静かに息を吐く。

 助けた後に釣りでも魚はとれなかったので仕方なく、川に潜ってみたが採れたのは1匹のみ。

 あんなに苦労してこれだけなのは正直泣きたいが、こいつのかぶりつきを見てそんなのは吹っ飛んだ。


「……うまいか?」


 串刺しにして焼いただけなのだが、口に合うか合わないかは大事なことだ。念のため聞いておく。

 そして聞かれた男の子は、口に入っているお魚をゴクンと飲み込んでこっちを見た。


「アニキは食べたの?」


「もう食べt「グゥぅ〜!!!」………………」


「……食べてないんだ」


 最悪のタイミングでお腹の虫がなってしまった僕を、どこか呆れたように見てくる男の子。やめてくれ、ものすごく恥ずかしくて死にたくなる……。

 

「食べた方がいいんじゃない?」


「……いや大丈夫だ。お前の方こそなんで川で溺れてたんだ? 後、なんで俺をアニキと呼ぶ?」

 

 言葉を断って、恥ずかしさを紛らわすためにも強引に質問に入った。それを受けた男の子は一瞬キョトンとするが、すぐに魚を食べ始めて答える。


「迷子になった。後アニキ呼びは助けてくれたから」


「流石に無理があるだろ……両親は? 早く家に戻らないと心配するぞ」


「……親父達は魔物に殺された。今は別の家で引き取って貰ってる」


「……そうか」


 寂しそうに言ったのを見て、自分の声調も低く静かになっていく。

 魔物が蔓延るこの世界では珍しくない。そして親が死んで残された子供がどうなるかは、主に三つのルートがある。


 一つは修道院やヴァルハラ王国の首都にある聖協会と言った所に引き取られるか。

 一つはその子の親戚の人達に引き取られるか。

 最後のルートは誰にも引き取られず死ぬか。


 この子は運が良いことに引き取られたらしい。魔物が出現しているせいで余裕がないこのご時世では、修道院にもいけず誰にも引き取られずに死ぬ事は多々ある。それが子供だとしてもだ。


「お前が出ていった家の家族はどうなんだ」


「……優しいよ。でもやっぱり──」


「前の家族に会いたくなった……か?」


「……うん」


 静かに僕の言葉を肯定した。今の森は鳥や虫のさざめきもなくとても静かなもので今の声はよく聞こえた。

 それから無言の時間が進む。風の音と焚き火の音だけがこの場を支配し、自分は考え込む。


「とりあえずお前を家の元に返す。この山から出るには、いや出ても魔物がうろついてるからな。家までの用心棒をやるよ。タダでな」


 風が3回過ぎた頃だろうか、それくらい考えて提案をした。男の子は相変わらず無表情でこっちを見てくる。ただ顔を傾ける仕草からして僕の言葉に疑問を持っているのは分かるが。


「良いの?」


「子供を守るのが大人の役目だろ!」


「アニキは大人に見えないけど……」


「いちいち突っ込まんでいいわ! とにかく今日はもう寝ろ。明日朝からすぐに出かけるぞ」


 そう言って寝る用の布を渡し、渡された本人は特に何も言わずにそのまま横になった。それを見届けた自分は、座った状態で木にもたれながら目を閉じようとするが──


「ありがとう」


 その直前にボソッと、男の子が言った。


「……人助けは当たり前だろ」


 僕はその言葉に静かに微笑みながらそう返し、今度こそ目を閉じた。






 ⭐︎⭐︎⭐︎






 

 ──あなたは優しい子に育つのですよ。



 もう死んじゃったお母ちゃんはそう言っていた。



 ──すごいな◯◯◯! お前は将来すごい奴になれるかもしれないぞ!!



