第18話 共存

 全てを語り終えたヴェインは、全身を黒く染めあげていた。これが、彼の激情の表れ、ということなのだろうか。


「きっと、ヴァンガードは、人類が進化した存在なのかも知れん。私もそこに至れる可能性もあったのだろう。だが、完全ではなかった。ヴェイン=オネットとしての自分を取り戻した私は、人間でも奴らの同族でもなかったのだ」


 寂寥感に満ち溢れた呟きを聞いて、尋ねずにはいられなくなった。


「ヴェインは、人間に戻りたいの?」

「出来ればそうしたいが、そのために君の人生を破壊するつもりはない。人生を奪うのとはつまり、寝取り寝取られと同義。私は、自分がされて嫌なことは、極力人にはしないという精神で、日々を過ごしているのだ」

「それは……立派な心掛けだね」


 控えめに微笑む。それは人生の基本だと思うけど、なかなか出来ることじゃない。それを自覚しているだけでも、立派だと思う。

 例え方は、最悪だったけど。


「さて、蒼次郎そうじろう。私からの話は以上だが、気になることはないかな? いわば、君と私は必然的に運命共同体。君が納得できないことは、なるたけ解消しておきたいからね」

「僕の身体から出て行け」

「やだよ。死んじゃうって」

「マジかよ……」


 なんか不気味だし、いろいろと覗かれてる気もするしで、落ち着かないんだよ。

それに、せっかく瑠華るかと再会できたのに、アレコレ出来ないじゃないか。


「義眼があれば分離は可能だが、長時間は保てない。君以外の人間との同化が不可能だということは、感覚で理解できる」

「ウルトラボードは?」

「可能だが、ヴァンガードの連中が俺を捕縛するための機能を追加している恐れがある。君達にとって有力な情報源であるという自覚がある内は、試すべきではない」


 そんなことを言われたら、何も言えなくなる。


「するとしても何かしらの大博打を撃つ必要がある時に限定される。少なくとも、それは今じゃない」

「今じゃないって――あぁ、そういえば!」


 僕は、戦闘中だったことを思い出した。


「ロッタは大丈夫なのか!? それに、アセイシルのヤツも何かしでかそうとしてこうなったんだし――」

「落~ち~着~け~!」

「んんんんんッ!?」


 突然、全身に電気が流れた――ような気がして、仰向けに倒れた。


「この精神世界の流れは、私の力で著しく素早く展開されている。具体的に言うならば、ここでの10分は、現実世界での1秒だ」

「ホントかよ!?」

「ホントだよ。それより、無理をするのが今じゃない……そう話した理由について、説明しよう。これは、君のこの後の行動にも関わってくることだからな」


 ヴェインは、邪悪な笑みを浮かべる。

 これは、何か問題行動を起こしたっぽいな。


「まず、アセイシルは今、ウルトラボードを利用しようとしている。尋問中にそのための知識を授けられた。それにより、自分が選ばれし存在だとか、そんな勘違いを起こしている」

「そ、そういや、なんかそんなカンジのことを言っていた気がするよ」

「実は、それを与えたのは俺なんだ」

「お前かい!?」


 会ったばかりの人をお前呼ばわりしてしまった。まぁ、並行同位体っていう別人だけど同一人物らしいし、ある意味主犯だし、何より無断で人の身体に住んでいるのだから、無礼はお互い様ということで気にしないことにした。


「しかし、伝えた情報には、意図的に穴を空けた」

「穴……十割説明しなかったってこと?」

「そう。こうなることで、今しがた君の身体を貫いたあの無差別攻撃は、ウルトラボードの最終防衛装置が発動した証――いわば、変形のための最終シーケンスを始めるための清掃作業といったところだ。周囲の敵を駆逐するためのな」

「エネルギーの余波で敵を薙ぎ払うっていう、特撮ヒーローによくあるあれか」

「得意げにしているヤツが実は失敗していることを指摘して嘲笑うのは、実に楽しみだ」

「喜んでる場合じゃなくね?」


 ウルトラボードと聞かされて、重大な問題を思い出す。


「今の地球の武器じゃ、あれを破壊出来ないんだぞ! マテリアムだって、どうなってるかわからないし」

「ロッタ姫の持つアールマイトは問題なく再利用できるが、あれではダメだ。力が足りな過ぎる」

「じゃあ無理だろうが!」

「そんなわけがなかろう」

「いて」


 ヴェインのデコピンを食らった。精神世界なのに、痛い。


「忘れたのか? お前達が持っているアールマイトは、ひとつだけではないということを」

「もうひとつ……あぁ!」


 僕は、じーちゃんの持っている、虹色のアールマイトを思い出した。


「あれならいける、かもだけど……」


 もうひとつ、重大な欠点も思い出した。


「僕のマテリアムって、完全に武器型だったんだ……」

「しかし、それを利用するためのカーマを開発しているのだろう?」

「でも、考えてみたら、大丈夫なのかな? マテリアムを使うためのカーマだなんて、いくらじーちゃんが天才博士だからって」

「問題ない。そのための下地は、既に提供している」

「提供って――」

「それは自分の目で確認した方が早い。残りの事情は、移動しながら説明するさ」


 そう言いつつ、ヴェインはどこから取り出したのか、剣を構え、僕の後頭部を殴った。

 視界が、白く染まっていく……。


 ◇◆◇◆


「――ろう。蒼次郎!」

「ッ!」


 気付けば、僕は元通り、仰向けに倒れていた。隣では、ロッタが心配そうに顔を覗き込んでいる。


「どうしたの? 転んだ?」

「いや、そんなことは……」


 転んだなんて、そんな呑気な感じに捉えられていたなんて――って、そういえばヴェインと会話していたのは、現実世界では数秒程度の話だったんだっけ? これが時差ボケというヤツか。

 試しに簡単にラジオ体操の初めのヤツをやって、体を動かしてみる。一応、マテリアムが倒された時には、媒体となる人間にも大なり小なりダメージはシンクロするらしいが、幸い動けない程ではなかった。それでも、食べ過ぎた時みたいな腹痛はあるけどね。


「それより、あれは何?」


 頭上を見上げると、ウルトラボードが白くなり、プラズマを発生させている。なんというか、電線がショートしたような、そんな雰囲気だ。


「暴走しているようにも見えるけど……」

「……ホントのことだったのか」


 正直、まだ記憶がはっきりしないところはあるけれど、とりあえず今の行動を決めるにあたっては、無視できないものだと思った。


「よし、ロッタ! じーちゃんの所に行くぞ!」

「えっ? 急に何を――」

「説明なら走りながらする! 急げ! あれならしばらく大丈夫だから!」

「あぁちょっと! 走るの苦手……!」


 構わず、手を引いて走らせた。



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