第20話 黒い旋風
ブラックゲイルが空を飛ぶ。背負ったライフル型マテリアムをロケット代わりにして、空を飛ぶ。
「おっとっ!」
上空を飛んでいた旅客機を追い越す。方角的に、アメリカでも目指しているのかも知れないけど、明らかにこっちの目的地とは逆方向になるため、すぐに機体を逆走させる。
カタパルトから発進してここに至るまでにかかった時間は、たぶん10秒程度。
「よく、体が壊れないなぁ……」
静かに感動と安堵に浸る。こんな速度で動いていたら、普通なパイロットの肉体はGに耐え切れずに圧し潰されているはずだ。それだというのに、僕の身体はピンピンしている。専用のパイロットスーツなんて着ていないのに、どうしてこうなるのだろう? 生きているから、別に良いんだけどさ。
『そういえば、説明していなかったかな』
僕の左目に宿るエネルギー生命体のヴェインが、得意げに語り始める。
『この機体の装甲に利用されている金属は、ウルトラボードの欠片なんだ』
「えっ? ホントかよ!?」
『素材と、それを装甲に作り変える技術と一緒に、中にいるパイロットを保護する――君にもわかりやすく表現するならば、耐G性能を強化する機能を保持するような設計を依頼したのは、俺なんだ』
「そうなの? ていうか、いつ手伝いに行ってたんだ?」
『君と同化しているのだから、君があの格納庫に足を運んでいた時に決まっているだろう』
「そうなんだ……って、まさかじーちゃんが僕に手伝いを頼んでたのって!」
『労働力もそうだが、何より俺からの技術提供を受けるためだな。我々の奇妙な関係を、君が理解するためにはいくつかの困難が必要だっただろうから、それを君が受け入れるようになるまでは、電児殿には俺のことを秘密にしておいてもらいたいと伝えていたのだ』
「そういうことか。ていうか、困難ってどういうことさ? 一応、疑ってかかる方ではあると自覚はしてるけど、頭から信用されないと思われるのは――」
『異世界人なんてワード、いきなり言われて信じられるヤツがいたら、そいつは重度の中二病か、筋金入りのバカか、何も考えずに状況を楽しむ享楽主義者だろうな』
「辛辣……」
『評価しているが故だ。気に病む必要などない』
「さいですか……」
でも、これでどうしてじーちゃんが僕を助手扱いしていたのか、その理由に納得がいった。
答えは簡単。僕というよりかは、ヴェインを頼っていたというわけだ。
気づけば、当たり前だと思う。普通に開発するのであれば、僕なんかよりそこら辺にいるロボット工学専攻の大学生を雇った方が遥かに役に立つだろうし、テストパイロットなら天真PMCの誰かに任せれば良い。わざわざ僕が選ばれる理由なんて、血縁者という七光り要素でなければ納得できないものがあった。
じーちゃんは、僕を評価していたわけじゃなかったんだ。
『しかし、君は不思議な男だな』
「えっ?」
頭の中に、ヴェインの笑い声がこだまする。
『平均以上の能力は有していても、どこか器用貧乏な印象がぬぐえない。それなのに、君の周りの人は、君に絶対の信頼を寄せている。あの、ロッタ姫でさえそうだ』
「あれを引き合いに出されても……」
『君はそういうが、当時のロッタ姫の自立心の高さは、王国内でも有名なものだったんだぞ。それが、この世界に来てから急に君に甘えだしたんだ。俺は自分の目を疑ったもんさ。あのはねっかえりが、一体どうしたんだってな』
「なんだそりゃあぁっとぉッ!」
おしゃべりしている間に、大型エイムがやってきた。プテラノドンみたいなエイムが三体と、ティラノザウルスに天使の翼が生えたみたいなエイムが一体。口から発射しようとしている火炎の温度が、1500度を記録している。鉄が溶かされる温度だ。
『驚くことは無い。思う存分やって見せろ!』
「……よし!」
ならば、まずはマテリアムを試そう。背中のホルダーに設置していた……たった今、マテリアムキャノンと命名したそれを切り離し、振り回すように持ち直す。空中に浮かぶだけなら、各部のスラスターだけでも充分だ。
頭の中に、『弾丸』の文字が思い浮かぶ。
「いけ……!」
マテリアムキャノンから撃ち出された白い弾丸が、向かって中央にいた天使ティラノに直撃した。敵を消滅させた弾丸は、そのまま空の彼方へと消えていく。
「…………はっ? 一撃?」
思わずポカンとなる。さっきまでここにいたエイムは、少なくとも僕が出会ってきた中でも最強に近い力をもったエイムだと思っていた。だから、少し時間はかかるかも知れないと覚悟していたところに、この結果ときた。
拍子抜けした、と言えばそれまでだけど、一発があまりにも強力過ぎる。
こいつは、下手に使えないかも知れない。
「キィィィィヤァァァアアアアアアアアアアアアア!!」
プテラノドンエイムが金切り声のような雄叫びをあげる。すると、目に付く山々から、次々と同種のエイムや、さっきよりも大型のエイムがこちらに向かってきている。
『なるほど。我々を総力で潰そうというわけか。食うばかりの恐竜の姿をしているかと思ったら、意外と賢いじゃないか』
「感心してる場合じゃないって!」
集まってきた飛行可能なエイムが、四方八方から火炎弾を撃ち出してきた!
