A17.壊すことでしか得られないものがあるんですよ(適当)

 ジエンを失って、しばらくわたしはまともに動くことができなかった。ずっと守りたかった、大切な子供。この子達のためならなんでもできると、この子達のためにこれからの人生を使おうと誓った、四人のわが子の一人。失って、平気でいられるわけがない。


 師匠もそんなわたしのことを気遣ってくれたのか、暫くは大変な仕事は任されなかった。何も任されなかったわけではないけど、そのどれもが簡単なもの。師匠がわたしの精神状態に配慮して、余計なことを考えなくて済むために仕事をくれたと考えるのが自然だった。


 わたくしがもっとしっかりしていればこんなことには、ごめんなさいお姉さまと謝ってくるエフとは、顔を合わせるのが辛かった。話を聞いていて、わたしも心配しなかったくらいの任務だったのだから、エフも予測するのは無理だったのだ。わかっていたのならエフがジエンだけを向かわせることはないだろうし、その場にいたわたしに頼んでいたはず。そう考えれば、エフは何も悪くないのだとわかる。


 頭では、わかっているのだ。エフは悪くないし、エフが悪いのであればそれを止められなかったわたしも同罪だ。そうわかっているのに、エフを前にすると恨み言をぶつけそうになる。そんな自分に対する自己嫌悪もあって、エフと上手く向き合うことが出来なくなってしまった。あれ以降、エフとはちゃんと話せていない。


 ちゃんと話し合いたいと思いながら、でもわざわざ自分から向かっても、おかしなことを言ってしまうかもしれないし、そもそも王妃であるエフに会えるとも限らない。いくつかの理由もあってしり込みしながら師匠の手伝いをして、考えたくないことから逃げ続ける。


「アリウム、普段のおねがいと比べると雑用のようなものになってしまうのだけれど、良かったら学園まで届け物をしてくれないかな?」


 ある日師匠の家に帰ると、少し申し訳なさそうに師匠が切り出してきたのはそんな話。なんでも、学園の先生たちが書いた論文を確認し終えて、届けないといけないらしい。師匠が自分で届けた方が先生たちはみんな喜ぶんじゃないかと思って聞いてみたら、私が行ったら暴動になりかねないからねと答えられた。学園の、それも先生たちの魔術に向ける熱意なら、本当にそうなりかねない。


 それに、学園にはトリーナちゃんもいるからねと師匠に言われて、もうずっと会っていなかったトリーナが今学園で先生をしていることを思い出す。わたしが選ばなかった、学園に残るという選択をした二番目の娘。ジエンを守れなかったわたしが、どの面下げて子供たちに会うのかと思うとずっと会えなかったのだが、師匠のおつかいであれば会う理由ができる。会わないといけない理由が生まれる。


 そう考えると、会っていいのだと思うと、会うのが我慢できなくて、すぐにでも会いたくなる。最近、調子はどうなのかとか、困っていることはないかとか、何を話したらいいのかはわからないけれど、話したかった。


 おつかいへの意欲が、みるみる湧いてくる。早く行けばその分ゆっくり話せるかもと思って、はやくおつかいの準備をしてもらうように師匠を急かす。なんだか師匠から向けられる視線が生ぬるい気がするけれど、たぶん気の所為。


 持たされた論文は、どれも分厚くて、読まなくても沢山文字が書かれているのだとわかった。わたしが在学している間は、師匠、賢者様から論文が返ってくることはなかったけれど、学園でも人気の先生たちはみんな、過去に賢者様から論文の合格を貰ったと言っていた。論文の合格を貰うのは、自分の理論が正しいのだと保証されたことを意味して、そのことは大変光栄なことなのだと。


 そう考えると、こうやって届けるのは、先生たちにとってはとても大きなイベントになるのだなと思いながら学園の中を歩いていると、元クラスメイトで、魔王のしもべの騒動の時に助けた相手から声をかけられる。


 なんでも今はここで教鞭を執っているらしい彼は、わたしの卒業以降、わたしの話がどんどん拡がって有名人になっているのだと教えてくれた。最終的には色んな人から声をかけられるようになったとはいえ、まともに友達も作れていなかったわたしが有名人だなんて、面白い冗談だ。


 面白い冗談だと、そう思ったのに、彼の真面目な様子を見ているともしかしたら嘘じゃないのかもと思えてきて、彼が生徒に声をかけたことでそれが本当だったのだと証明される。


