Q14.なぜ善良な親子はすれ違うのでしょうか?

 幼女が旅に出てから、私のすることは至極簡単だった。幼女に大していらないものを集めさせて、そうしている間に子供たちのことをおもちゃにして遊んでいるだけだ。なんか知らないけど私が思っていた以上に私のことを信用していたらしい幼女は、その目的すらまともに言わずとも言われた通りのことをするし、次は何をすればいいかとなんでも聞いてくる。この指示待ち人間がよ。そんなんじゃ幸せになれないぞっ!あぁ、私が不幸にしているのだったな。忘れていた。


 幼女の現状、私がその人生を台無しにしているということを自分の中で再確認する。危ないところだった。これを見失ってしまったら、私はなんのためにこんなことをしているのかわからなくなるところだったよ。加害者意識、強い罪悪感が大切なのだ。真っ当な倫理観を持っている私がそうすることで、罪悪感で自分を殺すのだから。


 しっかり初心を取り戻したら、今やることは暇つぶしの子供いじめくらいだ。幼女にやったみたいに、適当なことをするだけの修行()なんてものをまともに受けるのは、あのクソちょろ幼女くらいなものだろうと思っていた。けれどもお母さんの強さをよく知る子供たちはその強さの根源に触れたいようで、あそこまで強くなれないとは思うけどと言いながら同じ修行を受け入れている。育てかたや能力の伸ばし方なんて、その子毎に変わっていくものだから、同じものをしても大して意味はないのにね。やはりポンコツの子供はポンコツか。


 そこまでちゃんと育てる必要がないから、エルフ飯を食わせたりすることはせずに、なんの意味があるのかもわからないような遊びで時間を潰す。育て親らしいことは、衣食住の保証と魔法のお勉強くらいしかしていないのだが、こんなものでいいのだろうか。人斬り力をあげるための藁人形代わりなんて、教えていることに入らないだろうし、どこからどこまでやるかの線引きって難しい。


 そんなふうにしながら面倒を見ていて、ふた月に一回くらいで訪れる幼女との面会時間以外は、特に面白いこともないまま過ごす。幼女との面会も私からしてみたらそれほど面白いものではないのだが、子供の健やかな成長と幼女の心の均衡のために、その時間は削ることの出来ない時間だ。


 そんな生活を続けること、10年弱。一番下に生まれた、末っ子が幼女の身長を上回った頃の話だ。私たちのつまらない日常に、ひとつ大きな変化が訪れた。


 かつての生まれ故郷ならもう成人として扱われる年になった一番上の子に、反抗期が来たのだ。その犯行の向ける先は、いつも家族での時間よりも外で何かをしている時間を優先していたお母さんに対するもの。子供からしたら夫を失って以降復讐に取りつかれて、子供を顧みなくなった未亡人なわけだから、不満が溜まってしまうのも仕方が無いことだろうね。


 幼女のバックボーンを子供たちに聞かせれば、ここまでの反抗期が来る前に理解して貰えたとは思うけれど、やっぱり人の苦しい過去を本人に黙って言いふらすのは良くないことだからね、私にはとてもじゃないが、そんなことは出来なかった。



 久しぶりに戻ってきた幼女が、子供たちに癒しを求めようとして、こころない正論にぶちのめされる。間違いなく正論ではあるけれど、幼女からすれば自分の努力を否定されたように感じてしまう悲しい言葉だ。両方の考えを正確に把握している私にとっては涙が出そうなほど悲しいすれ違いによるものだが、この二人にとってはお互いに、相手のことが酷く頭の固いわからず屋に思えたことだろう。そのまま喧嘩別れしてしまい、幼女は再びお使いに、一番上の子は独り立ちしてやると言って家を飛び出してしまった。


 外の世界に出て、昔のお母さんみたいに色んな人を助けたいのだと、あのころのお母さんみたいになりたいのだと恥ずかしそうに話していたのは、私の胸だけにしまっておく。それとは別に、昔から気持ちは手紙に残しておきなさいと教育したので、一番ちゃんの書いたお手紙の中にも残っているんだけどね。やっぱり何かがあってから後悔しても遅いから、愛情も感謝も怒りも、全部日頃から伝えるか、残しておかないといけないのさ。