『安心しろ』
「?」
『お前はただひたすらに、奴らを殺す算段を立てれば良い。回避なんてつまらないことは考えるな』
その言葉は、多少なりとも浮足立っていた僕の精神を、すぐに落ち着かせる力があった。
なるほど。回避は考えなくて良い、か……。さっきも言ってたな。コイツはウルトラボードと同じ材質で出来ているって。
「わかった」
良い機会だ。ここで敵さんご自慢のウルトラボードの耐久力という物がどれほどのものか、試してみるのも良いだろう。
数が数なので、マテリアムキャノンの使用は躊躇わない。火炎弾が直撃するが、ほんの少し揺れたぐらいで、後はなんともない。モニターの左側には機体全体をチェックするためのステータスが表示されているが、数値の変動は全く無い。ウルトラボードを材質にした、
それはともかく、このブラックゲイル、敵の攻撃を物ともしない。
「おいおい、気分良くないって」
『そう言いつつ笑うお前が好きだぞ』
「人聞きの悪いこと言うねぇ!」
そうか。僕は今、悪い顔をしているのか。
道理で、マテリアムキャノンを発射する指がノリノリで前後するわけだ。数秒ごとに撃ち出される弾丸は、やはりエイムを消し飛ばしていく。
けど、これじゃ埒が明かない気がするなぁ。
「なんかこう、一気に焼き払いたいもんだなぁ」
『ならば、そういう力を示すんだ。お前のマテリアムにな』
「示すって……あぁ、そういうことね」
不思議と、頭の中に浮かぶ言葉がある。さっきの『弾丸』とは、また違う単語。
敵をまとめて焼き払うために有効な手段。それを可能とする銃火器のイメージ。
頭の中で並べる情報に合致する、強力な一言。
僕が見出した言葉は、『波動』!
「よし……くらえ!」
魂の力をチャージして発射する、極太の波動砲! 出し惜しみを考えない全力の一発は、眼前のエイムを全て消し飛ばしていく。
「まだまだぁ!」
無論、ここで終わらせるわけにはいかない。『波動』を発射したまま、今度は横にローリングし続ける。それにより、空中にいるエイムは次々と『波動』に飲み込まれ、消滅する。数十以上はいたはずのエイムの大群は、たかだか数十秒の間で全滅した。
こんな戦果、天真PMCの総力をもってしても、成し得ないんじゃなかろうか?
「くっ! ……ハッハハハハハッハ!」
コイツはいい! アセイシルが得意がるのも無理はない。
ウルトラボードやアールマイトの力を使いこなすことが、こんなにも愉快だなんて!
調子に乗って地上に降り立つ。飛行に必要な機能を全て切って自然落下したというのに、全く体は壊れない。実に愉快だ。
こんな超パワーを持ったロボットが、この世に存在して良いのだろうか?
