第2章(タイトル未定)

Q6.一人っきりで街に出ることになった幼女はどうすればいいのでしょうか?

 ハーメルンでアンケートとってみたら、日常でもコメディでもなく冒険・バトルジャンルと答える人が多かったのでそろそろ冒険させます(╹◡╹)


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 さて、幼女が強制的にひとりぼっちになるイベントが発生しました。いたいけな幼女をこんな食べ物もない場所に一人投げ出すなんて、全く酷いことをする人もいるものだ。その神経、倫理観、人間性その他もろもろを疑うよ。私にはこんな残酷なことはとてもできないね。


 こんなことをするやつなんて溶けた鉄を口に流し込まれてしまえばいいんだと思ったので、実際にやってみた。みんな大好きテルミット反応、仰向けの口の上でやると自分が火を吹いているみたいで面白いね。こんなことしなくても火くらい吹けるけど。


 しかしまあ、溶けた鉄に体の内側から焼かれるのは初めての経験だった。どうせこんなことをしても死ぬことはできないけど、人生新しい経験って大事だね。それはそうとして焼死はやっぱり苦しいなと思った。


 私の生き死にそんなことはともかく、幼女の話をしよう。私が育てあげた、かわいいかわいいアリウムちゃん。目に入れても、お腹を刺されても痛くない、かわいいかわいい私の弟子。寝起きに私のことを探し回って、どこにもいないことにしょげている。荷物と置き手紙を見ればもう近くにはいないことくらいわかるだろうに、あんなに走り回るなんて馬鹿な子だね。だからかわいいんだけどね。


 さて、ここで幼女が手紙を読み始めた。ちゃんと文字は教えているし、読めない言語で書くなんてイタズラもしていないから、順調に読み進められているね。とは言っても書いている内容なんてお友達たくさん作ろう!とか、街に行ったら住民登録しよう!とか、金銭的に余裕が出来たら一度学園に向かってみるといい、君にとっては予想外の事実を知れて、きっとそれは君のためになるだろう。とかくらいなものだ。真面目に手紙を書くのが面倒くさくなっちゃったからね。仕方がないね。


 あとは一応街の位置とそれぞれの特色、ここからの距離や注意事項を一通り書いておいたが、実は私は幼女に食べられるものに関しては何一つ教えたことがなかったので、早めに街に着かないと途中で餓死する危険性がある。この里って元々危険な森の中心にあったから、その辺のものを拾い食いしたらぽっくり逝っちゃうんだよね。道に落ちているものを食べちゃいけませんって教えをちゃんと覚えていれば大丈夫なはずなんだけど、ちょっと心配でドキドキしてきた。……これが恋?


 そうして観察を続けていると、アリウムちゃんは元気にとぼとぼ歩き出した。もう少し落ち込んでいると思っていたから、いい想定外だ。ちなみに姿を隠したままで私がどうやって観察しているかというと、幼女の右手の甲に勝手に刻んでおいた刻印を介してだ。


 アリウムちゃんには私の弟子だという証とだけ伝えているが、実際にはそれ以外の目的がメインだ。遠隔で魔法をかけたり、常に弱体化するようにしたり、適切に成長できるように意識を少し誘導したり。あとはどこにいるのかがいつでもわかったり、周辺の様子を監査うできたりもする。つまりは魔法のマーカー兼発信機兼盗聴器+αだね。いつでも見守っているといった言葉に嘘はない。24時間365日、年中無休で見守っているさ。プライバシーなんか尊重しないよ。


 さてさて、歩き出したアリウムちゃんだが、この子、運動神経はそれなりに鍛えたものの、もともとエルフの中ではお姫様みたいな扱いだったんだよね。私もしょっちゅう忘れそうになるんだけけど。それが一体どうしたのかというと、里の中でも整地された場所しか歩いたことがなかったんだ。この子の家から私の家までは、距離こそあったけど平坦な道で、私がVIP対応だったこともあって、手入れもよくされていた。そしてその後私と暮らしていた間も、その整地された跡地で過ごしていたわけだ。


 その結果どうなったのかというと話は簡単、この幼女、面白いくらいよく転ぶ。蔓に足を取られたり、濡れた石で滑ったり、段差で足を踏み外したり。私が曲がりなりにも体の動かし方を教えていたのが何だったのかというレベルでよく転ぶ。エルフと言ったら森の中を颯爽と駆け回って獲物をしとめているイメージなのに、これじゃあただのポンコツだ。本当に私のことを殺せるのか心配になってくるレベルだ。


