第4話

「それで二人だけの話ってなんだ。クレアについてと言ったが……もしかして好きになったとか?」


 半分からかいながらそう言うロイ大臣。だがこの言葉と今の状況は全く合っていない。

 場所は王座の間。だが太陽は既に落ちてその代わりに空は雷雨で支配されている。

 暗闇に支配されたその空間は、今から起こる何かを示しているようだった。


「いいやそれは無い」

 

「前回や今回の怪我での件見たら、どう見ても仲良しに見えるぞお前ら」


 僕カイトは雷が降っている外の風景を見ながら、ロイ大臣に背を向けて話し続ける。


「その怪我をする前の話だけど、昔話しててさ。それで大事な事を思い出したんだ、クレアにとっても大事な事を」


「……そうか、何を思い出したんだ?」


 ロイ大臣は何かを察したのか、自然と声のトーンが低くなる。僕はそれに気づいていないふりをしながらも、話の核心に迫っていく。


「クレアの父親がつけてた指輪。よく見たらお父さんが付けてる黒い指輪と形そっ──」


 自分がそう言い出した時のロイ大臣の行動は早かった。最初に見た悪夢と同じように右手を出して、もう一度自分を洗脳で拘束しようと仕掛けてきた。

 そうすれば一瞬で僕は止まり、また彼の操り人形にされてしまうだろう。

 ロイはそう確信して洗脳魔法をまた発動させようとしたが──


「何……?」


 何事もないようにこちらへ振り向くカイトの姿を見て、そう漏らす。


 振り向くように指示は出していない。それなのに何故勝手に──


 ロイにとって予想外な展開に彼は動きを止めて考えてしまう。

 ほんの僅かな時間。しかしそれは敵である勇者カイトには、余りにも致命的な隙だった。


「ガッ!?」


 突然ロイの体が痺れて動けなくなった。出していた右手も何かに拘束されるように引っ込んで、直立不動になり、そのまま肘が地面につく。


 対してカイトはこちらをその青の片目で静かにこちらを見るだけ。だが右手には光の剣を持っていた。

 今まで付き合ってきた時には感じられなかった別の側面をロイはこの時初めて感じた。何処か不気味だ。自分は危険な状態であるにもかかわらず彼はそう思った。


「なんで洗脳できないか、それはこれを見れば分かるだろ」


 ロイが思っていた疑問に、カイトは左手に持つ小さなチップを持って答える。そのチップは小さい直方体をしており、よく見ればとても細い回路らしきものが見える代物だ。

 この中世でファンタジーな世界にはとても似つかない機械的な装置がそこにあった。


「太古から伝えられていた邪教が持っていた技術を駆使してお前は俺を作った。うまく操れるようこのチップを埋め込んで」


 何故知っている。心の底からそう思うロイをよそにカイトの話は続く。


「それでこのチップ……装置には僕を調整する機能がある。洗脳魔術耐性の低下、定期的に痛みを感じさせる物。そして攻撃魔法以外の光の魔術の封印」


 今動きが取れていないのも封印された魔術のせいだ。だが光の魔術は基本、無害な人間や動物、物に危害を加える事はない。ならなぜロイには効いているのか──


「封印された魔術の中には拘束するものもある。闇の魔力を持つ者だけを」


 そう、闇の魔力が使えるか闇の魔術が使える者にしか効かない拘束魔術。カイトは既に何個か収めているが、ロイが拘束されているのが何よりの証拠だった。


「……アッハッハッハッハ!!!」


 そこまで言われたロイは特に驚く事も無く狂ったように笑う。

 既に正体も見破られてると気づき隠そうとする気がないようだ。だがその反対にカイトは今でも怒りが爆発しそうなほど顔を歪ませている。

 それを抑えきれなかったのか、ロイの胸ぐらを掴み額に頭突きを食らわせて、その後も睨みつける。


「村に魔物が押し寄せてきたのも、クレアの父を殺したのもお前だって分かっている。クレアが勇者だと分かった瞬間、監視するために俺をあの村へ送っただろ!」


「ああ、そうだな」


 ロイの顔にいつもの優しそうな表情はない。悪夢で見たような氷のような表情、それでいて声はこちらを蔑むように変化していた。


「それで俺を通してお前は知った。クレアの父がつけていた指輪は勇者の剣の真の力を引き出すための鍵なんだって」


 僕が思い出した物の中には、ロイを倒して指輪を手に入れたクレアが、剣にそれをはめ込んで勇者の力をさらに覚醒させるシーンがあった。


「その鍵を奪わなければ魔王の天敵がさらに強くなってしまう。だからあの日、魔物を村へ襲わせて指輪を奪った」


 そう。魔物の大群が押し寄せ、そして残った僕たちを引き取ったのも運命の定めなんかじゃない。 


 この男のマッチポンプだ。


 運命の日にクレアの母は、魔物に襲われたクレアを庇って死んで。魔物と戦っていたクレアの父は策略によって孤立させられ、ロイにとどめを刺された後に指輪も奪われた。


 そしてこの王城の人達が僕たちに当たりが強いのも、この男の洗脳魔術のせい。

 クレアに起きた悲劇は全てこいつのせいだ!


