Q21.なぜ、そちらにつくのですか?

 幼女が私の理想通りに成長してくれて、ついにほとんど完全体になった。不完全な生き物であるエルフに完全体なんてものがあるのかという野暮な疑問は置いておくとして、完全体だ。響きがかっこいいよね、少年心をくすぐられる。


 さて、ついに念願かなって満足げに死んでいったエフちゃんのおかげで、わたしも少し悩んでいた、幼女に真実を知らせるタイミングも完璧だ。もっと早くてもどうとでもなったとはいえ、このタイミングだったのは最高と言わざるを得ない。後に回して、私が解説しなくてはならなくなったら地獄だからね。全部明かしても幼女が私を憎んでくれなかったら、私はとんだピエロだ。想像するだけでいたたまれなくなる。つくづく、エフちゃんは優秀な外道であった。そのポテンシャルを、私に反逆する方向で生かされていたらと思うと恐ろしい限りである。


 さて、意識を幼女の方に戻すと、アリウムちゃんは大切な何かがすっかり抜け落ちてしまったような表情で、元王妃だった惨殺死体の前で普通に振る舞う人々を眺める。たった一つ、瞳を手に入れてしまっただけで、人々が意志を失ったみたいな行動をとるのだ。かわいそうに、こんなんじゃもうまともな人間関係は築けないだろうね。


 自分以外を人として見れなくなってしまってもおかしくない幼女は、なにかに導かれるように家に帰る。実際、導いているんだけどね。それに合わせて、ようやく出番が来たのはテトラちゃん。随分と遅いお出ましだが、この子の調整にはかなり長い時間がかかったのだ。高い汎用性と、同程度の専門性。矛盾するようだけれど、何でもかんでも高水準にこなせるようにしているのである。ぼくのかんがえたさいつよのらすぼすかな?


 そんなテトラちゃんには生まれ育った家の、自分の部屋で待機していてもらう。ずっとすごしてきた場所で、大切な人と戦うってシチュエーションはやっぱり燃えるよね。本当は、普通に過ごしていて突然豹変ってパターンも考えていたのだけれど、ちょっとテトラちゃんの見た目的に不可能になってしまった。異形っ娘はとてもいいものだけれど、人に溶け込むという意味ではだいぶダメだからね。


 私に導かれて、迷うことも寄り道することも無く私の家に帰ってきた幼女は、そのまま他の場所には目もくれずにテトラちゃんの部屋に向かう。そこに何かがいることはわかっていても、それが最愛の娘だとは思っていないのか、殺意マシマシな様子で武器を構える幼女。


 扉を開けた先にいたのは、呑気にくつろいでいるテトラちゃんだ。すっかり見違えた、あるいは道を違えてしまったテトラちゃん。おおよそ人間とは思えないような、変わり果てた姿のテトラちゃん。


 いつでも戦えるように準備をしていたお母さんとは違って、異形と化した娘の方は、久しぶりの再会を喜ぶかのようにアリウムちゃんに声をかける。最後に会った時から数日しか経っていないかのような、その間に何もなかったかのような、気の抜けるような軽い言葉。


 見た目の名残と、その声、発言から目の前の存在を自分の娘だと認識した幼女が、本当にテトラなのと尋ねるけれど、これはしかたがないね。さすがの私も、自分の娘の顔すら忘れたのか!なんて言う気にもなれない。誰だって、全身に真っ黒の線を脈動させた、出来損ないのキメラみたいな人型の生き物を娘だとは信じられないだろう。でも大丈夫、間違いなく幼女の娘だし、見た目はだいぶひどいけれど性能だけは確かだ。やはり強さのためには犠牲にしなくてはいけないものもあるんだよね。


 一体何があったのか、どうしてそんな姿になってしまったのかと尋ねるアリウムちゃんと、わかってるくせに白々しいなぁ、パパの元でパパのために育てられていた私が何をするかなんて決まってるじゃんと返すテトラちゃん。別に決まってはいないんだけどね。幼女と敵対してもいいし、逆に協力して私を終わらせてくれてもいい。ここまでやっておいてなんだけれど、逆にここまでやったからこそ私の罪悪感は既にMAXなのだ。あとは殺されるだけなので、テトラちゃんはどうしてもいいのである。ただし、私の生存ルートだけはダメだ。それだけは絶対に許さない。