 一キロも進まないうちにすでに泥だらけのボロボロになってしまった幼女に頭を抱えながら、私は自身の作業場で生きたまま保存していたエルフを二匹、死んでいるものを一体取り出して、ちょっとこねこねし始める。アリウムちゃんからようやく離れることができたのだから、一緒にいる時ではできなかった仕込みもたくさんしておきたい。その中でもこれは比較的時間がかかるので、早く始めるに越したことはないからだ。


 旅立ちのためにせっかく用意した一張羅を、よくわからない魔物の体液でぐちょぐちょにされて涙目になるアリウムちゃんを眺めながら、私は私でエルフの体液で白衣を濡らす。やっぱり師匠と弟子って似るものなのかな、私たち、原因は違うけどおんなじ結果になってるね。きっとアリウムちゃんの素直さも私から引き継がれたのだろう。私はやさしさと素直さと、人のためを思えることに定評があるからね。昔は慈愛の賢者とも呼ばれたものだ。


 そんなどうでもいい思い出は記憶の片隅に追いやって、アリウムちゃんの方に意識を向けると、ちょうど魔物に襲われているところだった。初めての遭遇相手はエロ系創作でおなじみのローパー先輩だ。見るものの嫌悪寒を掻き立てる生々しく滑る触手で獲物をとらえて、手足を捥いだ後に苗床にしてくる、とても危険な魔物である。ちなみに苗床と言っても卵を植え付けるだけだから男でもなれるぞっ!孵化した幼体に寄生されて、全身の至る所からにょろにょろを見せる姿は一見の価値ありだ。私はなんて恐ろしいものを生み出してしまったのだろうか、でも男女平等のためには仕方がなかったんだよ。


 とはいえ、私の幼女にはちゃんとこの先輩の恐ろしさは伝えているので、もちろんそんなことにはならない。期待していた人がいたらごめんな、でもさすがにハジメテが触手で、そのままニョロニョロするのはかわいそうだと思うんだ。それに手足を捥がれちゃったら私のことを殺しに来れなくなっちゃうからね。


 基本的につかまれたらアウトで、切ったりした返り血を浴びてもアウトなので、狙うは遠距離一択。さすがのアリウムちゃんも、もしもの末路を知っているおかげかむやみに近付いたりせず、遠距離から火を放つことで倒していた。森の中で火遊びはダメだけど、触手相手なら仕方がないね。私でも同じことをする。


 ちなみにこの森はゲームで言うと高難易度ダンジョンみたいな立ち位置だけど、この世界にレベルシステムはないので特に成長はしない。素材はぎ取ったり道端で薬草集めたりすればそこそこのお金にはなると思うけれど、残念ながらアリウムちゃんの知識では素材とごみと劇物の判別ができないし、そもそも温室栽培だからお金という概念を持っていない。みんながみんな助け合うのが幸せなんて、共産主義者の理想みたいな里で暮らしていたのだから、無理もないことだ。もったいないね。


 そんなアリウムちゃんが街に行ったら大変だろうから、一番治安が良くてよそ者にも優しい街に行くように誘導したのだけれど、迷子になっているのでなければちゃんとそちらの方に向かってくれているようなので一安心だ。私も安心してエルフの脳みそをくちゅくちゅ出来る。……あ、ちょっとミスった。まあいいか。


 歩いて転んでを繰り返して半泣きになっている幼女を見守っているうちに夜になり、どこかで休むのかと思ったらそのまま歩き続けたので私も徹夜で作業を続ける。エルフの目は優秀だからね、暗いところでもよく見えるのだ。見えるだけで夜には危険がいっぱいだから動かない方がいいけど。


 一通り不味そうな魔物はあらかじめ処理しておいたから安心と言えば安心だが、あんまり危機感が育っていなささそうなので少し心配でもある。こいつ心配してばっかりだな。


 エルフから取り出した細胞を試験管の中で撹拌して、薬品や魔法やらを追加しながら様子を見る。そういえば錬金術師とかマッドサイエンティストって丸底フラスコを持ってるイメージがあるよね。ない?私はあれ使いにくいからあんまり好きじゃないんだけど。興味無いか、そうか。


