A5.馬鹿めっ!!天才幼女は変なところから勝手に教えていないことを吸収して育っているんだよ!幼女のことを見誤ったなぁ!!!

 一日で6000文字かけたことに驚いた(╹◡╹)


 自分の成長を感じるね(╹◡╹)


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 おじさん、いや、師匠からいろいろなことを教えてもらうようになってから、長い時間が経った。最初の方はずっと、何のためにやっているのかよくわからない修行や訓練ばかりだったけれど、今ならほとんどのものの理由がわかる。……ちょっとだけ嘘を吐いた。いまだに滝の中に突っ込まれる理由はわかっていない。


 体の動かし方を知るための訓練もして、昔よりずっと上手に動けるようになった。魔法のこともたくさん学んで、十分に戦闘に耐えうると師匠のお墨付きももらった。それでもまだ師匠が使う魔法は全く読めなくて、どれだけ自分との差が大きいのかがわかる。師匠に聞くとはぐらかされるが、賢者というのは本当にすごい存在なのだろう。かっこいい。


 師匠は何でも知っているし、何でもできるし、突然変なこともするから、一緒にいて飽きない。もっとたくさんのことを教えてほしいし、わたしのことを見守っていてほしいし、ずっと一緒にいてほしい。もっと役に立ちたい。もらってばかりじゃなくて、わたしも師匠に何かしてあげたい。立派なお嫁さんになるためにお母様から教えられていたお料理、披露したら喜んでくれるかな?


 これまで料理は全部師匠が、栄養管理のためだと言って一人でやっていたけど、きっとお手伝いをするくらいならわたしでもできるはずだ。今度師匠にお願いして、手伝わせてもらおう。そんなことを考えながら滝の中でぐるぐるしていたら、いきなり師匠から呼ばれた。いらないことを考えて、集中していないのがばれたのかな。


「アリー、君にはたくさんのことを教えてきた。魔法のことも、体術も、いろいろな環境で生き残る方法も。きっと君と同じ年ごろで君ほど環境への適応能力、端的に言えば生存能力に長けている者はなかなかいないだろう」


 怒られるのはいやだなと思いながら師匠のもとに走っていき、いつもよりもちょっと真面目な顔をした師匠が、大事な話があると切り出した。なんだかすごく褒められてくすぐったいが、わたしはまだまだ自分には至らないことの方が多いと自覚しているので変な気がする。


「私がこれまでそのことに力を入れて教えてきたのは、そうすることで君が成長できる土台を作るためだ。君もわかってはいると思うけど、今の君は優秀な部類ではあれどずば抜けているわけではない。だから、これから君がより成長していくために、一つ課題を出そう。けれどその前に一つだけ確認しておく。アリウム、君は本当に、家族の仇を取るつもりがあるかい?」


 本当は少しだけ、今のままの生活を師匠と続けていたいと思っている。でも、そんな気持ちは師匠の目を見たらなくなってしまった。


 真っ黒な目だ。色が黒いだけではなく、とても大きななにかを抱えている目、叶わないことを夢見て、それを抱え続けている目。その奥に、強い意志を感じた。その奥に、決して途切れないか細い火が見えた。きっと、師匠はずっと求めていたんだ。その目の中にある火を受け継げる存在を。自分にはできないと言っていたそれを、代わりに遂げてくれる相手を。


 本当のことはわからない。わたしには師匠の心の中なんてわからない。でも、そう思っているのだと思った。そして、師匠がそう思っているのなら、わたしがここでこのまま暮らしていたいなんて、そんなわがままを言うのはダメだと理解できてしまった。


 師匠の執念の火が、わたしの消えかけていた復讐心に燃え移った。時間が風化させてしまっていた、あの化け物に対する憎しみが、またふつふつと湧き上がってきた。わたしの里のみんなを消してしまった化け物に、師匠をここまで苦しめている化け物に怒りがわいてきた。