 本当に、とか、あの、とか言われながら続々と集まってきた生徒たちの見世物になって、いくつかされる質問に答える。ストイックに勉強してたって本当ですかとか、首席だったこととか、丸焼けになりながら戦うのって痛くないんですかとか。中には答えにくいものもあったけれど、できる限り期待に添えるように答えていって、模擬戦を頼まれたところで、今更だけどなにしに来たのと聞かれて、本来の目的を思い出す。


 師匠から預かってきた論文を、背中のカバンから取り出して、同級生だった彼に見せる。賢者様からの届け物、確認済みの論文を持ってきたのだと伝えると、彼は急いで遠距離通話の魔法を使った。そして少しすると、まだ群れていた学生たちを文字通り吹き飛ばしながら10名あまりの人々がやってくる。


 やってきたのは、みんな学生たちとは少し異なった衣装を身にまとっている、学園の先生たち。伝統のある服装はわたしが通っていた頃から変わっていないようで、懐かしさを感じるのとともに、一番遅れてやってきた一人がトリーナであったことに驚く。学園で先生をしているのは知っていたけれど、優れた論文しか読まれないはずなのに、その中の一人に入っているとは思わなかったからだ。


 トリーナに久しぶりと伝えて、挨拶が帰ってくることを期待していたら、トリーナはわたしの事よりも論文の方が気になるようで、挨拶すらせずに早く論文を見せろと言ってきた。


 ちょっと泣きそうになりながら、たくさん来た先生たちに対して一人ずつ論文を返していく。受け取るなりその場で叫び出す先生と、叫び出す先生。その叫びに込められた感情こそ異なるけれど、行動自体はどちらも変わらないものだった。


 まさかこの子まで叫び出すのかとこわくなりながら、トリーナにも論文を渡す。あんなに優しくて明るくて、笑顔の似合う子だったトリーナが、わたしの目の前で、女の子がみせていい表情じゃないものを生徒たちに晒している。嘘だと泣きたいのはわたしの方だ。


「と、トリーナ?わたし、お母さんだよ。論文ばっかり見てないで、もっとお話しよ?」


 すごい形相で論文を睨みつけているトリーナに対してそう声をかけると、トリーナは心ここにあらずと言った様子で、そんなの後でいくらでもできるんだから黙っていてと言った。わたしの方を見ることすらせずに、わたしになんて本当に興味が無いように、そう言った。


 トリーナに振られたわたしに、生徒たちが声をかけてくる。けれどそこに先程まであった尊敬の色はほとんど残っていなくて、かわいそうな子どもを見る目になっていた。女の子が分けてくれたチョコ、おいしい。


 かわいいかわいいきゃーきゃー言われているわたしをしばらく放置して、論文を読んでいたトリーナが、自分の生徒に子ども扱いされながら人気になっているわたしお母さんに冷たい目を向けながら、いつまでそうしているつもりなのと声をかけてくる。トリーナからしたら、何故か学園で有名になっていた保護者が教師になったあとで母校訪問して、子ども扱いされているのだから、色々な意味で居心地が悪いのだろう。トリーナに嫌な思いをさせるのはわたしの思うところではないので、なされるがままになっていたわたしを抱っこしていた女子生徒に謝ってトリーナの元に戻る。


 そのままご飯に連れていかれて、着いたのはわたしが生徒だった頃にも使っていた食堂。あの頃食べていたものとほとんど変わらないように見えるけど、少しずつ味が良くなっていっているらしい。なんでも好きなものを頼んでいいと言われたので、特に好きだった二品を頼むと、一人じゃ食べきれないでしょと一緒に食べてくれた。


 懐かしい味に舌鼓を打ちながら食べていると、トリーナから話題に出されたのは今日わたしが持ってきた論文のこと。どんな論文を書いて、どんなところに師匠から罰をつけられたのか説明されて、お母さんならどう思うと聞かれる。


 正直、ちゃんと勉強をしていたのは学園にいた頃の話だ。そのあとは子供たちを産んだ街で、少し先生の真似事のようなことをしたことはあるけれど、積極的に学んだ記憶はない。トレーニングは基本的に欠かさないようにしているけれど、それだって勉強とは言えないだろう。要するに、卒業後もしっかり学びを続けているトリーナに対して、わたしが知識方面で役に立てることなんて、無いに等しいだろう。