 そう褒めてくれたお父ちゃんも殺されて今はいない。



 両親が魔物に襲われた日、自分だけが生き残った。原因は分かる。目の前で両親が僕を守る為に、魔物と差し違えたのを見たから。


 親がいなくなり取り残された僕はひたすらに歩く。どれだけの時間がかかっていたのかは分からない。気がついたら全く知らない町の道の端で僕は座っていた。

 目の前を横切る幸せそうな家族。それを見ていたけど眩し過ぎて、僕は地面に視線を変えた。


 ──これからどうしよう。


 服は泥だらけであちこちには擦り傷がいっぱい。そんなボロボロな自分が元から存在しないように、何事もなくただ通り過ぎていく通行人。はっきり言って絶望していた。


 前に両親から親がいなくなった子供がどうなるか、どこかで聞いたことがある。

 親戚に引き取られるか、修道院に行くか。

 僕は親戚はそもそも知らないし、修道院もまだ見つかっていない。どこの街にでも必ずあるわけじゃないらしく、この街も探索したが見つからなかった。


 何日間、何も食べていない。ゴミを漁ったりしたけどもう体力の限界だ。


 力が無さ過ぎて自然と体が横になる。自分が起きなきゃと力を出しても体は起きない。


 ──死んじゃうよ。


 幼い自分でも流石に分かった。これは命の危機だと。

 でも誰も助けてくれない。

 目の前の人たちは僕に気付きながらも通り過ぎて──





「大丈夫かい」



 


 一人の男が手を差し伸べてくれた。

 白い髭がボーボーのしわくちゃなおじいちゃんが。彼は優しい笑顔で僕に近づいて、僕を抱き上げる。



「おぉー、全く大変な目にあってきたんだねぇ」



 見ず知らずのおじいちゃんではある。でもこんなに温かくて優しそうな顔をしているんだ。

 僕は運良く助かったんだ。そう気づいたら知らぬ間に涙が流れる。


 ああ、嬉しくてしょうがない。涙が止まらないほどに嬉しい。

 そう思いながらお爺ちゃんに連れられ、僕は幸せな未来を想像した。















 でも違った。むしろこれからが本当の地獄なんだって。










「何をしている!! 早くたたんか!!」


 イライラしたおじいちゃんがムチで、地面に這いつくばっている自分を叩く。

 町で拾われた時よりも体の傷は増えている。

 

 おじいちゃんが連れてきた場所は──反国家勢力の隠れアジトだった。


 崇高な目的のため、世界を変える為、どんな理由でこんなことをしているのかは分からない。

 ただ今の自分は、この組織の立派な駒になるようにしたてあげらていた。


 最初は痛みで何回も泣いていたのに、今ではいつの間にか涙も出なくなっていた。

 目から光も消え失せ今はただ体を頑張って起こす。逆らう気力も無い自分はただ暗殺者になるための特訓を頑張るだけ。

 この訓練を受けているのは自分だけじゃ無い。他にも何人か、僕みたいな子供がいる。そして同じ様に特訓を受けている。


 後で聞いたけど、この組織は親もいない町や村を彷徨っている子供を攫っているらしい。

 僕の様な子供達は街にいてもいなくても変わらない存在だ。いつの間にか消えてても親もいないから騒ぎ立てることはない。だから国からバレにくい。

 組織からしたらこれほどにいい条件は揃っていないだろう。





「アルファよ、お前に任務を命じる」


 

 それから数ヶ月経った頃、僕を攫ったおじいちゃんからどこかの貴族を暗殺する任務を受けた。アルファとは駒としての自分の名前で、洗脳で自我を出来るだけ無くすために本来の名前まで奪われてしまった。

 こんな短期間で任務を受けられるのは珍しいことで、僕にはどうやら才能があったらしい。僕より一年前に入ってきた子よりも強くなっているし、このアジトの中でも上から数えた方が早いくらい強くなった。


(お父ちゃんがすごい奴になれるって褒めてくれてたっけ)


 数ヶ月前の、でも遥か遠くに感じる様になってしまった事を思い浮かべながら、僕は任務を遂行しに行った。

 

