第11話 蒼の傷痕

チェインでソフィアと都合を調整した結果、

GW後半の初日に江東区にあるショッピングモールに行くことになった。

人気のスポットではあるが学校から遠いので

クラスメイトに遭遇する可能性は低そうでホッとした。

因みにこの場所になった理由は

ソフィアのやってるソシャゲの聖地がそのモールのすぐそばだったからである。

そのせいで荷物持ちの前に聖地巡礼に付き合うことになった。

ソフィアはいわゆるアニオタ、ゲームオタでもあった。

日本語がペラペラなのはそのお陰とのことだ。

俺は正直MTNだけで精いっぱいで

アニメや漫画も話題になった人気作を見る程度だ。

こんだけ色んなものに触れながら

アメリカ代表に上り詰めるソフィアの凄さを改めて実感した。


豊洲の駅で10時に待ち合わせということで、

一応俺は9時半に駅にやってきた。

するともう待ち合わせ場所にはソフィアがいた。

「すまん、遅れた」

「まだ約束の時間まで30分もあるわ、謝る必要なんてないわ」

「それはそうだがソフィアの方が先に来てたのは事実だし」

「ワタシの場合は初めての東京の電車だったから

 念のためって思ったら早く着きすぎちゃったのよ」

今日のソフィアはパンツはレディースのデニムとアクティブな感じに魅せつつ、

トップスはパフスリーブになっている白ブラウスと可愛さも忘れないコーデだった。

「今日の格好ってまさにソフィアって感じだね」

「それ褒めてんの?」

「勿論」

「ならいいわ」

ソフィアは素直に破顔した。


聖地巡礼をするソフィアは心底楽しそうだった。

「ここにあの建物が・・・」

「ここはあのイベントの背景の・・・」

などとキャッキャしている。

人種の違いというのはあるのだろうが、

どうしても普段のソフィアは俺たちよりも大人びて見えることが多い。

しかし、こうやって無邪気な笑顔を浮かべていると

俺たちと同世代の高校生なんだな、と実感する。

キモいかもしれんが勝手に俺の中でソフィアへの親近感が生まれてきた。

いやマジでキモいな俺。

絶対にソフィアにバレないようにしないと。

ソフィアの推しゲームはAR機能での写真も撮れるらしく、

ゲームのキャラと一緒に写真を撮ってくれと頼まれることもあった。

午前中2時間ほど聖地巡礼に時間を費やし、

まずはお昼ご飯と目的のモールに向かい、

フードコートにやってきた。


「ここはやはりUDONね!」

ソフィアは凄いテンションでうどん屋に並びに行った。

何でも先ほど聖地巡礼したソシャゲに出ている推しキャラがうどん好きらしい。

俺はバーガークイーンを見つけたので牛100%パティのバーガーセットを注文する。

ソフィアが俺を待たずにうどんを啜っているところに合流してバーガーを齧る。

「うどん旨いか?」

「やっぱり本場は違うわね!向こうでもUDONを食べたけどコシが違うわ!」

アメリカ人にもコシの違いって分かるんだ、というカルチャーギャップに驚きつつ

日本人である俺がアメリア発祥のハンバーガーを食うという真逆の光景にちょっと笑ってしまった。

「何がおかしいのよ?」

「いや、日本人の俺がバーガー食って、アメリカ人のソフィアがうどん食って、

 料理に国境ってないんだなって」

「美味しいものと楽しいものに国境なんてないわよ」

「確かにそうだ」

真理である。

でなけりゃ俺はハンバーガーを食うこともないし、MTNもやってない。


午後は遂に本格的な荷物持ちがスタートした。

ソフィア曰く急いで日本にきたので春服しか持って来れず、

夏服を買い揃えたいとのことだった。

俺からすると5月入ったばかりなのに夏服買うの早くね?

と思うけどそういうモンらしい。

荷物持ちを任じられた通り、複数のショップを次々巡りつつ、

恐ろしい量の服を買い漁っていた。

よく高校生のお小遣いでそんなに買えるな、

と感心していたがMTNで稼いだ賞金で支払っているらしい。


「ねぇ右と左どっちがいいかしら?」

不意にまるで彼氏に聞くかのような台詞を投げかけてきた。

「俺の今日の役目は荷物持ちじゃなかったのか」

ひねくれた言葉しか返せない自分が恥ずかしい。

「別に意見聞く位いいじゃないの!

 日本人の目線としての意見が欲しいのよ」

「俺なんかを日本人代表にしていいのか・・・」

「別に構わないんじゃない?

