Q19.なぜ、人は罰を求めるのでしょうか?

 見逃していたところを確認したけど、シーちゃんは最後までよく頑張ってくれたみたいだね。最後の方メンタルがヘラって自滅したのはどうかと思うけれど、まぁ、任せた仕事は成し遂げたのだからいいとしよう。作った時の意図以上に働いてくれたのだ、製造や運用のコストを考えてもだいぶプラスだったし、後処理が面倒なミンチを選んだのは許そう。


 次に幼女に食べさせるものが、少し土の混ざったハンバーグになることが決まったところで、これまでたくさん頑張ってくれたシーちゃんに黙祷。10秒間目を閉じて、その後は気持ちを切り替える。ミンチから骨の欠片とか、土とか、木片とかを取り除く作業を考えると憂鬱だけれど、やらないというわけにはいかない。自分を鍛え続けてきたシーちゃんは言わずもがな、幼女と相性のいいモノちゃんも立派な食材だ。そのまま土に帰してしまうのは、あまりに勿体ない。


 貴重な食料をあろうことか埋葬している幼女に対して内心キレ散らかしながら、土まみれのミンチと幼女の孫、アイリスちゃんを回収する準備をする。ちなみにアイリスちゃんは理解のある彼くんの両親に預けられていたので、少ししたらこの子に可能性を感じるぞ!と賢者ムーブをして回収する予定だ。この世界の住人はこう伝えるだけでまず間違いなく渡してくれるからね。信仰心とは本当に便利なものだ。


 今回は目の前で、助けられそうだった状態でミンチになったせいか、過去一で落ち込んでいる幼女。食欲もなくなってしまったらしく、とてもかわいそうだからジャリっとするハンバーグを無理やり食べさせてあげる。何も食べないでいると人は死んじゃうから、食べないなら無理やりにでも食べさせないといけない。心が痛まないでもないが、仕方がないね。


 そうして私が食事の介助をしてあげているうちに、シーちゃんとモノちゃんとプラスアルファだったものは綺麗に無くなった。幼女はまだ立ち直らない。そろそろ面倒になってくるね。


「アリウム、落ち込んでいるのはわかるし、そうなってしまうのも仕方のないことだと思う。けれど、一つだけ忘れないでほしいんだ。君が魔王を倒さない限り、魔王の信奉者やつらはまたどこかで誰かを傷つける。私もできる限り守りはするけれど、次に犠牲になるのはテトラかもしれない」


 アリウムにとって、この言葉以上のカンフル剤は存在しないだろうね。それを聞いた途端に、直前までの半分死人みたいな状態が嘘みたいに動き出す。そんなに動けるなら最初から動いていればいいのに。無理をしながら動く幼女に私は心を痛めた。


 さて、幼女が再起動したらアイリスちゃんを回収してきて、幼女に与える。大切な子供たちがいなくなってしまって、心の支えをなくしかけていたのだ。柱がなくなってしまったのなら新しく作らないといけないから、そのためのアイリスちゃんさ。テトラちゃんとこの子がいれば、幼女はまだもう少し持つだろう。そして、もう少しだけ持ってくれれば、私の夢が叶うのもきっと近い。


 そのためにも幼女をさらに強化するべく、向かわせるのは1人の少女のもと。出会った時はまだ少女だったけれど、もうだいぶ成長しているから、女性と言った方が適切かもしれないね。


 どことなく後ろめたそうな顔をしながら、幼女に対して、君に会わせなくちゃいけない人がいるんだと伝える。まるで思春期の息子に再婚相手を紹介する父親みたいな気分だが、実際に紹介するのは義理の母なんかではなく、これから幼女が食べなくてはならない相手。そうなるべき時のために、これまでずっと調整を繰り返してきた、幼女にとっての大切な人。



 私がしたことは、ただ幼女に行くべき場所を伝えて、送り出すだけ。詳しいことは全部向こうに着いてから、そこで待っているよう人に聞くようにと言い聞かせて、もしもの時のためのお守りを持たせる。不思議な模様にうっすらと光る、綺麗な石だ。ちなみにもしものためとか言ったけれども、今回これが何かの役に立つなんてことはまったくもってない。


 そうして、私が大切なものだと言い聞かせた綺麗な石を持って、幼女が着いたところにいたのは、幼女にとっても見覚えのある人物。長いこと会う機会がなくて、実際には私が恣意的に会えないようにしていた人物。


