A14.すれ違いは日頃生じるすれ違いの赤ちゃんを育てることで発生します。沢山ご飯をあげて致命的なすれ違いに育ててみようねっ!

 師匠に導いてもらって、師匠の言うことをよく聞いて、たくさんの場所に向かって色々なことをする。何をやっているのか、なんのためにやっているのかはよくわからないことが多いけれど、それが私の目的に繋がるのだと師匠が言っている以上、わたしにできることはその言葉を信じて従い続けることだけだ。


 だって、それ以外に道を知らないから。そうすることでしか、わたしはわたしの復讐を遂げられないから。一つ一つの行動の意味を逐一教えてもらう時間があれば、その分の時間を復讐に、そして子供たちとの僅かなコミュニケーションに使いたい。


 あんなに小さかった子供たちと、こんなに大きくなった子供たちと、もっと親子の時間がほしい。幼いうちの、一番貴重な時間を共に過ごせないことが、ひどく心苦しい。


 けれど、それがこの子達のためになるのだ。こうすることで、この子達の将来から、一番の不安が消しされるのだ。どれだけ苦しくても、それがこの子達のため。寂しい思いをさせてしまうことになるかもしれないが、きっといつかわたしの気持ちが伝わる日がくる。わたしの愛情が、親心が伝わる日がくる。


 わたしがたまに顔を出すと嬉しそうにしてくれた子供たちが、少しずつ素っ気ない態度になっても、きっと思春期のせいだ。わたしよりも師匠のことを信頼しているように見えるのは、それだけ師匠が子供たちと向き合ってくれたからだ。


 自分の心が嫌な音を立てながら軋むのが聞こえる。あなたたちを一番愛しているのはわたしなのだと、声を大にして伝えたい。全部あなたたちのためなのだと、本当はずっと一緒にいたいのだと伝えたい。


 けれども、そう伝えてしまったら、きっとわたしはもう頑張れなくなってしまうだろう。子供を抱きしめて、その温かさに安心してしまったら、もう再び頑張れる自信がなかった。頑張れなくなって、この子達に訪れる危険を許容してしまう気がした。


 ずっと、我慢して頑張っていたのだ。それがあなたたちのためになるのだと信じて、頑張ってきたのだ。


「お母さんはいつも自分のことばっかりっ!本当は私たちのことなんてどうだっていいんでしょ!」


 なのに、わたしにかけられた言葉はそんなものだった。違うのだと弁明しても、説明しても、娘はわかってくれなかった。そんな言い訳なんか聞きたくないと、私は昔の優しいお母さんが好きだったのにと言われてしまって、わたしは言い返す気力を失った。


 あれだけ守りたくて、自分の気持ちを押し殺してでも守ろうとした子供から見たら、わたしは家族を省みずに自分勝手に生きているようにしか見えなかったらしい。優しいお母さんでも、みんなのために頑張っているお母さんでもなくなってしまっていたらしい。


 ひどい話だ。泣きたくなるくらい、悲しいことだ。外の世界には危険がいっぱいで、だから守ってあげたかったのに、叶うことならずっと守れるように、師匠のところに預けていたのに。その思いはなんにも伝わっていなかった。


 その気持ちのままでは子供の前で親として振る舞える自信がなかったから、その場で話すのは諦める。扉越しに、お互いに頭を冷やしたらもう一回話し合おうと伝えて、わたしが師匠のおつかいをしている間に、娘はいなくなっていた。師匠いわく、家出との事だ。すぐに探してほしいと頼んだけれど、あの子だってもうそこまで子供では無いのだからと諭された。


 わかっている。あの子たちにずっとここにいてほしいと思うのはわたしのわがままで、ただの過保護だ。師匠は鍛えるためと言って結構スパルタな修行もする人なのだから、わたしの過保護に同意してくれるわけがない。


 わかっているはずなのに、何故か裏切られた気持ちになってしまう。わたしのために子供を育ててくれていた師匠に対して、怒りを覚えてしまう。わたしが外でおつかいをしている間、ずっと子供たちと向き合ってこれた師匠に対して嫉妬してしまう。


