第3話

 

「クレア!?」


 ドラゴンを倒した僕は、吹き飛ばされたクレアの元へ走っていった。

 

(クソッ! 何やってんだ僕は!!)


 村に被害が及ばない様に、平地で戦った僕達。

 一騎討ちで互いのことを熟知している僕達は前衛で、連携しながら着実にドラゴンを追い詰めていた。


 だがトドメをさせる直前にクレアは、鞭の様に振るってきたドラゴンの尻尾に直撃してしまう。

 コイツの最後の悪あがきなのか、自身の体に傷がつこうともお構い無く暴れるドラゴンの攻撃は今まで戦ってきたどの相手より強力だった。


『ガァァァァーーーー!!!』


『これでとどめだぁ!!!』


 だが必死なのはこっちも同じだ。

 クレアの元へいち早く駆けつけたい衝動に駆られながら、輝く勇者の剣でドラゴンの首を刈り取る。

 ドラゴンの首が地面に落ちる瞬間さえも見届けずに、足に全ての魔力を集中させてクレアの方へ駆けた。


(見つけた!)


 そして今。


 傷だらけになりながら仰向けに倒れているクレアを見つけた。


「クレア、今助けるからな……」


 悪夢の最後で起きた爆発に巻き込まれる彼女を思い出して、大急ぎで光の魔力で彼女を回復させようとするが、


「大丈夫よ、私は無事」


「! ……なんだ、無事だったのかよ」


 目を閉じながら口角を上げるクレアを見て、僕は胸に溜めていた息を深く吐いた。それがきっかけで肩に乗っかっていたプレッシャーも解放されて、自分も仰向けになる。


「一騎討ちであんなのいくらでも喰らってたわよ」


「……そうだっけ?」


「あんたはそういう所、どこか適当よね……」


 あれくらいの攻撃しないと怯みもしないからな。最近は本当に力入れて攻撃しないと、普通に強いの貰っちゃう。

 そして呆れながら自分の顔を見にきた彼女の目は点になる。


「って、あんたの左目の方が重症じゃない!!」


「ああこれ?」


 さもいつもの様に会話しているが実は今、真ん中から左半分の視界が真っ暗になっている。ドラゴンの鉤爪によってギリギリ脳までは届かなかったが目は完全にやられてしまっているらしい。


「私よりあんたの方が早く治療を──」


「問題ない。光の魔力で治るし、それこそこのくらいの傷なんていくらでもしてきたじゃないか」


 前世の感覚からすれば人生に関わる大問題だが、今世に関してはいつも通りと言った所だ。小さい頃に魔物に大怪我を負わされた時から、普通の人では死に至る傷を跡形もなく何度も治してきた。

 小さい頃はこれのせいでいじめられてしまったが、今ではこれのおかげで人助けやクレアの隣に立てるので感謝してる。

 

「……そうね。でも何かあったら直ぐに言いなさいよ」

 

「分かってる。子供じゃないんだからさ」


 空を見上げていた僕の視界に入ってきた白い髪の毛は穏やかな風に靡かれて、その穏やかさから戦いが終わったんだとやっと実感した。

 そして僕の返事にどこか悲しいクレアの視線は自分の顔から少し下へと移る。

 

「……このネックレス。今も首にかけてるんだね」

 

