Q20.なぜ逃げるんですか?

 気分をすっかり切りかえて、幼女が残したセレンちゃんの骨を勿体ないなんて考えながら、夜逃げの用意をする。まだ全然夜ではないけれど、夜逃げというのは最早慣用句だからね。たとえ悪いことをしていなくても、誰かから逃げるように引っ越せばそれはほぼ夜逃げだ。私の場合は思いっきり悪いことをしているのだけれどね。


 幼女が帰ってくる前にテトラを呼び戻して、手伝いをさせる。生まれた時の姿とは少し変わってしまったところもあるけれど、これはこれで味があっていいのではないだろうか。全部まとめて移動させれば直ぐに引っ越せるのだけれど、そうするとここに残した方がいいものもなくなってしまうからね。人手は必要だ。


 大切なお友達を食べて、きっと精神的にもだいぶおかしくなっている幼女が帰ってくるよりも先に引越しが完了して、かわいそうな子を迎え入れるのはがらんとしたお家。いつもいた優しい師匠もいなくて、多くのものが無くなっている寂しいお家。書置きのひとつも残していないせいでなかなか状況を整理出来ていない幼女が、ようやく把握してペタンとへたりこんでしまったのは、実にエフちゃん好みの光景だった。


 とてもかわいそうだったので、かわいそうだなぁと思いながら、ぐずるアイリスちゃんをあやす。むかし、まだ赤子だったころのテトラちゃんをあやしていた時には幼女から不思議そうに見られたが、私だってかつてはたくさんの子や孫、子孫がいた身だ。なんなら幼女たちも、ルーツをたどれば私に行き着く。ミトコンドリア・イブかよ。


 そんなことはともかく、子沢山だった私は子供をあやすなんておちゃのこさいさいなのである。付きっきりでお世話をすることも、効率的に多頭飼育たくさんそだてるのも慣れっこだ。


 そんなことを考えながら幼女の観察を続けると、幼女は私に何かあったのではと考えて、私の居場所を探し始める。ピュアかよ。いい子だな。この期に及んで私を疑いもしないのは実に愛いのだけれど、そろそろ疑って、憎しみを向けてもらわないと育てた意味がなくなってしまう。理由なんてなくても育てるのが親の愛なのかもしれないが、あいにく私はこの子の親ではないからね。


 幼女が宛もなく色々ところを探し続けるのを見守り、その努力が実らないことを一緒に悲しむ。何時でも幼女のことを見守ってるって約束したから、やることのない時はこればっかりだ。見所のない光景をしばらく眺めて、ようやく面白くなってきたのはエフちゃんが登場してから。


 私の推薦で入学したり、私から高級食肉()を渡されるようなエフちゃんなら何か知っているかもしれないと思ったらしい幼女が、一国の王妃様の元に押しかけて、何故かすんなり通される。警戒しろよ、警備兵。その幼女少し前に生きたまま人間食ってた異常者だぞ。


 なんでこんなに信用されてるのか不思議に思ったら、この子が賢者の寵児であることを思い出した。そりゃあ警備兵も通すわけだ。ガバガバ警備とか思ってごめんね。


 素通りした幼女が、エフちゃんの元にたどり着く。素通りと入ったけど、実際は案内されてるからもっと上だね。一国の中心部を案内付きで歩き回れる幼女、それがアリウムちゃんである。


 そのまま控え室に連れていかれて、幼女はその場で待機する。さすがに王妃様のお部屋に直接Goはダメなようだね。立場がある人は人に会うだけでも準備が必要だから、仕方がないね。そのまま少し待たされて、やってきたのは最低限の身だしなみを整えたエフちゃん。立派なドレスは着ていないけれど、気品のある、高そうな服装をしている。


 突然こんなところに来てどうしたんですかと質問するエフちゃんに、師匠、つまり私の場所を知らないかと尋ねる幼女。話の持っていき方が急だね。わかりませんけど何かあったんですかとエフちゃんが二度目の質問をすると、幼女はようやく、私が夜逃げをしたことをエフちゃんに伝えた。


 ちなみにだが、エフちゃんは珍しくまだ一度も嘘をついていない。幼女に真実を告げる役は任せているけれど、そのタイミングも同様に任せているので、私たちはほとんど連絡を取らないのだ。一応、いちばん美味しいタイミングを待つようには伝えているから、幼女からの話を聞けば今日あたりで手を打ってくれるだろう。実際にどうかは知らないけれど、この子であればきっとそうだろうなと言う信頼があった。


 幼女の少し長めな説明を聞いて、エフちゃんは少し考え込む。どうせまたロクでもないことを考えているのだろうね、この子が何かを考える時は、いつもロクでもないことだ。真っ当に生きてきた幼女を見習え。


 少し考えた様子のエフちゃんは、おもむろに顔を上げると、幼女に謝罪の言葉を伝えて、これまでのことを、エルちゃんの真実を語り始める。ぽかんとした様子のアリウムちゃんは、その言葉をそのままの意味で受け止められていないのだろうか。まあ、突然信じていた妹分から、ショッキングな真実を告げられたりしたら、私だって普通でいられる自信が無い。