 








 時間は夜。暗闇が表へ出てくるこの時間は魔物が支配すると言われているが、他にも支配している存在はいる。

 暗殺者だ。

 現にアルファは何十人もの騎士が警備している館をくぐり抜け、暗殺目標はすぐ目の前にいる。

 今は深夜だから目標はベットで寝ている状態だ。


(任務を遂行する……)


 静かに取り出した小さいナイフを目標の首へと静かに近づける。

 そして後一歩で当たるところまで来た首を切ろうとして──



『あなたは優しい子に育つのですよ』



 切れなかった。


 静かに首へと近づけていたナイフが止まる。

 ああ、ダメじゃ無いか。早く任務を遂行しないとと思うが体が動かない。まるで悪いことをしてはいけないと、親に叱られてる様に。


「……む、顔に何かかけられて……!? 貴様は何者じゃ!」


 それどころか涙が出てきた。こんな無駄なもの流していたら任務の邪魔になるだけだというのに。

 でも止まらない止まってくれない。どうして……。


「何事ですか貴族様!」


「ッ!?」


 涙で起きてしまった貴族の声を聞いて、数人の騎士達が扉を開けて入ってくる。

 これでは任務どころでは無い。

 命の危険を感じたアルファは、ただ自分の本能に従って館から逃げた。




 逃げて、逃げて逃げ続けて、気が付いたら山まで来ていた。目の前に静かに流れる川があり、座った自分は水で反射した自分の顔を見続ける。


「なんで……あの時だったの」


 人を殺そうとした直前、ふと思い出したお母ちゃんの言葉。ただの偶然か、あの言葉で何故か組織から施された洗脳も解けてしまった。

 

 しかし洗脳が解けて何か変わるのか。もう帰るべき家などない。


 自分はこれからどうしようか、組織から教えられたスキルを使えばなんとか生きられるのではないかと考えられる。

 

(でも、町の人たちの視線)


 まるで自分たちをいないもの扱いされたあの経験が、教えてくる。未来に希望は無い。そう思えば全てのことが悪い方向へと考えてしまう。

 そうしてたどり着いた考えは……


(父ちゃんと母ちゃんに会いたいや)


 無意識にやったのか、それともこの世界から解放されたいからか、自分の体を川へと放り投げた。


 


 ⭐︎⭐︎⭐︎




「それでお前の家はどこにある?」


「ミナロック村だよ」


「なるほど、スタイバ町に近いな。丁度いい」


「用事があるの?」


「ああ、そこで人に会う予定だ」


 そんな経緯で助けられた僕はを付けたアニキと一緒に、馬に騎乗しながら目的地へと向かった。

 アニキと少し話したあの夜、僕は少しだけ考えた。


(もし僕が帰ってこなかったらどうなるんだろう)


 確か僕が殺し損ねた目標は、どうしても今のうちに始末しておきたいとおじいちゃんは言っていた。それで僕が失敗したから、貴族の警備は一層に強くなるだろう。

 始末したいけど前と同じ様に暗殺者を送っても結果は変わらない。ならどうするか。


(多分、僕と同じ子供達を沢山送るはず)


 そんなことはさせたく無い。おじいちゃんのやる事に気づいた僕は、またあの忌まわしい場所へと戻ろうとしていた。


(でもアニキは巻き込んじゃダメだ)


 アニキは僕を助けてくれたから白だと思う。もし組織の追手だとしたら、わざわざ助ける必要もないからだ。

 でも自分が今からやる事まで助けてもらうつもりもない。

 訓練されたから分かる。おじいちゃんはあのアジトのボスということもあってそれなりに強い。戦闘経験が無い人が相手したらすぐに殺されてしまう。


「なぁ。お前はミナロック村の道とか詳しいか?」


「……? そうだけど」


 どうするか考えていると後ろに座っているアニキに声をかけられた。なんでか彼は今、フードを被って顔が見えない様にしている。

 正直怪しさ満載だけど、助けてくれた恩があるから何も言わない。


「ちょっと裏道でお前の家まで行きたい」


「……分かった」


 今の言動も怪しさ満載だが何も言わない。



 こうして僕達はミナロック村へと着いた。


 