「ゴォォォアアアアアアアアアアア!!」
クマみたいなエイムが、調子に乗るな! と言わんばかりに襲い掛かってくる。
「これならどうかな!?」
マテリアムキャノンを背中のホルダーに戻し、腰に設置してある大型ナイフを手に取る。
『あぁ、ちなみにそれもウルトラボード製だ』
「そんなら、オーバーキルってヤツになるかもな」
とりあえず、やかましいクマエイムに接近して、ナイフで両腕を切り落とす。悲鳴を上げている間にも、胸の中心をナイフの切っ先で貫いて、そのまま横に一閃する。勢い余って一回転したせいで、クマは胸から上と下とが切り離された。まぁ、すぐに消滅したけど。
続いて、トラやトカゲ、ムササビといった様々な動物を模したエイムが襲い掛かってくる。こういうヤツらは、目の光が怪しいって以外はほとんど実物と遜色ないから、動物虐待しているような気分に陥りそうになるのが玉に瑕だ。
どうせ来るなら、気持ちよく殺させてくれよな?
左手の武器をナイフから専用拳銃(WA M92Fフルオートリベリオンを大型にしたもの)に持ち替える。発射された弾丸は、トカゲエイムの背中に命中する。しかし、トカゲエイムは少し動きが鈍ったものの、今の一撃で息の根を止めるには至らなかったようだ。
「あぁ、これは既存の武器とおんなじか」
『ならば、あくまで緊急用と見るべきだな』
「それでも、威力は高めだったけどね」
飛びかかってきたウサギエイムを、すれ違い様にナイフで切り飛ばす。次が来るまでの間にわずかな時間があったから、ここで背中を向けて、ホルダーの位置をずらして下に向いていたマテリアムキャノンの銃口を上にあげる。そこから『弾丸』を発射して、トラエイムの大口に風穴を開けてやった。脳天までぶち抜かれたことで、トラエイムが、先程横一閃に両断されたウサギエイムが、消滅した。
ここで、エイムの大群が二の足を踏み始めた。ブラックゲイルは勢いだけで倒せる相手ではないと悟ったのか、次が来るまでの時間に隙間が生まれる。
その隙が、命取りになるぞ!
「じゃ、今度は手数を増やすか!」
マテリアムキャノンを構え直して、次の攻撃手段を念じる。
やはり、『弾丸』では面倒だ。取り回しやすいし、燃費も良いから一番使いやすい攻撃手段であることは確かだけど、今は派手にかます方が効率的だ。かといって、さっきみたいな『波動』では、周囲の建築物まで消し飛ばしてしまう。
ならば、『弾丸』レベルの威力を、連続で撃ち出せばいい。
これはもう、答えが出たも同然だ!
「ガトリング砲なら!」
頭の中に思い浮かべるのは、『回天』。銃口辺りに、光の粒子が固着することで形作られる、透明のガトリング砲の先端部分が設置される。
「いけ……!」
疑似ガトリング砲となったマテリアムキャノンは、銃口を勢いよく回転させ、それに伴い白い弾丸が無数に連射された。迫りくるエイムは、一匹残らず弾丸の波によって消し飛ばされていった。背後にある建築物のいくつかが倒壊してしまったが、エイムを殲滅したのだから、必要な犠牲ということで割り切ることにする。
『人はいなかったろうな?』
「避難勧告出されてまだのんびりしてるような奴らのことなんか知らないよ」
まぁ、モニターに人影らしきものは見られないし、みんな地下シェルターに避難してくれたものと思おう。
『……お前、出撃前と言ってることが違くないか?』
「そうか? ……あぁ、そうだった」
気持ちが昂り過ぎているのか、言動が過激になっているのがわかる。
まぁ、これが僕の本心ということなんだろう。
胸の前で十字を切って、祈るくらいのことはしておこう。
「じゃあ、試運転はこのくらいにしておくか!」
『あぁ。本命は、もう動き出したろうしな』
「なら、いくぞ!」
背中のホルダーにマテリアムキャノンを戻し、『斥力』を念じる。これにより、銃口から反発する力が生まれ、重力に逆らうようにブラックゲイルを持ち上げてくれる。そのまま飛行用のブースターを起動させ、僕達はアセイシルが暴走させたウルトラボードを破壊するため、カナミザワ漁港に向かった。
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