A6-2.このままではなれて上等なご飯なので、頑張って戦いましょう

 投稿時間、やっぱりこっちが好きかもしれない(╹◡╹)


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 真っ暗な中で、その気配を隠すでもなく闊歩する大きな影。狩人は普通、自分の存在を獲物に隠すものだと、ハング叔父様は昔言っていた。いかに優秀な狩人であっても、獲物に気付くより前に相手に気取られてしまったら逃げられてしまうからと。


 その話を聞いた時は、そういうものなのかと思っただけだった。確かにそうした方が確実にご飯にありつけるし、納得だと思った。


 なら、これはいったい何なのだろうか。隠すそぶりもなく、むしろ自分の存在を誇示するように闊歩する巨体。姿を見ただけでも、逃げなくてはいけないと全身が訴えてくる威圧感。叔父様が言っていた、狩人の姿とは正反対の存在だ。


 でも、だからと言ってそれが、この魔物を恐れなくていい理由にはならない。むしろ逆だった。相手に気取られても、逃げられても、先に気付いて追いつけるから問題ない。そう言わんばかりの格と、生き物としての優秀さが誇示されていた。


 それは、狩人ではなかった。隠れて、頭を回さないと獲物を満足にとれない弱者じゃなかった。それは、捕食者だった。残酷なまでに獲物と隔絶した性能で、遊ぶように簡単に獲物を取れるから隠れる必要が無いだけ。


 その事を理解できたのは、もうとっくに見つかって襲われてから。わたしがもっともっと周りに気をつけていたらもしかしたら先に気付けたのかもしれないけど、慣れない森の中を歩き続けていたことで体力的にはともかく精神的には疲労が溜まっていた。嘘。本当は体力的にも結構きつかった。



 逃げられるかはわからないけど、逃げないといけない。それ以外に無事で済むとは思えなかった。急いで背中を向けて逃げようとして、睨まれて動けなくなる。どう動いてもやられてしまう未来しか見えないから、どうしたら無事で済むかを考えて、隙を探しているうちに動けなくなる。


 相手の動きなんてわからないのに、ダメな未来しか見えなかった。そう思わされてしまった。息が荒れる。少しでも考えるために、少しでも頭に空気を回すために、呼吸が激しくなる。


 それだけ考えて思い浮かんだものは、魔法で目眩ましをして逃げるか、すぐに背中を向けて奇跡にかけるかの二つ。どちらも生存確率が低そうな、ろくでもない案だ。こんなに考えてもこんなものしか思い浮かばなかったのか、役立たずな頭め。


 無事で済まなかったら宝刀の鍋にしてやるなんて、まるで師匠みたいなことを考えて、そのせいでまた貴重な時間が減ったことに気付く。一歩一歩ゆっくりだけど近付いてくる魔物を相手に、わたしに残された時間はもう少ない。正確には、時間が過ぎるほど二つ目の案の成功率が下がっていき、目眩ましをするしかなくなるのだ。


 そのことに思い至ったときには、もうわたしは目眩ましをするしか残っていなかった。一か八かにかけて逃げ出すには、少し遅すぎた。


 魔物と睨み合って隙を伺いながら、目眩ましの魔法を用意する。絶対に失敗するわけにはいかなくて、でも途中で襲われていたら失敗していた魔法は、偶然か必然かうまく成功して、魔物をその場に留めることに成功した。


 背中越しに聞こえるのは、魔物の苦悶の声。真っ暗だったところで突然強い光を見せたことで、一時的に視界を奪うことに成功したので、それが治らないうちに急いで逃げる。目で情報を集めている生き物は視界を奪われたらすぐには動けない、師匠に教えてもらったことだ。


 目で見えなくても後ろに感じる圧力から少しずつとはいえ離れていくのを感じる。戦ってはいけないものから、逃げることができていることを感じる。


 これなら、無事に逃げられると思った。わたしが無理だと感じたのは相手のことを怖がり過ぎていたせいで、師匠に鍛えてもらったわたしは、自分が思っていた以上に強くなっていたのかと思った。


「……あぐっ!」


 そんなことを思ったことがいけなかったのか、逃げていたわたしの足は、ただの木の根っこに引っ掛かって転んでしまう。今日だけで何度も経験した痛み。いたかったけど、痛いだけだったそれが、今だけはもっと大きな意味を持っていた。


 急いで起き上がって、後ろに動きがあったことを感じる。まだもう少しの間は目が見えないでいてくれると思ったのに、想定よりもずっと早く魔物は動き始めていた。そのことが信じられなくて、信じたくなくて、思わず後ろを振り向いてしまう。



 目が、合った。ただの獲物を見る目ではなく、自分に危害を加えた不届き者に対する怒りを帯びた二対の目。わたしが知っていた、頭についていたものじゃない目が知らない眼が二対、わたしのことを睨んでいた。