 実際問題ソータはMTNの日本代表だし」

それは何かズレてるだろ…と言うのは流石に辞めておいた。

「その二つなら右のじゃないか。

 日本人的とか関係なくソフィアの雰囲気に似合うのはそっちだと思うぞ」

「へぇ、ソータはこういうのが好みなんだ」

赤色のノースリーブサマードレスを見ながらニヤニヤと笑う。

「俺の好みつーか一般論だ。

 赤はソフィアの髪の色にも合うし、

 お前は身長もあって手も長くスラっとしてるからな。

 ノースリーブだとそういう部分が映えるんじゃないか、という一般論」

「まぁいいや。じゃあこれも買っちゃおう」

その後も日本的意見を何度も求められ、

何十着という衣装を追加で買うことになった。

もう両肩に食い込む荷物の重さが半端ねぇ!


ひたすら買い物をして2時間ほど経った頃。

「わりぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「分かったわ。ここで待ってる」

そういってソフィアと別れるとさっさとトイレに入って済ませた。

そしてトイレから出てくると何やら男がソフィアに絡んでいた。

ものの2,3分目を離したらナンパされたようだ。

ソフィアの美少女っぷりを考えると仕方ないかもしれない。

うーん、ソフィアからしたら俺みたいな陰キャよりも

ナンパしてきたイケメンくんと買い物した方が楽しいかもしれない。

そんな事を考えつつ二人に近づく。


「ソータ遅い!変な男に絡まれちゃったじゃない!」

「ん?テメェは・・・」

ソフィアに近づくとナンパ男の顔が見えて、

俺は思わず固まった。

「なんだ、寝取られモヤシの蒼太くんじゃねぇか!まだ生きてたのか」

俺から黒百合を奪った男、金剛こんごうたけるがそこにいた。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

息が荒くなる。

それを止めることが出来ない。

「ソータ?」

ソフィアが不安そうな目で俺を見つめてくる。

その目があの日の黒百合とダブる。

頼む、そんな目で俺を見ないでくれ。

「相変わらずヘタレ君だな。

 こんなのと遊んでても楽しくないって俺と一緒に行こうぜ!」

金剛がソフィアの手を掴む。

またあの繰り返しなのか。

脳が燃えるように熱くて思考が出来ない。

「ふざけないで!

 何であんたみたいな礼儀知らずに付いていくのよ!

 さぁソータ行くわよ」

いつかの繰り返しになるかと思われたその時、

ソフィアは金剛の手を振り払うと俺の手を取って歩き始めた。

「・・・・・・・」

俺は何も言葉を発することが出来ず、引っ張られるがまま歩いてる俺に

「ダッサ」

と金剛がこぼした台詞が耳に届いた。


「落ち着いたかしら」

モールの隅っこにあるソファに腰掛けて10分?20分?

それとも30分が経過しただろうか。

かなりの時間を要してやっと息が整ってきた俺にソフィアが声をかけてくれる。

「スマン・・・もう大丈夫だ」

「そう、よかったわ」

安心したような笑みを浮かべるソフィアに俺の心はまた少し落ち着く。

「世界大会であんな男よりゴツい男連中に

 一歩も引かなかったソータがあんなになるなんてね。

 まぁ、あの男と何があったかは聞かないわ」

「ありがとう」

「今日はもう十分買い物できたしここで引き揚げましょうか」

「了解」

余りに情けない反応だがソフィアの気遣いが嬉しかった。

ソフィアの言う通り俺は世界大会で厳つい連中を

ことごとく薙ぎ倒してチャンピオンになった。

それで俺は全てを振り切って、からへと変わり、

新しい自分になったつもりだった。

でもどこまでもだったのだ。


最後の意地で買い物は俺が持ち、ソフィアの家の最寄り駅まで辿り着いた。

駅に着くとお手伝いさんが車でやって来ていたので荷物を積み込んだ。


「ねぇソータ、今日は結構楽しかったわよ」

「そう言って貰えると頑張った甲斐があるよ」

あんな事になってしまったにも関わらず

こう言ってくれるソフィアの優しさが逆に辛い。

「またワタシと対戦して、私が勝ったら荷物持ちさせるから覚悟しなさいよ!」

「そうならないように次は頑張るさ」

「それでこそワタシのライバルね!

 じゃあGW明けに学校で会いましょう」

ソフィアはそう楽しそうに言うと車に乗り込んでいった。

そんな彼女に俺は手を振って見送る。


「ただいま」

何とか家に辿り着いた。

道中のことなんて覚えちゃいない。

もはや帰巣本能で家に戻ってきたような有様だ。


きっと青ねぇが居たら物凄く心配されただろう。

どうやらまだ外出しているようで心配をかけずに済んだのが救いだ。

青ねぇが戻ってくるまでにはマシな顔になっていないと。

そう思い俺はベッドに潜り込む。


目が覚めたのは翌朝だった。

未だに胸の痛みは取れない。

本当に僕は弱い。

かつての古傷が疼きながら僕のGWは終わっていった。

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