第17話 ヴェインside ~過去~

 神聖アストライア王国は、緑豊かな土地だった。蒼次郎そうじろう、君達の世界でいうイギリスに位置するアストライアは、北なので肌寒くはあるが、緑豊かで太陽の恵みを尊ぶ、平和な国だったといえる。

 私は、そんな王国を守る近衛騎士となり、王国の繁栄に勤しむ王家を守るという役割に、誇りをもって生きてきた。

 王や妃はとても聡明かつ慈悲深い方々だったし、その子らであるロウザとロッタも、甘やかされた分わがままな面は見受けられるものの、国を愛する王家の人間として恥じない成長を見せてくれた。

 事故で第三王妃を失くすという事件はあったものの、皆が悲しみを乗り越え、王家の者として恥じない働きをし続けてきたのだ。

 ……そう変な顔をするな。民の前ではまじめな方だったのだ、ロッタ姫は。


 ◇◆◇◆


 A世界滅亡から二か月ほど前の出来事だった。

 ロウザ様の婚約者を募るための、武闘大会が催された。いかに平和な王国といえ、その恩恵を我が物にしようと企む他国家や、エイムとは違う原生生物のモンスターに襲われることも少なくなかった。故に、男児に恵まれなかった国王様は、娘である王女たちにふさわしい男を選定するべく、武道大会で候補者を募ったわけだ。

 国を守るということは、無論強大な力を手にする必要があることを意味する。

 王女を娶るに相応しい人物は、そうした強大な力を正しく振るうだけの資格と度量を持った人間が相応しいとは、誰もが思うところだ。

 だからこそ、武闘大会に参加した者たちは、皆が全力を出し合った。

 その中には、私はもちろん、アセイシルもいた。

 我らは、主催者である王の命により用意された、騎士団にて保管されたアールマイトを手にした。

 

 時に、蒼次郎。君は、アールマイトの語源は知っているかな? 

 かの物質は、魂の力を具現化する鉱物であることから、そう呼ばれるようになったのだ。

 その、アールマイト自体は、私が生まれるよりずっと前から発見されており、それ以来続けられてきた魔術師による研究の末、今の君が知っているような性質を秘めていることが判明した。そして、その使用方法についても、ほぼ完全に把握されるようになった。

 そんなアールマイトによるマテリアム顕現により、武道大会の最後は巨人同士の戦いとなった。

 最後まで残ったのは、私とアセイシル。

 そして、雌雄を決した時に立っていたのは、私だった。まぁ、アセイシルのような魔術師は接近されたら何もできないからな。よしんばできたとしても、騎士団最強と謡われた私とは、近接戦闘の経験は天と地くらい差が開いていた。

 決め手となる、三日月のように滑らかな弧を描く斬撃を受けたアセイシルのマテリアムは、大量の光を振りまきながら崩れ落ちていった。


 こうして、私は優勝を果たした。そして、私はロウザ姫に求婚する権利を得た。

正直、結婚なんてどうでもよかったのだが、私はロッタ様を通じて家族の団らんというものには強い興味をもつようになっていた。だから、家族を作るのも悪くないって、思ったのさ。

 よくケンカもするし、周りがうっとおしく思うこともあるようだけど、それ以上に自分には無条件にそばにいる誰かがいる――その感覚は、両親を失った私にとっては、太陽に並ぶ世界の宝のように思えてならなかった。

 幸い、ロウザ姫は私との結婚を了承してくれた。多少は世間知らずなところは見受けられたが、彼女は国のシンボルだった。そんな存在に認められたことは、素直に嬉しかった。兵舎の自室に戻った後、一人小躍りしてしまったもんさ。

 その日の晩、祝勝パーティが開かれた。アセイシルを始めとした武闘大会の参加者たちも参加していて、皆が私たちの婚約を祝福してくれていた。

 その日は、私の人生において、最良の日だと思った。


 だけど、それは間違いだった。


 その日の晩。私はロウザ姫との蜜月の時を迎えようとしていた。彼女の指示通りに、誰も人が寄り付かないという時間帯に、城のバルコニーへと向かい、そこでロウザ姫と落ち合うと約束していた。

