A4.修行って要は自分のことをいじめているわけだからね。辛くて苦しかったらなんでもいいんじゃないかな?
なんでこの幼女こんなに覚悟ガンギマリなんだろう……?(╹◡╹)
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おじさんのつけてくれる修行……しゅぎょう?は、とてもつらかった。なんの意味があるのかの説明もしてくれないし、いつになったら終わるかわからないし、とにかく苦しいし。
でも、どんなにつらくても、やめたいと思ったらおかあさまの悲しそうな顔が浮かぶ。おじさまの生首がわたしを見つめてくる。みんなが、みんなが何も言わずにただわたしのことを見つめてくる。自分たちを見捨てるのかって責めているみたいに、何も言わずにじっと見ている。
だから、わたしにはやめることができない。やめたらきっとみんなに許してもらえないから。わたしがやると決めたのに、背負うと決めたのに、勝手にみんなのことをおろして自由になんてなっちゃいけないから。
そう思ったら、辛いのも我慢できた。ずっと空から落ち続けても、体の使い方で空中でちょっと動けるようになった。首から下を埋められて、上手に息ができない中でも休めるようになった。水の中でぐちゃぐちゃにかき混ぜられても、ちょっとずつ周りのことがわかるようになってきた。
きっと、おじさんはその感覚をわたしに解らせるためにこの修行をしているのだ。なんの役に立つのかはわからないけど、この感覚がきっと強くなるために必要なのだ。本当はもっと早く強くなれるように、剣とか魔法とかを教えてもらいたいけど、おじさんがそれよりも先にこれを教えてくれたということは、よっぽど大事なことなのだろう。
でも、それでももっとこう、強くなったって実感が持てることもしたい。おじさんの方針にわがままを言うのは良くないとわかっているけれど、それでもそう思ってしまった。
「……それなら、今やっていることよりだいぶ痛くて苦しいと思うけど、早いうちに覚えた方がいいことがひとつある。準備をするから、とりあえず滝に行ってきなさい」
おじさんにお願いすると、思いのほか簡単に許してくれた。もっと、今のお前にはまだ早いみたいな事を言われると思っていたので、少し拍子抜けだ。
やっぱり意味がよくわからない滝ぐるぐるをして、おじさんの準備が終わるのを待つ。ところで、今更だけどなんでわたしは水の中で息ができているんだろう。おじさんの魔法のおかげだと思うけど、そんな魔法はこれまで聞いたこともない。やっぱりおじさんは不思議だ。
落ちてくる水の塊で全身を叩かれて、ぐるぐるぐるぐる回っているところから、急に引っ張り出される。右腕を掴まれて吊られて、ようやく体に方向感覚が戻った。
滝から出してくれたおじさんにお礼を言おうと思って顔をあげると、突然体が空中に投げ出されて、背中が打ち付けられる。体の中に残っていた空気が押し出されて、悲鳴みたいな咳が出た。
突然のことに、何がなんだかわからなくなる。間違いないのは、おじさんに投げられたこと。今までいつもわたしに優しくしてくれていたおじさんが、わたしに暴力を振るったこと。
信じられなかった。優しいおじさんが突然そんなことをするなんて。ひどいと思った。いきなりこんなことをするなんて。そう思いながらおじさんを見ていると、今したことが嘘みたいににっこり笑って、わたしに近付く。自然に近寄って、当たり前のようにまた投げる。
「今から始めるのは受身をとる練習。なるべく体に負荷がかからないような着地、怪我したところを庇う着地、最小限の怪我で済ます着地。そんなものを、自分の体で体験しながら身につけてもらう」
怪我はいくらしても治すから安心してねと言われて、わたしが止めるよりも早くおじさんはわたしのことを投げる。痛くても苦しくても、全然優しくは投げてくれない。
わたし自身がそれをみにつけるまで、おじさんはやめないつもりだ。わたしが泣いても叫んでも、きっとやめてなんてくれないし、実際にやめてくれなかった。
なら、今のわたしにできることは、少しでも痛くないように着地することしかない。ただ投げられるだけのお人形になるのなんて、わざわざ時間をかけてくれているおじさんにも失礼だ。早く、早く、少しでも早く着地を身に付ける。
