A16-2.テレポート持ち相手に距離をとるだけで逃げられると本気で思っていたんですか?

 ジエンのことを撫で回したくなる衝動に駆られながら、実際にやったら嫌がられるだろうからやめておく。昔はわたしや師匠に、師匠の言うところの“むつごろう”されるのを喜んでいたが、幼い頃のことだ。今同じことをされても喜んだりはしないだろう。


 心なしか少し残念そうに見えるジエンが準備を済ませたのを確認して、忘れ物がないか、武器の状態は大丈夫かと確認する。ほとんど固有魔法に至っている自分の魔法を使うことでそれなり以上の剣を地面から無数に生成できるジエンだけれど、普段使っているものは師匠から餞別でもらっていた、とてもいいものだ。あるのとないのでは大違いである。


 王国の騎士様が使っているピカピカの鎧と赤いマントに身を包んだジエンを見送るとしばらくやることがなくなってしまうため、リリアさんとお茶会をする。ポチはお仕事で、今晩の準備をしているらしい。わたし一人でリリアさんとの会話が途切れないか少し不安ではあったが、とても聞き上手だったことと、元々わたしが冒険者だと聞いていて、話を聞きたかったらしいことに助けられて、会話は弾んだ。


 そうして夜までの時間を過ごして、ディナーに向かう。向かうとは言っても、実際には滞在場所であるこの家の前まで場所で迎えが来てくれるので、しておくべきことは着替えと手土産の準備くらいだ。


 ちゃんとしたパーティーではなく、あくまで簡易的なお誘い。本来ならどこか適当な店で済ませたいものを、エドワードとエフの立場があるから大事になっているだけなので、大したドレスコードはない。と言うよりも、二人はわたしに無理してドレスを着てめかしこむことなんて求めてはいないだろうし、求められても困る。貴族の令嬢だったり、この王都に拠点があるのであればともかく、わたしは自分の家にすら帰っていない根無し草で、ディナーが決まってからドレスの用意をするのもわたしの体型ではむずかしい。


 だから、着るものは師匠と最初別れた時にもらった一張羅だ。なにか大きなことをなしとげた冒険者が勲章をもらうために城に入る時などのルールで、綺麗に手入れしてあれば着ていってもいいことになっている。武器は置いていくか預けるかしないといけないけれど、今回は預けておけばいいだろう。


 非公式な会食とはいえやたらと豪華な馬車に乗せられて城に向かい、着いたら少し待たされて案内される。手土産として用意したのは、いつもの服のポケットに入ったままになっていた、二つ前の師匠の頼み事でついでに手に入れた龍の水晶体。なにかに使えるかもと思って回収していたものをそのまま流用した形だ。


 持っていた経緯はいろいろとツッコミどころがあるが、ものの質としては、中級貴族からの献上品としても見劣りのしないものなので、問題はない。見た目が綺麗なのに加えて、魔術的な価値もかなり高いのだ。


 手慰みに手のひらの上でころころ転がして遊んでいると、メイドさんが一人やってきて、わたしのことを食事会の場所まで案内してくれる。こちらでお待ちですと開けられた扉の先にはだいぶ老けたエドワードと、一番上の娘のモノによく似たエフの姿。


 本来なら謁見のためにはいろいろと細かい手順が決まっているのだが、今回は面倒だからという理由でカットだ。何なら、わたしの服装だって王城に入るためのドレスコードであって、食事会自体のものではない。


 昔とほとんど変わらないやり取りをいくつかして、料理が運ばれてきたら、話題は最近のものに移る。わたしが一番聞きたかったのはジエンが問題なく過ごせているかの話で、わたしの見えないところであの子がどんな風に過ごしているかというもの。本来ならばエドワードやエフから直接聞くような話ではないのだろうけど、上の方にまで上がる話の内容や伝わり方は、慣れていれば普段の言動の確認に最適なのだと師匠は言っていた。その直後に続けられた、ただし周辺の人間関係や性格をある程度理解していればだけどという言葉のせいで、わたしにとっては参考にならないものになってしまったけど。


 それでも、二人の口から聞かされたのは、どれもいい噂ばかり。この二人がわたしに対しておかしな気をつかって、悪い噂を隠すような人間ではないことはわかっているので、ジエンのここでの生活はわたしが心配していたものよりもずっとずっといいものなのだろう。


 少し安心しながら、食事会が進む。わたしの聞きたいことを聞き終わったら、今度は二人からの質問に答える番だ。卒業してからどうしていたのかとか、今何をしているのかとか、師匠との関係とか。普通なら隠すこともあるかもしれないけど、この二人が相手なら心配もいらないし、なにかあったときに助けになってくれそうだから、大体のことをそのまま話す。ジエンの事だって、直接会って話さずとも面倒を見てくれたみんなに対して、いらない心配は掛けたくなかった。もしかするとわたしの現状を話す方が心配をかけることになるかもしれないけど、それでも黙っているなんて不義理なことはしたくなかった。


