Q10.なぜ平穏な学園生活に不穏な気配が近寄ってくるのですか?

 セレンちゃんを使ったてこ入れの件と一緒に同時進行していた計画が、幼女の入学から一年の間でだいぶ進んだので、今回は初めにそちらの方に触れて行こうか。


 そう、幼女の心の深いところまで身内として入り込んで、その苦悩や努力を誰よりも身近に感じながら、同時に私の行動に共感して楽しめるような人格破綻者を育てようという話だ。厳正な教育と審査を重ねた結果、最後まで残ったのはこちらのエフちゃん。ほっそい体とつややかな黒髪、真っ赤なお目目がキュートなこれまた幼女だ。


 またもや幼女なのは別に私が幼女好きだからではなく、促成栽培で問題なく育てられるのがこの年齢までというだけだ。なので、シーちゃんやエフちゃんはほっとけば体も成熟する。アリウムちゃん?あの子は長い長い寿命を持っていてもらわないといけないから、成長自体を極端に遅らせてるよ。十分に育った時に、私を殺せないほど老化してしまっては台無しだからね。


 幼女がいつまでたっても幼女な話はどうでも良くて、今大事なのはエフちゃんの話だ。こうやってすぐ話が脱線してしまうのは、私の数少ない欠点のひとつだな。けれどそれで新しい知見が広がることもあるので、見方を変えればこれもまた長所。やはり私の欠点らしい欠点なんて、何をしても死ねないことくらいだろうね。完璧な存在とはこんなにも辛いものなのか。


 また脱線してしまったので修正して、恒例の幼女スペックだ。このエフちゃんは、肉体的なスペックはさほど高いわけではない。かと言って平均以上にはあるわけだが、それもまた置いておこう。素材はお父さんの細胞となんとアリウムちゃん本人の細胞。これによって産んだはずのない妹(娘)という不道徳極まる存在が産まれたわけだが、不道徳なのはその存在だけではない。


 特筆すべきはその精神性だ。まず、かなり変わったことにこの子はいつもの教育洗脳を施していないにもかかわらず、こちらに協力的なのである。正確には、教育の途中でその意図を正確に理解して、こんなことしなくても協力するから自分にも一枚噛ませろと私に持ちかけてきた。賢い子は素敵だね。不安があるとすれば私よりも賢そうなことくらいだが、そっちの方は性癖があるから信頼していい。性癖は嘘をつかないし、人は自身の性癖に嘘をつけないのだ。歪んだ性癖の人って大変そうだね。同情してしまうよ。


 そんな信頼出来るエフちゃんの性癖は、人の苦しむ姿を眺めることと、その相手にたくさんの愛を与えること。そして最終的に、クソデカ感情を拗らせた相手にめちゃくちゃにされたいというものだった。ちょっと常人な私には理解できない欲望ですね。そう言ったら、要は苦しめつつ甘やかして、一生忘れられないくらい大切な存在になってからその人に殺されたいということらしい。毎晩夢に見るようになってくれれば最高なのだと。誰かのトラウマになられたら、ということだね。それなら私も少しだけ理解できた。


 生まれて1年も経っていない赤子に蒙を啓かれて、私もまだまだ成長できるのだと実感する。人間、いくつになっても成長するものなんだね。いやあ、ディーちゃんとイーちゃんがダメになった時はどうしようかと思ったが、2人で妥協しなくてよかった。2人ともそこそこ良かったんだけど、いつの間にか精神崩壊していたからね。怖いこともあるものだ。一体どこのエフちゃんの仕業なのだろう。


 こちらのエフちゃんに関しては私の方でコネを使って学園の新入生として入学させる。予定より作るのが遅くなったせいで、教育の方はまだ不十分なのだ。こういう時にコネって便利だね。