「その指輪はお前の物じゃない……クレアの物だ」


 ロイの左手から強引に指輪を抜き取る。その時に折れた音が聞こえた気がするが、その事にロイは一切反応せず、逆に質問してきた。


「お前こそどうするつもりだ。今ここで俺を殺してもお前を……いや、クレアに味方する奴なんて誰もいないぞ」


 分かっている。

 ロイが王城の人達にかけた洗脳魔術は心の影に付け込む物だ。ロイが死んで魔術が解けても、心の奥に潜む差別意識までは無くならない。


「お前が何を言っても無駄だ。クレアはお前の味方につくだろう。だがどうせ、お前は大悪人として処刑される」


 知っている。何十年も多くの人達を救ったお前と、数年の間に魔物退治だけしていた田舎出身の俺とでは、どっちを信頼するか目に見えている。


「確かにこのままなら俺達はバッドエンドだな。だけど、片方だけなら──」


 そう言って眼帯を外した俺を見たロイは、一瞬固まるがすぐに笑い始める。


「そうか、お前が汚れ役を全て引き入れ──!」


 一瞬で、ロイの首に一閃通って血しぶきを上げる。


 頭は入り口へ飛んでいき、残った首からは大量の血が溢れ出てこの王座の間を汚す。

 あいつのことだ。どうせ防音の結界をうまく使って、周りには最後の悲鳴しか聞こえないようにしているだろう。


(……まずはこの指輪をつけないとな)


 目の前の男が確実に死んだのを確認して、剣の鍔に指輪をはめた。その瞬間、剣は僅かに光るが……。


(やっぱりダメか)


 その輝きはゲームで見たものより遥かに弱かった。

 ゲームの時は画面をいっぱい覆うほどに輝いてたのをよく覚えている。

 こんな事になっているのは分かりきっている。

 自分が偽物だからだ。

 偽物だから、本来の力を引き出せない。

 だが魔王を倒すだけならこれだけでも充分だ。


「……ハァ」


 窓から見える空が雷雨で全て覆っている風景は、今の自分の心情を表しているようだった。

 元凶だったとはいえ、今まで育ててくれた父を殺した事が心に大きな重みとして乗っかっている。ただ辛いと思いながらもアッサリと首を切れたのは、前世の人格と融合した歪さの表れか。

 沈んでいく心を紛らわせるように、顔を横に振る。


(まだ後悔する時じゃない。自分にはやらなければならないことがある……!)


 そうだ。自分にはもう一人、ここで決別しなければならない親友がいる。

 きっと今の悲鳴で気付いたはずだ。


 その予想は正しく、入り口から足音が一つ、だんだん近づいてきた。そしてその音が扉いっぱいまで近づいたと同時に大きな扉が一瞬で開いた。




「一体何があったの!?」


 

 

 そして冒頭に戻る。










 そこからは最初の展開通りに話が進み、クレアは倒され、ロイと共にこの王座の間をその血で汚していく。

 体から出た血が水溜りのように広がるクレアを見ながら、僕はただそれを眺めるだけだ。


 勇者の剣は本来の勇者を殺す事はない。たとえ、剣で致命傷を負わされたとしてもそれで死ぬ事はない。その事を、僅かに動いている彼女が証明していた。


「……来たな」


 その音を聞いた僕は視線を下から前へと移す。

 目の前の空いた扉の奥から足音が聞こえている。それも一人ではない、大勢の足音が。


「何事だ!?」


 扉まで来てやっと、暗闇で見えなかった足音の正体がわかった。

 大勢の兵士とこの国の王様。

 悲鳴の主がロイ大臣だからだろう、彼の事を大事に扱っていた王様もこの場所へ来てくれた。

 そして彼らもクレアと同じように、目の前の惨状に驚く。


(都合がいい)

 

 この光景を見れば彼ら達、何より王様が僕だけの悪行だとしっかり認識してくれる。

 


(ここからが本番だ……この後次第でクレアの人生を大きく左右する。絶対に失敗できない……!)