 反射的に攻撃する。飛ばしたのは風の刃。わたしが使える魔法の中では一番早く、確実に相手の元まで届けられる魔法。けれど、それは魔物に傷の一つもつけることができなかった。ただ、背中から伸びたヤギの頭が煩わしそうに頭を振っただけ。


 きちんと練った魔法ではないから、そこまで威力の高いものではなかった。それでも、わたしの腕くらいの太さの枝なら簡単に切り落とせるくらいの威力はあったはずだ。それなのに、まったくきかなかったということは、それだけこの魔物の魔法耐性が高いということ。それはつまり、わたしの魔法では攻撃しても豆鉄砲くらいにしかならないということ。


 逃げるしかない。もう逃げるしかないのに、たった今転んだせいで足が痛くて、満足に逃げられそうにない。なら、もう戦うしか残っていない。



 覚悟を決めて、腰に差していた剣を抜く。長くて重いのはわたしの体格に合わないからと、右と左に一本ずつもらった短剣。大柄な人にとってはナイフくらいにしかならないであろうそれがわたしの唯一の武器だ。これで傷を負わせられなければ、わたしにはもう打つ手がなくなる。


 魔物と睨み合いながら痛めた足首を土の魔法で固定する。走ることはできないが、こうしておけば最低限踏ん張ることはできる。クッションは効かなくなるけど、我慢はできる。


 もう視力が戻ったのか、他の二つの頭よりもより起こっている様子でわたしを睨んできたライオンの顔が、わたしに向かって噛みついてくる。今のわたしが出せる早さよりも、少し速い動き。初めて見る魔物の、初めて見る攻撃。でもそれは、打ち合い稽古をしてくれた師匠のそれよりもずっと遅くてわかりやすいものだった。わたしが目で見て考えてから避けても、避けるのが間に合うものだった。


 魔物の攻撃を避ける。噛みつきも、大ぶりな爪の薙ぎ払いも、体当たりも、どの攻撃も、一発でもまともに食らったら無事では済まないから、避ける。避けて避けて避けて、ある程度動きの癖がわかってきたところで、その隙に合わせて切りつける。表面だけしか切れないけど、でも魔法とは違って確かに攻撃は通った。なら、あとはそのまま続けてみるだけだ。


 直線的な攻撃は避けながらすれ違いざまに切る。大きく体をあげた攻撃は股下に転がり込みながら切る。特に隙が無かったら大きく見開いた血走った目にポッと空気の塊を吹き付けて作る。


 形だけ見れば、わたしは魔物を翻弄することができていた。師匠というもっと理不尽な相手との経験が、わたしに考える余裕をくれた。隙を伺って攻撃して、攻撃されそうになったら逃げて。たまにどうしても避けられないときは、剣で受けて自分から飛ばされる。


 もともと結構厳しかった体力はもう限界が近くて、集中力もいつまでもつかはわからなかってけれども、この時までは耐えることができていたのだ。



 それができなくなったのは、またもや足元への注意が足りていなかったからだった。魔物の口から放たれた魔法、突然飛んできた火の塊を避けるために横に飛んで、着地地点にあった石が足の固定を壊した。そのまま立ち上がろうとしたことで、左の足首に鈍い痛みが走った。集中力が途切れて、反応が遅れて、爪が皮膚を撫でる。牙が肉を裂く。息が荒くなって、頭が回らなくなる。直前まではよけられた攻撃が避けられなくなって、たちまちに傷が増える。


 よけきれないから避けることに意識を割くようになって、攻撃ができなくなった。そのせいで魔物は先ほどまでよりもずっと大胆に、わたしを攻めてくるようになった。


 そうなってしまえば、もう流れは変えられない。抵抗していたはずの敵は、逃げることしかできない獲物に成り下がった。戻ってしまった。少しでも攻撃されないように、距離を取る。体当たりに合わせて飛ばされて、着地できずに転げる。傷が増えて、満足に動かせないところが増えて、より多くの傷を負うようになる。



 先ほどまでの怒りを発散しようとしているのか、とどめを刺すことよりもわたしに傷をつけることを、いたぶることを優先しているように見える魔物。強くて、怖くて、恐ろしい。自分がこんなものと戦ていたことが信じられなくなるくらい、目の前の生き物は大きかった。



 痛いのが、いやだった。苦しいのも、いやだった。こんなに怪我をしているのに、全身ボロボロなのに治してもらえないのがつらかった。どうせもうこのまま食べられるしかないのに、もう抵抗なんてほとんどできないのに、がんばっても、苦しい時間が長くなるだけの気がした。


 ……それなら、もうあきらめて食べられてしまった方がいいのかもしれない。


 不意に、そんな考えが頭をよぎる。魔物わたしが起き上がるのを待っているのか、離れたところで止まったまま、何もしてこない。こんな状態になったわたしなんか、もう狩ろうという意思すらいらないのだろう。まともに動かせるところなんてもうほとんどないし、心だってこうして折れかけている。


