A6-3.第一街人に遭遇しましょう。運が良ければ戦闘イベントがスキップされます

 会話文ってむつかしい……(╹◡╹)


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 わたしがなけなしの魔力を振り絞って全身の回復をしているうちに、いつの間にか魔物は撃退されていた。途中少しだけ見てわかったことなんて、鎧の人が自分よりも大きな魔物を軽々と吹き飛ばせる力の持ち主だということくらい。わたしよりもずっと強くて、この人のおかげで魔物のご飯にならなくて済んだことくらい。


「君、怪我は……これは驚いたな。そんなに小さいのに、その錬度の回復魔法を習得しているのか」


 これだけの強さがあれば、追いかけてとどめを刺すことも簡単だっただろうに、そうすることなくわたしの方に来た鎧の人、声のやわらかさからすると、きっと女性だろうか。彼女がわたしのことを心配するようにこちらに来て、怪我の治ったわたしを見て驚いたような声を出す。師匠みたいに怪我したそばから再生なんてことはできないので、大したものじゃないのに。


「ありがとう、ございます」


 師匠以外の人と話すのが久しぶりで、知らない人と話すのが初めてで緊張しながらお礼を言う。たぶん褒められていたから、これでいいのだろう。


「しかし、毒の方はまだ直せていないようだな。いやなに、体の傷を治せるだけでも大したものだ。もしアテがないのであれば、私の所持している解毒薬を使いたいのだが、そちらに近寄っても問題ないか?」


 緊張しているわたしに気をつかってか、わたしが警戒していると思われているのか、距離を置いたまま話してくれる鎧の人。まだわからないけど、悪い人ではない気がした。


 なんて声を出せばいいのか分からなかったから、一つ頷くことで返す。それを受けてこちらに来た鎧の人は、腰に着けていたポーチから液体の入った小さい筒を取り出し、先っぽが尖ったそれをわたしにみせた。


「注射器を見るのは初めてか?そんなに怯えなくていい。少し痛いが、薬を体の中に直接入れられる道具だよ」


 チクッとするぞと言って、鎧の人はその注射器をわたしの左手に刺した。そのまま押し込まれて、体の中に異物が残る感覚。


 注射器は知らないけど、似たような感覚なら覚えがある。栄養剤と言われて、師匠に液体を流し込まれた時だ。あの時も注射と言っていたし、これはあれと同じことをするためのどうぐなのだろう。



「痛かっただろうに、強い子だね」


 褒められる。特になんでもないことで。よくわからないことで。


 痛いのは嫌だけど、仕方がないことだ。修行の時もたくさん痛かったし、少し痛いくらいのことならもう慣れてしまった。それに、あの魔物を相手にまともに戦えていなかったわたしは、強くもなんともない。


 そう伝えると、鎧の人は兜を脱ぐ。中からこぼれでるのは、ほんのり湿り気を帯びた銀色の髪。そして、かなしいものを、かわいそうなものを見るような、潤んだ赤い目。


「君、名前は言えるかい?」


 言える。わたしの名前はアリウム。師匠がつけてくれた、大切な名前。


「お父さんかお母さん、保護者をしてくれる大人の人いるかな?」


 お母様も、叔父様も、みんな死んでしまった。師匠からは外の世界を見てこいと言われてしまった。だから、今のわたしに守ってくれる人はいない。


「そうか……もしだが、行くあてがないのならば私のいる街に来ないか?ここであったのも何かの縁だし、君のような幼い子供をこのまま放置するのは騎士道に反する」



 最後のはよくわからなかったが、要はわたしのことを保護しようとしているのだろう。話を聞いてみると鎧の人のいる街とわたしの目的地だった街は同じ場所だったので、お言葉に甘えて連れていってもらうことにする。街に行ってもどうすればいいのかわからなかったから、ラッキーだ。



「それは良かった。ところで、名乗るのが遅れたな。私はモニカ。賢者街で騎士の真似事をしているものだ」


 そう言って鎧の人、モニカさんはわたしに右手を差し出した。わたしもさすがにこれくらいはわかる、この手は握手を求めているものだ。賢者街という街の呼び方と、騎士の真似事と言う不思議な言い回しに違和感を覚えなくはなかったが、仲良くするために差し出された手は取らないといけない。


 よろしくお願いしますと言って握ると、ブンブン振られた。そのままひょいっと持ち上げられて、腕の中に抱えられる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。師匠にはお米さま抱っこしかされたことないのに。


 すごく軽いものを持つみたいに抱えられて、わたしが持っていたはずの荷物もいつの間にかモニカさんに背負われていた。いつの間に取られていたのだろう。


「君は軽いな。ちゃんとご飯は食べているかい?なになに、心配しなくても衣食住の面倒くらいは私が見よう。真似事とは言ったが、これでもそれなりの収入はあるのでね、少女の一人や二人は余裕で養えるさ。ところで、このカバンも、その服も、かなりいいものだね。さっき言っていたお師匠さんから貰ったものなのかな。もしそうなら随分と大事にされているようだ。これほどの代物、我らが賢者街ですらそう易々とお目にかかれるものじゃないぞ。まったく、タチの悪い連中に見つかる前に保護できて本当に良かった。君みたいなかわいらしい子が相手なら、いかに紳士的な賢者街の住民とはいえ、おかしなことを考える者が出かねないからな。ああ、それとこれ、キメラの足に刺さっていたのだけれど、君のものだろう?これも中々いいものだからあんなの相手に無くさないように」