 師匠の問いかけに、ハイと返事をする。なくなりかけていたのは内緒だ。そして、それならこれを乗り越えて見せろと師匠が言った途端、わたしの目の前にお母様が現れた。あの日に、お勉強から逃げたあの日の姿のままの、厳しくも優しいお母様。突然のことに、わたしは驚きすぎて声を出すこともできなかった。いなくなってしまった人が、失ってしまった家族がいきなり目の前に現れていつも通りのままでいることなんて、わたしにはできなかった。


「この魔法は、君の心の中に残っている恐怖、後悔、悲しみを具現化するものだ。今の君にそれがどう見えているのかはわからないけど、それは、それらは君が向かい合うべきもので、打ち勝たなきゃいけないものだ。向き合って、乗り越えて、踏み越えろ。一切合切を切り捨てて、糧にするんだ」


 師匠は教えてくれた。これは偽物なのだと。わたしの大好きなお母様ではなく、ただわたしの気持ちが作り上げただけの偽物。わたしが力を手に入れるために、師匠の悲願を達成するために乗り越えないといけない糧。


 そう言われて、頭では理解できていても、だからと言ってすぐにそうですかと切れるわけがない。頭で理解していることと、実際に行動に移せることは、全然違うのだ。


 動かないでいるお母様に、剣を向けられなかった。あんなに練習して、何が相手でも切って生き延びられるように頑張ったのに、腰の鞘から抜くことすらできなかった。師匠からは相手がどんな姿をしても、戦うときは決して迷うなと言われていて、そんなことは簡単だと思っていたのに、戦おうとする気持ちすら出てこなかった。


 師匠の言っていたことは、こういうことなのだ。覚悟を決めるというのは、こういうことなのだ。決めていたと思っていたのに、全然できていなかった。綺麗だったお母様腐っていって、火に包まれながら近付いてきても、わたしには何もできなかった。


 近付いてきたお母様が、お母様だったものがわたしに触れる。わたしの体を、首をつかんで少しずつ力を込めて絞め殺そうとしてくる。それでもわたしは怖かった。


「……して、……ろ、して」


 火に包まれた骨が、どこからか声を出してわたしに懇願する。お母様の声で、わたっしに殺せと言ってくる。そうするしか、きっと方法はないんだ。わたしがこうしているせいで、お母様は無駄に焼かれて苦しむことになっているんだ。


 そう思ったら、やっと剣を持つ手に力が入った。そのまま振りぬいて、お母様だった骨の首を撥ね飛ばす。偽物だとわかっていても、わたしの心が作り出しただけで本物ではないとわかっていても、そう自分に言い聞かせないと行動に移せなかった。



 でも、何とかだけどわたしはやり遂げることができたのだ。おじさんがわたしに出した課題をクリアできたのだ。誰よりも大切だった人を、たとえ偽物でも切ったのだから、師匠も合格をくれるだろう。


 そう思って期待して、師匠がいたはずの方を振り向いたわたしの前にいたのは、師匠ではなく、あの日にわたしの目の前で首を飛ばされて死んでしまったハング叔父様だった。


 いや、それだけじゃない、あそこにいるのはユーリさんで、あっちはカーラさん、そっちはミックさん。たくさんの里のみんなが、どこからともなく現れて、わたしを囲む。感情を失ったみたいに虚ろな表情で、焦点の定まらない目でわたしを見ている。みんながわたしを見ていて、みんながわたしの方に近寄ってくる。


 あんなに会いたかったはずのみんなが目の前に出てきてくれたのに、わたしが抱いたのは恐怖だった。わたしの知っている姿のまま出てきて、わたしの見た事のない異常な様子で近寄ってくるみんなへの恐怖。こわくなって、悲しくなって逃げ出しても、地面から伸びてきた黒い手がそれを阻む。腐っていき、燃えていきながらわたしをつかもうとするその手は、わたしも同じところまで連れていこうとしているように思えた。みんなと同じ、死後の世界に連れていかれそうになっているのだと感じた。



