A3.普通のお肉なら食べさせる必要はありませんが、このお肉は牛肉みたいな見た目なのに豚みたいな味がするんです。ところで人にk……おや?誰かが来たようだ。
幸せそうにご飯を食べるのと同じくらい、苦しそうにご飯を食べてる姿はかわいい(╹◡╹)
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体が痛くて、目が覚めた。いつものベッドとは違って、かたい地面。お勉強の途中で寝てしまったのだろうか、周りはもう暗い。おかあさまも起こしてくれればいいのに。
そう思ったところで、自分がお勉強から逃げ出して、おじさんの家までサボりに行っていたことを思い出す。それなら、わたしはそこで眠ってしまったのか。なるほど、だからわたしは地面に寝ている。
……でも、おじさんの庭には、地面がむき出しになっているところなんてない。一面が柔らかい芝生と綺麗なお花、美味しい果物のなる木に覆われていた。芝生でお昼寝させてもらったときも、こんな風に体が痛くなることなんてなかった。
そこまで思い出して、ようやく頭が働きだす。じゃあ、ここはどこなのか。明かりの一つもない、真っ暗な場所。虫の声すら聞こえない、静かな場所。そして鼻腔をくすぐる、なにかが焼けた匂い。
頭が痛くなる。わたしの知っていることを、思い出す。見た景色が、聞いた音が、頭の中で再生される。
思い出した。ここはみんなが集まる里の広場で、明かりがないのは皆が焼けてしまったから。静かなのは生き物がみんな死んでしまったからで、わたしだけが生き残ってしまったから。みんなを殺したあの化け物が、なぜかわたしだけは殺すことなくいなくなってしまったから。お守りが消えるのと一緒に、消えてしまったから。
思い出したけど、思い出したくなかった。大事なことだけど、忘れたままでいたかった。そうしたところで何も変わらなくても、その事実を受け入れたくなかった。
何も見えないのがいやで、目を閉じた。何も聞こえないのがいやで、耳をふさいだ。誰も見つけてくれないのがいやで、小さく丸まった。そうしていれば、それが何もない理由になってくれる気がしたから。悲しいことから、少しだけでも逃げれる気がしたから。
そうして逃げていたら、いつの間にか朝になっていた。お日様は、わたしがずっとにげることをゆるしてくれなかった。光がやってきて、いやでも里の様子が見れるようになってっしまった。崩れた家も、真っ黒な人型も、全部全部見れるようになってしまって、もうわたしは向き合わなくてはいけなくなった。
だって、わたしがいつまでも逃げていても、叱ってくれるおかあさまはきっともういない。怖いものから守ってくれたおじさまも、もういない。褒めてくれた里のみんなももういなくて、おじさんだっていつ帰ってくるかわからない。
ならせめて、少しだけでもみんなのことを弔わないといけない。里の外に里を知っている人もいないから、わたしが何とかしないと、みんなはいつまでもこのままになってしまう。優しかったみんなが、大好きだった里のみんなが、こんな状態のまま残ることになるなんてそんなのはあんまりだ。あんまりにも、悲しすぎる。
勝手に休もうとする体を無理やり動かして、ぐちゃぐちゃになっている頭の中をかき集めて、手を動かす。魔法が使えれば人を運ぶのも、重いものを動かすのも簡単なはずなのに、なぜか全部の魔法が使えなくなっていた。魔法を使うために必要な妖精が、一体も残っていなかった。
だから、自分の力だけで全部やらないといけない。壊れた家をよけるのも、黒い人型を集めるのも、地面を掘って、それを埋めるのも。全部全部、自分の力だけでやらなくてはいけない。昼間の間、がんばってそれをして、夜真っ暗になるのに合わせて眠りにつく。本当は夜も頑張りたいけど、何も見えないから何もできない。雲が空を覆っていて、自分の手すらまともに見えない。
そんなことを二日間かけて頑張って、わたしが何とか出来たのは、マルヤちゃんのことを埋めることだけだった。爪がはがれて、すごく痛い思いをしながら頑張って、マルヤちゃんしか埋めれなかった。家なんて一つも綺麗に出来なかったし、他の人型を運ぶこともできなかった。わたし以外に無事な人も見つけられなかったし、たくさん見つけた人型のどれがおかあさまなのかも、わからなかった。
何もできないまま三日目になって、体が動かなくなっていた。動きたいのに、動かなくてはいけないのに、なぜだか全く動かなくなってしまったもう空は明るくなっているのに、体が動かない。息をしているだけなのに、舌がのどにはありついて、上手にできない。