 特徴的な長い耳をぴこぴこさせて、最後に会った時の、少女の面影を残していたころと比べると、びっくりするほど立派に育った姿を見せる女性。幼女の一番最初の親友、セレンちゃんだ。暗褐色の肌と真っ白の髪がチャーミングだね。


 さて、このセレンちゃんだが、かわいそうなことに聞くも涙笑うも涙な過去を持っている。自分が生け贄()にならないために一族郎党皆殺しにしちゃったやつだね。そのまま家族たちをみんな食べて、全部背負ってしまったので、その荷を下ろせる相手を見つけなくてはならないという話だ。


 その相手を用意するという約束で、私はセレンちゃんをおもちゃにしてきた。と言ってもセレンちゃんはシーちゃんとは違って、あまり役に立たなかったけどね。けれどもまあ、最終的にはこうして幼女の一部になるのだから、問題はないか。セレンちゃん以外で、火に対する強い適性を持っているエルフは私には用意できなかったし、結果的に拾ってよかったと言えるだろう。セレンちゃんを継ぐ相手が、幼女だと言うことを伝えなかったのは、私のほんの少しの悪戯心というものだ。



 向かった先で、幼女がセレンちゃんを見つける。長らく会っていなかったはずなのに、すぐにお互いがわかるのは、さすが親友と言ったところだろうか。私が幼女のお友達になるよう宛がったとはいえ、セレンちゃんのどこが幼女に刺さったのかは私にもわからない。友情なんてものは本来、育もうとして育めるものでもないからね。


 お互いに予想外だった再会に、少しだけ話して、どうしてこんな辺鄙なところにいるのかと切り出したのはセレンちゃん。君を食べる人間を決めたよ!と言われて待っている時に、知り合いと偶然会ったことで少しソワソワしているようだね。それを聞かれた幼女が、師匠、つまり賢者様からここに向かうように言われたのだと話すと、セレンちゃんの表情は一気に曇る。自分を食べるのが大切なお友達であり、そのことを本人が知らないということは、セレンちゃんは自分の言葉で過去からなにやらを話して、そのうえで自分を殺して食べるよう説得しなくてはならないのだ。難易度ハードかよ。


 けれどもいくら難易度が高いからと言って、セレンちゃんが挑戦をやめられる訳ではない。誰かに繋げるために今の今まで、ずっと生き長らえてきたのだから、それをあきらめるということは人生に泥を塗るようなものだ。


 しかも、継ぐ相手は魔王退治を志していて、それを賢者様も肯定している。そんな上玉を出されてしまえば、仮に他の人を見つけて継いだとしても妥協になってしまうからね。今このタイミング、幼女相手こそが、セレンちゃんの運命のタイミングだ。



 もしもの時はさっさとやれと伝えるべく待機していた私が動くまでもなく、そのことを理解したらしいセレンちゃんが、悲しそうに笑って幼女に過去を話し始める。幼女からしたらずっと知らなかった友達の過去、悲しいお話なわけだが、私にとっては実際に後始末をしてトドメをさした話なので、懐かしいなぁ、そんなこともあったなぁという程度のものだ。


 無駄に長い時間をかけて、セレンちゃんが話をし終える。幼女の目には涙、私の目にもあくびで涙が出て、ようやく本題だね。ここまで来れば幼女も想像が着いたようだけど、直訳な意味でのEAT ME!だ。下手に出るわけだからプリーズをつけてもいいかもしれないな。


 当然、幼女は最初は拒否する。久しぶりに会った友達から人肉食えよと言われたらそりゃあ普通なら拒否するだろう。しかも友達自身を殺して肉の処理までしなきゃいけないなら、拒否しない方がおかしい。


 しかし、拒否されたからといって大人しく諦めることは出来ないのが、文字通りこのために命をかけているセレンちゃんだ。あの手この手で説得しようと試みて、そのどれもが無理だと悟ると、ふーん、じゃあアリウムは私が無駄死にすればいいって言うんだ。意味もなく家族を皆殺しにした、大馬鹿者になればいいって思ってるんだ!と逆ギレする。昔から思っていたことなんだけど、このタイプの逆ギレって本当に厄介だよね。否定したら相手の言うことを聞かなきゃいけないし、肯定したら自分が悪者みたいになる。相手が自分を大切に思っている時しか使えないだけあって、大変効果的だ。なおロジハラ野郎には一切の効果がないものとする。