 心の中でそう覚悟を決めて、出来るだけ凶悪な笑顔をしながら口を開いた。


「ようやく来たか……遅いぞ。お前達が来る前に二人も犠牲になってしまったではないか」


「貴様……何故このような事をしている!?」


「それはこの目を見れば分かるだろ? まあそんな事はどうでもいい、生贄がそっちから来たんだ。この場所を血でもっと染めあげないとな」


 そう言って一歩、また一歩と王様に近づけば近づくほど圧を強くしていく。その圧を受けた王様はまるで金縛りにあったように動けない。こちらと自分の実力差が違いすぎて、逃げ出すことさえ出来ていなかった。

 ゆっくりと近づく僕は、王様から見れば魂を狩りに来た死神のように見えているだろう。

 このままでは王様が死んでしまうのは(元々殺す気はないが)誰もが分かりきっていた事実だ。



 後ろに立つ彼女の存在がいなければだが。



「ッ──!!」

 

「ふんっ……」


 背後から音速で迫り来る剣を、僕は容易く勇者の剣で受け止める。

 豪雨の音で支配しているこの空間に、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、同時に衝撃波でこの王座の間にヒビが入る。


 剣を振りかざしてきたクレアの目はさっきとはまるで違う。一段と険しさが増し、まるで人を殺すような剣気を放っていた。


 だけど長い付き合いの僕は分かる。まだ僕を救おうとしている目だって。


 弾かれた彼女はそのまま倒れず、なんとか持ち堪える。しかし体の傷はそのままで息も絶え絶えだ。誰も勝てるわけがない、目に見えて明らかだった。

 だが彼女は立ち向かう。


「……死んでいないなら、隙をついて逃げればよかった物を」


「そんな事、するわ、け……ないでしょ。私は、父さんと母さんに言われてん、のよ………。親友は必ず助けろって……!!」


 体から血はたくさん出ている。医療に詳しくない僕でも意識がある事自体すごい事だと分かるほどには。だが彼女はそれさえも超えて僕の前に立った。


「あん、たがなんで……ロイさんを殺したのかわかんない。でも、きっと理由があって、こんな事、したんでしょ? なら私があんたを助けんのは当たり前なのよ!!!」


 ……やっぱりクレアは止まらないな。

 可能性がある限りどこまでも突き進んでくるように、ボロボロの体でも彼女は全力で走ってきた。

 村で起きた悲劇を二度と起こさないように、死んだ両親の大切な約束を守る為に。


 

 だからここで徹底的に潰す。



「……ハァ、俺を助けるだって? 














 ───弱いせいで両親を死なせたお前がか?」




「ッ……!?」


 僕の一言で一瞬動きを止めるクレアを容赦なく叩く。

 下げていた勇者の剣を一瞬でクレアめがけて振るうが、彼女はそれをギリギリ止めて怯む。

 その姿から弱っているのが分かるがまだ追い詰める。


 

「今まで俺に一度も勝ててなかったお前が?」


「私は、今度こそあんたに……!」



 剣を振るう。

 クレアはそれを剣で受け止めれず、腕を斬られる。

 だがまだ目は死んでいない。



「いつも俺に助けられているばかりの雑魚のお前が?」


「そ、んな、んじゃ……!」

 

 剣を振るう。

 今度は足を斬られて立つことさえ出来なくなる。

 だが目は死んでいない。



「もう一回言ってやる。あの日お前の父親が無惨な死体で見つかったのも」

 

「……違う」


 剣を振るう。

 今度は剣で受け止めようとしたが、受け止められず剣が吹き飛ばされる。

 手の力が弱っている。目も僅かに弱ってきた。



「魔物に隙を見せたお前を庇って母親が死んだのも」


「違う!!」



 剣を振るう。

 自分の手に剣がない彼女はそのまま受けて吹き飛ぶ。

 彼女の目は明らかに弱まっている。


 

「全部──」


「や、めて……カイ、ト」


 彼女の首を絞め、そのまま腕を上げて彼女を宙に浮かせる。

 彼女の目から涙が溢れ出てくる。

 

 そして僕は最後に言う。








 ───お前が弱いからだ。









 精一杯抵抗していた彼女の手の力が無くなった。

 そのままゴミを捨てるように壁へ思い切り放り投げる。壁にぶつかった衝撃で出た煙が消え去った後に残っていたのは、無気力な彼女だった。

 

(……)