 ゴツゴツした鎧に抱かれながら、突然始まったのは止まらないお喋り。わたしが口を挟む暇もなく、ただただ一方的に話しかけられ続ける。わたしも自分のことはお喋りが大好きな方だと思っていたけど、モニカさんのこれには勝てる気がしない。なんというか、途中で口を挟める隙がない。


 うんともいいえとも言えない状態で話しかけられた言葉を聞いて、ひょっとしたらこの人は危ない人なのではないかと考えていたら、わたしが魔物に刺したはずの剣を返してくれた。やっぱりいい人かも。そういえば今更だけどあの魔物はキメラというらしい。


「あのっ!」


 けれどそんなことは今はどうでも良くて、もっと大事なことがある。


「両手でわたしのこと持ってて、魔物に襲われたらどうするんですか!」


 モニカさんは強いのだろうけれど、だからといって剣を鞘にしまったまま、両手で人の事を運びつつ戦えるわけが無い。仮に戦えたとしても、その時はわたしはその場に落とされることになるだろうし、そうでなくとも抱えられたまま戦われるのはこわい。


「うん?ああ、そんなことか。それなら心配はいらないよ」


 そう思ってうったえたのに、モニカさんは上機嫌そうに微笑みながらわたしをのぞき込む。


「さっきのキメラと君が戦っていた時の音で、気配で、この森にいる魔物たちのほとんどは逃げるか隠れるかしてしまったからね。それすらわからないような雑魚なら視界に入った瞬間に撃ち殺せるし、アリウムが心配するようなことにはならないのさ」


 だから心配しなくていいとわたしの頭を優しく撫でるモニカさん。手つきはたしかに優しいが、その手についてるのは頑丈な小手なので普通に痛い。頭が削れている気がする。


 なんだか満足そうにしているモニカさんに、だいぶ迷った後で痛いからやめてほしいと伝えたらあからさまにしょんぼりした。少し罪悪感があるが、モニカさんが楽しそうにしていることよりもわたしの頭の方が大事なので、諦めてもらう。わたしは優先順位を間違えない子なのだ。えらい。


 しょげたことで静かになったモニカさんに運ばれながら、一時間くらい過ごす。静かになったのは良かったけど、何も話してくれないとそれはそれで気まずい。師匠なら全く気にならなかった沈黙がこんなに居心地の悪いものだなんて、人との関係というのは不思議なものだ。



「……さて、長いこと運んでしまって悪かったな。もうすぐ賢者街が見えてくる。とても美しい街だから、ぜひ感動してくれ」


 ずっと黙っていたモニカさんが、不意に明るい様子で、わたしに話しかける。ずいぶん自信があるみたいだけど、そういうのは不意打ちで見せるからより感動するのではないだろうか。素直に期待する気持ちよりも、むしろ予告されたことでハードルが上がって、あまり驚けなかったらどうしようという心配の方が強くなってしまう。


 そんなことを考えながらもう少しだけ揺られて、幸いなことに心配は杞憂で済んだ。


 米粒くらいに見える人たちに、それが縦に何人も並べられそうな建物。まるで昼間のように街中を照らす、たくさんのきらめき。赤い光と白い光、オレンジの光がたくさん集まって、まるでお星さまを全部詰め込んだみたい。


 思わず声が漏れた。


 綺麗なものなんて、いくらでも見た事があると思っていた。精霊が集まる場所は不思議といつもキラキラふわふわしていたし、昔おじさんが見せてくれた魔法ショーはわけがわからないけどとにかくすごくて、とっても綺麗だった。幻想的で神秘的なものも、不思議でワクワクなものも、どちらもすごく綺麗だったけど、でも、この綺麗さはそれらとはまた別のものだった。


 一つ一つは、ただの建物なのだ。ただの光なのだ。たしょう立派なものだったとしても、何の変哲もないものなのだ。そのはずなのに、それらがこうして集まっているだけで、こんなにも美しい。小さなものが、小さな光が集まっていることが、人の営みが集まっていることが、こんなにも美しい。


「人々の営みの美しさか。ふふっ、君とは気が合うな。そう思えるからこそ、私もこの街が大好きなんだ」


 頭の中に浮かんだ感想を頑張って言語化して伝えると、モニカさんは嬉しそうに笑ってわたしを持ち直す。



「ようこそアリウム、我らが街、知恵と信仰の都、賢者街へ。この街は、我々賢者教団は君のことを心から歓迎するよ」


 賢者の寵児サマ、と、モニカさんは楽しそうに笑う。とてもいいことがあったように、どこまでも楽しそうに。


 一体何がどうなったのかは分からないけれども、わたしを保護してくれたこのお姉さんが決してまともな部類ではないことだけはわかった。

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