第19話 切り札
適当に走った先で拾ったタクシーを使って、僕とロッタはなんとかじーちゃんの工房に向かうことが出来た。その個人タクシーは、電子マネーが使えない時代遅れなシステムだったけど、僕は現金主義なので問題にならなかった。いざという時、頼りになるのはやっぱり現金だね。
何事も、最先端に固執するべきではない――と思ったら、急に発砲音が鳴り響いた。タクシーには自動迎撃システムを組み込んだ砲台が積んであったらしく、車体のライトに当たる箇所からマシンガンが飛び出し、襲い掛かる歩兵型エイムを蹴散らしていった。
「ご安心ください。ハイテクの割合を、防衛に偏らせただけなんで」
乗客の安全を優先した、素晴らしいタクシーだ。後で名刺をもらっておこう。
そんな安全な空間の中で、僕はロッタと情報共有を行うことにした。
すなわち、ロッタ側の――A世界での出来事について、ヴェインから聞いた話をそのまま彼女に伝えた。ついでに、「これって本当?」と言い、ヴェインとの会話の信憑性も確かめる。
「ウソでしょ……」
案の定、ロッタは目を見開き、「なんであんたが知ってんの?」って顔をみせた。
「やっぱり、夢じゃないってわけだ」
緊張で詰まっていた息を吐き出す。ヴェインから聞いた話は、全て事実なのだろう。
どうやら、あまり良くない方向で、話のスケールが大きくなっているようだ。しかも、僕の思いもよらない所で、ある意味では僕(=ヴェインともいう)を中心にして。
「でも、ホントなの? あなたの中に、ヴェインがいるって」
「やっぱそういうリアクションになるよね」
「そりゃ、ヘイコードーイタイ……なんて、訳の分からない単語を出されちゃあさ」
この女には、いずれSF映画でも見せた方が良いかも知れないな。この事件だって、宇宙が絡んでいるのは明白だってのに、あまりにも関心が無さすぎる。
「でも、本当なんだ。ほら、僕の左目。この中にいるんだってさ」
僕は、義眼の入った左目を指差す。それを、ロッタがのぞき込むように見てくる。
こうしてみると、やっぱりロッタは美人だと思う。まつ毛は長いし、瞳も宝石のように輝いて見える。色白の肌も艶があり、程よく膨らんだ胸とスカートから伸びた生足は、男からしたら垂涎ものだろう。
だけど、やっぱり僕は、ロッタに異性としての魅力を感じることは出来なかった。呆れるように鼻を鳴らし、「もう良いだろ」と言ってロッタの顔を押しのける。
「そっちが言い出したのに……」
「別に、信じなくたって良いんだよ」
「気分次第では、キスしてあげようかなって思ってたんだから」
「僕には
「アストライア王国は、一夫多妻多夫一妻OKだったから、そこは別に」
「日本は一夫一妻制なんだって……」
こんな時に、カルチャーギャップに苦しめられるとは。こうもはっきり好意を示してきたことには若干驚いているものの、やっぱり気持ちは動かない。むしろ、心のどこかでロッタを拒絶することが当然であると、そんな警告さえされているような気がしてきた。
その答えは、意外な形で返ってきた。
『遺伝子が受け付けない、ということだろうな』
「遺伝子……?」
ヴェインからの思念が言葉として響き渡り、困惑する。ロッタが怪訝そうに見ているため、ヴェインの声は僕にしか聞こえないと思うべきか。
『そうだ。今、俺の意思はお前にしか伝えていない。それよりも、お前の母親に連絡をしてみると良い』
(母さんに?)
思念で、応対する。
『そうだ。当然、彼女はロッタのことを知っているはずだろう?』
(うん。ウチに置いておけって真っ先に指示してきたのは、あの人だからね)
『一応、まずは君の母とロッタ姫に会話をさせろ。理由を聞かれたら、俺に指示されたと言え。それで全てが伝わる』
(……あんた、もしかして先に母さんとコンタクト取ってたりする?)
『母親だけじゃない。お前の祖父と父親とも、結託済みと思え』
(なんでそういう話を僕にしないんだよ……?)