 決別は済んだ。



 王城の差別意識は根が深い。どれだけ魔物を倒しても妬まれ嫌がらせされる日々だった。

 だから彼女を徹底的にやった。

 彼女が元親友だった僕に、体も精神もボロボロにされたあまりにも哀れで可哀想な被害者にする為に。


「カイト……! そのクレアはお前の親友なのだぞ!! それをこんな──」


「あんなやつどうでもいい」


 怒りを露わにする王様の言葉をバッサリ切る。今の自分は冷徹で最悪な魔王役だ。擁護のしようがない最悪の加害者として振るわなければならない。


 そして言葉を遮られた王様は、信じられないような目で僕を見た。そしてその目は次第に敵を、魔王を見るような目に変わった。


「お主に何があったのかは分からん。だが本当に魔王になってしまったんだな……」


「そんな物、この目を見れば分かるだろ。それより邪魔者は消えた。これでやっと続きができる」


 状況は振り出しに戻った。

 俺は最悪の魔王役として、人類で一番栄えているヴァルハラ王国の王様を殺そうと前進する。

 もしここで王様が死んでしまっては、人類にとって大打撃を受ける事になるだろう。それはこの魔王に太刀打ちができなくなる事でもある。

 そうなれば後は祭だ。今世に蘇った最悪の魔王が世界各地を暴れ回り、人類史上最も死人が出る最悪の時代の幕開けとなる。


 だから王様を守らなければならないが……



「どうした、王様が死ぬかもしれないんだぜ? お前ら必死で守ろうとしろよ」



 周りの兵士達は動いていない。


 いや違う、動けない。


 目の前にいる魔王から放って圧が、あまりにも強すぎて体は震え、心が先に折れてしまっている。

 

 その姿に僕は呆れた。


「……散々影であいつを馬鹿にしていた割に。いざとなれば女よりも先にびびって、何もできないか」


 みんな槍や剣を構えているがそれだけ、怯えているだけの兵士はそこにいないも同然の情けない存在になっていた。

 死にかけの体でも立ち向かってきたクレアとは違い、戦う前から守る事を放棄した彼らがそこにいた。


「国や民を守る兵士が呆れるな……話にならなすぎて興が削がれた」


 元々王様を殺す気はない。本当に兵士たちをどうでもよさそうに見ながら窓へと進む。

 そして魔法で窓を破壊し──



「びびってんなら国の兵士なんかやめろ。国や民を守れないマヌケどもが」


 最後に私怨だけ言って、そのまま飛び去った。









「……」

「……」

「…………クソッ」


 魔王が去った王座の間には、最悪の事態に顔を顰める王様と、何も出来なかった自分を悔しむ兵士達が残っていただけだ。

 









 ⭐︎⭐︎⭐︎

 


 

 私は一体……ああ、そうか。

 カイトにボコボコにされちゃったんだ。




 白いモヤがかかった世界で私は目が覚めた。周りは雲みたいなもので覆われていて、一切先が見えない。

 

(カイトはなんで……あんな事を)


 気絶する直前の出来事を思い出して、彼に切られた胸のあたりを軽く触る。

 あの黄金の目。確かにあれは魔王が宿すと言われる目と同じだった。


(……カイトがあんな風になったのは私のせいなの?)


 実際どうなのかはわからない。でも今の私では理由が全く検討つかないのだ。魔王の目を宿したカイトがこれからする事を思うと、不安で押しつぶされそうになる。

 無意識に自分を責めるほどには。


(私の手が……?)


 そこでやっと自分の手の異常に気づいた。

 私の両手が何故か半透明になっていて、手の先にあるモヤまで見えていた。


(これだと、もう少しで私が死ぬようね)


 この手が本当に目に見えなくなるほど透明になったら、今度こそあの世へ行ってしまうのだろうか。

 そんな不謹慎な事を考えていた時だった。

 誰かの声が聞こえたのは。



 ──僕はクレアみたいな、人を守る勇者になりたいな。



「誰?」


 背後から幼い男の子の声が聞こえる。まだ可愛げのある、なのに真っ直ぐな声がよく聞こえていた。


 いやこれは知らない人の声じゃない。


 むしろ一番って言うほど知っていて、この懐かしさを感じさせるのは……。


「……!」


 突然吹いてきた向かい風に目を開けられず、片手で顔を隠す。

 声の主を思い出したと同時にきたそれが止んで、目の前を遮っている自分の手をどかしたら。



 懐かしい風景を見た。



「ここは……私の村?」



 見えたのは今は無き自分の故郷。

 魔物によって跡形もなく破壊されてしまった、お父さんとお母さんが住んでいた村が、完全な状態でそこに健在していた。

 

 でも私がいるのは村の中じゃない。村全体がよく見える少し離れた丘だ。


 そう。よくカイトと話をしていた……思い出の場所。


 


