A9-2.おもしれー男の方が面白かったとしてもおもしれー女も十分におもしれーよね

 寂しいのと悲しいのでちょっと泣きそうになったのから一晩。わたしは教室にいた。知り合いも一人もいないし、みんなわたしのことを見るとなんで子供がと漏らす。ちっちゃくて悪かったな、多分年齢だけはお前らよりも上だよ。


 そう思っても、わざわざ言いに行けるわけがない。そんなふうにアグレッシブに行動できるような心の強さは持っていないし、自分から外見詐欺していると吹聴するのも恥ずかしい。そうするくらいなら、周りに誤解されたまま居心地の悪い思いをする方が全然マシだ。誰かと仲良くなったところで魔術が使えなくてバカにされるかもしれないし。


 そんなことを考えながら、一つだけ空いている席を見る。わたしの一つ前の席で、ここに人が座ったら前の黒板はかなり見にくそうだ。優しそうな人なら席を交換してもらえないか頼んでみようと思っていると、教室の外から何やら話し声が聞こえてくる。


 声の主は、二人の男。口調からすると片方が偉くて、もう片方がその部下みたいな存在らしい。先生が来るのかと思って待っていたら、やってきたのは二人の生徒だった。


 ところで今わたしがいる教室は、机の数が36個、人の数が35人いた。みんな自分の名前が書かれた席に座っているはずなので、間違いなく生徒だろう。そして今来た生徒が二人。どうしても人数が合わなくなる。


 二人のうちの片方が教室を間違えているのか、あるいはそれ以外の元から居た人の誰かが間違えているのか。どちらにせよわたしには関係の無い話だろう。だって机にアリウムって貼られているし。


 偉そうな方がわたしの前に座って、声がでかい方がその横に立っている。座る場所がないのになんでこの人は当然のような顔をしてこの場にいるのだろう。近くで大きな声を出されると耳が痛くなるからやめてほしい。エルフの素敵なお耳は繊細なのだ。


 キャンキャン鳴きながら学園への不満を漏らすうるさいのの話を整理すると、偉そうな方はこの国の王子様らしい。偉そうな人じゃなくて本当に偉い人だったんだね。そしてうるさいのはあと少しのところで魔術課程に落ちたその側近だと。殿下の護衛のために側近が一人もいないのはおかしいと、学園側が特例で対応するべきだと言っているが、わたしの目にはただ自分の努力不足を棚に上げて僕も入りたい!!って駄々を捏ねているようにしか見えない。入学のために対して努力をした訳では無いわたしが言うのもあれだけど、見苦しいね。


 あんまり関わりたくないな、それにしてもうるさいな、こんなのが側近でいいのかなと内心毒を吐きながら待っていると、昨日点数の対応をしてくれたおばあさんが入ってくる。なんか立派な服を着ているから、多分偉い人だ。


 あまり機嫌を損ねないようにしないとと思っていると、犬っころを見ながら顔を顰めていた。早速ご機嫌ななめだね。わたしでもイラッとするのだから、風紀に厳しそうなおばあさんなら尚のことだろう。


 そのおばあさんに対して元気に不満をぶちまける犬っころ。相手の顔色を見るスキルには恵まれていなかったらしく、おばあさんは血管が切れそうだ。


「納得ができません!なぜ私が不合格で、そこの魔術すら使えない小娘が合格なのですか!」


 談判ならよそでやってくれればいいのにと思っていると、犬っころが突然わたしに矛先を向けた。魔術が使えないことは、それほど大きな声で話していた訳では無いのに、盗み聞きをしていたのだろうか。


 それにそもそも、合格基準は最初に伝えられている。成績上位者から順に入れるのだから、なんで不合格も何もわたしより点数が低かっただけだろうに。


 そう思っていたら、犬っころの顔がどんどん赤くなっていって、わたしを睨みつけてくる。おばあさんや王子様も吹き出して、周囲からもくすくす笑い声が聞こえてきた。どうやら声に出てしまっていたようだ。


 真っ赤になった犬っころが、手袋を脱いでわたしに叩き付ける。師匠に習った、決闘の申込みだ。確か拾ったら受け入れ。そのまま本人に返してあげれば、どうせ勝てないんだからやめとけ。今なら見なかったことにしてやるという煽り。最後に目の前で手袋を踏みにじれば、斬り殺されても文句を言えないレベルの侮辱だったはずだ。