『頭イカれそうな気がしたし』
紫色の空を眺めながら、ため息をつく。今の僕の心は、ちょうどあの雲みたいなもんだ。
しかし、妙に納得している自分がいるのも事実だった。
やたらロッタへの待遇が厚かったこと。
じーちゃんがカスタムの製作に熱中していたこと。
そして、虹色のアールマイトを持っていたこと等。
どう考えても、事情通の協力が必要なことが多過ぎる。ましてや、エイムの死体の保存やアールマイトの入手は、ヴェインのような存在からの情報提供が不可欠だ。
「どうにでもなれや……」
ちょっとだけいじけた態度になりつつも、とりあえずはヴェインの言う通り、母さんに連絡を入れる。
幸い、母さんはすぐに通話に応じた。
「母さん、ごめん忙しい時に。実はさ……」
ヴェインから指示されたこと、ロッタと話をしてほしいということを伝え、了承を得た。
「ロッタ。ほら」
ロッタに、通話が繋がったままのスマホを差し出す。
「電話? 誰と?」
「僕の母さん。なんでも、直接話したいことがあるんだって」
「なんだろ……?」
ひとまず、といった様子で、ロッタは僕からスマホを受け取り、「はい?」と会話に応じる。それから、しばらくの間、ロッタは傾聴に徹していた。
「うそ……?」
そして、2分くらいしたところで、突然彼女の双眸から涙が零れ落ちた。
「ホントなの? あなた……レイナーレ? 本当に、レイナーレなの!?」
嗚咽を漏らすロッタを見て、僕は静かに困惑する。
話しているのは、僕の母親じゃなかったのか?
『いや、間違っていない。確かに相手は君の母上だ』
(いや、レイナーレって誰だよ? 確かに、名前は似てるけどさ)
僕の母親の名前は、
『さっき、王家には行方不明になった第三王女がいたって話をしただろう?』
(うん。結局、見つからなかったんだっけ……?)
『それがお前の母ちゃん』
(…………うん、もうついていけない)
今日だけで、既にとてつもない量、恐ろしく貴重な情報が脳味噌に刻み込まれていく。あまりに重過ぎる展開に、僕の脳という名の真っ白なキャンパスは、既に塗り潰されるどころか、ふやけて突き破られていく。
しかし、「本当かよ?」とは聞かない。
ヴェインにウソをつくメリットなんて無いだろうし、何より事情通がいるからこその今だということは、さっきも思った通りだからだ。
そして、僕がロッタに劣情を抱かない理由にも、納得が出来る。
法的にアレなんだから、そりゃ体が嫌がるわ。二親等以内の親族が婚姻出来ないという法律は、まだまだ健在だからね。
「うん、うん……今度、ゆっくり話そうね。お姉ちゃんも、レイナーレに会いたい……うん、約束ね。早く終わらせるから。うん……うん、そっちも気を付けてね。じゃ」
ロッタは僕にスマホを返すと、そのままもたれかかるように僕に抱き着いてきた。
僕は苦笑しながら、ロッタの背中に腕を回し、優しく撫でた。
良いよね? だって、伯母さんなんだからさ。年下のっていうのが奇妙な話だけど、邪険にする理由が無くなったんだから、これで良いんだ。きっとね。
◇◆◇◆
ロッタと母さんの通話が終わって、数分したくらいに、自宅付近に辿り着く。
「ありがとうございました。ここいらでお願いします」
「はいよ! 気をつけてな!」
「はい……あ、名刺頂いても良いですか? もしかしたら、またお願いすることもあるかも知れないんで……」
「こういうご時世だからいつでもは無理かもだけど、歓迎するよ! 兄妹仲良くな!」
運転手のおじさんは、男前な笑顔を見せながら、タクシーを走らせた。さっきの話も、目元を帽子の鍔で隠しながらニヒルに微笑んでいたし、ハードボイルドなお方だったわ。
「兄妹だって。若く見られて良かったじゃない、伯母さん」
「次、伯母さんって呼んだら頭カチ割るからね?」
あ、本気でキレてる。
「事実じゃないか」
「あなたの方が年上でしょ!?」
「僕の母さんのお姉さんなら、合ってるじゃないか」
「細かいこととか良いの! とにかく、これからも私のことはロッタって呼びなさい! じゃないとレイナーレ……じゃないや、あなたのママに言いつけるからね!」
「甥っ子に言い負かされるお姉ちゃんなんて聞いたら、母さんどう思うだろうね?」
「いい加減にしなさいよもおー!!」
いちいち騒ぎ立てるもんだから、潜んでいた歩兵エイムに気付かれてしまった。しかたないのでライフルで確実に処理をして、足早にじーちゃんの工房に移動した。
幸い、工房は何事も無かったようで、いつもの古臭い様相を保っている。
「ん?」
扉の隣に、銀色の大型バイクが置いてあった。これは姉さんのバイクだ。
「先に来てたのか。ロッタ、こっちも行くぞ」
「んっ」
ロッタを伴い、店の中に入る。
「あ、やっと来た」
「あれ、瑠華?」
別行動をとっていた瑠華が、何故かカウンターに座っていた。ナイトフェニックスに乗ってきたと思っていたのに、何があったんだ?