 とはいえ、相手は所詮幼女。ロジハラとは程遠い、共感性の塊みたいな存在だ。大切なお友達の人生を全否定できるわけもなく、嫌そうにしながらも受け入れてしまう。この子、やっぱり流されやすいね。


 自分の要求が通ったことで、態度を変えて、少し涙を浮かべながらありがとうと微笑むセレンちゃん。まるで感動的なシーンのようだが、やっていることはただのDV彼氏ムーブである。かわいい女の子がやればそれだけで絵になるのだから、外見というのは残酷だな。


 そのままセレンちゃんは自分の腕を幼女に伸ばして、切って食べるように要求する。大切な戦士たちの肉は、少しでもそのままの姿で食べるのが礼儀なのだそうだ。少なくとも生きたまま食べるのは拷問でしかないと思うのだが、セレンちゃんはようやく自分を罰することができて満足気にしている。お前の自虐に付き合わされる友達の気持ちも考えてやれよ……。


 幼女が、泣きながら生きたままのセレンちゃんを食べる。途中辛そうにして、やめようとしても、食われている本人であるセレンちゃんがそれを許さなかった。かじって止血して、かじって止血してを繰り返して、嘔吐いて出かけた吐瀉物をそのまま飲み込みながら、幼女はセレンちゃんを食べる。死んだ後なら食材として扱える私でも、生きたまま食べるのはさすがに見ていて食欲をなくすね。


 しばらく庭のお花畑を見て気分を癒してから、これも義務だと気合を入れてスプラッタを見る。早くも幼女は四肢を食べ終えて、セレンちゃんはダルマになっていた。その小さい体に良く入るなと驚いていたら、魔法で消化を促進しているようだ。とはいえ消化したものは出ていくわけだから、幼女は押し出し式で、食べると出すを繰り返しているらしい。まあ、一度食べて取り込むというプロセスが大事なのだから、最悪真っ赤なまま出ていっても問題ないのだ。


 ところで、食べると出すで思い出したんだけどこのまま食べ進めると当然、胴体も食べることになるんだよね。内蔵の中身とかどうなっているのか気になって、怖いもの見たさ半分でセレンちゃんに聞いてみたんだ。なんでも、この日のために数日かけて空っぽにしたらしい。大量の水を飲んで中身を出し切るのは、食べられる側としての最低限のマナーなのだと。そんな狂ったマナー知るか。


 マナー講師も裸足で逃げ出すような情報を教えてもらったところで、スプラッタも佳境だ。残った胴体のしたからゆっくり食べていき、セレンちゃんがどんどん小さくなっていく。それにしても、いくら大切なお友達に頼まれた上で泣きながらとはいえ、こんなことをできるなんて私が思っていた以上に幼女は壊れていたのかもしれないな。テトラとアイリスがいなかったら既に廃人だったかもしれない。


 昔の、脳みそお花畑だった頃の笑顔を思い出して、私は酷く苦しい気持ちになる。あの幼ない子供が、ここまで壊れてしまったのだ。そして、それをしたのは私である。正直なところ、自分の行動を後悔しているね。いくら他に死ぬ方法が思いつかなかったとはいえ、ここまでする必要はあったのかと思ってしまう。


 けれども、もしここで私が手を緩めて、その結果死ねなかったとしたら、そうなってしまったら、アリウムの人生は本当の意味で無駄になってしまうのだ。私が心底後悔して、自分の死を望むためには、この子の命を無駄にしないためには、確実に死ぬためには、この子を徹底的に苦しめなくてはならない。


 シラフに戻った脳が今更そのことを思い出して、自分の行動の邪悪さに吐き気が込み上げてくる。今はまだ、戻ってはいけない。あと少し、幼女に殺される寸前までは、私は幼女の不幸を楽しめる邪悪でなければならない。



 急いで思考回路をねじ曲げて幼女の方に意識を戻せば、幼女はちょうど、セレンちゃんの心臓に噛み付くところだった。まだ動いている、動かされている心臓が、人の口で食い破られる。


 もう声も出さないセレンちゃんの口が最後に作った形は、ありがとうだった。なぜだろうか、ひどく気分が悪い。

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