たとえ愛されていないとしても
三鹿ショート
たとえ愛されていないとしても
幼少の時分に交わした約束など、確実な効力が存在しているとは考えていない。
だが、彼女に対する私の想いは、強まる一方だった。
成長していくにつれて美しくなっていく彼女と幼馴染であることは、私にとって唯一ともいえる誇ることができることだった。
交流する相手はそれぞれ異なっていったものの、私に対する彼女の態度は変わることはなかった。
暇さえあれば私の部屋を訪れることもあり、休日は共に外出することもあった。
たとえ彼女が私と同じような感情を抱いていなかったとしても、彼女と過ごすことが出来るのならば、それで満足だった。
そう思わなければ、私は彼女の隣で生きていくことが辛かったのである。
***
私の寝台で横になりながら本を読んでいた彼女が、不意に口を開いた。
「恋人とは、どのような時間を過ごすものなのでしょうか」
その言葉で、私は意識を失いそうになった。
そのようなことを訊ねてくるということは、彼女にそのような存在が出来たということであり、私にとってそれは悪夢のようだった。
しかし、なんとか平静を保ちながら、
「何においても、同じ時間を過ごすということなのではないだろうか」
その言葉に、彼女は口元を緩めた。
「まるで、あなたとの時間のようですね」
確かに、その通りである。
これまでの我々の関係と、何ら変わりが無いではないか。
友人と恋人の明確な境界とは何なのかと考えようとしたが、それよりも私は彼女の相手が気になった。
恋人の名前を訊ねると、彼女は恥ずかしがりながらも答えた。
その名前を聞いて、私は一抹の不安を抱いた。
何故なら、その男性は、数多くの浮名を流していることで有名だったからだ。
誰もが見惚れるような整った顔立ちであることを考えれば、意外でも何でもない。
私でさえもそのことを知っているために、彼女も理解しているはずであるが、抵抗はないのだろうか。
その疑問に、彼女は気にする様子も見せず、
「面と向かって好意を伝えられれば、悪い気はしませんから」
私がそうしていれば、彼女は同じように応えてくれただろうか。
そう訊ねたくなったが、その問いを口にすることはなく、彼女を祝うに留めた。
***
ある休日に喫茶店で静かに読書をしていると、客として彼女の恋人とその友人が店に入ってきた。
学校における私は目立つような人間ではないために、二人は私に気付いていない様子である。
何も気にすることなく、私の背後の席に座ると、二人は談笑を始めた。
たわいない会話だったが、その中で、私は聞き捨てならない言葉を耳にした。
それは、彼女との関係が遊びであるということだった。
学校に在籍中により多くの異性との関係を持ち、それを武勇伝として語っていきたいと、彼女の恋人は口にしたのである。
私は思わず立ち上がり、冷めた珈琲を彼女の恋人の頭部に打っ掛けた。
当然ながら、彼女の恋人とその友人は怒りを露わにするが、それは此方も同じである。
我々は店の外に出、拳で不満を語り合った。
だが、私は己が弱いことをすっかり忘れていた。
***
傷だらけの私を見て、彼女は心配するような様子を見せたが、私は転んだだけだと虚言を吐いた。
その言葉を耳にすると、彼女は途端に神妙な面持ちと化した。
そして、私の顔面を両手で挟むと、自身の顔を近づけながら、
「明らかな虚言を吐くときは、何か事情があるということは理解しています。何があったのか、説明してください」
こうなっては、言い逃れることは不可能である。
私は正直に、彼女の恋人の言葉を伝えた。
私の話を聞き終えると、彼女は呆れたように息を吐いた。
「明日、別れるように伝えることにします。そのようなくだらない武勇伝の一部となることは、私の望むところではありませんから」
「私を信じるのか」
「当然でしょう。どれだけあなたと時間を過ごしてきたと思っているのですか」
彼女はそこで口元を緩めると、
「それに、確かに彼の顔立ちは素晴らしいものですが、彼との時間が楽しいかと言えば、それほどではありませんでした。あなたと過ごしていた方が、私にとっては何倍も良い時間ですから」
その言葉は、私のことを異性として認識しているようなものではなく、単純に、良い友人という意味なのだろう。
心から喜ぶことは出来ないが、嬉しいと言えば嬉しかった。
***
やがて、彼女には別の恋人が出来た。
それは以前の恋人とは異なり、彼女に対して一途で実直な人間だった。
新たな恋人は私と彼女の関係に理解があるらしく、たとえ二人で会っていたとしても、文句を言うことはなかった。
悔しいが、良い人間であることは間違いない。
ゆえに、私は二人を祝福することにした。
その後も、私は親戚のように二人とその子どもの面倒を見ていった。
彼女に対する想いを捨てることができなかったため、私は生涯にわたって独り身を貫いた。
このまま寂しく生命活動を終えるのだろうと考えていたが、いざそうなろうとしたとき、彼女が最期まで手を握り続けてくれていたことは、嬉しかった。
新たな人生を送る際に、彼女と結ばれることを望んだが、最期の最期まで良き関係を維持することが出来たことを考えると、恋人などという関係に固執する必要も無いのだと思った。
たとえ愛されていないとしても 三鹿ショート @mijikashort
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