 いくつか言葉を交わして、お互いに相容れない存在になってしまったことを確信した幼女が、表情を消す。家族を、娘を見る目じゃない、のっぺりとした感情を感じさせない顔。


 そうして始まった最初で最後の親子喧嘩を他所に、私は幼女への贈り物の準備にかかる。エフちゃんみたいな悪趣味なものではなく、本当の意味での贈り物。私が死んだ後に、幼女に希望を残すための準備。テトラちゃんの仕上がりも気になるけれど、もうほとんど時間が残されていない私が優先すべきなのは、最期の瞬間に悔いを残さないことだ。


 そのためにいくつかの仕込みを済ませて、ついでに幼女が直前で心折れた時に備えて用意をしておく。幼女がたとえ私を殺したくないと思って、殺さない道を選ぼうとしても殺さざるをえなくなるような仕掛け。これさえ用意しておけば、幼女は確実に役目を果たしてくれるし、私が自分の死を願うための最後の一押しにもなる。戦いは始まる前にほとんど終わっているって言うし、私も仕込めるところは仕込んでおかないとね。


 ある程度用意が終わる頃には、幼女とテトラちゃんの争いもそこそこいい所だ。強くて偉大な母に憧れたテトラちゃんが、与えられた力を使って戦うのに対して、自分が見につけてきた、引き継いできた力を適切に使いこなして、目の前の娘をただの敵と見なして戦うアリウムちゃん。


 そもそもの鍛え方も違うし、ただ与えられたものを蓄え続けたテトラちゃんとは違ってアリウムちゃんはそのほぼ全てを自分の力で勝ち取ったか、慣れるまで使い続けてきた。どれだけカタログスペックが優秀でも使用者の腕次第だよね。


 その結果が、文字通りテトラちゃんのことを子供扱いしながら、一方的に攻撃を当て続けている幼女。いつも守れていないからつい忘れそうになってしまうけれど、この子は元々十分な才能があって、それに甘えることなく鍛え続けてきたのだ。相手が悪かったから弱そうに見えていただけで、普通に強いのである。


 そのことを再認識すると同時に、そんな化け物お母さんを相手に時間稼ぎくらいにはなってくれたテトラちゃんの健闘を心の中で称える。おかげで、幼女への贈り物はバッチリだ。これだけ残しておけば、幼女の将来が心配になって死ぬに死ねないなんてことにはならないだろうし、あとはテトラちゃんがやられるのを待つだけ。


 異形と化したテトラちゃんは、それ用に馴染ませたのが良かったのか、そもそもの素体が優秀だったのか、半分くらい原型をとどめなくなっても知性は失わずにまだ戦っている。女の子が触手なんて生やしちゃって、はしたないね。しかしまあ、はしたなくはあれどいいものである。私はどちらかと言うと好きだ。この特殊性癖がよ。


 やっぱり、理性的に攻撃できて、かつ被弾を気にしなくていいというのは大きなアドバンテージだね。幼女がこれまで、諦めることなく全ての敵を倒し続けられたのは間違いなくこれのおかげだし、逆に幼女よりも力があったシーちゃんや、幼女よりも回復能力に長けた魔王のしもべ()達が負けたのは、片方が欠けていたからだ。


 バランス調整のためには仕方がなかったとはいえ、今回のアリウムちゃんがもし失敗したら次は敵ユニットもこっちに寄せようか。ワンパターンだったのも反省ポイントだし、次があればもっと工夫を凝らそう。まあ、次なんてないに越したことはないのだけれどね。


 かなり厄介そうに戦っているけれど、こうして見ると最後のバトルにしては見劣りするね。テトラちゃんの枠が出てくるべきだったのは、もっと前の段階だ。そんなことにも、私は気付けなかったのである。我ながら恥ずかしい限りだな。


 少しずつ傷を負っていくテトラちゃんが、それに比例して人型から離れていく。元々人間には過ぎた力なこともあってか、力を振るうのに最適な形に寄っていっているのだろうか。時間が経つと、テトラちゃんはテトラちゃんから、テトラちゃんだったものに変わってしまった。言葉も上手に話せなくなっているし、理性が消えるのも時間の問題だろう。


 最後に一つ、幼女に私の居場所を伝えるという仕事を果たして、テトラちゃんは役目を終えた。親からの愛情を十分に受け取ることが出来ず、私の都合のいい存在として育てられた少女は、誰よりも愛してくれていたはずの親の手によって、その生に終止符を打たれた。


 真っ黒な塵として消えていく体の中で、アリウムちゃんは一人、無表情のまま涙を流していた。

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