 だが、そこで誰も予期せぬ事態に陥った。

 エイムが襲撃してきたのだ。

 私は、騒ぎを聞いて部屋から飛び出してきたロッタ姫と共にマテリアムヴェインとなり、そのままエイムとの戦闘に入った。

 エイムの数は膨大で、奴らの大群で空が見えなくなるほどだった。しかし、自分の背後に、守るべき人々がいるという使命感と、彼女たちのために戦いたいという希望が、今まで以上に燃え上がるのを感じた。

 負ける気はしなかった。実際、かつてない程に、体の奥から力が漲るのを感じていた。

 ただ、物量で圧倒的不利な戦いがすぐに終わるわけもなく、全てのエイムを追い払った時には、時間にして二週間は経過していたところだった。後から駆けつけてきた騎士団や傭兵団のマテリアムが加勢してくれはしたのは良かったが、被害は決して少なくなかった。

 その後、私とロッタ姫は城に戻った。私が守り抜いた人々の笑顔が、賞賛の声が、とても心地よかった。彼らの笑顔を守れるのなら、命すら惜しくない、と本気で思った。

 ロッタ姫とは城内で別れ、私は自分にと用意された個室に戻ることにした。武闘大会で優勝してからは、そこが私の新しい住居となっていたのさ。

 城から戻った私とロッタ姫を、王様や王妃様、大臣を始めとした家臣達が迎えてくれた。

 しかし、集まった人たちの中に、ロウザの姿を見つけることが出来なかった。

 何か、あったのだろうか……?

 少し、嫌な予感がした。

 もしかしたら、戦闘の余波に巻き込まれて、負傷でもしてしまったのだろうか? だとしたら、一刻も早く見舞いにいかなくてはならない。炎に焦がされた鎧を脱ぎ捨て、汗だらけになった服を清潔な物に替えて、すぐに会いに行こう。

 そう決意し、初めて入る自分の部屋のドアノブを開いて、室内を見渡した。

 そこで、私は見てしまったのだ。


 大きいベッドの上で、肩を並べて横になっていた、ロウザとアセイシルの姿を。


 その時、自分がどんな顔をしていたのかはわからない。ただ、私を見たロウザとアセイシルは、顔面蒼白になって怯えているように見えた。

 喉が焼き付いたように、声が出なくなった。その間にも、奴らは口々に自らの言い分を述べていったよ。


「無事だったのか!?」

「これは、違うの!」

「私は、ロウザ様と避難をしようと思った! 城の外壁にも、敵の攻撃が当たっていたし、城内でも危ういと思ったからだ!」

「ものすごい数の化け物だったんだもの! あなたが無事でいるとは、とても思えなくって……信じて待っていたけど怖くって……」

「私はロウザ様をお守りするべきだと思った。命を懸けて戦っているお前が、幸せになれるようにと」

「私、怖かったの。誰かに大丈夫って、言ってほしくって。寂しかったの……」


 よくわからない言葉が、耳に入っては、右から左へとすり抜けていった。だけど、俺の精神は、どうしようもなく彼らの言葉の意味を理解してしまった。

 奴らは、俺が死ぬと思っていたようだ。そう思う方が、楽だったのかも知れない。アセイシルに至っては、それを望んでいる節すらあった。

 ロウザは助けを求めていた。俺はそのために戦ったつもりだったが、彼女はそれすら信じてくれなかった。結果、身近にいる誰かに、慰めてもらうことを望むようになった。

 アセイシルは、我先にとそこに飛びついた。本人たちの言い分では「利害の一致」ということだが、とにかくあいつらは互いに溺れた。人々を守る魔術師の仕事を、民を鼓舞する王族の使命を放棄して、ひたすらに互いを求め合っていたんだよ。

 そして、醜態を晒した。それだけの話さ。

 ただ、空しくなった。自分が熱くなってまで守りたいと思っていた連中のことが、一気にどうでもいい存在になっていった。気持ちが、絶対零度の領域まで冷め切っていたよ。

 俺は呆れて、部屋を――城を出ていった。ロウザが泣き叫んでいたみたいだけど、もう何を言っているのかわからないくらい、意識が朦朧としていた。

 フラフラと、だけどひたすらに歩き続けた……。

 城下町。

 城門。

 近くの農村。

 そこにいたみんなが声をかけてくれた気もするけど、みんな腫物を扱うような目で俺を見ていた。

 泣いていたの、かな……?