「クレアの親の形見だからな。何があっても離さないよ」


 ドラゴンが消えた影響か、あれだけ曇っていたのに晴れた空。その綺麗な空をそのまま緑色の宝石で写しているこのクローバー形のネックレスがクレアの親の形見。

 親からもらった時からその輝きは一切変わらず、今も透き通っている。


「懐かしいわね。あんたが泣いて喜んでた姿、すごい印象的だから今も目に焼き付いてる」


「うっ……それはあんま言わないでくれ。恥ずかしいからさ」


 僕の横に移ったクレアは、僕と同じ様に仰向けになり話しかける。昔話だからか彼女の声はいつもより明るい。


「私が冗談でアンタに家宝渡したんだけど、その喜びっぷりにお母さんと父さんがそのままあげちゃったのよね」


「まあその後にお前はこっぴどく叱られてたけどな、あん時の姿は面白すぎて今も目に焼き付いてる」


「むっ、意地悪」


「うるせー、さっきのお返しだ」


 村で引き取られた所じゃ気味悪がられて一切貰い物が無かった僕に、人生で初めての誕生日プレゼント。

 その時の感動はすごかった。自分の涙で家が水没してしまいそうなくらいに。いや流石に盛りすぎたな。


 実はこのネックレスは家宝であり、引き取られた所で酷い仕打ちをされていると思ってなかったクレアが、冗談で渡してきたものだった。

 その事にクレアの両親は彼女をこっぴどく叱り、その後にクレアが大泣きしながら謝ってきたのは今でも印象に残っている。


「確か貰った後、お父さんに頭いっぱい撫でられてたわね」


「あのゴツい手でどれだけ撫でられてたことか……」


 クレアの父は農業をやっていたから、石のように硬そうな手をしていた。毎回撫でられるたびに少し痛かった気がする。


(クレアの父さんは指輪がある方で俺を撫でてきたんだよな……毎回反対の手でやってくれって思ってたんだけど)


 そうそうあの硬そうで綺麗な指輪。結婚指輪なんだろうけどどこか神々しいんだよな……。




















 ん?



















(あの指輪、城のどこかで見たことあるぞ……?)





 何故だろうか。クレアの父が持っていたあの指輪を思い出したら、強烈な違和感が自分に襲いかかってきた。





 まるで大切な事を見逃しているかのように。





『君も来たか。昨日言った通りクレアと一騎討ちするぞ。当然物や城は壊すなよ』


 思い出したのは昨日の朝。

 俺達が気に入らない兵士に注意した後、ロイが自分と会話した時だ。

 あの時に自分は妙に違和感を感じていた。紙を持つロイに対して。


『分かっていますロイ大臣。しかしそちらの手に持っている紙は……?』


 最初は珍しい紙があるからそう感じていたんだと思っていた。



 でも違う。



 よく考えれば紙を持っているだけで違和感を感じるわけがない。

 だってロイはよく実験をしているから、紙を持った姿なんて見慣れていたじゃないか。



 そう、あの時に違和感を感じたのは紙じゃない。



『ああ、これか』


















 色は変わっていれど、クレアの父親と同じ形をした指輪に対してだ。


 

 













 音が遠くなっていくのを感じる。今も隣で話し続けているはずのクレアの声が聞こえなくなってくる。


(なんで気づけなかったんだ僕は……! よく見れば同じものだって分かるだろう!? それを何年も見続けていて……)

 

 自分が気づいたクレアの親の敵を見つけた事に、自分の心臓の拍数が上がっていくのを感じた。


 気づかなかったのは洗脳魔法のせいか……?


「うっ……!」


 瞬間、頭に痛みが走る。


 これは前世を思い出した時と同じ……!


 ああ、なんでだろう。一つの物事に気づいただけで大量の情報が流れ込んできて脳がパンクしそうだ。

 まるで頭が焼けるような、割れるような痛みが僕に襲いかかり、上体を起こして頭を抱えることしか僕は行動を起こせなかった。


「あ、う、ぐぅ……」


「カイト、もしかしてドラゴンの傷が……?」


 心配してこちらに寄ってきたクレアがそう言った時だ。





「ガァァァァアアア!!!!!」




(ドラゴン!?)


 倒したはずのドラゴンがクレアの背後から、火球でとどめを刺さんとしていた。

 

(なんで、さっき倒したはずじゃ……)


 まさか復活魔術持ちか!?


 世の中には滅多に存在しないレアな能力がある。

 存在するどれもが強力で、それは物や生き物関係なく宿る力だ。

 そしてその一つが復活魔術。文字通り一度だけ死から復活することができるものだ。たとえ首が消えようが、体の一部が消滅していようが、時が戻ったように無傷になる。



 背後から迫られたクレアは気付くのが遅れて対処出来ない。このままだと食われて死んでしま───




『死んじゃうか……私』




 激痛に耐えながらも勇者の剣を持った瞬間に、脳裏に走った前世の記憶。

 多くの犠牲を乗り越えた勇者クレアがたどり着いた最期を僕は見た。

 魔王と相打ちという形で死んでいく彼女の姿を。彼女の奮闘を誰にも見届けられず、誰も居ない寂しい丘でひっそりと息を引き取る姿を。


 その光景と今見えている光景が被る。



 ダメだ、絶対に助ける!