 もちろん煽っても侮辱してもいいことなんて何もないのでそんなことはせず、かと言って決闘なんてするのも嫌なので広いもしない。貴族にとっては決闘を申し込まれて無視するのは腰抜けと後ろ指を指されることらしいが、わたしは貴族ではないので気にしない。むしろその辺の小娘に決闘を申し込んだ側が笑われればいいと思う。


 そんなことを思いながらおばあさんの方を見る。あなたのかわいい生徒が怖い貴族に目をつけられてます。助けてくださいって気持ちを込めて。先生が助けてくれればわたしが決闘なんかしなくても話は丸く収まるはずだから。


「アリウムさん、この場合は決闘をしてもなんの問題もありません。私達の全員が証人です」


 そう思っていたのに、おばあさんがくれたのは助け舟ではなく決闘の許可だった。わたしの気持ちは届いてくれなかったらしい。


 周りからも早くしろというような目で見られてしまい、断るに断れない雰囲気になってしまった。仕方がないのでしぶしぶ手袋を拾う。


「私が勝ったら先程の発言を謝罪した上で退学してもらおう!そして余った席に私が座らせてもらう!」


 すぐ近くで大きな声を出されているせいで、耳がキンキンする。個人間の決闘で入学順位が関係する席をどうにかできるのか、疑問に思ってちらりとおばあさんを見ると何も言わずに頷いていた。きっと大丈夫なのだろう。


 それにしてもせっかく入学してお金まで払ったのにこんな理由で退学はゴメンだ。そのことを伝えて退学ではなく冒険者過程への転籍に変えるように言うと、席の都合で入れても貴族課程だとおばあさんに言われた。周りがこんなのばかりなのは気分が良くないが、ハンナと一緒に学べるのならそれも悪くないかもしれない。


 犬っころの要望を一部訂正しつつ受け入れたら、今度はこちらの要求を言う番らしい。わたしが条件を緩和したことで、勝てる自信がないのだと考えたらしい犬が更に鳴き出したので、わたしが黙れと言ったらすぐに黙ることを約束してもらうことにした。


 本当にそんなことでいいのかとも聞かれたが、そもそもこいつにやってほしいことなんて何も無いのだから、これくらいしか出せる条件がない。それに、師匠は言っていた。沈黙はYes、つまり好きなように黙らせられるということはなんでも言うことを聞かせられるに等しい。そう考えるとむしろわたしの方がひどい条件を出している気がするが、先に難癖つけて絡んできたのはあちらだし、それくらいはいいだろう。


 おばあさんが審判を担当すると宣言して、その場にいた全員を引連れて訓練場に移動する。訓練場は、入学試験の試験会場にもなっていた場所で、踏み固められた地面があるだけの場所だ。


 試験の時と同じように模擬戦用の武器を渡されて、相手が気絶するか降参と言ったら終わりだと言われる。本来の決闘なら勢い余って死んでしまっても罪には問われないらしいが、学園内での殺人は御法度だから気をつけるようにとも。


 そのルールなら師匠は無敵じゃないかと思って、そもそも師匠は決闘なんか申し込まれる人じゃないことを思い出した。あんな風に刺しても当たり前のように再生する人がいないのなら、このルールでも問題ないのかもしれない。


 おばあさんの、死ななければ私が治せるからよしという言葉にかなり不安を覚えたが、とにかくなんでもいいから勝てと言うことだと解釈する。魔術も使えない出来損ないはすぐにでも降参する準備をしておくといいと、またキャンキャン鳴いてる犬っころの言葉を聞き流しながら魔法の準備をして、開始と同時に放つ。


 選んだのは、目くらましがわりの火。姿を隠せることと、多くの人が本能的に恐怖を抱くこと、火の魔法を研究している人がいる学園なら、使っても問題ないだろうことが理由だ。魔法を使えるのなら風で壁を作ることもできるし、水で相殺することも、土に隠れることも出来るので、対抗策に困らないこともある。