 それにもかかわらず、幼女が拒絶の言葉を発するくらいには留めているので、完全に壊さないでほしいという私の思惑はしっかり慮ってくれているのだろう。こういうことをやらせれば、本当に優秀な子だ。


 幼女のことを煽りながら、エフちゃんが真実を話していく。それにしてもこのエフちゃん、本当にイキイキしていて楽しそうだね。こんなこと以外にもっと楽しいことを見つけられなかったの?見つけられなかったからかこんなことになっているのか。そうか。


 自分が息子の仇だと思って殺した化け物の正体のことを聞かされて、そんな子に対してお姉さまは何をしたんでしたっけと苦しいことを思い出させる。本当に、酷いことをするものだね。


 ついでとばかりに伝えられたのは、トリーナちゃんの終わりと、幼女が慕っていた女騎士ちゃんの終わり方。そういえば今の今まで幼女は、自分の存在のせいで周囲が危険な目にあっているということを、まだ理解していなかったのだっけか


 辛いことが突然ダブルパンチしてきて少しヘロヘロになっていた幼女に、エフちゃんはまだまだ止まらない。幼女に対して、こんなことになったのは何がいけなかったんだと思いますか?と質問して、幼女が答えるよりも先に、リーダー君を選んだのがいけなかったんですよと続ける。たしかに相手がリーダー君でなければ、モノちゃんジエンくんトリーナちゃんは生まれなかったわけで、生まれなければ酷い目にも合わなかったわけだ。その時はおそらく生まれていた別の子供たちが酷い目にあっただけだろうが、間違ってはいないね。嘘はついていない。けどこの顔は全部わかった上で弄ぼうとしている邪悪な顔だからギルティだ。


 その話の流れでエフちゃんは幼女の淡い初恋の思い出を踏みにじる。幼女にとってはもう過去のことであったとしても、その甘い気持ちは、苦い失恋は、大切な思い出として残っていたはずなのだ。そこに土足で踏み入ってグッチャグチャに荒らす。本当にこの子は人の心を持っていないね。私が死んだ後の後世のためにも、後天的に人の心を作り出す方法を確立しておいた方がいいかもしれない。


 幼女の情緒をぐちゃぐちゃにしたまま、雰囲気だけは楚々としてくすくすと笑うエフちゃん。しかし、幼女は心のダメージが大きすぎるのかエフちゃんに対してアクションを見せない。エフちゃんがここまで頑張ってきた理由は、幼女のメンタルをフルボッコにした後で逆上した幼女に殺されるためのはず。


 これじゃあ目的を達成できないのではなかろうかと、私がピュアな幼女ではなく下衆の心配をしていると、この状況も織り込み済みなのか、外道はうなだれる幼女の頬を両手で支えて自分の方を向かせる。このシーンだけ見たらとっても百合ちっくだね。やはり顔だ。顔が良ければ絵にはなる。


 そのまま幼女といくつか何かを話したエフちゃんは、幼女に対して何かをすると愛おしそうに幼女を抱きしめた。そうしてそのまま、理性が吹き飛んでしまったような様子の幼女に首元に噛みつかれてにっこりと微笑む。何をしたのかわからないけど、間違いないのは狂人の行動だということだね。幼女の精神が心配になって調べて見たところ、使われたのは魅了の魔法。エフちゃんの瞳に宿る怪しげな術だね。ゲームっぽく言うと、周囲からの好感度が上がりやすくなるだけのもの。


 なのだけれど、どうやらそれを使いつつ好感度が下がるような言動を続けたことで精神に負荷をかけて、衝動的な害意を持たせたらしい。現実世界でバグを起こすなよ。


 私でも知らないような仕様を悪用したエフちゃんに経緯とも呼べる感情を抱きつつ、理性が飛んだ様子でエフちゃんを貪っている幼女の精神をちょちょいと修正する。私に精神干渉の能力がなかったら詰んでいたな、危ない危ない。やはりデバッカーは世界に何人がいないとね。


 ところで愉快な話なのだけれど、バグまで使って自分を食べさせることに成功したエフちゃんは、その甲斐あってか幼女に魅了の瞳を継がせることに成功したようだ。しかも、魔法の素質自体がエフちゃんごときとは桁外れに高い私の作品幼女は、洗脳や刷り込みに近いレベルでの行使が可能になっているらしい。


 血だらけで明らかに異常な幼女を前にして、警備兵たちや元王子くんは普通に、いや、幼女に対して従順に振舞っている。味方にした敵ユニットが弱体化するのはよくある事だけど、その逆は珍しいよね。


 しかしまあ、これのせいで幼女は今後、まともに関われる相手を見つけることすら苦労するだろうね。何せ、周囲はほぼ無条件に自分の味方をしてしまう。お山の大将に憧れるような小物ならともかく、小さな平穏を愛する幼女には、その力はあまりにも余分で、邪魔なものだろう。


 これに関しては割と本気で同情するけれど、私は何も関わっていないからね。瞳の力を抑える道具の作り方を残しておくくらいしか、しなくてもいいだろう。

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