 やがて、俺は城からも見える、近くで一番大きな山の頂上にたどり着いた。中腹までは緑に溢れた自然豊かな場所だけど、頂上は雪に覆われて真っ白になっている山だ。実際、頂上に足を踏み入れたけど、雪が積もっていたよ。意外にも、足場はしっかりしていたから、転ぶことは無かったが。

 山に来た、目的? そんなもの無いよ。単純に、空に近いところまでいけば、風が自分の中のドス黒い何かを洗い流してくれるんじゃないかって、思ってたのかね? 今となっては、わからないことだ。「自分のことなのに」って思わないでくれよ。こういう時、人は理屈でものを考えることができないもんなのさ。

 今言ったことは、本当のこと――俺の本心だった。

 だが、ここで俺の運命は、大きく変わることになった。

 

『※※※※※※』


 聞いたこともない言語だった。モンスターの鳴き声でもなければ、電子機器の警報音とも違う。とにかく変な、それでいて不愉快な音だった。

 だけど、それは音じゃなかった。

 声だったんだ。

 俺は足元を見た。雪で白かった地面が、いつの間にか艶やかな黒に変わっていた。

 気付けば、俺はウルトラボードの上に立っていたんだ。

 ウルトラボードは、そのまま天に向かって光を伸ばした。その中にいた俺は、さっきまで自分が望んでいたような状態になっていると感じた。

 感情が洗い流されていく。自分の中にある様々な感情、願望、使命感、欲望、悪意……自分の精神を形作っていくものが切り崩され、舞い上がっていくような気分だった。

 俺は悟った。

 これは、俺が人間ではない生命体に変化していく経緯なのだ、と。

 何かが零れ落ちていくにつれて、「俺が俺でなくなっていく」感覚だけが残る。そして、気づけば俺の肉体は消え、この世界のありとあらゆる場所に流れるエネルギーのような存在と化していた。

 人間だった自分を捨てた対価なのか、ウルトラボードは知識を授けてくれた。

 今の自分は、ウルトラボードを送り込んだ連中と、同じ存在――すなわち、ヴァンガードになっていることを理解する。

 これから、どう生きるべきかを考えた。

 ヴェインだった頃の自分が求めたものは、もう手に入らない。いや、必要ないというべきだ。だから、アストライア王国で何かをしたいとは、思わなかった。そう思った所で、すべての記憶が微笑ましくなる――と思っていたが、現実は違った。

 俺は、知ってしまったのだ。ウルトラボードによる干渉の中で、そいつの活動記録を頭の中に流し込まれ……その際に再生された記憶の映像に、目が釘付けになった。

 俺の両親が、ウルトラボードに殺された瞬間を。

 ずっと行方不明と思われていた両親は、俺と三人でピクニックに出かけた時、俺を置いて姿を消してしまった。蒸発してしまったのかと、泣きじゃくる俺を保護した人たちは語っていたが、その答えを、ウルトラボードを通じて知ってしまった。

 両親は、あの時にウルトラボードに取り込まれたのだ。そして、自我を消され、長い年月をかけて肉体を構成する細胞を分解、改造されていく。そうして、俺の両親は、強力な生物兵器である大型エイムへと変貌を遂げた。

 そして十数年後、その巨大エイムは倒された。

 倒したのは、マテリアムヴェインだった。

 それを知った時、俺は自分の幸せだけを願ってくれた父と母の笑顔を思い出し、またしても自分が燃え上がってしまうように感じた。

 俺は、その時に取り戻してしまったんだ。

 怒りを。

 人間だった頃の憎しみを。

 この結果は、ヴァンガードの望みを裏切るものだった。しかし、自覚してしまった以上、俺はヴェイン=オネットとしての自分を手放す気が失せていた。


 我慢ならなかった。

 両親を奪ったヴァンガードが憎い!