 事情や状況を話し終わったタイミングで、少し暗くなってしまった空気を換えるかのように、先ほど案内してくれたメイドさんがいくつかの料理を追加で持ってくる。その中の一部が、師匠がわたしに食べさせるために用意してくれたという食材を使ったというもの。つまりは定期的に食べている強くなれる肉だ。


「しかし、普通の人間が食べたら運が悪ければその場ではじけ飛ぶ食材と聞いたが、本当にそんなものを食べても大丈夫なのか?」


 エドワードが聞いたことのないことを突然言い出したので聞き返してみると、何でも師匠はこの肉を渡す際に、人間爆弾を炸裂させたくなければ味見もしないほうがいいと言葉を残したらしい。師匠以外が言ったのなら質の悪い冗談としか思えないようなものだが、それが師匠であれば話は別だ。わたしは師匠がそんな冗談を言ったのなんて聞いた覚えもないし、そんなものをいうとも思えない。


 となれば、その話は本当のことなのだろう。いつも食べていた、食べるだけでお腹の中がぐるぐる渦巻くみたいになって気持ち悪くなる肉は、普通ならまともに食べることすらできないような代物なのだろう。


 こわごわとした様子でわたしが食べるのを見ていた二人。いつも通り、少し気持ち悪くなるだけだと伝えると、エフも少しだけ味見してみたいと言い出した。なんでも、エルフえあれば人間よりも耐性があるから、少しくらいなら大丈夫だと師匠に言われていたらしい。


 生き物としての性能として普通の人を大きく上回るエルフならそういうものなのだろうと思いながらエフの味見を見ると、口の中に入れた時点では普通に美味しそうにしていたエフは、飲み込んだ少し後から顔を青くし始めて、少しの間吐くのを我慢するように口元を抑え続けていた。


 少しして落ち着いたらしいエフ曰く、口に入れた段階では普通だったけど、一度飲み込んでからはしんじられないほど気分が悪くなったとの事。体がこれを取り込むことを拒否するような感覚で、気持ち悪くなってしまうのだと。なんでお姉さまが平気な顔して食べられるのかわかりませんと言われたが、きっと半分以上は慣れだ。


 そんな一幕を挟みつつ、食事会は終わった。もともとの目的から考えても当然のごとく、なにかおかしいことが起きるでもなく、ごくごく平和に食事会は終わった。むしろどんなことがあれば食事会が平和に終わらないのか知りたいくらいだ。


 そんなことを、久しぶりにアルコールの回った頭で考えていたことがいけなかったのだろうか。久しぶりに旧友と、妹と話して、浮かれていたことがいけなかったのだろうか。いや、きっとそのことは関係ないだろう。頭ではそうわかっていても、それでもわたしが楽しく過ごしていた間に、気分よく酔っ払っていた間にそんなことが起きていたと考ええたら、どうしてもそう思ってしまった。


 一人任務に向かったジエンと通信が取れなくなったと聞いて、その消息が不明になったと知らされて、普段通りに振舞えるほどの理性を、わたしは持っていなかった。アポなんて一切考えずに、王城まで飛んで行って、エドワードとエフを問い詰めてしまうくらい、わたしは冷静ではいられなくなってしまった。


 簡単にしか聞いていなかったジエンの任務の話を、詳しく聞かせてもらう。辺境に出た盗賊退治、よっぽどのものでなければジエンが不覚を取るとは思えないし、よっぽどの相手ならばそもそもジエン一人には任されないだろう。となれば、そこには何かしらの想定外の存在が関与しているはずだ。そうでもなければ、ジエンが逃げることすらできずに犠牲になるんてことが起きるはずがない。


 そう思いながら、追加の知らせを待つ。そうして知らされたのは、ジエンが向かったところの周辺で魔王のしもべが徘徊していること。詳しい事情は、知らない。なんで魔王のしもべがそこにいるのかとか、それがジエンの戻ってこない直接の原因なのかとか、そんなことはわからない。


 けれども、わたしの息子の仇かもしれないものが、わたしが倒さなくてはいけない魔王のしもべがそこにいるのだとしたら、そんなもの、わずかな時間であっても生かしておくわけにはいかない。


 それがみんなのためになるからというのが理由の半分くらいで、もう半分はただの八つ当たりだ。ジエンが、わたしの息子がいるはずのその場所に、魔王のしもべなんかがいることがいやだったから、ジエンを心配する気持ちで、落ち着かなかったから。そんな理由で、わたしは今回の件に首を突っ込んだ。