 





「我が子を助けていただきありがとうございます!」


 僕の家/隠れアジトに着いた僕達を迎えてくれたのは、黒髪の20代の女性だった。──彼女も僕と同じ、駒に仕立て上げられた人だ。

 彼女は僕を引き取った両親という設定で、アニキの対応をし、深くお辞儀をしている。

 死んだはずの僕の突然の帰還にも、驚くこともなくすんなりと行動できるのが、騎士団を欺く技量なのだろう。


「いえ……人助けは当たり前ですから」


 そう言ってアニキは、彼女の隣にいる僕を見て去ろうとするが……


「アニキ!」


 別れるのが寂しかったからだろうか? それともこれからまた始まる地獄から解放されたくて助けを求めたかっただろうからか?


 僕は気が付いたらアニキに声をかけていた。


 ──僕を助けて!


 それを言おうとして、口を閉ざす。それを今言うのはあまりにも遅すぎる。今言ってしまえばアニキは生きて帰ってこれない。

 でも何も言わないのもおかしい。それでなんと言おうか短い間に考えて考えて……


「……助けてくれてありがとう」


 静かにそう言った僕は、フードで隠されながらもギリギリ見える顔から、アニキが笑顔で返してくれたのをみることが出来た。


 そしてアニキが見えなくなるまで離れていったのを確認した後、家に入る。その瞬間、彼女の雰囲気が豹変した。優しいものから冷たい尖ったもの、殺気が僕に突き刺さった。


「アルファ、任務はどうしたのですか? まだ目標は殺せていませんが……」


 僕が家に入ったら後ろの扉が閉まり、この家に唯一届いていた光が消える。この家はそれなりの人数がいるから広いが隠れアジトだからなのか、光が当たる場所はほとんどない。

 この場所の恐ろしさを表す様にどこまでも暗く、またこの闇の被害者である彼女の瞳も、同じ様に暗かった。


「申し訳ありません。途中で見つかってしまい道具を失いました。また任務に向かう為こちらに戻って来ました」


 彼女の目が怪しいものを見る目に変わる。流石に疑問点はあるだろう、自分でも多少思うほどザルな言い訳だ。

 だが彼女はあくまで駒。物事を判断するのはおじいちゃんである。


「……分かりました。主人あるじの元へ行きます。着いて来なさい」


「はい」


 自分の予測通り判断をおじいちゃんに委ねた彼女は、僕をこの家の中央にある広い部屋へ連れていった。


 扉を開けて中に入ると、部屋の奥で高齢な男性がひとり佇んでいた。このアジトの主人、おじいちゃんだ。

 彼はいつもの静かな佇まいでこちらを睨む。まるで蛇にでも睨まれたようだが、それに屈さずにできるだけ冷静に話す。


「どうして戻って来た」


「……申し訳ありません主人様。今回の目標仕留め損いました。道具を無くしてしまったので補給を「この無能がぁ!」……」


 主人が突然荒ぶる。先程の静かな佇まいではない。その顔には僕に対する怒りと失望があった。

 

「任務をこなせず帰って来たと思ったらこれか……! すでにお前のせいで足がついてしまった。今はまだ遠いがこの村付近に騎士団が来ておる」


 今回の任務はそれなりの重要なものだったのか、いつも以上にイライラを隠していない。それどころか、今までうまく隠れていたヴァルハラ王国の騎士団にもどこか感づかれてしまったらしい。

 ここがバレそうな不安からか、いつもより声が荒い主人は、僕を連れてきた彼女に一つの質問をした。


「ベータ。たしかアルファは1人の男を連れてここへ帰ってきたのだな?」


「はい」


 主人の言葉に機械のように返答する彼女。それを聞いた主人は彼女に任務を与えた。


「ならばベータよ。その男を殺しにいけ」


「!?」

 