 


「させるかぁ!!」


 クレアを片腕で乱雑に吹き飛ばし、残りの腕で魔力全開の剣を横に一閃振った。


 自分が斬撃を放ったタイミングとドラゴンが火球を放ったタイミングは同時。

 斬撃と火球が互いに狙う相手へと迫りそのまま激突し、勇者の光が炎の玉を真っ二つにした。

 そしてそのままドラゴンの顔までも真っ二つにして、今度こそドラゴンは息絶える。


 だが真っ二つになった火球も止まるわけではない。勇者の光と同じように二つに分かれながらもこちらへ迫ってきた。

 頭痛で動きが鈍い上に音速で迫る玉。自分が逃げられるわけもなく──


「カイト!!」


 空高く吹き飛ばさた自分は、地面へと落下していく。

 しかし偽物とはいえ勇者である今の自分なら問題なく生き残るだろう。大怪我は免れないが。


 それよりさっき流れてきた新しい情報だ。もしあれが本当なら──


(この世界は相当クレアのことが嫌いらしいな)


 前世の記憶に悪態をつきながら、意識も落ちていった。




 ⭐︎⭐︎⭐︎




 目が覚めると自分は暗闇に染まった世界にいた。いや、これは目覚めてないな。多分精神世界?の中に入っているだけだ。

 体は目覚めていなくても精神だけが目覚めているから起こる現象。これで二回目だけど、前回よりはまだ情報がスッキリしている。


(思い出したんだ。ゲームの世界でクレアがたどる末路を)


 前回の続きだ。ロイ大臣の策略により悪者に仕立て上げられてクレアは、このヴァルハラ王国から追放される事になる。

 自分はクレアを追放した側について。


 そこでクレアは追ってから逃げながら各地へと転々し、そこで多くの人を助けて仲間を手に入れていく。


 そしてとある村に訪れた時にこう告げられるのだ。



 カイトは本物の勇者ではない。クレア、お前こそが真の勇者であると──



 その後に謎多き占い師から、魔王がもうすぐ復活する事。ロイは魔王に忠誠を誓っている人類の裏切り者である事。カイトはロイに操られている事。そして魔王を倒すには勇者の剣を手に入れなければならない事を。


 これを知ったクレア一同は魔王を倒す為に、勇者の剣を持つカイトがいるヴァルハラ王城へ突撃する。


 そこで多くの仲間と親友であるカイトを失うも、なんとかロイを倒しクレアも勇者として覚醒することが出来た。


 その後に魔王が復活して、クレア一人で人類の未来を決める決戦へと赴き───




 最後は魔王と相打ちする形でクレアは命を絶つ。




 勇者クレアによって魔王は倒され人類は救われるも、彼女は誰にも祝福される事もなく、この一連の真実を知る者もいなくなり、歴史ではクレアはヴァルハラ王国を混乱に陥れて、ロイ大臣を虐殺した極悪人として記録に残される事になる。

 世界の人々の多くは彼女のお陰で平和に過ごせた事も知らずに。



(そうだ。自分は気に入らなかったんだ)


 前世でこのゲームをクリアした時に、この救いのない彼女の結末がひどく気に入らなかった。


(思い出したな。色々と……)