 せいぜい役に立てるとすれば、それはずっと魔法を使ってきたものとしての、体感的な感覚くらい。それにどの程度の価値があるかはわからないけれど、できる限りを言語化する。ところどころ擬音でしか表現出来なかったところをしっかり理解してくれたのは、親子だからだろうか。


 テーマが回復魔法だったこともあり、それなり以上には話が出来たと思う。他の魔法も大体は使いこなせるけれど、回復魔法に限って言えばわたしは自分以上の使い手を師匠しか知らない。


 お母さんって本当に凄かったんだねと、ちょっとぽかんとした表情で褒めてくるトリーナに、本当にすごいのはわたしじゃなく師匠で、わたしはただ偶然師匠に選ばれただけなのだと伝える。褒められたことに対する謙遜も少しは混ざっているけれど、これは間違いのない事実だ。


 そっか、と言って、トリーナは自分のさらに目を落とす。そのまま少しだけ話してくれたのだけれど、トリーナが学園で研究をしたくなったのは、師匠やわたしの回復魔法が、一般的な回復魔法と大きく解離していたかららしい。わたしたちの使うものが一般に広がれば、もっとたくさんの人が助かるのにと、みんなが使えれば、きっとお父さんだって助かったはずなのにと。


 少ししんみりした空気になったのを変えようとしたのか、それは動機で今はただ研究が楽しいだけなんだけどねと笑い飛ばしたトリーナは、今思いついたことを忘れないうちに試したいからと言って、研究に戻って行った。


 わたしは、何もしらなかった。トリーナがどんな思いで研究者の道を選んだのかも、幼かったトリーナがリックの死の理由を理解していたことも、知らなかった。聞いたことがなかったから、話してくれたことがなかったから、知らなかった。


 親として失格だ。あの子たちのことを守りたいなんて言っておきながら、ジエンを守れず、トリーナのことを知らなかった。守るということに、近付かせないことにこだわるあまり、あの子たちと向き合えていなかった。一人失って、ようやくそのことに気付かされた。



 ちゃんと、あの子たちと向き合いたい。ジエンはもう手遅れになってしまったけれど、他の子達はまだ間に合うはずだから。ずっと師匠の元にいるテトラとも、ちゃんと話さないといけない。喧嘩別れになってしまったモノも、探し出してちゃんと向き合わないといけない。もちろん、トリーナとももっと時間をとって話し合いたい。


 まだこれからいくらでも話せるとわかっていても、もっと話したかった。胸の中が寂しさでいっぱいになって、それを誤魔化すために料理を口に運ぶ。あのころはそれで随分誤魔化すことができたのに、あの頃とは寂しさの質が違うせいか、あまり誤魔化されてくれなかった。


 少し前まであんなに美味しく感じていた料理が、ひどく味気ないものに感じる。わたしが食べれる量よりも多いそれを、無心で口の中に運んでいく。


 どんなに頑張ってもやっぱりわたしの胃袋の容量よりも多いそれを、周りのお客さんが3回ほど入れ替るくらいゆっくり時間をかけながら食べていると、突然感じたのは嫌な気配と大きな音。食べかけのまま離れることに心の中で謝りながら食堂を出れば、周囲はパニックになっていた。


 以前の時も、パニックになっていたとは聞いた。けど、わたしがそれを知ったのは全部解決したあとのこと。学園の生徒たちがここまで怯えて、まともに避難もできなくなっているのは、予想外のことだった。


 この場をどうにかするか、原因をどうにかするか、どちらに回るべきかを考える。普通に考えれば、一応部外者のわたしは、こんなところで戦闘行為をするべきではない。こういう事態のためではないとはいえ警備員の人たちもいるのだし、そうじゃなくても先生たちがどうにかするだろう。


 けれどもそれは同時に、学園の施設や生徒、そして対応する人達の全員が危険にさらされるということでもある。わたしが倒さないといけない、魔王のしもべ。わたしがいちばん戦い慣れていて、誰よりも早く倒せる魔王のしもべ。それを放置したせいで犠牲が大きくなったとしたら、わたしはそれを仕方のないことだと諦められるのだろうか。


 わたしが何も出来なかったせいで、めちゃくちゃになった街を思い出す。失われた人たちを、守れなかった人たちを思い出す。リックを失った。ジエンを失った。そして、この場にはトリーナがいる。