 この隠れアジトがバレるのは組織にとってもあまり良くない。騎士団が来るかもしれない今、できるだけ足を残さないようと思った主人の考えだろう。

 だがその言葉に当然賛同できない人はいた。もちろんアルファだ。彼は予想できなかった事態に戸惑いながらも、できるだけ悟られないように質問をする。


「主人様。村の中で人を殺すのはあまりにも不自然では?」


 この命令の欠点。それは目立ちたく無いアジトの近くで、不自然な死者が出ることだ。それでは本末転倒では無いかと、できるだけアニキが殺されない方向へ持っていこうとするが──


「問題ない! このあたり一帯では最近、急死する謎の呪いが広がっているらしいからな。例え町中で死んだとしても殺される所を見られなければ、呪いのせいだと思うだろう」


 ──出来なかった。そう言い返されたアルファは何も言えず、ベータはそのまま「分かりました」と言ってその場から消えた。


(やばい……!?)


 このままではベータはアニキを殺してしまう。そう気づいた彼の心の中からはだんだん焦りが生まれていく。


(アニキを助けるためにはどうすればいい! ……おじいちゃんをここで殺してすぐに行くしか)


 彼は年が二桁も行っていないほど幼く、そして捨て駒であるために、アジトでは最低限の食事しか与えられなかったから、頭が回らず気づけなかった。

 情報を大事にするこの組織で、誰かと接点を持ってしまったらどうなるか、そしてそれを組織の者に見せてしまったらどうなるかという事を。

 彼の状況があるとはいえ、ほかの子供が犠牲にならない為にと帰って来たと彼の考えは甘かった。


 甘い。だからミスも連続でする。


「……やはりアルファ。貴様洗脳は既に解かれておるな?」


「え!?」


「さっきからわしに殺気を向けておるぞ。なるほどのう。確かに洗脳が解けば任務を遂行など出来ぬか」


 いつもの訓練で受けていたはずの殺気を隠すことも、経験が浅いアルファが少し焦れば、主人になんてすぐにバレる。

 おじいちゃんはこのアジトで強いと自分は気づいていたはずなのに犯してしまった痛恨のミス。

 アルファの驚きに自分の推測が当たったと分かった主人は、その見た目では思いも寄らないほどの速さでアルファに迫り、首を掴む。


「うっ……!?」


「自我を持ってしまった駒などいらん。死んでしまえ」


 そう静かに殺人宣言をした直後から、アルファの首を絞める力が強くなる。アルファはなりぶり構わず暴れるが、主人はビクともしない。


(バカだ僕は。結局何も……)


 時間が経つに連れて体に送られる酸素が減っていき、そして死を覚悟したその瞬間──















『邪魔するぜ』











 僕の目の前に、男が屋根を突き破って入ってきた。

 

「誰だ!?」


 腕の力を弱めながらも僕を掴んだまま、主人は乱入して来た男を振り返ってみる。天井が落下したせいで煙が舞っているが、肩から上の姿は見えた。


 その男はどこにでも居そうな旅人の服をしており、そしてフード付きのマントを付けていた。天井から入ってきた光は男の黒髪を照らし、この暗い部屋ではとても眩しい。


 そして眼帯をつけた彼──アニキは、とてつもない殺気を向けられているにも関わらず、平然と主人を見つめている。


「貴様!? あの女はどうした!!」


 その男がアルファを連れてきた男だと主人が気づくと、慌てるように質問した。さっきお前を殺すために刺客を送ったはずだが。


「あぁ、そいつを引き取ったはずのあの女か? 急に殺しに来るもんだからビックリしたぞ。お陰で騒ぎになっちまった」


『おい、さっき誰か剣で暴れてなかったか!?』

『急に人が消えなかったかしら!?』

『それより、あの男の顔ってもしかして……!』


(え!? じゃあアニキ、もしかしてベータを殺した!?)


