第14話(1)シンと悪人
その日、13階層で、俺はシンを見つけた。
でも、シンはひとりじゃない、なんか、かなりの極悪面で挙動不審な男といっしょに歩いている。
俺は透明マントを装備したまま、ゆっくり後ろを歩いていった。
「この階のモンスターは、けっこういやなモンスターが多いので気を付けてください。たとえば……」
シンが親切に教えている後ろで、悪人面の男が、こっそりと斧を振り上げ、そして全力でシンの後頭部に斧を振り下ろした。
シンの頭は真っ二つに割れていたはずだ。ここがダンジョン外なら。
だけど、ここはダンジョンで、相手はシンだ。
斧はシンの髪の毛一本すら切ることができずに、シンの後頭部でとまっている。
ダンジョンでは、余裕で人間の頭が鋼鉄より丈夫になる。
悪人面の男は首をひねり、斧をしまって、今度は細身の剣をとりだした。そして、シンの首の後ろめがけて一気に突いた。
でも、切っ先はシンの首の皮一枚手前でとまっている。
まぁ、こんなんだから、シンのことは何の心配もいらないんだけど。
(これ、殺意はあるってことで、いいよな? こいつは始末しておいた方がいいよな?)
俺が殺人未遂男を片付けようと双剣を抜いたところで、シンが振り返った。
あわてて、悪人面の殺人未遂男が剣を後ろに隠した。
「あれ? キョウが来たのかと思ったんだけど。気のせいかな」
俺は気配をさとられないように動きをとめ、息を殺した。……いや、別に、隠れる必要はないんだけど。
でも、どうせなら、シンに気がつかれずにあいつを始末したい。
でないと、シンのことだから、「かわいそうだよ。僕は気にしないから。助けてあげよう」とか絶対に言い出す。
シンは再び歩きだし、悪人面は剣をしまい、今度は毒針らしきものを取り出した。
たしか毒針は、攻撃力が上がらない代わりに相手の防御力を無視する特性付きの特殊武器だ。
攻撃力はほぼないけど、防御力が高い敵にも状態異常を付与することができる。
毒の中には、徐々にダメージを与えるだけのものもあれば、すぐに死をもたらす猛毒もある。
(あの野郎……!)と思ったところで、俺はうかつにも、トラップを踏んでしまった。即座に起動する代わりにダメージは与えない、ただの足止め用粘着トラップだ。
俺は普段はこんな間抜けすぎるミスはしない。でも、シンの後ろをつけるためにゆっくり歩いている上に、むこうに気をとられていたから、うっかりトラップを踏んでしまった。
俺は、横の壁から飛んでくる連続トラップの弓矢を素手でつかんで落としながら、反省した。
そして、この間に、悪人面は背後からシンの首筋にぶすりと針を刺していた。
シンが首の後ろをかきながら言った。
「あれ? 今、チクっとしたかも。毒針かも。気配は感じなかったけど、デビルホーネットがいるかもしれません。僕は刺されても平気だけど、アーチーさんは気を付けてください。普通の人はデビルホーネットの猛毒にやられると1分以内に死ぬから」
それを聞きながら、俺は思った。
(え? シンって、毒も効かないの?)
そういえば、シンが状態異常にかかっているところ、ほぼ見たことがない。
どうやら、頑丈をあげると防御力だけじゃなくて状態異常耐性もあがるらしい。
その後もシンは悪人といっしょに探索を続けて、宝箱を見つけると、気前よく全部ゆずろうとした。
(さすがにそれはねーだろ!)って思って、宝箱は俺が全部先にかっさらっといたけど。
どうせ俺にとっちゃ要らない物しかでないから、アイテムボックスを圧迫して邪魔なだけだ。
でも、さすがに、シンを殺そうとしている悪人にアイテムをゆずるのは、ない。
「へんだなー。今日は、宝箱が空ばっかり。誰か通っていったばかりなのかな」
シンはのんびりとそう言っていた。
そんなこんなで次の階層に進んだあたりで、俺は面倒くさくなってきた。
(もういっかな。あれは放置で)
ダンジョンを人殺しがうろついてんのは、今に始まったことじゃない。害虫一匹増えても何もかわらない。
それより、今日はとっとと43階層あたりに行ってステータス上げと装備探しをしたい。ジャンヌに先を越されそうだから。
俺は透明マントから出て、シンに声をかけた。
「おい、シン。早く先進むぞ。んな人殺しに構ってねーで」
悪人面は、俺の言葉に青くなった。
だけど、シンはこれでも気が付かずに、悪人にフレンドリーに手を振って、言った。
「あ、キョウ。じゃ、アーチーさん。僕は先に行くので、また今度」
いっしょに歩きながら、俺はシンに教えた。
「あいつ、お前を殺そうとしてたんだぜ?」
シンは笑顔でこたえた。
「そうだったの? 全然気が付かなかったよ」
「全くダメージくらってなかったからな。頑丈特化って、すげーな。状態異常もきかねーんだな」
「頑丈のパラメータをあげると、状態異常耐性があがるらしいよ。無効になるかは、状態異常の有効値によるけど。でも、最近は20階層以下じゃ、僕は状態異常になることはないかな」
そんなことを話していたら、後ろの方から叫び声が聞こえた。
さっきの悪人面が、トラップにかかった上でモンスターに襲われていた。
「大変だ。助けなきゃ」
走りだすシンの背中に、俺は叫んだ。
「あいつ、おまえを殺そうとしてたって、今教えただろ!」
複数のモンスターに襲われていた悪人面が、もうすこしで殺されそうなところで、シンは全てのモンスターを素早く槍で倒した。
どんだけ、お人好しなんだか。
俺がこれ以上のお人好しはないって思うたびに、シンはそれをうわまわるお人好しっぷりを披露してくれる。
そして、今も。
「はい、ポーション」
シンはニコニコしながら、悪人面にポーションをさしだしていた。
「回復まで面倒みなくたって、ポーション持ってるだろ。そいつだって」
俺はあきれたけど。
悪人面は、さしだされたポーションを受け取り、受け取ったポーションをじっと見つめたまま、しばらく動かなかった。
ポーションのビンにぽとりと涙が落ちた。
「俺は、俺は……。今まで、人に親切にされたことなんてなかった。生まれた時から悪そうな顔だったせいで、小さな頃からみんなに嫌われて、除け者にされて、親にだって嫌われて、捨てられて……。どうせ俺なんてって思って悪い奴らの仲間に入って、半グレの闇バイトやるようになって、散々ひどいことやって本当にゴミみたいに生きてきたんだ。なのに、そんな俺を、暗殺指令を受けてあんたを殺そうとした俺なんかのことを……」
悪人面は号泣している。
そして、悪人面はシンの手を掴んで叫んだ。
「兄貴! 俺は一生あんたについていくっす!」
「え? 兄貴? 僕の方が年下だと思いますけど」
(だーから、人に親切なんてするもんじゃねーんだよ。変なのに一生からまれちまうじゃねぇか)と思いながら、俺はシンをひっぱった。
「んなのに構ってないで、とっとと行くぞ!」
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