 余談だけど、もう子供たちはみんな幼女より大きくなってしまったから、傍から見ていると年の離れた姉妹なんだよね。もちろん幼女が妹の方だ。それなのに会話の内容は普通の母娘のものなのだから、頭がバグりそうになるんだよね。成人女性が幼女に対して、お母さんのわからず屋!とか叫ぶの、思わず笑っちゃうからやめてほしい。



 一番ちゃんの話はそこらで置いておくとして、次は二番君だね。この子は、剣の訓練の差という名目で私を斬らせていたら楽しくなってしまったらしく、剣の道を極めるために外の世界を回りたいのだそうだ。姉とは異なり母に似ないで父親に似たのか、魔法の才能はほとんどなかったからね。土の魔術に特化させて、地面から剣を作り出す魔法を染み込ませるのがせいぜいだった。魔術の祖としては甚だ遺憾な仕上がりだね。


 将来の夢はお母さんを守れる剣士になること。ロリママに対してマザコンこじらせてるとかロリコンのマザコンじゃん。光る君のようなことをし出さないかが心配だな。


 こちらの子は、お母さんと話し合いの時にどうしてもお母さんを守れるようになりたいんだ!と口説き落としていた模様。幼女さぁ、会う機会が少なかったとはいえ、自分の息子に男を感じちゃうのはさすがにどうなのよ。赤くなりながら嬉しいなんて言ってる場合じゃないだろうに。


 全くエルフはすぐに血を濃くしたがるなぁと口をへの字にしながら話を聞いて、とりあえず叔母さんのところに仕官してきなさいと送り出す。お姉ちゃんのところと言ってもいいのだけれど、それはまだ話すには早いから内緒だ。エフちゃんならきっと適当におもちゃにしてくれるだろうから安心だな。私がなにかする前に壊してしまいそうだから、そこだけは釘を刺しておかないといけない。


 三番ちゃんはお友達が欲しくて仕方がないようだったから学園に放り込むことにして、四番ちゃんは色々面白そうだったので私の元でおもちゃにする。この子は適切に運用すればだいぶいい感じに働いてくれるようになりそうだ。幼心に持っている親愛の情を思慕と誤解させることで、私の元から離れたがらないように調整しておく。



 子供たちの扱いはこんなもので、幼女のお使いの方に話を変えよう。基本的にはなんの意味もないことをずっとやらせているだけなのだけれど、その場所だったり、そこで経験させる内容だったりには意味はあったのだ。その内容を伝えてしまうと意味がなくなってしまうから幼女には無駄な集め物をさせているわけだが、そんな誰も傷つけない嘘についてはどうでもいい。


 ここしばらくの間で幼女に遭遇させたものの中で、一番意味があったのは、シーちゃんだろう。しっかり洗脳が定着しているおかげで、全ての基準を私にしているシーちゃんは、相変わらず私に愛してもらうために力をつけ続けている。自分の価値なんて力にしかないと信じてやまないその素直さと、そうしていればいつか私が振り向いてくれると信じている愚かさは、まあかわいらしいものだ。馬鹿な子ほどかわいいというのは、こういうことを言うのだろうね。


 そんな馬鹿な子とちょろい子の対面は、双方に私が伝えた目的のためのものだった。魔王の力を押さえ込んでいる封印の一つ、その回収という名目で出した、ミッションだが、目的地は何度か前に滅ぼした文明の、地下に残った遺跡の祭壇。そこに飾ってあるピカピカで綺麗な石ころを、私の力でなんかすごいものに見えるようにしたもの。つまりは立派なガラクタだな。


 それを大切なものと信じた馬鹿な子とちょろい子が真剣に奪い合うわけだが、どっちも戦闘になれている上に、幼女にいたっては自力で回復を続けることで、継戦能力が非常に高い。戦闘力だけで言えばシーちゃんの圧勝なのに、なかなか決着がつかないことになる。