何回も何回も投げられていくうちに、慣れていく体。どこに力を加えればどう動くのか、どう動けば痛くないのか、少しずつ、わかっていく。腕が曲がらない方向に曲がったら、庇う。足が潰れてしまったら、諦める。どうせ今はおじさんが全部治してくれるから、少しの怪我なら気にしない。大きい怪我なら割り切る。
そうしているうちに、空を落ち続けた経験がいきたのか、どんなふうに投げられても綺麗に着地できるようになってきた。もちろん毎回多少の怪我はするけれど、おじさんじゃないとすぐに治せないような怪我はしなくなった。ほとんど意味が無いと思っていた修行が、役に立った。おじさん、疑っちゃってごめんなさい。
「いい感じに受身が取れるようになってきたね。でも、あまりそれを信頼しすぎては行けないよ」
わたしのことを掴んで、にっこり笑ったおじさんが、今までとは比べ物にならない高さにわたしを投げる。
これは、絶対に怪我をする。どんなに綺麗に着地しても、絶対に大怪我をする。何度も落ちた経験から、投げられた経験から、その事がわかった。
ならせめて命だけは無事で済むように、空中で姿勢の制御をする。お腹から下はミンチになるかもしれないが、頭からぐちゃぐちゃになるのよりはずっとましだ。すぐに覚悟を決めて着地体勢をとって、不意にたたきつけられた強風にやられて、頭から落ちる。
完全に意識がなくなって、どれほど時間が経ったのかはわからないけどまた戻ってきた。きっと、今わたしは本当に死んでしまっていたのだろう。死者を生き返らせるなんてほとんど不可能っておかあさまから聞いていたけど、おじさんならそれが出来ても全く不思議じゃない。
喉に違和感を覚えて、何かを吐き出す。赤い血と、生の肉と、白い欠片。これは、わたしの一部だったのだろうか。そうなら、おじさんは無くなったからだも作り出せるのかもしれない。
なら、わたしだったものからわたしと同じものを作ることも出来るのかなと思って、すごく怖くなった。わたしじゃないわたしが、わたしの知らないところでわたしとして暮らしていることを考えて、怖くなった。
怖い気持ちのままで、おじさんを見る。さっき見た時と変わらない姿だから、直ぐに私は生き返ったのだろう。にっこり笑っているその笑顔が、とても恐ろしいものに見えた。
「さて、アリーが気になっていたみたいだから、これまでのことがどう役に立つのか教えてあげたんだけど、どうかな?自分の成長も感じられたと思うけど、これからもこんな感じで続けてほしいかな?」
痛くて、苦しくて、こわかった。もうあんな思いはしたくなかったけど、でも今日だけでわたしは間違いなく成長していた。自分ではっきりわかるほど大きく成長できていた。
それがわかってしまったから、自分と目指す先がどれだけ離れているのかを知ってしまっているから、わたしはそのおそろしい問いかけに、ノーといえなかった。
「まあ、それはおいおい考えていくとしてだ。アリー、君は今日だけで間違いなく成長したけれども、最後のことでもわかるように技術だけでどうにかできることには限りがある。生き延びて、アレを殺したいと願うのなら、知識を、道具を、人を、手段を集めなくてはならない」
頑張るんだよと頭を撫でて、おじさんはわたしを滝に突っ込んだ。いきなりだったからびっくりしたけど、これも何かの意味があるのかもしれない。気を引き締めてぐるぐる回る中で何かを得ようとしていたら、すぐに引き上げられた。どうやら今のは授業じゃなくて、汚れたわたしを洗っただけだったらしい。なんかおじさんからの扱いがどんどん雑になっている気がするが、きっと弟子として育てるために遠慮をなくしているだけなのだと思う。そうじゃないと、ちょっと泣いちゃいそうだ。
「そんなことよりもアリー、もう晩御飯の時間だよ」
誤魔化すように話を変えたおじさんがどこからともなく取りだしたのは、もう毎度おなじみになったステーキとスープ。味はたしかに美味しいのだけど、食べるとお腹の中がぐるぐるするからあんまり食べたくない。
そのことを伝えると、おじさんはもうこのステーキはこれで最後だと言った。成長するために、強くなるために必要だからと言われて食べていたけど、やっぱりあまり食べたいものではなかったので、なくなってくれて少しうれしい。おじさんがなぜだか複雑そうにわたしのことを見ていたが、なんでだろう。食べたくないって言われて悲しかったのかな、後で謝ったほうがいいかもしれない。