「機体と一緒に、バイクを借りてきたの。
「よく貸してくれたね?」
姉さんは、ジャイアンよろしく、他人のものは平然と借りパクするくせに、自分の物は滅多に他人に託さない。自分の物なんだから、使い古すのも壊すのも自分じゃなくては気が済まないんだと思う。
「新しいのを買ったから、古いのはもういらないって言われて。だから、機体はステルスかけたまま、自然公園に置いてあるわ」
「えぇ~……?」
記憶が正しければ、あの人がバイクを買ったのは、一か月前の話だったと思うんだけど。もう買い替えたってのか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「それより、じーちゃんは?」
「それが、私もわからなくて……」
「瑠華が来た時には、もういなかったってこと?」
「はい」
ロッタの質問に、瑠華は首を縦に振って応えた。
「ただ、蒼次郎宛の置き手紙を見つけたわ。……これ」
瑠華は、カウンターの上に置かれたスーパーのチラシを取り、僕に差し出した。メモ用紙に使ったようだ。
「ったく、相変わらずケチ臭いことするね」
僕は瑠華からチラシを受け取り、油性マジックで書かれた文章を読む。
「ッ!」
「どうしたの?」
「……どこまで読んでるんだろうね!?」
僕は部屋の奥にある扉を開き、エレベーターに乗り込む。ロッタと瑠華も僕に続いた。地下に降りて、ブラックゲイルがある地下格納庫を目指す。
「あ、あまり走らないで……」
「ロッタさん……たまには運動をした方が良いと思いますよ?」
「い、今言われても……」
その『今』に備えて、日頃から運動するよう言ってきたつもりなんだけど。きっと、この後無事に生き残れたとしても、のど元過ぎれば熱さを忘れるってことになるんだろうな。
『守ってあげたくなる?』
(おばさんを?)
考えただけで、モチベーションがだだ下がりだ。
◇◆◇◆
「完成じゃあああああああああああああああああああ!!」
地下格納庫に入った途端、じーちゃんが狂気じみた雄叫びが響き渡った。思わず耳を塞ぎ、ブラックゲイルの前に立つじーちゃんの元に駆け寄る。
「ど、どうしたんだよ、じーちゃん!」
「ついに、ついに完成したんじゃ!」
「だから、何が?」
「アールマイトのエネルギーを、カーマに転用する技術じゃよ! 専用のコンバーターを作ったんじゃて!」
じーちゃんは早速と言わんばかりに僕に虹色のアールマイトを押し付けると、ブラックゲイルを何度も指差す。
「ほれ、行ってこい!」
「行ってこいって――」
「ブラックゲイルに乗るんじゃ! ほれ、早く!」
「わ、わかったよ……」
詳しい話をする前に、僕はブラックゲイルに乗り込んだ。コクピットの内装は、天真PMCが使用しているカーマと比べて、大きな変更点はないみたいだ。コンソール周りの電気系統は点いているようで、操縦はともかく、コンピューターの操作は出来そうだ。
とりあえず、操縦席に座る。
『おうおう。世界は違えど、こういうのは男心をくすぐるもんだなぁ!』
左目が軽く熱を帯び、ヴェインの声が脳内に響く。
「マテリアムになるのは好きだったの?」
『特段思い入れがあったわけではなかったよ。何せ、あれはこちらの動きを完璧にトレースする仕組みだったからな。操縦とは違っていたよ』
「こっちの世界のメカニックが目指す領域なんだけどね」
『しかし、俺はこう思うのだ。過ぎた技術は人類の首を絞めると。操縦という形で機械を動かすからこそ、人間とメカ、それぞれの役割が果たせるものだとな』
「ずっと座りっぱなしだと、腰を痛めたり体が固くなり過ぎたりするんだよ?」
『限界がわからなくなるという意味では、人機一体も困ったもんさ。何せ、生身の体力がそのままメカの持久力とイコールになっちまうんだからな』
「一長一短ってわけ?」
『そういうことだ。それぞれの良い所を十全に理解し、使いこなす。マテリアムの媒体であり、かつ優秀なパイロットであるお前には、しっかり言葉として伝えておく。覚えておいてくれ』
「うん、わかった」
先人のアドバイスだ。きちんと吟味しなくては、罰が当たるからね。
『聞こえるか、蒼次郎!』
