A1.選ばれたのではなく、最初からそう望まれて作られたんだ。あらゆる不幸は最初から決まっていたんだよ

 次でラストです(╹◡╹)


 血迷ったらいつか師匠生存ifとか書くかも(╹◡╹)


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 ひどい気分だった。最悪、と言ってしまうとこれまでの経験に泥を塗ることになるから言えないけれど、そう言いたくなるくらいには、ひどい気分だ。


 けれど、今のわたしには、自分の気分なんてものよりも優先しないといけないものがある。わたしの行動が正しかったのか、間違っていたのか。あの人が最後までわたしに嘘をついていなかったのか、だまそうとしたのかを確かめなくてはならない。その結果がどちらであれ、それを調べないわけにはいかなかった。


 急いで、あの家に帰る。アイリスが一人で待っているはずの家。戻ったら跡形もなく無くなっていてもおかしくないなと思っていた家は、当たり前のようにそこにあった。師匠がいつもいた書斎も、なくなっていたり、壊れているなんてことはなく、いつも通りの姿を保っている。


 いつも通りではあったけれど、その中身は空っぽだ。わたしが師匠のことを探して、家中を確認した時となにも変わりはない。騙されたのかと信じたわたしが馬鹿だったのかと思って、セレンのところに向かう前に渡されたお守りのことを思い出した。


 お守りと言って渡されたのは、古びた鍵のようなものだ。渡された時は、なんの役に立つのかもわからなかったけれども、こうしてこの場で役に立っているということは、師匠は最初からこうすることを考えていたのだろう。


 鍵を持ったら、どう使えばいいのかが頭の中に入ってきた。洗脳する魔法の応用なのだろうか、一方的に情報を相手の頭に流し込む魔法。抵抗することもできたけれど、それが悪いものではないことは何となくわかったので素直に受け入れて、鍵をその場に突き刺す。


 水面に差し込んだように空間が揺らいで、鍵の先が虚空に吸い込まれる。そのまま捻ると、どこからともなくガチャりと何かが開く音がして、まるでワープでもしてしまったかのように、視界が切り替わる。


 そこは、見たことのない部屋だった。たくさんのものが乱雑に並べられて、重ねられている部屋。めちゃくちゃなように見えて何かしらの規則性を感じられる、学園にいた部屋の汚い先生のような部屋。


 何が置いてあるのかわからないから、なるべくあたりのものに触れないように気をつけつつ、奥の方に見えるやけに綺麗な机に向かう。


 そこに置かれていたのは、一冊の本と、ひとまとめの紙の束。触れと言わんばかりのそれに触っていいのか心配になりながら表紙を見ると、そこに書かれていたのは“最初に読むこと”の文字。


 少し納得出来ない気持ちはあるけれど、こんなふうに書かれているということは本当に最初に読むべきことなのだろう。反骨心を出してもう片方から読みたい気持ちもないではないが、なにが起こるのかわからないので大人しく従っておく。


“君がこれを読んでいる時、私はもうこの世界にはいないでしょう。もし何かしらの理由でまだ生きているのであれば、この内容は間違いなく私にとって黒歴史だ。内容を読むことなく焼却すること”


 最初のページに書かれていたのは、そんな一文。わたしに説明する時に、多少迂遠な言い回しになるのは、師匠の癖。


“さて、ページをめくったということは、私は間違いなく死ねたのだろうね。おめでとう、君の目的は達成された。ありがとう、私の夢はかなった。心配せずとも、これが読めている時点で私は死ねている。どこかで蘇ることも無く、確実に。だからこれを読んだからと言って、君がなにかをしなくてはならない、なんてことにはならないよ。これはあくまでお礼、私が君に教えてあげられなかったことを残すため、君が命に迷った時の方針にするためのものだ。まあ、随分と立派に仕立てあげられた遺書とでも思ってくれればいい”


 こんな、百科事典辞典みたいな遺書があるものか。本気で言っているのなら、師匠はわたしに教えていないことが多すぎだ。やり残したことが、多すぎだ。


“随分と大作になってしまってごめんね。けれど、私の心配事を、心残りを、全部残そうとしたらこんなことになってしまったんだ。急いで読まないといけないものではないから、暇な時間を見つけて気長に読んでくれ。ただし、一緒に置いてある紙の束は別だ。その中身は知っていた方がいいことだらけだから、なるべく早く読むこと。特に付箋付きのものは緊急度が高い。読むことを強制はしないが、すぐに読まなければきっと後悔することになるだろう”