 あきらめてしまったら、楽になれるのだろうか。わたしはもうこうして痛いのを我慢する必要もなくて、怖い思いをする必要もないのだろう。それはとても魅力的に思えた。里のみんなからより少しだけ遅くなったけど、みんなと同じところに行くことになる。ただ、それだけのこと。師匠に育ててもらった時間が意味の無かったものになって、最初からなかったのと同じになって、消えてしまう。




 ……そうしたら、師匠の願いはどうなってしまうんだろう。


 自分ではあの魔王を倒せないから、わたしに代わりに戦ってくれと言った師匠の願いは、思いはどうなってしまうのだろう。そのために師匠から学んだことの全ては?こんなところで、こんな魔物のせいでなくなってしまうのか?



 それは、許せなかった。許したくなかった。あの優しかったおじさんが、わたしの師匠として厳しく育ててくれたのがなくなってしまうのは、それをゆるすのは、師匠の弟子としてしてはいけないことだった。


 体に力が戻る。もうどうせ逃げ切ることなんてできないけど、せめてこいつだけは傷を残してやらないと気が済まなかった。痛くならないように動くのをやめて、自分の体を大事にするのをやめ、差し違えてでもやってやるという気持ちを込めて、魔物に襲い掛かる。


 直前まで死にかけも同然だったわたしが突然攻撃したことに驚いたのか、魔物は前足を薙いで追い払おうとした。最初だったら逃げるだけだったが、わたしはあえて前足に左の剣を合わせて飛ばされつつ、右手のものを伸び切った足の横側に突き刺す。剣は一本になってしまったが、間違いなく今までで一番の攻撃だ。余裕こいて遊ぶからこうなるんだ、ざまーみろ。


 とはいえ、飛ばされながら攻撃なんて無茶なことをしたわたしがまともに着地できるはずもなく、背中から思いっきり木にぶつかった。


 幸いなことに思わぬ反撃を食らった魔物は、ゲホゲホとせき込んでいるわたしを警戒してくれたらしくて、すぐに追い打ちをかけられることはなかった。けれど、それはまた油断を捨ててわたしを敵と見なしたということ。もう一撃加えるのは難しくなったかもしれない。


 再び敵意の目と向き合い、呼吸を整える時間の確保のために一度距離を取る算段を図る。できない可能性は高いけれども、もしできればまた少しだけ寿命が延びるはずだ。ハイエルフのわたしはもっともっと長い時間を生きられるはずだったのに、一体どこで間違ってこんなところで死のうとしていいるのだろう。


 わかんないけど、とりあえず魔物を睨む。魔物からも睨まれる。わたしたち、きっと今だけは同じ気持ちだ。気が合うのかもしれないね。



「……そこの君っ!!大丈夫かっ!?」


 突然、知らない音が混ざてきた。わたしと魔物しかいなかった世界に、なにかが乱入してきた。状況は全くわからないけど、一つだけ確かなことは、わたしは決して途切れさせてはいけない集中を、その声のせいで途切れさせることになったのだ。


 目の前の魔物に注意を戻した時には、すぐ近くにまでその姿が迫っていた。十分な回避が間に合うタイミングでもなく、わたしが唯一できたのは大きく開いた口から逃げて、その横に体を投げ出すこと。


 スローモーションになった景色の中で、わたしは奇跡的にも自分の回避が間に合ったことを理解した。そして、それと同時に警戒しなくてはいけないものの存在をずっと忘れていたことも。



 魔物の後ろの方、しっぽの位置から伸びていた蛇が、わたしの左手に噛みついた。焼けるような痛みに、思わず右手から力が抜けて、ずっと離さずに握っていた短剣が手からはなれる。これじゃあもう、攻撃することも受けることもできなくなってしまった。抵抗の手段を失ったわたしなんて、ただの非力な子供と同じだ。


「ウォーターランス!!」


 さすがにもう無理かなと思ったら、そんな声が聞こえて、直後に現れた水の槍が、魔物を吹き飛ばす。そしてわたしから離れたところで起き上がった魔物は、わたしに対する興味を失ったのか、その魔法を使ったのであろう鎧の人に向き直って、先ほどまでとはけた違いの警戒態勢をとった。


「こんなところにいる理由はわからないが、わたしが来たからもう大丈夫だ。すぐに終わらせて見せるから、少しの間だけそこで待っていてくれ」


 安心できる声だ。お母様みたいな、優しい声。ハング叔父様みたいな、自信にあふれた声。守られていると感じられるこえ。


 それを聞いたら、もう大丈夫だと思えた。まったく根拠なんてないのに、安心してしまった。わたしは助かったのだと、そう思えた。


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 バトル描写ってこれでええんか……?(╹◡╹)

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