モニターに、じーちゃんの顔が映る。後ろには、ロッタと瑠華の顔もあった。
「じーちゃん? あぁ、聞こえるよ!」
『今は、予備電源のバッテリーで内部のコンピューターを動かしちょるが、当然そのままじゃブラックゲイルは動かん! そこで、お前のもつアールマイトの出番というわけじゃ!』
「これが……」
手にした虹色に輝くアールマイトが、あたたかな光を発している。
『お前のマテリアムを、機体の背部に新たに設置したホルダーに設置するのじゃ! それだけで、マテリアムから発せられる莫大なエネルギーを、機体内部に回すことが可能になるんじゃ!』
「外付けのエンジン代わりにするんだもんね」
『余分なパワーなら、漏らさず利用する! エコじゃわい!』
「なんか意味が違うような気もするけど……」
言われた通り、アールマイトを手にして戦う意志を伝える。すると、機体の背部にいつか見たライフルが設置される。それと同時に、モニターに表示されているエネルギーゲインのゲージが、あっと言う間にゼロからMAXまで到達した!
「すごい……! これが、新型のパワーなのか!」
駆動による振動に、意志を感じた。
こいつは、暴れたがっている。
目に付く全ての敵を、完膚なきまでに破壊することに、飢えている。
意志なんて無いはずなのに、ブラックゲイルがそう訴えている。そんな気がした。
『見事だ、
ヴェインの声が、ライブラリ音声を利用した感じで発せられる。肉声のように聞こえるため、これなら僕以外の人間とも会話が可能だ。
『その声、ヴェインか?』
こっちから説明するまでもなく、じーちゃんはヴェインの名前を呼んだ。知り合いだという話は、本当だったようだ。ロッタも驚いているようだけど、頭が真っ白になっているせいか、金魚みたく口をパクパクさせている。……落ち着くまでは、ほっとこう。
『あなたのおかげで、私達の武器は本当の意味で完成を迎えた。礼を言わせてください』
『よいよい。儂の探求心を満たしてくれただけでなく、そのための材料も提供してくれたんじゃしな。孫の目ん玉ぐらい、安いもんじゃ!』
「…………」
どうも天真家の人間は、問題発言がお好きらしい。これがあと2年早かったら、児童相談所に睨まれるトコだったぞ。
『ふむ。では、蒼次郎。そのまま今度はアジャストの作業に入るのじゃ! OS周りもなんもかんも、お前に合うように調整せい!』
『その間に、この後の目的とそいつの達成に必要な情報を伝える』
「全く、忙しいよなぁ」
そう言いながらも、僕は自然と手を動かしながら、ヴェインの言葉を待つ。
OSの調整なんてものは、子供の頃から何度もやらされていることだ。パソコンに慣れた人がキーボードを見ないでブラインドタッチをするみたいに、自然と体が何をするべきか覚えているんだ。だから、最終チェックにきちんと目を通しさえすれば、それ以外は呼吸をするみたいに自然に出来る。
『では、現状の説明をしよう』
ヴェインは声のトーンを若干落とした。真剣な話をしているということだ。
『繰り返すが、俺はあえてアセイシルにウルトラボードの利用方法を教えて、奴は実際にそれを使った。だが、あいつに伝えたのはほんの一部で、しかも最後に使用させたのは暴走プログラムの起動だ。結果、ヤツは逆にウルトラボードに取り込まれることになり、それの自律活動に必要な媒体となり、徐々にその形態を確立していることだろう』
「ウルトラボードのパワーを持った強敵ってわけだ」
『恩恵はあるぞ。暴走しているわけだから、当然他の機能もイカれている。まず、防衛機能が働かなくなる』
「防衛機能が……?」
『硬質化や、迎撃システムだ。そういった、ウルトラボードを守るための機能が、アセイシルを取り込んだせいでエラーを起こした。俺が乗り込めれば一番早かったんだが、捕獲されるとヤバいんでそれも出来ないんでな。死んでもいい人間筆頭のアセイシルを取り込めれば、破壊も出来て資源も回収、何より俺の復讐も完遂出来る。一石三鳥ってわけさ』
「黒いね~!」
と、言いつつこれには大賛成だ。ある意味では元凶とも言える男については、僕も腸が煮えくり返る思いがしていた。もし、あいつが瑠華に接触したらと思うと、殺意が湧いて来る。
