2日目・昼

 合宿の主目的である練習を終え、私たちは再び散歩へ繰り出した。先輩と私たちに加え、他のメンバーも何人かついてきた。

 日が出ている時間は明るく、霧もない。

 昨夜よりも広く感じる道を、私たちは歩いていった。


「昨日はここまで来たんだ」


 昨夜引き返した横道のところまでたどり着いた。

「結構遠くまで来たんだね」と言われたが、私は内心で首を傾げた。

 昨夜よりも明るく道は広く、また一度来た道であるので、個人的な体感としてはあっという間に到着したように感じていたからだった。


 道路を渡り(やはり車とは一度もすれ違わなかった)、昨夜は進まなかった道を進んでいく。

 と、道はすぐに開けた。

 寄せては返す波の音、足元は砂の山。そこは小さな砂浜になっていた。

 車道側から海にかけて、扇状に広がっている。

 人混みに揉まれずに済みそうな、プライベートビーチにぴったりな浜辺だった。


「海だったんだな」

 先輩がすっきりした顔で言った。

 他の人らは海の方へ向かっていくが、私はその小さな砂浜のど真ん中に立つ看板に目を奪われていた。


「ここで泳がないでください」


 看板は道を抜けた先、すぐに目に入る場所にあった。

 かなり大きな看板だ。田舎の道路沿いにある道案内の看板を思い浮かべてもらえば、その大きさが分かるだろう。

 海へ向かう人を、腕を広げて阻むように立っている。

 浜辺の横幅の2/3ほどが看板で埋まっていた。


 けれどいくら大きいとはいえ、完全に横幅を遮っている訳ではない。

 また、大の大人でも、屈めば簡単に看板の下をくぐって海の方へ行ける。

 看板の狭間から海の方を覗いても、険しい岩場などは一見して見当たらなかった。


 ふと、看板の足下にカラフルな何かが刺さっているのに気がついた。近寄ってみる。

 紙で出来た花だった。

 色鮮やかな紙が花を形作り、棒の先へ据え付けられている。それが看板の両の足元に数本刺さっていた。


 私はこの紙の花と同じものを見た覚えがあった。

 さてどこで見たのだったか、と考え、思い出して一瞬頭が真っ白になった。


 私の母方の親族は東北の生まれだ。だから母方の祖父の墓も、東北にある。

 祖父の墓はわりと急な山の斜面の中腹に立てられているが、山をもう少し登った先、墓の群れが途切れる辺りには、いつも鮮やかな紙の花が刺さっていた。

 足元の、砂に刺さった紙の花を見る。

 墓参りでいつも見る紙の花と、同じ作りをしていた(削り花、というらしい)。


 私は看板を見上げた。


「ここで泳がないでください」


 腕を広げて阻むように立つそれが、ただでさえ大きい看板が、更に圧を増したような気がした。

 昨夜、好奇心のままに道を進まず、引き返して正解だったらしい。

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