 急ぐのか、急がないのか、どっちなのかはっきりしてほしいけど、そこまで書かれてしまったら、読まないわけにもいかないだろう。分厚い本を机に置き直して、紙の束を確認する。一番上にあったのは、人体補完装置の使い方と書かれたもの。



 そこに書かれていた内容は、生きたまま人を保存する装置の概要と、それの動かし方、詳しい理論は別の場所にある資料を確認するようにというものと、その内部にアイリスを保存しているという付箋の文字。


 概要には、10年程度の期間であれば問題なく目覚めたと書いてあった。書かれた方法通りに装置を操作していくと、すぐにカプセルが開いて中からアイリスが出てくる。意識はないようだけれど、呼吸も脈拍も、つついた時の嫌そうな声も問題なくあったので、きっとただ眠っているだけなのだろう。


 師匠は、嘘をついていなかった。アイリスが生きていたことも本当だったし、無事に助けられるというのも本当だった。師匠を改心させるための時間が10年もあったといいのは予想外だったが、それでもその期間で師匠を説得し切れるかと言われたら微妙だし、騙したとは言いきれないだろう。気持ち的にはとても騙された気分だけれど、師匠は最後までわたしに嘘をついていなかったのだ。わたしが騙されたのは、わたしが勝手に勘違いしてきたから。そうなるように、師匠が言葉を選んでいたから。


 そう考えると、師匠が迂遠な言い回しを好んでいたのも、私にそういう違和感を抱かせないためだったのかもしれない。そんなことを思いながら、アイリスの無事がわかったのでかなり安心して、ほかの付箋付きを確認する。そこに書かれていた内容は、師匠、悠久の賢者がいなくなることによる世界への影響や、その抑え方、師匠がこれまでしていたことの説明など。


“これをやるかどうかは、君に任せよう。この世界がこれまで通りの、君が生きてきたもののままであるべきだと思うのであれば、私の仕事を引き継ぐといい。なに、心配はいらないさ。悠久の賢者の仕事なんてものは、本質的には誰がやっても同じなのだ。現に私が人前に姿をさらしたのはもうずっと昔、エルフの寿命でも覚えている人がいるかわからないくらい昔のことなんだ。代理人を名乗ってもいいし、もし君が望むのなら、悠久の賢者を名乗ってもいい”


 わたしが師匠の名前を、悠久の賢者を名乗るなんて、随分と役者不足だ。この世界において知らない人がいない、みんなの尊敬と信頼と、信仰を集める存在。能力の面でも、知識の面でも、わたしが名乗るのは失礼だろう。


 次の付箋を確認すると、書かれていた内容はわたしの目、元々エフのものだった目について。どのような原理でそれが効果を成して、どういうことが出来るのか。その可能性と危険性、対策について。


“この目に関しては、私としても予想外の事態だった。大体のことは予想できるし、予定の中に組み込んでいたのだけれど、それは一個人が持つには大きすぎる力だからね。エフに発現した時は素体が強くなかったから許容範囲だったが、君が持ってしまうと逆らえる人は残っていないだろう。おめでとう、君はめでたく世界の支配者だ”


“なんて言っても、君にとっては嬉しいことではないだろうね。だから、私から贈るものは、その目を無効化する方法だ。一つ目は、両方ともくり抜いてしまうこと。物理的アプローチで最も簡単だが、君の世界から光が失われる。二つ目は、それが聞かないくらいの魔法耐性を全人類につけさせるか、君自身がその瞳の力を封印すること。魔法的アプローチだね。これが最も難しく、時間のない私ではいくつかの手法に検討をつけるくらいしかできなかった。最後は、それが効かない因子を持った子供を育て、新しい人類に変えてしまうこと。都合のいいことに、アイリスにはその因子に近いものが眠っていたので、勝手だけど改良して開花させておいた。この子の子孫が繁栄した世界なら、君の目は意味をなさなくなっているだろう”


 わたしには、師匠が難しく、検討しかできなかったというものをやり遂げられる気がしない。何年も時間をかけて、それだけのために人生をかけて、そのうえでできる気がしない。だからといって、自分の目を抉り出すなんてことも、したくない。


 選択肢は、ひとつしか残されていなかった。元々、するつもりだったこと。一人残ったアイリスが、幸せになれるように育ててあげること。それをすることでしか、わたしと同じ立場で話してくれる人が現れない。そうなってしまっただけのこと。


“これを読めば、きっと君はアイリスを育て、反映させる道を選ぶだろう。そんな君にプレゼントしたいのは、私の実験設備だ。あそこに保存している道具を使えば、君の家族を遺伝子から甦らせることが出来る。さすがに頭の中身は別物になってしまうが、遺伝子の多様性のためにも、アイリスの繁殖相手は多い方がいい。詳しいことは別資料にまとめた、遺伝の勉強をするように”