 みんなと同じところに行くのは、嫌じゃない。みんなが連れていかれてしまったところに行って、また仲良く暮らせるのなら、それは嫌じゃない。でも、今のわたしにはまだ、やりきれていないことがあった。みんなのところじゃできないこと、あの化け物をどうにかすること。それはみんなのところに行ってしまえば、もうできないことだ。師匠だけを残して行ってしまえば、もうできなくなってしまうことだ。


 それは、嫌だ。みんなのことは大好きだけど、それと同じくらい師匠のことも大好きだから。師匠がいつまでも、あの化け物に囚われていることが、とても悲しいから。


 だから、わたしは終わらせないといけない。だから、わたしは進まないといけない。そのためには、進むためには、今わたしの目の前にいるみんなは、この上なく。わたしの体を焼く火も、掴んでくる腕も、首を絞めながら、殺してくれと懇願する声も、ことごとく邪魔だ。わたしがみんなの代わりに復讐するために、みんなの存在が邪魔だ。


 じゃあ、どうするべきなのか。師匠は教えてくれた。お母様も、見せてくれた。邪魔なら、切ってしまえばいい。斬り伏せてしまえば、師匠以外のものは動かなくなる。動かなくなれば、もう邪魔はされない。


 師匠のくれた剣を抜く。ちょうど目の前にいた、ハング叔父様だったものを刎ね飛ばす。本物のハング叔父様と同じように、その首は地面でコロコロ転がった。ほかのみんなも、斬る。


 全部全部切って、また現れた端から切って、何を言われても斬る。無言が罵倒に変わっても、罵倒が懇願に変わっても、何が変わっても、今わたしの目の前にいるということはつまり、邪魔だということだ。


 仕方がないと、こうするしかないとわかっていても、涙は止まらなかった。涙が止まらなくて視界が滲んでも、問題なく切れた。師匠につけてもらった修行の成果だ。目に頼らなくてもものの位置はわかるし、戦える。戦いなんて綺麗なものじゃないけど、剣を振れる。


 逃げるみんなを切って、逃げるお母様を切って、最後に残った、なぜか逃げないミネスくんを斬る。今までとは違う、まるで本物の肉を切ったような感触。困惑しているような表情を貼り付けたまま、空中を舞う頭。


「お疲れさま。君は乗り越えた。君は糧にした。課題は終わりだ。がんばったね、もう休んでいいよ」


 その表情から目を逸らして、次の邪魔者を探していると、目の前に師匠が現れた。この師匠も邪魔者かと思って、手始めにおなかを刺す。そのまま捌こうとしたら、突然頭を撫でられた。


 この師匠は本物だ。幻じゃなくて、本物の師匠だ。それならさっきの言葉は、本当に終わったってことなんだ。


 体から力が抜ける。さっきまで全く感じていなかった疲労感が一気に襲ってきて、師匠に倒れかかってしまう。師匠は優しくわたしを受け止めてくれた。


「本当に、よく頑張ったね。きつかっただろう、つらかっただろう。今日はもう、休んでいい。君は大きな壁を乗り越えたんだ。ご馳走を作って待っているから、滝で体を綺麗にしておいで」


 師匠に言われて、滝に向かう。いつもなら問答無用で滝に突っ込むのに、今日の師匠はとてもやさしい。それだけ、大変な事だったからだろうか。わからないけど、やさしくしてくれるのはとてもうれしい。


 言われた通りに滝でぐるぐるして戻ってきたら、師匠がご飯の準備をしながら待っていた。幻だったはずの血のにおいがまだ残っているように感じたけど、きっと気のせいだ。それだけわたしが気持ちの面でやられていて、ありもしないものがあるように感じているだけだろう。だって、そうじゃないと師匠が普通に料理をしているわけがない。


 鼻にこびりついた血の匂いから意識をそらせば、師匠が作っているトマト煮込みの匂いがやってくる。わたしの成長のためと、長いこと気持ち悪くなる肉料理ばかりだったので、野菜が主体のメニューは久しぶりだ。