 美人と美幼女がお互いなんの遠慮もなしに殺しあっているのを見るのはなかなかに心が弾むものだね。私は戦うヒロインが大好きだったのだ。ぶつかり合う信念、譲れない意志、傷だらけで泥だらけになっても立ち上がることをやめないその姿。思わず応援したくなってしまう。まあお互いに譲らないものが、特に価値のない石っころという点で一気に冷めてしまうのだが。


 終わらない攻防に痺れを切らしたシーちゃんが、持たせていた私の血を、偶然迷い込んでしまった不運な探掘家Aに打ち込む。するとその人間はみるみるうちに皮膚が真っ黒に染っていき、グチョグチョと汚い音を立てながら出来損ないに生まれ変わっていく。今までは空から降ってくるだけだった魔王のしもべが、今幼女の目の前で作られたわけだね。封印のための石を狙っていることを踏まえれば、目の前のシーちゃんが魔王と何かしらの繋がりを持っていることは一目瞭然だろう。


 ヒロインの目の前で作られる化け物を当然お約束通りにヒロインはそれを浄化して消すことになるのだが、ざんねんながらこの世界の化け物は殺し切るしか方法がないんだ。壊れたものが治ることもないし、残酷な世界だね。ニチアサ世界観とは違うのだよ。


 化け物相手に戦っている幼女の隙を見てシーちゃんが離脱して、幼女はミッションに失敗した。そりゃあ自分が逃げるために作った囮なんだから、やられるまでのんびり眺めているわけがないよね。魔王のしもべが人から作られていることを、しかも全く無関係の人がそう変えられてしまったのを目にした幼女は、これまで手にかけてきた化け物たちのことを考えてか顔を青くしているが、やらなきゃ自分がやられるからと割り切ったのかすぐに対処に移る。


 素体を選んでいない出来損ないくらいでは全く歯が立たずに、すぐに対処してしまえるのは幼女の慣れによるものだろうか。このパフォーマンスが十年前に出せればと思うと、とても胸が痛むね。


 しっかり処理しきった幼女が、改めて人間だったものを殺してしまったことに震える。盗賊とか、人に害をなす人間の処理をしたことなら片手じゃ数え切れないほどしているはずなのだが、なんの罪もない人間となると話は別なのかもしれないな。ちなみに片手で数えるのは二進数を使っての場合だ。


 思っていたよりもやわやわだった幼女のメンタルは置いておいて、戻ってきた幼女に報告を聞かせてもらう。全部見ていたけど、こういうのは幼女がどうとらえたかの方が大事だからね。一足先に戻っていたシーちゃんには飴ちゃんを食べさせてあげたら嬉しそうに部屋に戻って行った。普段から愛情をしぼっておくと、こういう時に極わずかなものでも喜んでくれるから便利だね。洗脳済みの子供に対しては、ネグレクトというのは案外有効なようだ。


 報告を聞きながら馬鹿な子のことを考えているなんて微塵も感じさせずに、幼女に向かい合う。この子には何やら深く考え込んでいるように見えていることだろう。実際は全くそんなことないのにね。


 幼女に与える情報は、魔王のシンパが存在することと、それらが魔王の目的のために色々暗躍していること、調整された魔王の一部を取り込むことで、人間が魔王のしもべに生まれ変わってしまうことなど。一度変わってしまった化け物は苦しみながら暴れ回ることしかできないから、なるべく早く解放してあげてほしいことなど。相変わらず嘘だけは一言も言っていない。どうしても必要な場合を除けば、大切なことを偽るのは信用を失う原因になるからね。一紳士としてはそんなことは出来ないのさ。




 さて、しばらく休んでいたこともあるし、そろそろ盤面を動かす時か。幼女にとっては厳しいことが続くかもしれないけど、それもこれも全部、幼女自身の目的を達成するためだからぜひ頑張ってほしい。その目的が私によって与えられたものだとか、そういうことを言うのは野暮だからナシだ。

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