 この世界各地の村や国。クレアの仲間。物語の流れ。前世で自分が思っていた事も。

 そして今自分が何をするべきかもやっと思い出した。



 前世の自分はこの結末が気に入らなかったから。



『友達になりましょう』



 今世の自分は孤独で寂しかった自分の友達になってくれた事、掛け替えの無い物を沢山貰ったから。



 だから──



「「彼女を救って見せる!!!」」



 そう決意した瞬間に、暗闇の空間がひび割れる。割れた所から光が入っていき、意識が戻るのを感じた。

 この空間からお前はもうここに居なくていいと言われるように、自分はこの世界から浮き上がった。


 ⭐︎⭐︎⭐︎




 目が覚めたら昨日と同じ部屋だった。最近こういうの多いな。


「カイト!?」


 そして昨日と同じように隣にはクレアがいた。違うのは泣きそうになっているところだけか。

 部屋を見てみると全体的に暗い。昨日ほど遅くはないが既に夜になっているらしい。


「なんとか起きれたみたいだ」


「もう……心配したんだから。私のせいで大怪我させちゃったし……」


「気にすることない。自分は勇者だからあんな大怪我でもヘッチャラさ。それよりあれから状況は?」


 自分の容姿を見てほとんど回復しているのを確認しながら聞く。どういう訳か左目だけ眼帯をしたままだったが。

 クレアは「もう……いつも通りね」とマイペースな自分を見て安心したのか、サラッと涙を拭いて説明に入った。


「吹っ飛ばされた後はすぐにあんたを救出して、ドラゴンの生死を確認したわ。しっかり死んでたから今は研究所とかに運ばれているでしょうね」


 研究所とはその名の通り魔物について研究している場所の事だ。その辺りにうろついてる魔物から伝説級まで色々調べて、魔物対策や冒険設備などいろいろ役立てる物を開発している。

 

 とにかくあのしぶといドラゴンはちゃんと始末できたのを確認して次の質問をする。


「それじゃあ伝説のドラゴン退治の宴はやっているのか?」


「……えぇ、貢献者のあたし達を置いてやってる」


 僕の質問に対して機嫌が悪そうに答えるクレア。

 実際ドラゴンを退治したのは僕達だが、怪我をしている勇者を放っておいて宴会をしている事に納得行かないんだろう。


「自分達を放っておくのはあれだけど、貴族達も宴会をしたい理由は分かるよ」


 

 そんな様子のクレアに少しだけ補足する。自分も納得はしていないが。

 宴会を行った理由は単純、ヴァルハラ王国が国外に対してアピールをしたいからだろう。自分達は普通に倒せたが、今回のドラゴンは他国から見ても充分な脅威だった。国を滅ぼすほどでは無いが大打撃を与えるほどの生き物だ。

 それをヴァルハラ王国が先導して倒した事を他の国に伝えて、外交などでいろいろ有利に働きたいといったところか……。


 だけどヴァルハラ王国も自信ありすぎだな。実際やり遂げたとはいえ、ドラゴン退治当日に宴会を予定するなんて。それほど勇者達に期待を寄せてるんだろう。

 ならなんで勇者が怪我しているのに宴会をしているのか、




 まあヴァルハラ王国の貴族達の差別意識だろうな。




「ほんとうに生きづらいわねここ。出身だけで蔑まれて肩身が苦しいわ」


「……ならクレア、俺達も宴会に参加しよう」


「! ダメ、まだ怪我が──」


「見ればわかるだろ? 目以外は完全に治ってるさ。それに僕達も頑張ったって事をうまくアピールしないとね。大丈夫だ。ロイ大臣についておけば貴族達からの嫌がらせも無くなるし、他国の人達とも話せる」


 こういうのは地味だけどコツコツやっていくしかない。それにロイ大臣とも話したい事もある。

 そう言い切った自分に対してクレアは、諦めたようにため息した。


「そういう時カイトは頑固だものね。分かったわ、私が何言ってもやるんでしょう?」


「分かってるじゃ無いか。それじゃあ準備しよう。流石にドラゴン退治と同じ服装で出たら、失礼だと思われるからな」


 自分は怪我をしているからともかく、クレアは相変わらず傷だらけの鎧のままだ。流石にその汚れや痛々しさが残っている鎧は宴会には不向きすぎる。


「じゃあ一回部屋に戻ってくわ。後で会いましょ」


「分かった。いつもの場所だな」


 そう言ったクレアはバタンとドアを閉めていった。

 そして僕はそのドアに耳を傾けて、彼女の歩く音が遠くなって完全に消えるのを確認する。


(消えてから一切音がしない)


 少し待ってから自分はベッドに戻り、その近くに置かれていた勇者の剣を持ってその鞘を抜いた。


 前世の記憶は戻ったが、まだこの世界がゲームの世界と同じである証拠は見つかっていない。

 だがすごく身近に、それを証明する道具がある。




 何故自分は昔から痛みを感じる持病があるのか?