 元々里ではあまり肉を食べない文化だったこともあって、野菜で作られた料理は慣れ親しんだ味。もう長いこと離れていたけど、いつも食べていた味はとても美味しくて、安心できる。なんだかとても久しぶりに、食事を楽しめた気がした。


「美味しそうに食べるね。お代わりはいるかい?」


 わたしの態度がわかりやすかったのか、師匠は少し苦笑いしながらおかわりをよそってくれた。こんなに食べてもいいのかと聞いたら、私に食べられるより君が食べてくれた方が食材も喜ぶだろうと言う。師匠の言い回しは、時々奇妙だ。


 沢山食べたらおなかいっぱいになって眠くなる。師匠がまだ作業しているのに、その横でうとうとするなんて本当は良くないことなのだろうけど、久しぶりの満腹感には抗うことがむずかしい。


 せめて少しでも起きているために、師匠に何をしているのか聞いたら、わたしのための保存食を作っているのだと教えてくれた。師匠がいつもご飯を作ってくれるから保存食なんて作ったことがなかったはずなのに、なぜいきなりそんなものを作り始めたのだろう。


 不思議に思って聞いてみると、師匠はすごく優しい顔をしながら、わたしが旅立つ日が来たのだと言った。わたしはまだまだ師匠と一緒にいたいのに、もうダメだって。今日の課題をクリアしたら、もうわたしに教えられることはほとんどないから、外で知見を広げてきなさいって。


 教えて欲しいことはまだまだたくさんあるけど、師匠の言うとおりわたしは師匠が教えてくれたことしか知らない。この里で、里の跡地で学んだことしか、わたしの中にはない。


 だから、かなしいけど、寂しいけど、何も言い返せなかった。師匠が言っていることはいつも正しくて、わたしを導いてくれた。だから今回もそうなのだと思ったら、逆らえなかった。


「そんなに泣かないでおくれ。私も寂しいが、それと同じくらい、楽しみでもあるんだ。私の元から離れた君が、どれだけ成長した姿を見せてくれるのか。どんな人と出会って、どんなことを経験して、どんな話をいずれ聞かせてくれるのか。大丈夫だ、たとえ離れていても、私は君のことを見守っている。私が君に教えたことが、君のことを守ってくれる」


 だから、心配せずにいっておいでと、師匠はわたしを撫でた。まだ泣きたかったけど、わたしが泣きやめるようにしてくれているとわかったから、涙は頑張って我慢した。


 でも、それでも甘えたかったから、師匠とわたしが2人だけになった最初の時みたいに、寂しくて怖くてよく眠れなかったわたしのそばにいてくれたあの時みたいに、もう一回だけ一緒に寝てほしいと伝える。だって、これでもうずっと会えなくなってしまうのだから、さみしい。ちょっとでも支障が近くにいてくれるのだと感じたい。


 師匠は、甘えん坊は治らなかったねと苦笑いして、わたしの隣で横になってくれた。本当はずっとここで暮らしたかったけど、今は我慢。代わりに、全部が終わったらまた一緒に暮らしてくれるって約束をしてもらう。痛かったり、苦しかったり、わけがわからなかったり、色んなことがあった日々だったが、わたしにとっては大切な日々で、充実した、幸せな時間だった。


 師匠の腕を抱き枕にさせてもらって、眠りにつく。ずっと起きていたらずっと師匠といられると思ったから寝るのを我慢したかったけど、お腹がいっぱいだったことと、今日の一日がとても大変なものだったから、眠気はすぐにやってきた。大事な人の手を抱きしめて、離さないように抱きしめて、そうして眠った。そうしたら、ちゃんと朝までいてくれる気がしたから。




 それなのに、わたしが起きるころには、隣には誰もいなくなっていた。当たりを探してみても、あったのはまとめられていた荷物と、お手紙と、ほのかに光る不思議な模様が残された右手だけ。


 師匠は、お別れの挨拶すらしてくれずに、いなくなってしまった。

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