不平等

三鹿ショート

不平等

 自分が厄介な人間であることは、自覚している。

 それを正常な状態にするべきなのだろうが、出来るのならばそうしている。

 不可能だからこそ、私は今も、女性を苦しめ続けているのだ。

 衣服を剥ぎ取り、懇願する相手に構うことなく、己の欲望を放出し続ける。

 泣き喚く姿を見ていると、申し訳なく思うと同時に、途轍もない快楽を得ることができる。

 己が然るべき機関に逮捕されるべきだと考えている一方で、証拠隠滅に余念が無いということは、自身の快楽を優先させていることに他ならない。

 私ほど害悪たる人間は、他に存在しないことだろう。

 それは、自慢することができることではない。


***


 常のように標的を決め、暗がりで相手を押し倒したものの、私の手がそれ以上動くことはなかった。

 何故なら、今回の標的たる彼女が、何の反応も見せなかったからだ。

 涙を浮かべ、やがて訪れる死の恐怖に怯える様に私は興奮を覚えていたのだが、彼女にはそれがなかった。

 ゆえに、私は思わず問うていた。

「恐くは無いのかい」

 その言葉に、彼女は首肯を返した。

「どれほど酷いことをされようとも、これまでに味わったことに比べれば、どうということはありません」

 そこで私は、初めて異性に通常の関心を抱いた。

 近くの公園に移動し、共に長椅子に腰を下ろすと、私は彼女に事情を訊ねた。

 彼女は拒否することなく、今朝の食事を紹介するように語り始めた。

 いわく、彼女はこれまで男性たちから様々な仕打ちを受けていたらしい。

 学校では素行の悪い生徒たちの相手を代わる代わるさせられ、自宅に戻れば兄や弟たちから有り余る性欲の捌け口にされたかと思えば、夜間は父親の相手をさせられていた。

 教師や母親はそのことに気が付いていたが、救いの手が差し伸べられることもなく、彼女は衣服を着用しない方が長い時間を過ごしていたのである。

 だからこそ、今さら私のような人間に襲われたとしても、何の感情も抱かないのだと語った。

 私は、彼女に同情した。

 そして、そのような感情を抱いたことに、驚いた。

 これまで異性を単なる道具としてのみ見ていた私が彼女を憐れむなど、想像もしていなかったのだ。

 私がこれまで襲ってきた女性たちは、人並みの幸福を得ることができていたために、私の行為に泣き叫んでいたのだろう。

 私の行為は褒められたものではないが、そうすることで、私もまた幸福を得ることができていた。

 それに比べて、彼女は他者から優しくされたことが無いゆえに、私の行為に対して反応を示すことがなかったのだ。

 後にも先にも、このような感情を抱くことはないに違いない。

 私は、初めて自分が人間らしいと考えた。

 だからこそ、私は彼女に手を差し伸べた。

「気休めにしかならないだろうが、私の行為を眺めてみてはどうだ。何の不幸も苦労も知らずに生きている人間たちの苦しむ姿を見れば、多少は心が安まるのではないだろうか」

 同じ女性として誕生したにも関わらず、彼女だけが不幸な目に遭うことは、不平等以外の何物でもなかった。

 慰める方法としては間違っていることは理解しているが、私にはこれ以外に方法が無かったのである。

 彼女は手を差し伸べた私の顔をしばらく見つめた後、小さく頷いた。


***


 それ以来、私は標的を見つけては彼女に知らせ、行為の様子を眺めさせた。

 彼女は表情を変えることなく見つめるのみだったが、やがて相手をさらに苦しめる方法を提案してくるようになった。

 それを試し、相手がさらに苦しむ様子を見せると、彼女は嬉しそうに笑った。

 その表情を見て、私もまた、嬉しくなった。

 やがて、彼女は標的を誘い出すための手伝いをしてくれるようになった。

 段々と積極的になってきた彼女は、私の行為も手伝うようになり、我々の被害者はみるみる増えていった。

 被害者たちにすれば堪ったものではないが、彼女が笑顔になり、私もまた欲望を満たすことができるのならば、それで良かったのである。


***


 多くの女性を傷つけてきた私だが、彼女に手を出したことは一度も無かった。

 それは彼女に同情しているということもあるが、私がどのような行為に及んだとしても、彼女が良い反応を示してくれると期待していなかったことが理由である。

 我々の被害者の数が両手足の指では足りなくなった頃、彼女は私に頼み事をしてきた。

 いわく、自分を苦しめた人間たちを殺めてほしいとのことだった。

 これまで多くの女性たちを手にかけたことを考えれば、そのようなことは造作ない。

 彼女のためならばと、私は引き受けることにした。


***


 彼女が標的をおびき寄せた場所へと向かったが、其処には既に多くの死体が転がっていた。

 どういうことなのかと考えていると、建物の外からけたたましい音が聞こえてきた。

 その音がどのようなものから発せられているのかを即座に理解した私は、その場から逃げ出そうとしたが、既に制服姿の人間たちに囲まれていた。

 制服姿の人間たちに捕らわれた私は、彼女に騙されたのだと気が付いた。

 彼女は自らの手で報復を実行したが、その罪を私に押しつけたのである。

 私は無実を訴えたが、相手は私が殺めてきた女性たちの情報も持っていた。

 それを知っている人間は、私以外には彼女しか存在していない。

 彼女は、用済みとなった私を捨てたということだ。

 このようなことになるのならば、彼女もまた、他の女性たちと同じような目に遭わせておくべきだったと後悔した。

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不平等 三鹿ショート @mijikashort

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