 さて、話をセレンちゃんのテコ入れにまで戻そうか。ここに戻るまで長かったな。でもここからが大切なところ。内容としては、セレンちゃんの選択科目を幼女のそれと合わせること、そしてしっかり仲良くすることを伝えて、同じ貴族課程の後輩であるエフちゃんの面倒を見てあげてね、というものだ。私がするテコ入れにしてはだいぶ良心的だな。私はいつでも良心的だけれど。


 幼女と仲良くなること自体は、幼女の仲間の女の子とたまに話しているようだから、それほど難しいものではないだろう。人と人の繋がりって素敵だね。そんな素敵な繋がりを辿って、エフちゃんという劇物が流しこまれようとしているのだから、やはり人間関係はクソだな。なんて度しがたい。


 セレンちゃんの前でしっかり猫を被ったエフちゃんの演技に感心しつつ、しばらく見守る。私を相手に自らの歪んだ性癖を垂れ流していた変態とはとても同一人物と思えないような、可憐でかわいらしい女の子を完全に演じきっている。ここまで演技力が高いと私も騙されていたのではないかと心配になるが、何度も心を読んだ結果、心の底まで腐りきった人でなしだということは確認済みだ。


 若干人間嫌いのケがあったセレンちゃんを見事な手口で篭絡して、セレンお姉ちゃんなんて呼ぶようになったエフちゃん。びっくりするほど手が早いね。この力を使って、ディーちゃんとイーちゃんに取り入って、そのまま壊したのだろう。セレンちゃんは壊す様のおもちゃじゃないから気をつけるように伝えておかないと。この子の性癖ならきっと壊しちゃうからね。仮に人間性は信用できなくても、その性癖は素直だ。性癖に忠実な人間ほど、行動原理が明確なものはいないからね。


 満更でもなさそうに絆されながら、自分が食べた家族を思い出して少しだけ曇っているセレンちゃん。自分一人で勝手に落ち込むのだから、トラウマ持ちはやりにくいね。自分で作ったトラウマだろうがよ。過去から逃げるな!


 とはいえ本当に過去と向き合って克服されたりしたら困るので、今度寝てる時に飛びっきりの悪夢を見せてあげよう。昔の優しい生活から、突然食欲が抑えられなくなった家族に食いつくなんでどうだろうか。きっと本職のトラウマ職人ならもっと素敵なシチュエーションを考えられるだろうから、やっぱり私は凡人だな。


 大した脈絡もなくセレ虐が決定したところで、我が愛し子の元に関心を移す。お友達少なくてかなしいかなしいしている幼女は、もうクラスメイトと仲良くなることは諦めたらしい。後ほとんど丸3年残っているのに、諦めるのが早い事だ。仕方がないので私も、幼女がもっとみんなと仲良くなれるように作戦を練っておいてあげよう。題して、テロリストに襲われてみんながピンチの中颯爽と戦ったらヒーローになれるよね作戦だ。世界の厨二病患者の実に十二割が妄想したと言われる、鉄板のシチュエーションを届けてあげよう。きっと助けられてみんなはハッピー、みんなを守れて幼女もハッピー、在庫処分が捗って私もハッピー。三方一両得だな。


 そんな作戦が練られているとはつゆ知らず、これまでの自分を知らない人達との交流に胸を踊らせる幼女。布団の中で、沢山お話出来たらどうしよう!なんてつぶやきながらモゾモゾしている姿は、実年齢を考えなければ実に幼女だ。見ていてとても和むね。これまで辛い思いをしていたとわかっていて、これからその夢が叶うとわかっているだけに、とても優しい気持ちになれる。幼女が幸せになれると確信して温かい気持ちになるなんて、やっぱり私は心優しい人間だな。しかしそんな人間だからこそ幼女を苦しめなきゃならないのだから、人生とはままならないものだ。泣けるぜ。