 その心配の気持ちは、すぐに消えることになった。だって、魔王のしもべがいるという場所にいざついてみたら、そこには血だまりとばらばらになった鎧、そして師匠がジエンに贈った剣が落ちていたのだから。


 戻ってこなかったと聞いても、まだどこかで希望を持つことができた。怪我をしているだけなのかもしれないと、負傷して、どこかで手当てしてもらっているだけなのかもしれないと、自分に言い聞かせることができた。


 でも、これはだめだ。この戦闘の跡と、あたりに散らばっているジエンの物。これを目にしてまだあの子の無事を信じられるほどのおめでたい頭は、わたしにはいついていない。血だけならよかった。身に着けていたものだけでもよかった。でも、その両方はだめだ。


 いやな気配が近付いてくる。わたしがここに来る理由になった、魔王のしもべのものだ。わたしの大切なジエンを奪った、魔王のしもべのものだ。


 子供を失ったばかりなのに、いやに気持ちが冷静になる。ジエンのことをまるで些事だとでも思っているかのように、胸の中にあった悲しい気持ちがすっと切り替わる。使命感と衝動だけに、頭の中が支配される。



 ジエンがここに来たことは間違いない。ここでなにかと戦ったことも間違いない。勝てなかったことも、間違いない。


 なら、わたしは親として、敵討ちをしてあげないといけないのだ。志半ばでこんなのにやられてしまった子供の意志を継いであげないといけない。こいつには、命をもって償わせなくてはいけない。



 犯人がこいつだということは、明らかだった。もし人間がジエンの命を奪ったのなら、ジエンの着けていた装備や剣を持っていかないわけがない。それがそこに散らばっているということは、つまりその価値を理解できない畜生の所業ということだ。


 なら、そんな畜生風情が相手なのであれば、そこに優しさを向けてやる必要はない。わたしの子を奪ったのだから、とことん苦しめて壊してやる。



 ジエンの残した剣を拾う。わたしが使うには大きすぎて、重たすぎるそれ。手早く確実に、安全に処理するのであれば、使う必要のないものだが、ジエンの仇と考えれば、多少不恰好ではあってもこれを使うべきだと思った。


 大きな剣で斬る。熱したナイフでバターを切るように、スッと入っていく刃。わたしが普段使っている短剣もかなりのものだが、これはそれ以上の代物だった。


 肉をそいで、大した意味もなく眼球を抉る。相手が人間なら大きな意味があるのだけれど、魔王のしもべはどうせすぐに治ってしまうのだから、これくらいの負傷はないのと一緒だ。感覚が鋭敏なのかただ他の部位よりも大きな鳴き声をあげるだけ。これが元々人間だったことを考えれば、きっと悲鳴をあげているのだろう。もし生前の記憶や感覚が残っているのであれば少し申し訳ないとは思うけれど、それでも八つ当たりのためだ。たとえ意識が残っていて、体が勝手に動くだけだったとしても付き合ってもらおう。


 斬っているだけで、削いでいるだけで、少し心が晴れる気がした。ジエンを奪った化け物の悲鳴にも似た声を聞くだけで、あの子のために行動できている気がした。


 でも、そんな気持ちも、魔王のしもべが無抵抗に攻撃を受けるのをやめるまでだった。


 なぜかはわからないが抵抗していなかった魔王のしもべが、自分の体を修復し出す。そうしていつもの触手を出そうとして、そこから出てきたのは剣だった。わたしが今使っているものとほとんど同じ大きさと形の剣。振り回すその動きは、その型は、ジエンが身につけていたものとよく似ている。


 どういう原理かはわからないけれど、ジエンの努力が、こんなものに奪われて、こんなものに使われているということだけはわかった。優しいあの子が、いつかわたしを守るためと言って鍛えてきた技が、こんな化け物に汚されていることだけはわかった。


 ……そんなの、受け入れられるわけがなかった。


 手に持っていた剣を落とす。これに頼っていたら、まだまだ時間がかかってしまうから。この許せない存在は、一秒でも早くこの世から消し去ってしまいたいから。手に持つものは、いつもの短剣。自身にかける魔法は、速度と攻撃力を重視したもの。目の前の不快な存在を消すために、わたしは全力を出した。


 何故か今までの魔王のしもべとは異なり、火を吹いたりしなかった今回のものは、わたし以外であればその剣で苦戦したかもしれないが、わたしからするとかわせない攻撃がなかったためとてもやりやすかった。そのことが、尚更腹立たしい。



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 気力尽きたから無戸籍ネグで回復してくる……(╹◡╹)

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