ただただ、水が飲みたくて仕方がなかった。でも、水を出してくれる精霊はいなかった。お腹が空いた。でも、食べ物があったはずの場所には真っ黒の塊しか残っていなかった。苦しくて、でもまだ頑張りたくって、何もできなくて。わたしの意識は、一度そこで途切れた。
音が聞こえた。火の爆ぜる音。ぱちぱち、ぱちぱちという優しい音。コツコツと、何かがぶつかる音。そして嗅いだことのない、いい匂い。お腹が空いてしまう、いい匂い。
わたしは、夢を見ているのかもしれない。だって、わたしはお腹が空いて、のどが渇いて仕方がないまま、意識を失ったんだから。目が覚めたら誰かがいるなんて、食べ物があるなんてあまりにも都合がよすぎる。
きっと夢なのだろうと思った。死んでしまう直前のわたしが見ている、都合のいい夢。どうせ夢なら、食べたことのないものではなくて、おじさんがくれた果物がよかったなと思いながら、視界に入っているおじさんを見る。おじさんが出かけないでくれていれば、こんなことにはならなかったのかな。みんなのことを守ってくれて、みんな普通に過ごせていたのかな。
そう考えているうちに、意識がはっきりしてくる。夢とは思えないような、体の感覚を感じる。
「起きたのかい、アリー。それならこれを飲むといい」
振り向いたおじさんと目があって、おじさんがわたしにお椀を渡してくれる。いつものおじさんだ。夢じゃなくて、本当にいるおじさんだ。
不思議なアツアツの液体をもらって、飲む。美味しいけれど、あまりにも濃い、暴力的な味だった。飲んでいるはずなのに水を飲みたくなるという不思議な感覚を我慢しながら、おじさんが飲めと言ったのだから飲まないといけないのだと信じて飲む。
何とか飲みきって、むせながらお礼を言ったら、おじさんはどこからか水をくれた。水の精霊もいないのに、どこから出したんだろう。というか、水があるのなら先にそっちがほしかった。
「それでアリー、一体何があったのか教えてもらえないかな。戻ってきたらこのようなことになっていて、おおよその見当はつくけれどその場にいた人から聞きたいんだ」
おじさんには、見当がつくらしい。あの化け物のことを知っているのだろうか。あれは、おじさんがこの里にいた事ともなにか関係があるのだろうか。
聞きたいことは沢山あったけれども、今はおじさんに聞かれたことに答える方が先だ。何もできないわたしとは違って、何かができるはずの、なんでもできるほずのおじさんの方が先だ。
わたしが見たものを伝える。あの化け物のこと、おじさんの家が吹き飛んだこと、みんないなくなってしまったこと、精霊もいないこと。
そして、わたしだけが生き残ってしまったこと、おじさんのお守りを、わたしのためだけに使ってしまったこと。
おじさんは悲しそうにしながら、アリーが無事でいてくれてよかったと言った。何も良くない。わたしだけが生き残ったとしても、なにも残らない。
話しているうちにお腹の中がムカムカしてきて、我慢できずに吐いてしまう。お腹の底から溢れ出てきたドロドロが、乾ききった地面の上に撒かれる。
せっかく作ってくれたのにごめんなさいと謝って、大丈夫だとゆるされる。貴重な素材が使われていてなかなか用意できないから、次からは気分が悪くなる前に話すのをやめるようにとも。そんな貴重なものをわたしのためにわざわざ使ってくれて、目の前で台無しにされても怒らないなんて、やっぱりおじさんは優しい。
気分が落ち着くまで休ませてもらって、その後で話を聞かせてもらうと約束する。
「話もいいのだけれど、アリー。君はしばらく何も食べていないのだろう?こんなものしか用意できなくて申し訳ないが、栄養だけはちゃんとあるから食べてほしい」
少し休憩して、今度こそはとおじさんに色々説明してもらおうとしたら、おじさんがなにかのステーキを持ってきてくれた。それと、さっき貰ったものを水で薄めたものも。
お腹はまだ少し気持ちが悪いけれど、それと同じくらいお腹がすいていた。暖かい食べ物が食べたかった。もっとあっさりしたものが食べたかったけど、これしかないのだと言われたから食べるしかなかった。
ほとんど食べたことのなかったお肉の味。おじさんが用意してくれた、貴重なごはん。ちゃんと食べないといけないのに、お腹がびっくりして全部戻そうとする。美味しくて、なんか安心する味なのに、体はひっきりなしにそれを吐き出させようとする。
吐き気を我慢しながら、飲み込む。ステーキだけで飲み込むのが苦しかったら、スープで流し込む。おかあさまが目の前にいたら、もっとお上品に食べなさいと怒られてしまっただろう。でも、今わたしが食べ切るにはそうするしかなかった。