 そんな私の苦悩はさておき、幼女の授業風景を見学してみよう。まずは必修科目。座学は一番前の席でひとり真面目にノートを取っているね。身長の都合で他の席だと何も見えなくなるから、幼女の席だけは固定だ。特別扱いうれしいね。ちなみにその右隣はおもしれー女を1番近くで見たいからという理由でいつも王子様だ。一般学生にはとても真似出来ない不思議な力で確保しているらしい。おかげで幼女はいつも横から視線を感じているようだ。特別扱いってほんとにクソだね。


 お次は実技の時間。魔法や魔術を使ったり、素直に体を鍛えたりと色々あるね。基本的にはみんな順番に魔法を使って練習するのだけど、この日は珍しく対人訓練だ。好きな人同士でペアを作って模擬戦をするのだけれど、幼女の相手は基本王子で固定だ。なぜなら他の人は王子を怪我させたくないし、幼女に怪我をさせられたくない。


 第一印象があまりにも強かったのと、その後王子を相手に遠慮なく訓練しているせいで完全にヤバいやつだと思われているね。幼女に声をかけられるとみんな理由を作って逃げて、最後に余った王子と組まされるわけだ。ここでもおもしれー男の一人勝ちである。人の気持ちとか考えたことないのだろうか?


 うーん、必修科目の授業は1年目と同じで悲惨だね。こんなことが続けば当然のように幼女はは荒むし、幼女が荒めば荒むほどそれは雰囲気として周囲につたわり、なお話しかけにくくなっていく。友達ができないのスパイラルだね。かわいそうに。ちゃんと仲良くできるようにしてあげるからね。


 さて、より効果的に作戦を成功させるタイミングを探りがてら、今年から始まった選択科目の授業の様子を見てみようか。まずは座学から。席が指定されていないからみんなは好きなところに座れるけど、幼女はいつも通り身長の都合で最前列しか選べるところがないね。そして当然、学生としては最前列に座るのは抵抗があるものだ。そうじゃない人もいるが、わざわざ好んで最前列の真ん中、しかも知らない人の隣になんて座らない。つまりは当然のように、幼女の隣に知らない人は来なかった。偶然隣に座った人と雑談して仲良くなる作戦、失敗しちゃったね。


 俯きながら目に涙を浮かべていた幼女。そこにやってくる救いの女神が、幼女の仲間の魔法使いwithセレンちゃんだ。魔法使いちゃんとセレンちゃんが同じ授業を取っているのは、理由がわかれば当然のことだね。一人がいやで魔法使いちゃんと同じ授業を取る幼女と、私の命令で幼女と同じ授業のセレンちゃん。そりゃあいやでも同じ授業になるさ。


 そうしてようやく隣で授業を受けてくれる人ができて、幼女はにこにこになった。魔法使いちゃんが普段の授業風景を心配して、セレンちゃんが少し同情的になるくらいにはあからさまに明るくなった。そりゃあ待ちに待ったお友達になれそうな相手の登場だもんね。同じお耳なこともあって、ぐいぐい仲良くなりに行く幼女に対して、セレンちゃんは引いている。私の命令がなかったらもう近寄らなかったことだろう。この幼女、一年だけでコミュ障拗らせてやがる。


 しかしまあ、いざ授業が始まってしまえばコミュニケーションなんて関係なくなるわけで、幼女は集中してノートを取るわけだ。私の真面目さを引き継いだのかな?私自身昔は一切ノートを取らないタイプだったが、そういうことにしておこう。自分のくそみたいに汚い字で読み返すよりも教科書読み直した方が身になる派閥の人間だったのだ。まとめることで頭の中を整理するという意見を初めて聞いた時はたいそう驚いたことを覚えている。


 そんな風に私とは違ってしっかりノートを取っている幼女は、勉強くらいしかすることがないこともあって成績優秀者である。そして、お金の力九割で入学したセレンちゃんは、悲しいことに成績不振である。頭自体は悪くないと思うのだが、如何せん集落に引きこもっていたせいで常識というものを知らない。