 わかっているのだ。師匠はわたしが知らないところで色々忙しそうにしていることも、暇だからなんて言いながら子供の世話を引き受けてくれたけど、本当はわたしに任せていることを自分でできないくらい忙しいことも。時間を見つけては難しい顔をしながらよくわからない装置を動かしていたり、何かを記録したりしているのだ。わからないはずがない。


 その中で空き時間を作って子供のことを見てくれている師匠に対して、わたしのできなかった子育てができているからって羨ましく思うのは見当違いなのだ。


 わかっていたから、何も言わないうちに次の目的地に向かうことにした。自分の中で整理できるまでは、子供と向き合っていてもおかしなことを考えてしまいそうだったから。


 わたしと話したそうにしている子供たちを無視するような形になったのは心苦しいものだったけれど、わたしにはそれだけ余裕がなかった。


 師匠に頼まれたものを持ち帰って、頼まれた場所にものを持っていく。ただ移動させるだけの時もあれば、道中で魔物を狩ることもあり、中には言われた場所を壊してくるなんてものもあった。


 どの頼み事も、わけが分からないことだらけだ。むしろ、多少なりとも目的がわかることの方が少ない。なにかの魔物の素材を取ってきて欲しいなんてものが、そのわかるものの代表例で、今回頼まれたのはまさにそれだった。


 西の、遠い遠い山脈の奥、ひときわ高くそびえる山の山頂にだけ生息する、飛竜の卵。貴重な薬の原料として使われるそれは、わたしでもおおよその使い道に見当がつくもので、同時に一人で取ってこいという師匠の正気を疑うものだった。


 この世界に沢山いる飛竜の中でも、特に警戒心が強くて、執着深い種。卵を産む数が少ないから、その卵を狙うものには容赦をしないことで有名な魔物。腕利きのシーフが仕官する際に箔付けのために狙うもので、一つ取れれば10年は遊んで暮らせるという代物。それを正面突破して撮ってこいと、君ならそれくらい余裕でしょと言って、師匠はわたしを送り出した。


 その事が、良くなかったのかもしれない。師匠に対して、一人でそんなのは無茶だと言い返しているところを見られたのがいけなかったのかもしれない。


 やっとのことで卵を持ち帰ってきたわたしを待っていたのは、真剣な顔でわたしに話があると言った、長男の姿だった。


「母さん、俺、母さんのことを守りたいんだ」


 師匠に卵を渡して、子供たちに会う。二人で話したいことがあるのだと長男に呼び出されて、椅子に座ると告げられたのはそんな言葉。ありがとう、うれしいと一緒に、でもあなたのことはわたしが守るから大丈夫と伝える。


 だから気にしないで、健やかに育ってと伝えたかったのに、リックと同じ形の目で強く見つめられてしまったら、言葉を続けられなくなってしまった。もう失ってしまった愛おしいものの面影を見つけて、何も言えなくなってしまった。


「母さんが何をしているのかはわからないけど、俺たち兄弟のために頑張ってくれてるってことだけは分かるんだ。母さんが強くて、1人でも危険なことなんてそうそうないことも知ってる」


 一番上の子には、長女には伝わっていなかったわたしの愛情は、ちゃんとこの子には届いてくれていた。


「でも、俺ももう守られるだけの子供じゃないんだ。辛そうに一人で頑張っている母さんを見ているんじゃなくて、昔の優しい母さんに、お日様みたいに笑う母さんに戻ってほしいんだ。だから、母さんが笑えるようになるまで、母さんのことは俺が守りたい」


“アリウムのことは俺が守るから”


 ずっとずっと昔の話。まだそれほど仲良くなっていなかった頃に、リックがわたしに言ってくれた言葉。何かあったら守るから、一緒に冒険しないかと言われたあの日の誘い。


 姿は違う。リックは愛嬌のある顔だったけれど、決して美形ではなかった。立場も違う。リックはわたしと同じ新米冒険者で、この子は渡しが守らないといけない、かわいいかわいいわが子だ。


