1日目・夜

 合宿初日ということもあって昼間の練習はあまり出来ず、夜はやはり大学生というべきか、飲み会になった。


 そのうち、酔った先輩のひとりが「散歩をしに行こう」と言い出した。

 時間は深夜近い。

 テンションが上がっていたこと、その男性の先輩を信頼していたこともあり、私は即座に承諾した。


 防犯面から一人で夜歩きをしたことはなかったが、ずっとやってみたいと思っていたからだった。

 他の人たちも誘ってみたが反応は芳しくない。

 言い出した先輩と私、それと男の子がもう1人。計3人で、深夜の夜歩きに繰り出した。


 宿を出て驚いた。

 室内で騒いでいた折には気づかなかったのだが、夜になって霧が出てきていたらしい。

 3m先が見えないほどの深い霧だった。


 予想外の霧に驚き話し合ったが、私たちは宿に戻らず、そのまま散歩を続行することを決めた。

 霧の中を歩くなんて滅多にできない経験だ。

 車の事故も少し話題には出たのだけれど、きちんと歩道が敷かれていたし、車道は昼間ですら車を見かけなかった。

 だからこの深い霧の中でも大丈夫だろう、ということになった。


 霧の中を歩くのは大変に面白かった。

 衣服がしっとりと湿り気を帯びる。

 いつもは開けた視界が霧で白く、先がどうなっているのか全く見えない。

 五里霧中とは正しくこのことかと考える。


 数m先の見えない霧の中を歩くのに、迷ってしまっては宿へ戻れない。

 私たちははぐれないように固まって、車道に面した歩道を歩いて行った。


「向こうに道がある」

 先輩が言った。

 私たちのいる歩道の反対側、車道を渡った先にその道はあった。

 道の両脇は樹木が植えられていて、霧がなくても道の先は見えなかっただろう。


「行ってみるか?」

 先輩の問いかけには即答できなかった。

 確かに道の先は気になる。

 けれどそれまでは車道に沿って歩いてきたから迷わなかったのであって、深い白い霧の中で、一応大通りと言えそうな車道を逸れてしまって大丈夫なものなんだろうか?


 それに、なんだか、道の先がひどく暗く見えた。

 行くのはあまりよくない気がする。


「迷ったら困るし、もうそろそろ時間も遅いし、宿に戻りませんか?」

「霧もあるし、明日の昼間に見に行きましょう」

「そうするか」

 私たちの言葉に先輩はすんなり頷いて、元来た道を歩き出した。


 宿に戻った頃には、霧は更に深くなっていた。伸ばした腕、その指の数センチ先が見えない。

 なかなか楽しい経験をしたな、と考えながら、私たちは宿の部屋へ戻って行った。

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