 それは簡単でロイがホムンクルスである自分をメンテナンスさせる為に、あえてそう設計しているからだ。

 

 そう、ここ治療室で定期的に行われてたのは痛みの治療のためではない。どこかおかしくなっていないかのチェックだ。


 ロイがかけた洗脳魔術に綻びはできていないか。光の魔力が今どれだけ残っているのか。



 もし叛逆された時にロイが勝てるよう、カイトに埋め込んだ小さな装置はしっかり起動しているか。



(その小さな装置はロイが自分を道具として扱えるようにする為の安全装置。それで設定本では確か、胸の中心あたりに埋め込まれていると書いてあった)


 証拠を出すのは簡単だ。体から直接出せばいい。並の人間がやれば致命傷でも、勇者(劣化品だが)なら回復できる。

 鞘を抜いた光の剣を自分の胸の中心に向けて、前世でいう自決のような姿勢になりそのまま──















「お待たせしました皆様! 勇者カイト。遅れながらも参上いたしました」



 大きな扉を開けてそこから出てきたカイトは、大きな声を広場に響かせた。そこらかしこの雑談で多少うるさいこの場所でもそれはよく聞こえた。その証拠に、部屋にいた大勢の人たちの視線が勇者カイトに集まった。


「おお、あの勇者カイトか」

「初めて見ましたわ勇者様なんて」

「へぇ〜……意外とイケメンじゃん」


 広場が一瞬静かになった直後、拍手の音で埋め尽くされる。恐らくヴァルハラ王国以外の人達から聞こえる声は好意的な物が多い。……一部変な声も聞こえた気がするがそこはスルー、出来るだけいいお付き合いをする為にツッコミはしない。


「できればヴァルハラ王城でもこんな感じであればいいのに」


 そう小さい声で言ったのは僕の左後ろで佇んでいるクレアだ。

 彼女は白いドレスを着てこの会場にいる。メイクは軽めにしているが、あいかわらずの美人っぷりである。白の服、白の髪、白の肌が合わさっていつも以上に神々しい。よく考えれば勇者だったな。当たり前か。


「そんな事は言わないで……いた。あそこだ」


 広場をぐるっと見渡すと右の方に貴族と話しているロイ大臣を見つけた。そのままグイグイと彼の方へ歩いていき、いろんな貴族達が話しかけてくるのを避けてなんとか辿り着けた。こういう時に勇者の力は便利だ。


「ロイ大臣、申し訳ありません遅れてしまいました」


 そう言うと目が点になるロイ大臣。まさかあの怪我から復帰するとは思っていなかったのだろう。


「いや、謝るのはこちらが……違うな。大丈夫だ。むしろ遅れてきたから、少し沈みつつあった雰囲気も活発に戻った。主役は遅れてやってくるだな」


 自分の意思を察したのだろう。謝罪しようとするのを辞めて、こちらのフォローに入ってくれた。


「はい。……ワインが無くなっていますね、新しいものを」


 よく見たらロイ大臣が持っているワインが無い。

 交換しようと近くに置いてある新しいものを持ち、渡そうとして──


「ッ……」


 わざとグラスを滑らす。


 いつもの持病で一瞬怯んだふりをした僕は、そのままグラスを持つ力を弱めて落とす。普通なら落ちたワインはそのまま床に激突し、ガラスの破片とその中身で周りを汚すだろう。

 だが勇者の力を侮る事なかれ。自分の身体能力があれば落とす前に持つ事はできる。


「ギリギリだったな」


「ええ、危ないところでした」


「やはりドラゴンの傷が、まだ休んでおいた方が」


「大丈夫です。ちょっと気が緩んでしまったんですよ。次からはこうなりません」


 ──やっぱりあの指輪はクレアの父親の物と同じだ。


 グラスを持つ為に視線を下に向けるその途中で、彼にばれない程度に指輪を確認した。

 刹那の間に勇者の視力で正確に見て、前世で見たあの指輪と形が同じ事を見抜いた。


 念には念を押したけど、これでロイ大臣は黒か……。


 最後の確認。その結果はここはゲームの世界だと確定した。

 なら後は実行するのみ。


「ところでしたロイ大臣、少し話したい事が」


「なんだ?」


 クレアがヴァルハラ王国外の貴族達と話をしているのを見て、ロイ大臣に耳打ちする。


「クレアとの事についてです。出来れば二人で話したいのですが───」























 