 作業はしばらく放置する段階に移ったので、アルコールランプでポップコーンを作りながら鑑賞する。魔法ではなくランプを使うのは単純に風情の問題だ。魔法はとても便利だけど、趣がない。その気になれば座ったまま全部の作業ができてしまうからね。


 ちょうどアリウムちゃんがお手ごろな魔物に襲われたので、ポップコーンを食べながら応援と洒落込む。初めてのまともな戦闘の相手は、ライオンとヤギと蛇がごっちゃ混になった化け物、キマイラ……と見せかけたただのキメラだ。キマイラって言うとギリシャ神話由来かつメスじゃないと許されないからね。適当に混ぜた合成獣が偶然あの姿になっただけの産物でオスなあれはただのキメラだよ。私は出典元には忠実なんだ。


 とはいえ神話生物ではないにせよ十分な危険性がある化け物が相手なので、理論上(この世界の)7歳の幼女にできる範囲のことしかできないように制限をかけているアリウムちゃんにはかなり荷が重い相手だろう。私がおすすめするのはしっぽを巻いて逃げ出すことで、次点で目くらましをしながら逃げること。三十六計逃げるに如かずだね。頑張って戦ってもいいけど、多分最終的にはパックンチョされて終わると思う。



 カリッとしたキャラメルポップコーンをつまみながら見ていると、どうやら応戦しながら逃げるタイミングを探しているみたいだね。避けたり逃げたりするだけならそれなりにできるように教えたから、最良ではないけど悪くはない判断だ。アリウムちゃんが逃げに徹したらたぶん追いつかれないだろうけど、初対面でそこまで見抜いて対処しろと言うのは酷だろう。上手に避けきれずに攻撃がかすったり、たまにパックリ切ったりしてるのを見ながら応援する。ありうむてゃん、がんばぇ〜!


 夜中の森でドッタンバッタン大騒ぎをしている楽しそうな二人。正確には楽しそうなのはほぼ一方的にいたぶっているキメラと観客の私で、アリウムちゃんは必死そのものといった様子なのだが、深夜に周囲の迷惑も考えず遊んでいたせいで、当然周りからも気付かれる。何かと何かが戦っていることがわかって、その片割れはキメラくん。アリウムちゃんとは違って聡い森の住民たちは飛び火を恐れて逃げ出すわけだ。キメラくんは地球なら熊さんのポジなので、暴れていれば周囲から生き物はいなくなる。そしてそれは同時に、こわーい猟師さんに見つかるということも意味しているのだ。



 つまり何があったのかと言うと、私が手を回していないところで森に来ていた野生の女騎士が、異変を察知して様子を見に来た。まだ距離があるのでアリウムちゃんは見つかっていないが、このままだと遭遇してしまうだろう。いい所で邪魔しやがって、ローパー先輩けしかけてやろうか。


 魔法を使っても所詮は非力な幼女が、キメラくんと戯れている平和な光景は、少しすると現場にやってきた女騎士によって事故現場に変わる。キメラくんの相手に集中していたアリウムちゃんと、なかなか致命傷を食らってくれない餌に焦れているキメラくん。そんな光景を目にした女騎士さんは思わず声を出してしまうのだが、感覚器が3セットあるキメラくんと一つしかないアリウムちゃんなら、どちらの方が影響を受けるのかは自明の理。


 集中が途切れたアリウムちゃんの隙を見逃さず、今まで隠していた尻尾の蛇による噛みつきは、幼女のぷにぷにな左手をかぷかぷした。当然蛇だから毒の一つや二つは持っているし、処置をミスると良くて片腕欠損ルートだね。予備の腕を用意した方がいいだろうか。


 その場合は余計なことをしてくれた女騎士にはローパー先輩をけしかけようと心に決めつつ、アリウムちゃんの様子を見守る。突然しゃしゃりでてきた女騎士はしゃしゃるだけの事はあるのか、危なげなくキメラを相手取り、撃退して見せた。こいつこれで幼女のこと助けたとか思ってるのかな?余計なことして怪我させただけのくせに。もしそうなら顔を覚えておいてのちのち仕返ししてやろう。


 そんな私の想いが通じたのか、何やら馴れ馴れしく話しかけてきた女騎士に対して私の幼女は塩対応だ。余計な手出しのせいで毒を食らって、左手痛い痛いだもんね。その対応で正解。あと早めに解毒しないと噛まれたところから体が腐り落ちていくから気をつけてね。

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