「でもなんで僕にどんな勇者になりたいって聞いたの?」



 そう言ったのは幼いカイトだ。

 確かこの話をしたのは私の大事な犬が亡くなった直後で、その時は今の半分もないくらい小さかったのを思い出す。


「だってカイト。最近村の人から勇者かもって言われてるんだよ。なんか光の力がどうとかで」


 カイトの質問を返す白髪の、同じく小さい女の子は、幼い頃の私だった。昔飼っていた犬が目を離した瞬間に、村の外へ出てしまって大きな魔物に出会ってしまった。

 それは犬を追いかけた私も同じで、命の危機に瀕していたのだ。

 犬は私を庇ってくれたが、その時に大怪我を負って死んでしまい、犬を奪ったその鉤爪で今度は私の命まで奪われそうになる。


 でもそうはならなかった。ギリギリたどり着いてくれたカイトのおかげで。

 助けに来てくれた彼は、その光の力で魔物を倒した。

 自分がどれだけ立ち向かっても歯が立たなかった相手をアッサリと。



 だから私はカイトに憧れて嫉妬して、だから私は弱い私を恨んで、憎んだ。

 


 なんでそんなに力があるのだろう、なんで私は大切なものを守れないんだろうと。


 カイトが友達から親友憧れへ。その心境の変化と村の噂が私をカイトにさらに変な質問をさせた。

 

「じゃあなんでカイトは、あの時私を助けてくれたの? だって友達になってそんなに経ってないじゃん」


(本当に変な質問したわね……)


 弱い自分が嫌になって、無意識に自分を責めようとしている。助けてもらったカイトに対して、自分もよくわからない質問をした。

 それを受けたカイトは一瞬固まるも、すぐに笑顔で返してくれた。


「だって、僕はクレアに助けられたから」


「……助けたっていつ?」


「初めて出会って、クレアが僕に手を差し伸べてくれた時だよ。その時から僕はいろいろ大切な事を教えてもらった」


 そこから彼は優しい顔になって話を続ける。


「僕は助けられたお陰で、今はすごく楽しく過ごせてるんだなって思えるんだ。なら僕もいろんな人を助けて、そう言う人を増やしたい」


 その言葉にはただ純粋な感情だけがあった。


 彼は助けられて、光を知った。今まで生きてて初めて感じたそれを彼はいいものだと思った。それを広げていきたいと思った。クレアの家族のような温かい空気を。


 だから──



 ──だからクレアも、困った人を助けて欲しいな。僕を助けてくれたみたいに──




 



 ノイズが走る。


「え?」


 映画のシーンが切り替えられるように突然変えられた風景に私は驚きながらも、目の前の惨状を見て目を開く。


 あの日だ。


 運命の日。故郷に魔物達が攻め入って、地図から村が消滅したあの日だった。

 そして目の前にいるのはさっきと同じ昔のクレアとカイト。でも二人は泣いていた。

 当然だ。この時クレアのお父さんとお母さんが死んだんだもの。

 


 この日は私にとって人生の転換期。だけどカイトも、同じ人生の転換期。

 


 それはロイ大臣様が来てくれたと言う意味でもあるけど、今見ているのは違う。


「クレア……僕は強くなる。魔物が来ても倒せるくらいに、人を守れるくらいに。二度と、こんなことが起きないように!」


 カイトの覚悟が決まったんだ。大切なものを失う悲しみを知った彼は、それ以降必死に特訓していくことになる。

 それを懐かしく見ていながらも、あの魔王カイトに傷を負われた胸が痛むのを感じた。



『……ごめん』



 治療室で腹を殴られて、意識が暗闇に落ちる途中に聞こえた、悲しいカイトの声を思い出した。


「……ええそうね。カイトはロイ大臣様を殺すことなんてしない。あんな事をさせたのは魔王の目。魔王の呪いよ……!」


 私はこんなところで過去を振り返っている暇はない。私は魔王に乗っ取られた親友を止めないといけないんだ!


 彼の夢が、彼の覚悟が、彼の手自身で壊されるなんて事、私が許さない!!


 気持ちが自然と引き締まった瞬間に、この悲しき過去の空間にヒビが入る。


「カイト、あんたは私から色んなものを貰ったって言ってたわね。確かにそうだけど、半分忘れてることはあるわよ」





 ──私だってカイトから色んなものを貰ったし、助けてもらった。





 運命のあの日も、ドラゴン退治も、過去を見れば数え切れないほどたくさん!


 だから──

 

「あんたを絶対救って見せるわ!!!!!」


 世界が割れて、自分は光ある方へと浮かんでいった。まるでこの世界からお前のいる場所はないと言われたように。














 

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