 師匠は、自分が魔王として滅ぼしてきた人たちの情報を保管していて、その中にはわたしの家族のものもあった。最初に、一番最初にわたしの前で死んでしまった、里のみんなたち。どんな形であったとしても、またみんなと会えることが嬉しい。きっとみんなはそうされてもよろこんではくれないだろうけれど、頼れる、拠れるものを失ったわたしにとっては、無くなったエルフの里を甦らせるのは、その果てにわたしが普通の人として暮らせる世界を取り戻すのは、生きる目的になりうるものだった。


“これをするのであれば、君は一つ、守らないといけない土地ができたことになるね。土地を、人々を育み、守ることは大変だ。特に愛と調和を是として、争いを好まないのであればなおさらに。ところで、どうしてエルフの里が人々に見つからなかったのかを知っているかな?”


 知らないし、考えたこともなかった。ある時までは、外に世界があることすら知らなかったのだ。けれど考えてみれば、不思議なことだと思う。わたしの足で抜けれるような森を、誰一人として抜けてきた人はいなかったのだから。


“答えは簡単、政治だよ。私があの場所を、人が踏み入れるべき場所ではないと定めて、それを広く周知した。その教えが生きていたからこそ、長年あの地には人間が踏み入らなかったんだ。君が同じように、エルフの楽園を作るのならば、覚えておくといい。人の寿命は短く、定期的に教え続けないとすぐに忘れる。人類全体に影響力があるものがメンテナンスしない限りは、楽園はすぐに壊れてしまうのだ”


 それは、途方もない話だ。人類のことをもっと信じたいとわたしは思うけれど、実際にそれを維持していた師匠が言うのであれば、それは真実なのだろう。けれど、そんなこと、人全体に影響力を持ってそれを守り続けるなんて、それこそ師匠くらいしか、悠久の賢者くらいしかできる人はいないだろう。


“そう、そんなことが出来るのは、悠久の賢者くらいなものだ。ところでアリウム、私は先程、君に悠久の賢者を引き継げと書いたね。思い出したかな?とっても簡単な方法があったことを。そう、君が悠久の賢者になれば、問題は全て解決するんだ。全部を丸く収める、たったひとつの冴えたやり方と言うやつさ”


 まるでわたしの頭の中を読んでそれと会話するように進む師匠の文章に言語化できない気持ち悪さを感じるけれど、書いてあることは確かにその通りだ。一つ受け入れ難く思ってしまうのは、これを書いている時点で、師匠が今のわたしの状況をほとんど推測できているということ。その推測通りに、わたしは手のひらの上で転がされていたということ。自分の意思で決めたはずのことなのに、それが誰かに決めさせられたという気持ち悪さ。


 それに反骨して、師匠の作っていない未来を選ぶのは簡単だ。けれど、わたしが仮にそうするとしたら、師匠はきっとその事まで織り込み済みなのだろう。それなら、もう最初から流されてしまった方が楽だ。これまで通り、師匠に言われたように行動するだけの方が、ずっと楽だ。



 師匠が、わたしに、わたしたちにひどいことをしたのだという認識は消えていない。あの人はわたしにとってけして許してはいけない罪人で、みんなの仇で、けれどわたしに全てをくれた大恩人なのだ。あの人の最後は、その時の気持ちは、決して忘れることはないだろう。


 ふと、子供たちのことが頭をよぎる。わたしが師匠の最後に感じたもの、どんなに思うところがあっても、消えることのなかった育ての親に対する呪いのような愛情。わたしの子どもたちも、わたしに対してそれを感じてくれていたのだろうか。


 感じてくれていたなら、うれしい。それを呪いだと、悪いものだと思っていなかったのならば、もっと嬉しい。


“君はこれを受け入れるだろうけど、ただ悠久の賢者の名前だけもらっても、受け取りずらいだろう。この名前は君にとって、思うところのありすぎる名前だ。だからアリウム、君にもう一つ、名前を贈ろうか。”


“一つ目はアリウム。私への復讐者として、‘正しい主張’、‘深い悲しみ’の願いを込めて贈った名前だ。けれど、ようやくその運命から解放される君にはもう合わないかもしれない。響きがいいから意味なんて考えずに使い続けてくれても構わないけどね。

 二つ目は悠久の賢者。私の跡を継ぐものとしての名前だ。これについては、いまさら詳しく書く必要もないだろう。

 そして三つ目がこれから君に贈るもの。私からの最初の贈り物が名前だったんだ。なら、私が最後に贈るものも、同じように名前であっていいとは思わないか?”

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