第14話 アセイシル暴走

 僕とロッタは、すぐにアールマイトを使ってマテリアルヴェインに変身し、飛行。以前に訪れた、カナミザワ漁港にたどり着いた。所要時間は2分程度だ。

 マテリアムヴェインでの移動は、楽で良い。単純なスピードもそうだけど、一番便利だったのは魔法だ。

 一応、ロッタもアールマイトを媒体にして魔法を使うことができるらしく、体を透明にして姿を見えなくするステルス機能をもたらすような魔法を使った(異世界の言葉だから、何言ってたのかはよくわからなかったけど)。

 おかげで、煩わしい警察はもちろん、やかましい一般人の目に留まることなく、スムーズに飛行ができた。


「城から抜け出すのに、重宝したんだから!」


 その一言で、全てが台無しになった。


「さて……」


 到着したのはいいけど、結論から言えば、収穫は無いに等しかった。


「見当たらないなぁ……」


 ここには、ウルトラボードがあったはずなんだけど、監視役の警察や自衛隊の姿が見当たらない。周囲の住民たちは、家屋がまとめて破壊されてしまったことから転居を余儀なくされており、今、この小さな漁港、そして付近の交番すら、無人となっている。

 ひとまず、ここでマテリアム化を解除する。一応、体力の消耗は多くなるから、少しでも互いの負担を減らす意味でも、ここはロッタと二人で周囲を観察することにする。


「ねえ蒼次郎そうじろう? ウルトラボードって、もう運び込まれちゃった?」

「だったらニュースになってると思うよ」


 世界がおかしくなった原因ともいえる物質なのだから、一回騒いで終わり――なんてことになるわけがない。生存競争の始まりなんだから、芸能人のスキャンダルみたいに「飽きたら終わり」みたいな扱いをされて良いはずがない。


「う~ん……ホント、どこ行ったんだろう?」


 ウルトラボードを海中から引き揚げたというニュースは、誤報だったのか?


「テレビのニュースなんて、本当かどうかなんてわかんないもんよね」


 王族という立場だからか、ロッタは国が都合の良いように情報で国民を操る可能性があることを知っていた。それを踏まえての発言だろう。

 そう解釈して、僕も返事をする。


「人を騙すには、ある程度真実を含ませておくのが有効なんだ。参考程度にはなるって」


 あからさまな嘘をあたかも本当のことのように言うってことは、かなり国民をバカにしていると見て取られそうだからね。そもそも、今回の事件において、そんなことをするメリットは無いはずだ。

 一応、スマホでニュースをチェックする。最新のニュースでは、カナミザワ漁港で発見されたウルトラボードが、厳重警備体制の元、管理されているという内容で終わっていた。

 ちなみに、この最新情報が公開されたのは、二日前の話だ。


「秘密裏に運ばれたのかな?」

「なんか、モヤモヤするわね」


 ロッタは、海面に視線を落とす。


「まだ海の中にあったら、シャレにならないわよね」

「中に、ねえ……」


 笑えない話だった。

 僕は、ウルトラボードにはエイムを転送する機能があると睨んでいる。そんな技術を有しているなら、自分自身をワープさせる能力をもっていてもおかしくない。


「潜ってみる?」

「無茶言うな」

「水着の季節が終わってしまう前に、遊泳するのも一興かと思ったんだけど」

「こういう時には、水着じゃなくてダイビングの準備をするもんだと思うよ?」

「マテリアムのまま潜れば良かったのに」

「さすがに質量までは誤魔化せないでしょ」


 いくら他の人にはこちらの姿が見えないからって、水に潜れば、何もないところで海面に大穴が開くことになる。少し離れた場所には、民家やマンションが並んでいるんだ。そこからこちらを見られたら、余計な騒ぎを起こされるかもしれない。

