第10話(1) ペロキン
俺がいつも潜っている闇ダンジョンは、なんかちょっとふしぎだ。
正規ダンジョンの出入り口は政府が委託した企業が管理していて身分証の提示が必要らしい。地図にもちゃんとダンジョンの入り口がのっている。
つまり、正規ダンジョンは出入口の位置が変わらなくって場所がはっきりしている。
だけど、ふしぎなことに、俺がいつも行く闇ダンジョンの場合、出口はいつも違う。同じ山の中のどこかではあるけど。
入り口も正確な場所はわからない。山の中を歩いているとだんだんと霧に包まれていって、いつの間にかダンジョンの入り口がある神社に出る。
でも、この方がダンジョン外で見つかりたくない俺にとっては都合がいい。
俺はダンジョンを出入りする時には誰にも見つからないように注意している。
ただ、シンにはわりとよく帰りに会う。たぶん、ほとんど同時に同じ階層からダンジョンを出ると、同じような場所に出るんだと思う。
だから、ちょくちょく、ダンジョン帰りにシンを見かけるけど、シンが俺の前を歩いているのを見つけた時は、俺はちょっと心配だから、シンがふもとの道に出るまでこっそり後ろをつけていたりする。一度、あいつの電動車イスが山道で倒れて困っていた時があったから。
まぁ、普通に声かけりゃいいんだけど。俺はダンジョン外だと声をかけるの苦手だから。
シンは学校も違うし住んでいる地区も違うから、ダンジョン以外で出くわすことはない。
だけど、ある日、俺は町の中でシンを見かけた。ちなみに町って俺がよんでるのは駅前の繁華街のことだ。家からはけっこう遠い。
俺は町にはほとんど行かない。毎日ダンジョンで忙しいから。
だけど、その前日、中1の妹、芽衣がやたらとうるさく言ってきた。
「ピョーン。ピョーン。知ってるー? 明日はメイちゃんの誕生日ー」
芽衣は俺のことをピョンというあだ名で呼んでいる。芽衣は中一だけど、身長が低くて全体的に小さい上に、言動も幼いから、どう見ても小学生だ。
かわいいっちゃかわいい妹だけど。色々と面倒くさい。
「知ってる」
「メイちゃんがほしいもの知ってるー?」
「ない。誕プレはない」
「メイちゃんがほしいのはねー……」と言って、芽衣が誕生日プレゼントに指定してきたのは、この町のとある店でしか買えない物だった。
しかたがないから、俺は町に買い物にでかけた。
そこで、偶然、シンを見かけた。
シンは4人くらいのガラの悪い男に囲まれていた。
20代くらいの、体格のいいやつらだ。
そいつらがシンの車いすに難癖をつけていて、車いすを蹴っ飛ばして、シンを小突いている。
周囲の人間は誰もとめようとしない。
俺は助けに行こうとして、一瞬ためらって足をとめた。
ここはダンジョンの中じゃない。俺は完全に無力。
だけど、何もしないで見てるなんて、できない。
だから、俺が歩きだそうとした時。
ひとりの男がシンとガラの悪い男達の間に割って入って、悪い奴らを追い払った。
助けに入った男は黄色い髪の毛で派手な格好の、この辺じゃみないタイプの男だった。その男の後ろには、小さいカメラみたいなものを持っているやつがいる。動画を撮影しているみたいだ。
どうやら助けに入った男は動画配信者らしい。
シンは礼を言って、動画配信者と会話をしていた。その様子を、もう一人がカメラでうつしている。
俺の耳に会話が聞こえてきた。
「ありがとうございました」
「いーっていーって。こういうことってよくあるの?」
「いえ、めったにありません。ふだんはみんな親切です」
「へぇ。車イスってたいへんだね。君は何で車イスなの?」
「筋肉が徐々に弱っていく病気で。今はほとんど歩けないんです」
「治らないの?」
「治りません」
「かわいそうだね~」
心のこもっていない声。
人混みにまぎれて立ち聞きしながら、俺はなんだかイライラしてきた。あの黄色い頭の奴は、撮影して、シンを見世物にするつもりだ。
でも、からまれていたシンを助けることすらできなかった俺に、あの配信者に文句をいう資格はない。