 後悔しないわけがなかった。誰かを守れなかった度に、それがその時に初めてあった子供であっても後悔してきたのだ。学園という知っている場所、ほとんどは知らないとはいえ後輩たち、そして大事なトリーナ。守らないといけない。一人でも少ない犠牲で、たくさんを守らないといけない。だから、わたしの行動は一つ。少しでも早く、元凶を断つ。


 騒ぎの中心、崩れた建物の方に向かう。土埃が立ち込めてきたところに、一人の生徒が倒れていたので無事を確認して、何か少しでも情報をもらうために質問すると、トリーナの部屋がとだけ言って気を失ってしまった。


 嫌な予感が、強くなる。いてもたってもいられなくなって、その子をその場に残したまま先に進む。視界が悪くなったので風で土煙を晴らして、その先に見えたのは今まで見た事もないくらい大きな魔王のしもべ。


 その魔王のしもべの体の下には、瓦礫がなかった。その体の上には、瓦礫がのっていた。それはつまり、魔王のしもべが空からやってきたのではなく、学園の内側から現れたということ。そしてきっとそれは、トリーナと一緒の部屋にいたのだ。


 わたしの子を危険に晒した怒りで、体が勝手に動く。不思議と、トリーナのことを探して助けようと思うよりも先に、体が魔王のしもべと戦っていた。今までとは違ってとても大きい相手に対して、わたしのできる攻撃は今までと同じ、少しずつ体を削いでいくというものだけだったけれど、それでもほかの人たちが戦うのと比べれば早いことに変わりはない。


 だから戦って、どんどん魔王のしもべを追い詰めていく。辺りに散らばる小物や、アクセサリー、誰かの研究対象のような瓶詰めなどのことは、気にしている余裕がなかった。だって、まだこいつの後にもなにか出てくるかもしれないから。一体だけ倒してもう戦えないなんてことになったら、結局何も守ることが出来なくなってしまうから。


 そう思っていたはずなのに、魔王のしもべが吐いた火が、ひとつの紙束に着いたのを見て、わたしは冷静さを失ってしまう。そこに書いてあったのは、赤い大きなバツ。表紙に書かれているのは、回復魔法の文字。


 トリーナの論文だ。あの子が見つけた、自分のやりたいこと。今回は残念ながら間違えていたみたいだけれど、それでもあの子が長い時間をかけてつくりあげた事実に変わりはない。なのに、そんな大切なものなのに、魔王のしもべは全く気にしない様子で火を放ったあの子の努力を、消し去ってしまった。


 それに気付いた瞬間、わたしが無意識に使っていたのは土の魔法。地面から大量の武器を作り出して、使い捨てながら瞬間火力を求める魔法。昔自分の可能性を探していたジエンが作った、対魔物用の魔法だ。残念ながらあの子自身は魔力の量が足りずに使いこなせず、ひとつの業物を作る方に舵を切ったのだが、間違いなくジエンの魔法。


 何故それを使ったのか、使う気になったのかは分からないけれど、この大きな魔王のしもべが相手であれば、この魔法は最適だった。少なくとも、効率的にダメージを与えるという点で言えば、間違いないだろう。


 地面から生えてきた武器たちは瞬く間に魔王のしもべをボロボロの肉塊に生まれ変わらせて、そのまま無へと帰す。後に残ったのは大量の瓦礫と、土で出来た粗雑な武器たち。その中で、トリーナを探す。頭の中では、こんなのがでてきたすぐそばにいたのだから、無事なはずがないとわかっている。それでも諦めることができなくて、受け入れることができなくて、わたしは探した。トリーナが無事であるという証拠を探して、けれども見つけてしまったのは、むしろ逆の証拠。


 トリーナが肌身離さず持っていたペンダントが、わたしたち家族の写真が入ったペンダントが、魔王のしもべが現れたところに落ちていた。ただ落ちていただけではなく、ボロボロになった、内側から破裂したかのような服と一緒に。


 それを見たら、もう立ち上がれなかった。まただ。わたしはまた、守れなかった。その後悔が内側から込み上げてきて、頭の中を一杯にする。守れなかった事実が重くのしかかって、一つ、おかしなことに気がついた。


 だ。わたしは、守れたはずの子を守れなかったのだ。ほんの少し前まで一緒にいて、目の前で見送った子のことを、また守れなかった。


 これは、本当に偶然なのだろうか。



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 魔法少女ものを書きたい欲がやばい(╹◡╹)

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