 違うところをあげれば、キリがない。細かいところもあげるのであれば、それこそ日が暮れるまで違いを言い続けられるだろう。目元は似ているけど、知らない人が二人を見ても、親子だとわかるか微妙なくらい、見た目は似ていない。


 それなのに、その言葉は、その気持ちは、わたしのことを思ってくれているそれは、びっくりするくらいわたしの愛したリックにそっくりだった。


 いけないとわかっているのに、リックを長男に重ねてしまう。成長度合いではわたしの要素をかけらほども引き継がなかったこの子は、もうすっかり大きくて、師匠の修行のおかげか、父親に似てがっしりした身体になっていた。


 真剣そうな表情で迫られて、顔が赤くなってしまう。少しだけ心がときめいてしまう。ダメだと、馬鹿なことを考えるんじゃないと止めないといけないのに、口にしてしまったのは、それならもっと強くならないとねなんて言葉。わたしは一時の感情に任せて、子供が危険な道に進むことを肯定してしまった。



 そうして上の二人が師匠の家からいなくなって、残った下二人の上の子、次女は寂しいと、友達が欲しいのだと言って学園に行くことになった。上の子2人によく懐いていたこの子には、二人のいないこの家は寂しいものであったらしい。


 最後に残ったのは末っ子の三女だけ。まだ幼いこともあってか、単純に師匠によく懐いているせいなのかはわからないけど、この子からは特に不満を聞いた覚えがなかった。この子にとってわたしが、不満を伝えられるような親ではなかっただけかもしれないけれど、師匠に教えてもらったことをお話してくれる無邪気な笑顔を考えれば、それは杞憂だろうか。そうであってほしいと心から思う。



 ほとんど家にいないわたしと、師匠と三女だけで暮らすようになって、しばらくは変わらない日々が続いた。相変わらずわたしは自分の行動の意味を知らないまま動き続けていて、変化があったのは師匠から頼まれたあるおつかいをやっている最中だった。


 頼まれたことは、魔王の力を封印しているという古い施設から、その中核になっている石を持って帰ってくること。良くない力を封じるためにあるものが、長い時間をかけて飽和しかけているので回収して浄化しなくてはいけないのだとか。師匠がわたしに目的まで話しているということは、それだけ大切なものなのだろう。そこまで優先度が高くなければ、こんなふうにわざわざ教えたりしないはずだ。


 だからいつも以上に気合を入れて取り掛かって、ようやく石の元にたどり着いたところで邪魔が入った。


 深深とフードを被った女性だ。何者かはわからないけれど、間違いないのはなかよしこよしできる相手ではないということ。それは顔を合わせる前にわたしの心臓目掛けてナイフを投げてきたことからも明らかで、よけられたからよかったけど、もし食らっていたらわたしや師匠以外ではどうなっていたかわからない。


 そんな相手が友好的なはずがないので、挨拶をするよりも先に氷の短剣を投げてお返しする。当然のように躱されて、なんだその程度かと言わんばかりに鼻で笑われる。


 そのまま戦闘になって、わかったことはこの相手がかなりの手練であること。冒険者やどこかの国の子飼いであれば噂にならないはずがないし、わたしが聞いたことないわけがない。ということはどこかわからないけど、おおっぴろげにできないところに所属しているのだろう。頭の中で聞いたことのある噂と照らし合わせてみても、該当の人物が存在しなかったので、ひとまず考えることは後回しにする。


 しかしまあ、よく避ける。わたしも自分がかなりやるほうだと自負していたため、ここまで一方的にやられるのは思うところがある。自力で治せるからあまり避けることに心血を注いでいなかったのはあるかもしれないけど、それでも普通の冒険者とは比べ物にならないくらいうまいはずなのに。