結局、シンを助けたのは、あいつなんだ。
「何か治す希望はないの? 手術とか? 薬とか?」
「手術ではムリです。薬も今はありません。もしダンジョンにあらゆる病気を治す薬があれば、治るかもしれないけど」
「へぇ。俺、探索者なんだよ。もし、ダンジョンでなんでも治せる薬が見つかったら、君にあげるよ。約束する。これ、俺の連絡先。後で連絡くれよな」
「ありがとうございます」
シンは笑顔でお礼を言って、車いすを動かし立ち去った。
(あの配信者、いい奴なのか? 疑って悪かったか)と思いながら、俺はなんとなく、歩き去って行く配信者の後をつけていった。
黄色い頭の配信者と撮影者の会話が聞こえた。
「マジ最高なの撮れたっすよ。ペロキンさん。「んでも治せる薬が見つかったら、君にあげるよ。約束する」。あーっ、最高っす」
「あー。よかったぜ。神山ダンジョンの動画とりにきたのに、あのクソダンジョン見つからなくて困ってたけど。かわいそうな障害者を助けるヒーロー。これで再生回数爆伸び、まちがいないねぇ」
やっぱり。感動ポルノで再生回数増やそうって狙いか。
動機がなんであれ、シンを助けたことには違いないけど。
なんか……悔しいな。
俺がそんなことを思っていると。
配信者たちが路地に入ったところで、さっきシンを襲っていたガラの悪い男達が向こうから歩いてきた。
どうなるのかと思って見ていたら、ガラの悪い男のひとりが手をあげて、黄色い頭の配信者に挨拶した。
「うぃーっす。どうだったぁ?」
「グッジョブ。おまえら、最高だったぜ」
グルだった。
シンを襲った奴らと配信者は最初からグルだった。
ガラの悪い男たちと黄色い頭の配信者ペロキンは、うれしそうに会話をしている。
「バズったら続編つくんねーとな。今度、あいつにニセの薬わたしてみるとか?」
「いいねぇ。ポーション(弱)でもわたしてみっか」
「ワンチャン、治るかも!」
アホが。シンはダンジョンの宝は散々見ている。だまされるもんか。
でも、きっと、シンは礼儀正しくお礼を言うんだろうな。ただのポーション(弱)だってわかっていても。
シンには、ポーションとか栄養剤とか、俺達がダンジョンで手にいれた金印の薬は全部試させてきた。だから、きかないことはわかっている。
だけど、きっと優しいシンはそんなことは何も言わずに、あの配信者にお礼を言うだろう。
そして、こいつらはそれを笑いものにするんだ。
(あーあ。あいつら、同じダンジョンにいる探索者だったらなぁ。切り刻んでやるのになぁ)
俺がそんなことを思いながら、歩き去って行く配信者たちを見送っていると。
後ろから声が聞こえた。
「あ、あれって、ペロキンだよね? だよね?」
俺がぎょっとして振り返ると、キョドキョドした動きの筑地がいた。
こいつ、いつから俺の後ろにいたんだろう。全然気がつかなかった。
「ペロキン?」
「大人気ダンジョン配信者ペロキン。ペロキンはダンジョンで撮影可能なドローンを入手して、登録者数爆上がりの探索者なのだ。撮影ドローンがなかったらただのクソ探索者といわれたりもしてるけど、撮影ドローンは正義。実力派探索者を買収……もといパーティーに勧誘して、100階層クリアも可能な力をつけてるのだ。ペロキンは今度裏ダンジョンに挑戦してその正体を暴くって予告していたのだよ」
「裏ダンジョン?」
筑地はやたらとでかい黒ぶち眼鏡を手であげながら、顔を近づけて小声で言った。
「キョーチンにだけ教えてあげるけど。実はこの近くにある闇ダンジョンのことなのだ。その闇ダンジョン11階層が、他のダンジョンとつながってるから、裏ダンジョンって呼ばれてるのだよ。でもこれは絶対ないしょ」
「へぇ……」
つまり、裏ダンジョンってのは俺がいつも潜っているダンジョン。
俺のダンジョンにペロキンが来る……。
俺は口角が上がるのをとめられなかった。
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