 突き抜けた天井から、周りの人の声が聞こえてくる。これだけ騒がれると、ここを隠しアジトとして使うこともできなくなるだろう。

 そして煙が消えてくると彼が抱えていたベータが見えてきた。外見に傷は見えない。恐らく気絶しているだけだろう。

 アニキがそっとベータを部屋の端に下ろすと、鞘が入った剣を持つ。


「何? ベータと争って無傷だと?」


 主人が信じられないような目でアニキを見る。ベータはこのアジトの中でもとても強い方だ。並の人間、いや騎士でも勝つのが難しい彼女を何事もなくそれも短時間で倒し平然としているのは……?


 その疑問に対してアニキは、鞘を抜き、そして眼帯を外したことで答えを示した。


「その姿は……!?」


 あれだけ怒りに染まっていた主人はその姿を見て、驚きと恐怖へと変わっていく。そしてその怯えざまを見たアニキは悪人の如く笑う。


「勇者の剣に、黄金の片目。これだけ見れば分かるだろ? 今もっぱら有名な──」


「魔王カイト!!! お前達、ここに集まれぃ!!!」


 悲鳴のように彼の名前を叫んだ主人が、暗殺者達を呼ぶと、一斉に集まってくる。ここに住んでいる十数人の子供大人が武装して、この一つの部屋に来た。

 これだけの人数なら形勢逆転しもおかしくない。一人一人が並の騎士かそれ以上なのだから、それは一つの騎士団並みの戦力と変わらないのだ。

 主人は僕を掴んでいる右腕をそのまま、魔王カイトに見せつける。


「魔王はどうやらこの無能を助けに来たようだな! だがこいつは今捕まっている。少しでも動いてみろ! そうなればこい──」


 こいつの命はどうなっても知らんぞと言いたかったんだろうか? だがその先は言えないだろう。

 だって主人の片腕を切ったのだから。


「ガァーーー!?!?!?!?」


 アニキと主人の距離も、僕と密着している腕の問題も、彼の技量の前では何の意味も無かった。達人の域に至った彼の剣術は、至難な技を当たり前の様にやったのだ。


「俺に対して集まったのがこれだけか? 人質取っただけで勝てると思ったのか? ──魔王相手にしちゃあ笑えるくらい甘すぎるな」


 首を掴んでいた腕が切れたことで、拘束から解かれた僕は、さっきまで入ってこなかった酸素が一気に詰め寄ってきて咳き込む。

 その後ろで腕から噴水の様に血を出しながら狂ったように叫んで転ぶ主人、そしてそれをゴミのように見る魔王カイト。


「まさかこのタイミングでお前らと会うとはな」


「貴様らぁ!? あいつを殺せぇっ!!!!!」


 痛みで狂っている主人が暗殺者達に命令を下す。


 しかしすぐに動けるよう洗脳しているはずの彼らは動かない。ただその場でじっとしながら様子を見るだけだ。その怯えた目で。

 

 そう、彼らは恐怖している。


 洗脳で感情を殺されたはずの彼らが、目の前にいる男が出す、光の剣と黄金の目の覇気の所為で怯えているのだ。


「何をしているんだぁきさm──グフっ!?」


「ガキを洗脳して、色んなやつを殺してた暗殺組織の……まあ支部のリーダーか。お前はここまでだ」


 この場で動けるのは魔王と主人だけ。主人は痛みに耐えれず暴れ、周りの暗殺者は金縛りにあったように動けない。

 そんな状態の中、平然と暗殺者達の真ん中を通って主人を踏みつけ、勇者の剣を主人の胸に向ける魔王カイト。





「死ね」


「まて、お前に組織の地位をやろ───!」





 主人の遺言を特に聞くことなく、カイトはそのまま主人を突き刺した。

 


 

 


 



 


 




 

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