 この動きは真似したいが、テクニックと言うよりも目や勘の良さで躱されている気もするので、真似するのは難しいかもしれない。


 ほとんど一方的に刻まれ続けて、何とか一手与えられたのは、戦い始めて二分ほどした頃。わたしはもう全身ボロボロなのに、相手はそれまで無傷だったのはそれだけ向こうのセンスが隔絶している証拠だ。


 けれど問題はそこではなく、わたしの攻撃で取れたフードの中身だった。そこから現れたのは、金髪とサファイアの目。そして、とても見覚えのある顔。


 お母さまの顔だった。娘たちが成長すればいずれこうなるのだろうと思っていた、わたしのお母様の生き写しだった。


 もちろん、お母様自身はもうずっと前に亡くなっている。だからお母さま本人ではないことはわかっているのに、その姿かたちはあまりにもお母さまそのものだった。


 その顔に気を取られて、隙ができたところを突かれて脇腹をパックリ切られる。体自体はまだまだ治せるから問題なかったのだけれど、ちょうどそこに入っていた石を取られてしまった。何かを話すよりも先に戦いになったからわからなかったけれど、この女性もわたしと同じものを狙ってここに来たのかもしれない。


 取り返そうと襲いかかって、ボロボロにされる。何とか逃げられないようにするために牽制を続けるだけで手一杯で、有効打なんて入れることができないまま十分ほどが過ぎた。お互いに集中力に限界がき始めた頃にやってきたのは、全くの部外者。


 わたしたちの先頭でボロボロになった施設に悲鳴をあげたことで見つかって、女性が撃った何かをくらって、その姿を変え始める。


 その変化が終わった時にそこに居たのは、これまでなんだもわたしの人生をめちゃくちゃにしてきた魔王のしもべ。いつもいつも突然空から降ってきたそれが、目の前で生まれた。


 女性に聞かないといけないことが増えた。何者なのかとか、何が目的なのかとか。それだけじゃなくて、新しく何を知っていて何をしたのかも聞かなくてはいけない。


 でも今は、それを考えるよりも先にしなくてはいけないことがある。師匠に頼まれた石の回収と、目の前で変わり果てた魔王のしもべを処理すること。あれが人間だったのは信じたくない事実だが、目の前で変わってしまった以上、それを否定することはできない。そして、何をするかわからないそれを、そのまま自然に返すなんてこともできない。


 人間だったことが疑わしくなるほど、今までの魔王のしもべと同じように暴れだしたそれと、変わらずにわたしに対して攻撃を加える女性。最初の頃と攻め方が変わったのは、目的を達成して逃げることを考えているからだろうか。


 もしそうなら、そう易々と逃げられるわけにはいかない。だってあれは、師匠がわたしに説明するくらい大切なものなのだ。それなのに、わたしの能力は女性と魔王のしもべを同時に相手できるほど高くなかった。そもそも女性だけの時点で力不足だったのだから、そこから増えたらどうなるのかなんて一目瞭然だ。


 そのまま逃げられて、魔王のしもべのせいで追うこともできなくて、仕方がないから目の前の存在の処理をする。頭の中を埋め尽くすのは、失敗してしまったという事実と、それがどんな恐ろしいことにつながるかという心配。目の前の人間だったものに関しては、かわいそうだし申し訳ないとは思うけれど、わたしには息の根を止めることしかできないから諦める。



 師匠の元に戻り、報告をする。何があったのか、なぜ失敗してしまったのか。師匠はわたしの報告を難しい顔をしながら聞くと、魔王の信望者がいることを教えてくれた。その集団が何かしらの目的のために暗躍していることと、わたしたちが魔王のしもべと呼んでいるあの化け物は、魔王自身か信望者たちによって作り変えられた人間であること。



 難しいことは分からなかったけれど、一つだけ確かなことがある。


 あの女性のような、魔王の信望者を野放しにしていては、いつまでも平和が訪れないこと。そして、魔王の討伐を目指す以上、あの人とわたしはまた争うことになること。


 わたしの大切な家族を守るために、あの人の命はわたしが奪わなくてはならない。そうじゃないと、誰も守ることができないから。

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