 野次馬が来て、ウルトラボードがあったらそいつに吸い込まれて、歩兵型エイムになる――なんてことになったら、目も当てられない。


「まぁ、ここでじっとしてるのが嫌だってのは、同感」


 かと言って、何をすれば良いのか。待ち伏せするにも、相手がここに来るという保証がないのは辛い。後続が来るまではここにいるつもりだけど、時間を無駄にするのも癪だな。


「やっぱり遊泳?」

「んなアホな……ていうか、そういえばロッタって泳げるの?」

「泳げないけど、なんでそんなこと聞いたの?」

「前に、海を見たことなかったって聞いたからさ」

「だから、教えてもらおっかな~なんて」

「ここらへんは足がつかないぞ? 大体、泳ぎを教えるなら海じゃなくてプールの方が良いって」


 波風立っている場所よりは、安心感と安定感があるし、集中しやすいだろう。


「ふーん。だったら、俺たちが教えてやろうか?」


 いつの間にか、背後にスーツを着崩した、いかにも裏社会の住人って感じのガラの悪い男が、下品な笑顔を浮かべたままロッタを見ていた。こういう輩はたまに出てくる。

 忘れていたけど、ロッタは黙っていれば美人の部類に入るらしい。


「蒼次郎。あの人、妙な気配がするわ」

「妙な気配?」


 確かに、単純な殺気とは違う脅威を、肌で感じる。


「うまく言えないけど、どちらかというと、私たちの世界に通ずる人みたいな?」

「あぁ、そういうこと」


 僕は迷わず拳銃を抜き、男に向かって発砲した。狙いは右脚だ。

 銃弾は、男の一歩手前で弾かれ、地面に突き刺さった。


「おうおうおっかねえなぁ。聞いてたよりクレイジーじゃねえの」


 相手は、まるで怯えた様子が無い。身のこなし方から、軍人には見えないし、もしかしたら恐怖という感覚がマヒしてしまっているのかも知れない。


「そっちこそ、妙なことになってんじゃないか?」


 不思議と、驚きはなかった。それどころか、頭の中心から全身まで、すぅーっと冷えていくのを自覚する。

 怖がることはない。簡単な理屈だ。

 あれは魔法。光の粒子を操って見えない障壁を作り出し、それが銃弾の軌道を変えたのだ。原理はわからないけど、目の前にあるのが現実。理解は出来なくても、受け入れることは出来る。

「そういうものだ」と認識出来れば、対策は容易だ。


 ――そうだ。あの手の魔法は、銃火器では貫けない。

 

 どこからともなく、声が聞こえた気がした。肉声ではないように思えたせいか、誰の声か探る気さえ起こらなかった。

 それにしても、なんで意味が無いと言い切れる? そんなことはないだろう。銃弾を弾き飛ばしたんだから、物理的な力を発揮しているということなんだから。

 少し考えれば、わかることだ。


 ――いや、考えなくて良い。


  随分な物言いだ。


 ――お前のやり方で、とにかくやつをぶん殴れ。


 ――後のことは、こちらで何とかする。


「……そうかい」

「蒼次郎?」


 ロッタが不思議そうにこちらを見ているが、素通りする。

 突き動かされるように、男に接近する。回り込むように、左手でジャブを打つ。数発、左右に相手の頭部を殴って揺らす。これだけでも体の動きは止まったけど、それだけじゃ足りない。すぐに利き手である右のストレートをかます。数回きりもみ回転をした男は、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

 ――これだけだとは思えない。警戒しながら動け。


 同感だ。

 すぐにロッタのところに戻り、反射的に上体をそらす。僕と彼女の間に、何発もの銃弾が横切った。当たらなかったからそのまま無視して、声もなく驚いているロッタを抱きかかえる。「舌を噛むなよ」とだけ言っておいて、すぐに海の方へと移動する。

 狙い通り、あと二人、男が追ってきた。姿格好も、さっき叩きのめしたやつと似たような感じだ。間違いなく、仲間グルだな。


「なんだあんたら?」

「「…………」」

「シカトかよ」


 そういうやつには、迷わず発砲ファイア! さっきの奴と同じで、また防がれる。


 ――先程と同じ障壁だ。無論、対策も同じだ。


 そういうことなら、話は早い。


「ここで待ってろ」

 ロッタを下ろそうとしたけど、彼女は僕の腕から離れない。


「待って!」

「倒さないと――」

「他にもいるわ」


 珍しく、ロッタの声に緊迫感が宿る。


「新手か?」

「うん。魔法の力を感じるわ」


 ロッタが、男たちの上を見る。彼女に倣うと、徐々に蜃気楼のように視界がゆがみ、やがて一人の男が姿を現した。あの特徴的なワカメ髪は、数日前に僕が捕縛した奴だった。顔面がパンパンに腫れて二倍以上に大きくなっている理由は――考えるまでもないだろう。


「まさか、本当にここに来るなんてな」


 姉さんの拷問を受けてボロボロになったアセイシルが、ちょっとだけ涙を流しながら、笑う。頭にストローが付いているのは、何故だろう……?