 

 宴会は終わり、自分は治療室に戻っていた。ロイ大臣に王の間で話す約束もしたし、しっかり貴族達にアピールできた。

 後は──



「ロイ大臣を殺すだけだ」



 勇者の剣を持って鏡と向き合う。

 

(いい加減、この眼帯も外さないとな)


 流石にこの眼帯もいらない。すでに目が完治しているのも把握している。それで眼帯を外したが──


「!」


 自分の左目はいつもの青の色ではなく、金色の目になっていた。

 そう、あの魔王だけが持つと言う黄金の目を。


(なんで……)


 目が見開いていた。だがそれは自分だけじゃなくもう一人、クレアもそうだっただろう。


「カイト……?」


 この世界で目の色というのは前世より遥かに重い意味を持つ。それこそ、目の色が原因でイジメや最悪事件が起こるほどには。

 なら魔王の目を持つなんて知られてしまったら恐れられる事には間違いない。だから彼女が少し震える声で話しかけてくるのも仕方ない。


「クレアはなんでここに来たんだ?」


 彼女には振り返らずに、鏡と対面しながら問いかける。宴会はすでに終わった。すでに自分の部屋へ戻っていたんだと思っていたが。


「それは、ロイ大臣様とあんたが王座の間で話すって聞いたからよ。なんか私だけ仲間外れにされてたからそれで来て……」


「そうか、それは──」


「そんな事よりアンタの目、どうしたの?」


 クレアが近づいてくる。

 普通なら目を気味悪がって近づかないもんだが、彼女は自分のことを信じてくれているらしい。

 鏡から見える彼女の目には、関係を断とうとか、距離を置こうという物ではなくて、こうなった理由を何がなんでもハッキリさせようという力強さがあった。


 なんで自分の目が魔王の目になったのだろうか。


(父親殺しをしようとした罰?)


 まさか多分あり得ない。といっても特に理由は思いつかないけど。

 でも都合が良い。

 そんな事を考えてる自分を他所に、クレアは話し続けた。


「黄金の目を持つ人は必ず嫌われる。実際には魔王以外で持つ人はいなかったけど、いろんな話で黄金の目は妬み嫌われてるから分かるわ。それはこの場所でも同じ」


 これから僕がやる事について、彼女はどうしても置いていかなければならない。できれば一緒にいて欲しいがロイ大臣の策略によって、結果的にそれは出来ない。


 しかし魔王の目を持ったとしても、たとえ自分が親殺しをしたとしても、彼女は僕のことを信頼し続ける。途中で争う事があっても彼女は僕を諦めたりはしない。


「分かってるそれくらい。……でもクレアは自分を恐れたりしないんだね」


「当然。アンタは魔王なんてなれやしない。昔からの親友である私よ? それくらい分かるわ!」


 だって彼女はこんなにも、振り返った僕を正面から真っ直ぐ見ているのだから。

 目の色なんて些細な問題だと、この世界の真理なんて大した問題ではないとバッサリ言い放った。


「……ありがとう」


 彼女に聞こえないほど小さい声でボソッと言う。

 

「? アンタ何か言っ──」


 そして一瞬の隙をついて、彼女の腹を殴る。不意打ちに対応できなかった彼女は、「な、んで」と僕に目線を向けながら気を失った。


「……ごめん」


 落ちていくクレアの体をそっと支えつつ、彼女をベットで横にさせておく。

 

 (と言ってもすぐに起きるだろうな)


 彼女は本来の勇者だ。光の魔力が無いからまだ力は出し切れてはいないが、人類で一番強い僕と接戦出来るくらいには彼女は強い。きっと大きな音でも聴いたら目が覚めるだろう。


 勇者の鎧は脱ぎ、旅の服装をして剣と体に埋め込まれた装置を持った。


(さぁーて、これからは僕の人生の大芝居。覚悟決めていくか!)


 そして王座の間に向けて、静かにこの部屋を後にした。


 

 


 

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