お腹の中が気持ち悪いまま、おじさんに言われて近くに座る。朝から修行を頑張ったから、あとは眠くなるまで魔法のことを教えてくれるらしい。精霊がいないのにおじさんが魔法を使える理由も、教えてもらえるのかな。
魔法と言えばエルフの戦士が一番大事にしている力の要素なので、強くならないといけないわたしはとても興味がある。というよりも、強くして貰えると聞いて最初に思いついたのが魔法を教えてもらうことだった。
そこからおじさんが教えてくれたのは、外の世界の魔法のお話。この里で使われている精霊魔法もあるけど、そうじゃない魔法もあるのだと教えてくれた。わたしが魔法を使えない状態でも、おじさんは使えるのは、使っている魔法の種類が違うかららしい。
一つ目はわたしがこれまで教えてもらってきた精霊魔法。精霊に魔力を渡してお願いすることで何かを起こしてもらう魔法で、お願いする精霊の強さとか、その場所が精霊にとって過ごしやすい場所かどうかとかで、同じ魔力でもできることが変わってくるのだとか。今この辺りに精霊が居ないのは、あの魔王が全部消しちゃったからなんだって。精霊が生きるために必要な豊かな自然がなくなると、いなくなってしまうのだと言っていた。
二つ目はたまに見る魔物とかが使う、固有魔法。一つのことしか出来ないけど、その分少ない魔力で沢山使えるらしい。親から子供に引き継がれるから、別名は継承魔法。ものによってはおじさんでも再現が大変なんだって。比べる対象がおじさんしかいないからいまいち凄さがわからない。
そして最後が現代魔法。魔術って呼ばれることが多くて、これまでの二つとは違ってちゃんと勉強しないと使えないものらしい。でも代わりに勉強さえすれば、魔力がある人ならだれでも使える。この世界に魔力を持っていない人はもういないから、事実上だれでも使える便利なものなのだとおじさんは言った。ただ、どうにかして術式を紡ぐ必要があるから、時間がかかったり、目立ったりするのだとか。
そこまで教えてもらって、わたしはある事に気が付いた。今説明してもらった三つの魔法の、どれもおじさんが使っている魔法に当てはまらないのである。おじさんにそのことを尋ねると、おじさんは手をたたきながらわたしを褒めてくれた。わたしの気付いたそれ、おじさんの使っているその魔法こそが本題で、これからわたしが覚えることになる魔法、原初魔法と呼ばれる失われた魔法らしい。おじさんがつかっているんだから失われてないじゃんと思って、そう言ったら、私は例外だからいいんだよと言われてしまった。少し納得ができない。
とりあえず原初魔法を使えるようにするからと言われていきなり頭の中に手を突っ込まれて、ぐにぐにされる。ただ気持ち悪いことしかわからなかったけど、おじさんが手を引っこ抜くころには、なぜかわたしには原初魔法の使い方が備わっていた。意味が分からなさ過ぎて本当に怖いし気持ち悪い。
混乱している状態のわたしに何か大切そうなことを話して、おじさんは自分で練習をするように言って休んでしまった。何か変なことをする前に一言でいいから先に伝えてほしいというわたしのお願いは、当然のように無視された。やっぱり、扱いがひどい気がする。
けれどもそのことに文句を言ってもきっと無駄なので、ひとまずは大人しく修行に励む。たぶん、体の中にはっきりと感じ取れるようになったこの魔力を上手に扱えるようになればいいのだろう。何となく体の中で回してみたり、動かしてみたりして、おじさんに言われた通り眠くなるまで繰り返す。
いつの間にか意識がなくなって寝ていて、次に意識を取り戻したのは滝の中だった。まともに動かない頭で何とか魔力を感じ続ける。そのあとの埋められた状態では、体の感覚が鈍いせいか少しだけ感じ取りやすく、動かしやすかった。落ちているときは、魔力を体中に回していると動きやすいことがわかった。
どの感覚も、魔力を感じる前から経験していたからこそより分かりやすかった。やっぱり、おじさんのやることには全部意味があるんだ。わたしにはわからないことでも、おじさんの言うことを聞いていれば間違いない。おじさんの言うとおりにすれば、きっとわたしは本当に、みんなの仇を討てるようになるだろう。
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