 そんな二人が近くにいて、できの悪い方は仲良くしないといけないと言われているのだ。話しかけるような内容なんて限られてくるし、友達が欲しい幼女は何かをお願いされたらまず断らない。自然と、お勉強会の流れができる。


 セレンちゃんも仲良くなる機会が作れてハッピー、幼女もお友達を作れてハッピー。誰も不幸にならない完璧な流れだな。その流れで幼女がセレンちゃんの部屋に行って、エフちゃんと関わるきっかけにすらならなければ。もちろん私にとっては好ましい流れだし、このためにエフちゃんをセレンちゃんの下に送ったのだから計画通りでしかないが。


 セレンちゃんが知っていることなんて、エフちゃんが私に保護されて、ここで学ぶように言われたこととその時に助けてもらえると伝えたという設定くらいだ。勿論私の悪だくみも、エフちゃんの心の内の悪意も何も知らない。セレンちゃんにこちらの事情を教えても何もいいことなんてないからね。この子はただ利用できそうだからキープしていただけさ。叶うのなら、私が殺されたいと思えるよううな子に育ってくれるに越したことはないけどね。


 はじめてお友達のお家にお呼ばれした幼女がワクワクしながらお勉強をしていると、少しだけ時間を置いてから登場するエフちゃん。ところで、あった日にはもう友達認定している幼女って判定緩すぎない?そんなことない?私が陰キャだっただけか。



 特に何も考えていなさそうに、たぶん今回は本当に何も考えていなかったエフちゃんがセレンお姉ちゃんにただいまを言う。挨拶がちゃんとできて偉いね。お姉ちゃんなんか友達呼んでんじゃんくらいに考えていたはずのエフちゃんの態度が急変したのはそのすぐ後。

 手に持っていた鞄をぼとりと落として、小さい声で嘘と呟く。たぶんここまでは素だね。(将来のおもちゃとして)ずっと焦がれていた、会うのを楽しみに相手がいきなり自分の家に来ているのだから。賢い子なエフちゃんでも、予想外の事態には固まるのだ。この子にも人間らしいところがあったようで、すこしだけ安心した。


 少ししてやっと戻ってきたエフちゃんは幼女に駆け寄って、抱き着く。その中で落とす爆弾は、お姉さまと、やっと会えたという言葉。突然のことに勉強会どころではなくなる場の空気。


 暫く泣きじゃくっていたエフちゃんが泣き止んだら、戸惑っているお姉ちゃんズに事情説明の時間。なんとエフちゃんはアリウムちゃんとは別のエルフの里の生まれで、アリウムちゃんと同じお父さんを持つ腹違いの姉妹だったのだ!!三つ年上の姉が魔王を信仰して里のみんなが殺されちゃった!そこに賢者様が現れて助けてくれたの!そしてここに来ればセレンおねえちゃんが助けてくれると聞いてお世話になっていたんだ。


 という、適当な作り話だが、案外すんなりと幼女は信じた。ちょっろ。ちなみにこの話、言い方は大いに変えて誤解されるようにしているものの、内容自体に嘘は入っていないのが面白いところである。


(私が作った繁殖用)エルフの里出身で、(お父さんとアリウムちゃんで作ったから娘とも呼べるが、同じ父親を持つものとしては)姉妹、(三年早く作られてパパのことが大好きなシーちゃん)に施設のみんなは殺されてしまい、自分もいつ同じようになるかわからなかった。その中で(私の仲間になることで命の危険から)助けられて、セレンおねえちゃんの下に送り込まれてきた。大事なことを全部隠していっるだけで、嘘だけはついていないのである。


 こんな詐欺みたいなおしゃべりを、まるで自分がただの心やさしい悲劇のヒロインみたいな面しながらできるのだ。生まれが少しでも違えば一流の詐欺師になっていただろうな。私の下でほとんどだれも傷つけない形で生かすことができてよかったね。

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