頑張って食べ切ると、おじさんが褒めてくれた。たくさん頑張ってえらいと、頭を撫でてくれた。おじさんの手、大きくて暖かい手。わたしの好きな手だ。よく頑張ったねと、わたしを膝の上に座らせて褒めてくれた。
「これから、君が見た化け物のことを話すけれど、辛かったら無理に聞いてはいけないよ。話すのは今でなくてもいいのだから、無理だけはしてはいけない」
おじさんにそう言われて、頷く。でもきっと、わたしはつらくても無理をしてしまうのだろう。だって、わたしは知っておかないといけないから。わたしたちの里を滅ぼした化け物の正体が、目的が、一体なんだったのかを。
それからおじさんが話してくれたのは、まるで嘘みたいな、おとぎ話みたいな話だった。
おかあさまが寝物語に聞かせてくれた、歴史を終わらせる魔王の存在。この世のものを全て消し去ってしまう、恐ろしいもの。あの化け物の正体は、そんなものだったらしい。
すぐには信じられなかった。信じられるはずがなかった。お話の中のものが本当にいて、しかもそれがわたしたちの里を襲っただなんて。第一、それならなぜ、そんな恐ろしいものが相手だったのならなぜ、おじさんのくれたお守りはわたしのことを守りきることができたのか。
「私は元々アレを警戒してここにいてね。アレが目を覚ましたのなら、真っ先に来るのはここだった。その対処のためにいたのだけれども、まさか私を別のところにおびき出してから襲ってくるとは思わなかった」
念の為に渡しておいたお守りが君を守ってくれたのが不幸中の幸いだねと、おじさんは言った。
そういえば、おかあさまは言っていた。おじさんがいるから、わたしたちは平和に暮らしていられるのだと。おじさんがわたしたちをずっと守ってくれていて、おじさんがいなくなったからアレが来た?アレが、わたしたちを襲うためにおじさんをおびき出した?
おじさんが守ってくれたから、おじさんのおかげでわたしは一人だけ無事ですんだ?
化け物が憎かった。みんなを殺した化け物が、里をめちゃくちゃにした化け物が憎かった。自分が憎かった。魔王を前に、逃げることしか出来なかった。みんなの最後をただ見ているしかできなかった、力のない自分が憎かった。
「アレが、憎いかい?」
おじさんの言葉に、頷いて返す。とってもとっても、憎い。わたしの家を、わたしの里を、わたしの家族を奪った化け物が、自分とは比べ物にならないくらい強いアレが、この上なく憎い。
でも、わたしがあれを憎んだところで、何ができるだろうか。わたしには力がなくて、里の戦士たちでも全然かなわなくって、それよりも強いおじさんでも、倒していないということはきっと倒せないのだろう。
あんなにすごいお守りをわたしにくれた人でもどうにもできないのに、わたしに何ができるものか。慣れてせいぜい美味しいご飯、きっとそれにすらなれず、目の前で塵みたいに消されて終わってしまう。
にくいのに、にくいのに、何も出来ないとわかってしまうのがつらかった。悔しくて歯を食いしばったら、奥歯が欠けた。
「アレには、私もとても困らされているんだ。だから何とかしたいのだけれど、とある事情があって私にはアレを殺しきれない。だから、もし君が望むのなら、君にアレの始末をお願いしたいんだ」
わたしの頭を優しく撫でながら、わたしのあたまのなかを覗いているみたいに、おじさんはわたしの欲しい言葉をくれた。けれど、わたしには力がないから、きっと頑張っても何も出来ない。わたし一人ががんばってどうにかなるようなものなのであれば、きっともっと昔のすごい人たちがどうにかしていたはずだ。
「大丈夫、私が君に力をあげよう。私に迫るほどの、あの化け物を殺し切れるほどの力。みんなが恐れて、憧れてやまない力だ」
囁くようにおじさんが言う。きっと、これは悪い誘いなのだ。おじさんは優しさでわたしを助けようとしてくれているのではなく、きっとわたしの気持ちを利用しようとしている。もしかしたら、これまで優しくしてくれていたのだっていずれわたしをアレと戦わせるためだったのかもしれない。
でも、わたしはおじさんを信じることにした。きっと、わたしに優しくしてくれていたあの日々は嘘じゃないから。あの温かいまなざしは、嘘じゃないから。
なら、それでいい。わたしはみんなの復讐ができる。おじさんはあの化け物を終わらせられる。そしたらきっと、わたしは楽になれるのだ。こんなに苦しくて、こんなに悲しい気持ちもなくなるのだ。
そのためなら、一人だけ残ったわたしがみんなに償えるのなら、どんなにつらい試練にでも耐えよう。
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