 俺を裏切ったロウザとアセイシルが憎い!

 怒り――感情によるエネルギーで、俺は俺を燃やした。

 すべきことが、はっきりした。


 ヴァンガードを、始末する!

 俺を裏切ったアセイシルとロウザに、地獄を見せてやる!


 ヴァンガードの科学力は恐ろしい。ウルトラボードという多機能型干渉デバイスを生み出し、量産しているような連中ならば、地球人よりはるかに優れた生物なのかもしれない。

 だからこそ、思い知らせてやりたい。貴様らが見下した人間という存在が、いかに不確定で、だからこそあらゆる可能性を秘めている存在なのだと。

 その可能性をもって、必ず貴様らを根絶やしにしてやるのだと!

 邪魔するモノ。

 不愉快なモノ。

 気に入らないモノ。

 そういうモノは、徹底的に消し飛ばしてやる! そうしていく中で、アセイシルとロウザに生まれてきたことを後悔させるタイミングは、必ずやってくるはずだ。こちらは、焦る必要はないだろう。

 まず、俺はウルトラボードの転移装置を利用して、ここB世界に突入した。敵の本丸はこちらにあるのだから、まずは現状を知るべきだと思ったのだ。

 まずは、体を求める。行動をするには肉体が必要だからな。

 そう思った俺は、AとBに共通する生命体――並行同位体を探すことにした。

 並行同位体とは、違う世界に存在する、同じ性質の魂をもつ生命体同士のことさ。不思議に思うかもしれないが、こう言えば説明できるはずだ。

 ……さすがだ、蒼次郎。気づいたようだね。

 

 俺の並行同位体とは、君のことなのさ。


 君とロッタ姫がマテリアムヴェインになれたことが、何よりの証拠だ。

 元々は俺を媒体に起動するロッタ姫のアールマイトを君が使用できるのは、ひとえに君と俺が並行同位体だったからこそ。俺の中に君がいるのとは、また別の話だがね。

 ともあれ、そんな君を探すことにした私は、まずは移動手段を得るためにロッタ姫に接触し、彼女のアールマイトを依り代に、マテリアムヴェインとなった。ちょうどその頃、神聖アストライア王国はエイムの強襲を受けて崩壊寸前だったから、ロッタ姫をお救いする意味でも、必要なプロセスだった。

 そして、A世界のウルトラボードを利用して時空跳躍機能を用いて、このB世界へとたどり着いたのだ。しかし、このB世界へと移動する途中で、ロッタ姫とはぐれてしまったのは誤算だった。マテリアムはある程度維持できたようで、彼女の身柄の安全は保障出来たのは不幸中の幸いだった。


 ◇◆◇◆


 この世界への跳躍を試みた我々が、それぞれ別の時間軸に辿り着いてしまったのは、このためだ。

 俺は、今からおよそ十年前。

 ロッタ姫は、ひと月前といった具合にな。

 ……そうだな。彼女がこの世界に来たのは、俺が巻き込んでしまったからだ。

 ともあれ、単独でこの世界に辿り着いた俺は、早急にメキシコにあるあのウルトラボードを利用し、まずは身の安全を確保。その後、探知機能を利用して並行同位体である君を探した。

 幸い、君の反応はすぐに見つけることが出来た。そして、ネット回線とかいう電波を通じて君のいる町にたどり着いた。あれは一種のエネルギーだから、それに溶け込んで行動することが出来たのさ。

 当時、君は瑠華るかを守るために歩兵エイムと戦い、左目を失ったね。

 それなのだ。

 君の、死への恐怖をはねのけようとする強い意志、生き残りたいという願いは、人間でもヴァンガードでもなくなった私を、強く強く引き寄せた。

 この時、私は君と同化した。同時に、それを喜びとしたのだ。

 以来、私は君の祖父、ご両親にコンピューターを介して事情を説明し、秘密裏に備えてきたのだ。そして、ヴァンガードになり損ねたエネルギー生命体である俺の存在を保つための、特殊な義眼も用意してもらった。

 エイムへの対抗手段を確立するため。

 そして、いずれ迎えるかも知れない、ヴァンガードへの報復の準備をするためにね。

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