「どうして貴様がここにいる?」

「なんとなく、としか言えないよ」


 確証があったわけじゃないし、本当の理由を話す理由もないため、こういう返答にした。あながち嘘ではなかったけれど、それでもアセイシルは嘲笑う。


「惚ける必要は無い。ロッタ様を連れて、しかもこの地に立っている時点で、既に君の予測は当たっている」


 普通なら嫌味なセリフになるのだが、ア〇パン〇ンみたいな顔で言われたら、滑稽でしかない。


「そういえば、あなたがこの世界に渡ってきた理由を聞いていませんでしたね?」


 姫様モードに切り替わったロッタが、アセイシルに尋ねる。


「ロッタ様をお迎えに」

「おっ! ついに、この時が――」

「蒼次郎?」

「わかってる。つい」


 ロッタからジト目を向けられ、顔を逸らす。

 ここでロッタを引き渡したら、対抗手段がなくなってしまう恐れがある。面倒な女から解放される絶好の機会であることは間違いないが、それはまだ先の話でなければならない。


「悪いがロッタは渡せない。まだ利用価値があるからな」

「いっそ清々しいわね。あなた名義で借金するわよ?」

「未成年には無理だっての」

「……姫様も貴様も、少しは私に興味を持ってはくれないだろうか――あっ」


 少し、強めの風が吹いた。夏の風は熱気を運び、そしてアセイシルの髪の毛をもさらう。


「……えっ?」

「か、かつら?」


 ロッタと二人、目を丸くして、太陽の日差しを浴びて光るアセイシルの頭部を見上げる――つもりが、だめだ! まぶしくて目を開けていられない!


「ど、どうなってんの!? 何があった!?」

「あの仮面女のせいだ! 尋問を始めるかと思ったら、無言で剃毛を始めたんだ! おかげで、未だかつて味わったことのない爽快感とそれをもってしても洗い流せない怒りと憎しみが、私の中で渦巻いているのだ!!」

「怒りと憎しみの中に爽快感を見出している時点でどうかしていると思いますけど?」

「長いと洗うのホンっト面倒で……」


 ある芸人が、トイレに行った後に髪の先端にう〇こがついていたって言っていたのを思い出す。おしゃれと実用性の両立とは難しいものだなぁ。


「さて、遊びはここまでにしよう」


 アセイシルが右手に青い炎を灯し、頭上にかかげる。すると、海の中から突然黒い物体が飛び出してきた。


「ウルトラボード!?」


 やはり、ここにあったんだ!


「このウルトラボードは、この世界の人間にもわかりやすく説明するなら、機械生命体のような存在なのだ! この世界に生きる、最も崇高な存在なのだ! そして!!」


 ウルトラボードが、吸い寄せられるようにアセイシルの目の前に移動する。


「それを使役する資格を得た私こそが! 地球人類の頂点に立つのにふさわしい存在ということを、これからこの世界の人間に思い知らせてやろう!」


 アセイシルが右手の炎をウルトラボードにぶつける。すると、黒い板の中心から光の鞭が飛び出し、倒れた三人の男を突き刺した。


「何をする気だ!?」


 ウルトラボードは、そのまま男たちを自分のところに引き寄せ、吸い込んだ。反対側から解放された時、三人の男たちは巨大な犬、猿、雉を彷彿とさせる大型エイムと化していた!

 もしかしたら、警備していたかも知れない人達は、こいつによってエイムに変えられて、既に解き放たれてしまったのか?


「おいおい、手品やってんじゃないんだぞ!?」

「桃太郎はいないのね……」

「ツッコんでる場合か! くるぞ!」

「どうぞ」


 ロッタが僕の左手を取り、胸に当てる。そこに隠していたアールマイトを発動させた。

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