さだめのであい

藤泉都理

さだめのであい




「ほら。雨も滴るいい男って言うじゃないですか?ぼく、いい男になりたいって神社でお願いしたら、雨の日に頭の上から雨が滴るようになったんですよね」




 照れくさそうに笑うコンビニの男性店員にどこか見覚えがあるな。と思った。

 頭上に浮かぶ小さな雲より。

 その小さな雲から降る雨より。

 気になったのは、男性店員の顔だった。

 私が注視した結果、男性店員は頭上の雲の説明をし始めたのだが、別にどうでもよかった。


(う~ん。どこか、で………あ!)


 思い出して、思わず呻き、そうになるのを必死に抑えた。

 姉の元カレだった。


(うわー。挨拶した事もあるし、私の顔も覚えて)


 ないな、うんないない。

 姉だけを見ていて、その他の人間に全然興味なさそうだったし。

 なのに姉に物足りなくなったと呆気なく振られちゃったらしい。


(うげー。私が姉の妹だってわかったら絶対いい顔しないよね。ていうか、絶対面倒な事になりそうだし。どうか覚えてませんように!)


「あ。あは。はい。お兄さん。いい男ですよ。雨も滴るいい男。あは、あはあははは」

「ありがとうございます」

「あはははは」


 覚えていなさそうな事に安堵しながらも、今はそれどころじゃないだろうと思い直した。


(違う違う違う。今は頭上の雲も姉の元カレもどうでもいい)


「あの。すみません。えっと。今まさに外で降っている『雨』という漢字一文字のストラップ、落ちてなかったですか?」


 スマホに下げておいた『雨』のストラップがない事に気づいたのは、ほんの三十分前。今日は家からこのコンビニを往復しただけなので、家か、道のりか、このコンビニにストラップはあるはずなのだ。

 家も、道のりも、隈なく探したがなかった。

 もしかしたら、道のりに落として、誰かに拾われた可能性もあるし、蹴られて川に落ちた可能性もあるなと意気消沈しつつ、コンビニも探したがなし。うっすら涙目になりながら、店員が拾っている可能性もあるので尋ねようとしたところ、男性店員の顔が気になって凝視してしまったわけだ。


「ああ。はい。店員が拾っています。少々お待ちください。店の奥にあるので今お持ちしますね」

「ありがとうございます!」


(ああよかった!あった!)


 修学旅行先で姉が買って来てくれたストラップだったのだ。

 一目惚れしたとの姉の言葉通り、私も渡された時に一目惚れをした。

 どうやら職人さんの手作りで、姉曰く、姉と私だけしか持っていないストラップらしい。そんな事はない、他にも『雨』の漢字を所望するお客もいるだろうと思いつつ、二人だけしか持っていない事も一目惚れに拍車をかけたわけだが。


(ん。あれ?ちょっと、待て、よ)


 あれあれあれ。

 おかしいな私の頭の上にも雲が発生してない?

 その雲から滝のような雨が降ってない?


(姉、言ってた、よ、ね。確か。この元カレに。このストラップ。私と妹しか持っていないって。いやだからって姉の妹だと判断、できる、わけが)


 突如として轟いた雷に心臓が口から出るかと思ったら、土砂降りの雨に打たれる姉の元カレと、続けざまの出現に、心臓だけではなく五臓六腑が口から飛び出たかと思った。


「あの。間違っていたら、申し訳ありません。もしかして、奏多未来かなたみらいさんの妹さんではありませんか?」


 否定する。

 否定しない。

 個人情報なのでお答えできません。


 黒の背景を背負って、三つの選択肢の白文字が点滅する。

 どれだどれが正解だ。


「あ。申し訳ありません。お答えしなくて構いません。どうぞお確かめください」

「あ。はい。ありがとうございます」


(よかったー!!!常識のある人でよかったー!!!)


 『雨』のストラップを受け取った私は裏に書いていた小さな『雨』の漢字を確認。自分の物だと確認して、私のですと姉の元カレに言った。


「ありがとうございました。では、失礼します」

「はい。ありがとうございました」


 深々と頭を下げて、すたこらさっさと入口へ向かう。

 土砂降りの雨だろうが何だろうが、家に帰るのだ。

 そして、このコンビニにはもう行かないのだ。











「あー。多分。妹さん、だよ、な。あのストラップ。すごい嬉しそうに話してたからよく覚えてるし。妹さんの顔は全然覚えてなかったけど、あんな顔だった、ような。あー。ストーカーとか思われないよなー」


 男性店員は頭を抱えた。

 振られたショックで自棄酒を決め込んだ挙句、いい男になりたいですと神社にお願いしたらこんな事になっていたわけで。


「あー。店舗を変えてもらうかー」


 人手が足りないからと要望されてここに来たわけだが、断るべきだった。

 元カレの自宅から近いコンビニなのだ。

 会う可能性は高い。

 いや、高くてよかった。

 会いたかったのだ。

 会って、笑い合いたかった。

 いい男になりたいって神社にお願いしたらこんなんなっちゃったよーと、笑い飛ばしたかった。笑い話をしたかった。

 もう気にしてませんよと前面に打ち出したかった。

 が。


「まあ、縁がなかったって事だよな。よし」




 男性店員は、そして、私は知らなかった。

 また別の店舗のコンビニで再会するなど。

 知らなかったのだ。




((あーーー!!!また出会ったーーー!!!))











(2023.6.13)



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さだめのであい 藤泉都理 @fujitori

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