 咄嗟に何で対応したのかを確認出来れば、それがその人にとって一番慣れ親しんでいる種類の魔法だ。牽制と探り入れを同時にこなせる手を打って、そのまま相手の背後に回り込む。正面からの魔法の後に背後から奇襲、ありふれた攻め方だけれど、ありふれているということはそれだけ有用ということだし、それに対する対応の速さで相手を測ることもできる。


 一体どう対応してくるかと警戒していたら、わたしに背後を取られた犬っころはそのまま火に巻かれて叫んでいた。あんなに自信満々だったのだし、きっとわたしの考えを読んで、情報を与えないことにしたのだろう。こうされるとわたしも普通に殴りに行くしかないから困る。


 誘われているとわかっている攻撃をがら空きだった背中に当てて、吹っ飛ばす。そのまま追い打ちをかけようとしたら、おばあさんが大きな声でそこまでと叫んだ。まだ相手は気絶していないし降参とも言っていないので続けるべきか迷ったが、止められたから止まっておく。


「……これはひどい。『ウォーター』、『ヒール』」


 犬っころに駆け寄ったおばあさんが手に持った触媒を握りながら呪文を唱えると、水が現れて火が消えた。そしてすぐに治療が始まって、その間わたしは見物に来ていた先生たちから質問をされ続けることになる。


 後になってから聞いた話だったが、犬っころは最初の目晦ましだけで充分倒せていて、それ以降の攻撃はただの暴力でしかなかったらしい。対人の基準が師匠になってしまっていたからわからなかったけどわたしの攻撃は過剰だったのだとか。


 そのせいで、初対面の相手に対して過剰な攻撃をする人間なのだと、わたしは誤解されることになった。しかも、ただの過剰攻撃ではなく、宗教的にタブーとされている方法を使ってのものだ。学園なら問題ないというのは、迫害されないというだけでだれも気にしないという意味ではなかったらしい。


 そうしてわたしは入学翌日にして友達を作る機会を失った。残ったのは、わたしの暴挙を間近で見て、おもしれー女と言って絡んでくるようになった王子と、結局貴族課程に落ち着いたにもかかわらずいつもいつも顔を出してくる側近改めポチだけ。


 授業は面白いけどそれ以外があまりにも悲惨な学園生活を送っている中で唯一の救いは今まで通り普通に接してくれる仲間たちだけだ。彼らとは一緒に学園の中にあるダンジョンに潜って、翌年分の学費と普段の生活費を稼いでいる。ちなみに、巻き込まれたわたしがこんな学園生活なのに対して、巻き込んだ側の王子とポチは当たり前のようにクラスの中で友達を作って満喫していた。ポチに至っては自分のクラスではないくせにだ。


 そんな風にして、魔術についての知見を得たのと、一般的な自分がどれだけ周囲から浮いているのかを痛感するだけで、学園で過ごす一年目の時間は過ぎてしまった。悪いイメージも定着してしまったので、魔術課程でこのまま過ごして、仲のいい友達を作ることはできないだろう。他の過程のところにまではまだそれほどひどい噂は立っていないようなので狙うとしたら他のところの人たちかもしれない。幸い、二年目からは課程横断でいろんなじ授業が受けれるようになるらしいので、そっちで頑張ろう。


 後は、どこにいてもちょっかいをかけてくる王子と、わたしに黙らされるのを楽しんでいるのではないかと思うほど声の大きさが変わらないポチから、どうやって逃げ切るかだけだ。


 有望なおもちゃを見つけたと言わんばかりに、わたしのことをいろいろ実験の補助兼サンプルに使う教授の手伝いという名のバイトをしながら、わたしは具体的な作戦を考えるべく頭をフル回転させた。ちなみに、わたしがいろいろ頼まれることが多いのは、今の魔法体系には残っていない魔法の使い方を実用可能なレベルで習得している、貴重な一例だからだ。


 おかげさまで、もし進路に困ったらうちのモルモットにというありがたいお誘いが山ほど来ており、卒業後の進路には事欠かなくなった。そんな誘いをもらったところで、わたしは卒業したらこれまで通りにみんなと一緒に冒険者をするつもりだし、最終的には魔王を倒さないといけないので、そんなことにうつつを抜かしているような暇はないのだけれど。



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