『もうひとつ大きいのは、送り主との通信機能が遮断されることだ。向こう側からすれば、このウルトラボードについては反応がロストしたように見えるだろうな。そうなれば、必然的にエイムの増殖も出来なくなる』
「ふむふむ」
したがって、敵の数は多けれど、増援は無いと見てよさそうだ。
『既に生み出した個体を操る方法はあるのかも知れないが、その程度の連中なら、このブラックゲイルの敵ではない。敵の数にカウントしなくていいくらいだ』
「逃げ遅れた人がいるかも知れないから、油断は出来ないと思うけどね」
『状況判断出来ずに、ついてこないようなバカは放っておけばいい』
「寝たきりの老人にも同じことが言えるのか?」
『以前にも事件があっただろう。その時に逃げているはずさ』
「希望的観測だよ。悪いけど、この世界の人たちはあんたが思っている程頭の回転が早いわけじゃないし、腰だって重いんだ。そういうもんだと思った方が良い」
『それは失敬。だが、こうしてこの機体が完成した以上、そんな心配は無用だ』
「なんでそう言えるんだよ?」
『それほどに、凄まじいポテンシャルを秘めているからだよ。お前と、お前のアールマイトは』
少しだけ、心臓が跳ね上がった気がした。
『会敵した瞬間、エイム程度なら一瞬で消し炭だ。ま、これについて実際に試してみたいとわからないだろうから、現場で慣れてくれ。さすがの電児殿も、武器型マテリアムの出力の計算だけはまだしていないだろうからな』
「まぁ、持ち主らしい僕が離れてたわけだからね」
やがて、避難警報が鳴り響く。暴走したウルトラボードが暴れ始めたのかも知れない。
『さて、敵が動いた。準備はいいな?』
「あぁ。……じーちゃん、出撃するぞ!」
『応よ! カタパルトに誘導するぞい!』
じーちゃんの操作により、天井のハッチが次々と開いていく。それに伴い、空が見えるようになり、さらにレールが天に向かって伸びる。
『お前のマテリアムは、武器であると同時に追加ブースターじゃ! まずは思い切り、飛んでみるんじゃ!』
「わかった!」
カタパルトの発進プログラムの確認が、数秒の間に行われる。
モニターの発進許可信号が、停止の赤から許可の青に変わった。これにより、こちらのタイミングでいつでも発進が可能になる。
『さぁ、行こうか』
「あぁ……!」
思えば、何のために戦っているんだ? って思う。
誰かが傷つくところなんて、本当は見たくない。死体なんて以ての外だ。武器なんて、本当は無い方が良いに決まっている。
だけど、そうしなければ、いざという時に誰も守れない。人間同士だって完全には信用できないのに、今は人外の化け物(元は人間だけど)が相手なのだから、猶更だ。
そして、そんな面倒ごとを次々と引き起こした、僕らの問題の元凶とも言える男が、今は大きな災害の素になろうとしている。
他人を犠牲にすることを当たり前だと思うようなヤツは、自分勝手だ。自分が痛い目を見たくないがために、他人を平然と利用する。自分以外の何かに責任を押し付けようとする。そういう人間は、自覚も無く他人を傷つける。
実に厄介なヤツだ。アセイシルは越えてはならない一線を越えた男だ。一切の躊躇はいらない。
だけど、せめて人らしい最期にしてやろうとだけは思っている。彼も彼なりに、幸せを追い求めた結果なのだろうから。
同時に、その事実は僕の肩にものしかかる。
復讐。
好奇心を満たすための実験。
平穏を守るため。
僕らの目的を果たすため、僕らもまた、アセイシルを犠牲にする。
その行いを罰する人間が現れるその時は来るのかも知れないけど、そうしなければ守れない命が、この世界にはあまりにも多過ぎる。
なるほど。戦うっていうことは、それだけが罪なんだ。
子どもの頃に見た特撮アニメの主人公のセリフなんだけど、やっとその意味がわかった気がするよ。
「僕は、受け入れる……目を背けたりなんてしない!」
それだけが、相手への手向けだ。
「ブラックゲイル、発進!」
そして、僕を乗せた切り札は、上空へと飛ばされ、やがて自らの力で空を駆け始めた。
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