第15話 因縁

 僕とロッタがアールマイトを使用したことで、石から桃色と紅の光が放たれ、空まで伸びていく。その光の中で、僕らはマテリアムヴェインに変身した。

 人型1 VS 動物型3。

 なんだか、光の国の巨人になった気分だ。


「まずは牽制だ! 雉に向かって撃ってくれ!」

「照準、お願いね!」


 手始めに、空を飛んでいるキジエイムに攻撃を仕掛ける。左手首に位置する場所に設置された銃口から、極細のニードルを連射した。牽制する時なんかに重宝する武器なんだけど、キジエイムはこちらの攻撃を見抜いていたのか、急上昇して回避する。

 その間に、イヌエイムとサルエイムも動き出す。イヌエイムの突進と、サルエイムの骨のような形をしたハンマーによる殴打が襲い掛かる。


「わかってるって!」


 相手がおとなしくしてくれる道理なんて無いから、攻撃される覚悟なんてとっくに出来ている。慌てず、落ち着いてイヌエイムの攻撃を紙一重で回避し、サルエイムに対しては右手を軸に精製したクリスタルブレードで弾き飛ばした。サルエイムが怯んだ隙に、ニードルガンを発射しようとしたが、それを阻止せんとキジエイムがクチバシによる刺突を仕掛けてきた。回避せざるを得なくなり、せっかくの攻撃のチャンスを潰されてしまう。

 そんな、攻撃と回避の応酬を、三分くらい続ける。


『なんとか、打開策を見つけないとね』


 ロッタの言う通りだが、武器使用の決定権がロッタにある以上、僕がいちいち指示を出さなくてはならず、どうしても対処が遅れてしまう。

 ならば、考え方を変えよう。


「ロッタ。僕らの目的はなんだっけ?」

『ウルトラボードの確保?』

「違う。アセイシルの捕獲だ」

『そうだったわね、ごめん』

「いや。じゃあ、パターンC、今から準備しといてね」

『うん、オッケー』


 ロッタの了解は得られた。事前に決めておいた戦術を試みる、と伝えることで、彼女にも覚悟を固めてもらった。

 ひとまずは手下のエイムを攻略する。三位一体の連携を突破しないことには、空高くこちらを嘲笑うアセイシルを黙らせるなんてできないからね。

 まず、襲い掛かってきたのは、イヌエイムだった。仕掛けてきたのは、ワンパターンの突進攻撃。これじゃ、犬じゃなくてイノシシだ。

 紙一重で躱したところに、今度は背後からの刺突攻撃が来る。

 だが、これも跳躍して回避。いや、それだけでは終わらない。

 降りると同時に腕を真下に振り落とし、キジエイムを地面に叩き落とした。最後に、武器を持つサルエイムによる最大の一撃、骨型ハンマーによる攻撃を回避し、奴の手でキジエイムの体を叩き潰してもらった。同士討ちに戸惑うサルエイムの背中に、左手を向ける。


「ロッタ」

『撃ちます!』


 僕の指示を待たずに、ロッタはニードルガンを発射。サルエイムの全身に針が突き刺さった。マテリアムの装甲と同質の結晶でできた針には、尖端に爆薬みたいなものが仕掛けてあるらしい。相手に突き刺さったところで針が爆発。サルエイムは四方八方に爆裂四散した。


「よし! 良いぞ!」

「フッフッフー!」


 猫が威嚇する時のように笑うロッタを、素直に褒める。

 パターンCとは、カウンターの頭文字であるCをもじった戦法。ロッタに対して、接近してきた相手に、隙あらばニードルガンを叩きこむよう意識させる作戦だ。ロッタからすれば、タイミングよくボタンを押すゲームみたいな感覚だから、やりやすいと思ったけど、見事に的中してくれた!


「そんじゃ、仕上げ……っと!」

 

 仲間がやられて尚、ワンパターンな攻撃を仕掛けてきたイヌエイムに、カウンターのストレートブローをお見舞いした。相手の攻撃の威力が相乗された一撃は、イヌエイムの頭部を粉々に砕いた。ふらついたイヌエイムは、すぐに消える様子を見せない。サルとキジもそうだけど、このままエイムを残しておくのは、厄介なことになりそうだ。研究云々、言っている場合じゃない。


「ロッタ。焼却したいな」

『なら、プリズムラインを使います!』


 ロッタが聞き取れない短めの言葉を叫ぶと、マテリアムヴェインの兜の中央にあるランプのような結晶体から、七色に輝くビームが発射された。僕が知る限り、最大の火力を誇るその光線は、もがく犬型エイムを瞬時に蒸発させた。


「こうも、こうもあっさりと私の手駒を……」


 アセイシルは、感情を無くした瞳でこちらを見据える。


「やはり、烏合の衆では、ウルトラボードの恩恵を受けたとしてもこの程度か」

「おとなしく捕まってくれないか? そうすれば、最悪殺されることだけはないと思うぞ?」


 僕からの提案を、アセイシルは一笑に伏す。


「ウルトラボードに選ばれたこの私が、なぜ貴様らのような下等生物に従わなくてはならない?」

「さっきっから、なんなんだ? その、ウルトラボードに選ばれたってのは?」

「貴様に話す必要は無い」


 アセイシルは僕の言葉を無視して、優雅に一礼をする。一体化しているのだから、あれはロッタに向けた礼だということはわかる。


「……ロッタ様、そろそろお戯れは十分でしょう。さぁ、こちらにいらしてください」


 アセイシルは、なぜかここで自らの器の大きさを示すかのように、両手を広げて見せる。


「今こそ、我々が力を合わせ、祖国を立て直す時なのです」

『……それにふさわしい相手は、既にあてがわれているのでは?』

「うッ……!」


 ロッタの冷たい声を受け、アセイシルが動揺する。

 思えば、ロッタがここまで他人に拒否的な反応を示すところは珍しい。


「ロッタ、あいつに何かされたの?」

『口にするだけで怖気がするわね』


 ロッタは、吐き捨てるように真相を語る。


『実質、あの男は私の姉ロウザの夫よ。肉体関係って意味でね』


 最後の一言に、ロッタの本心が込められていた。


「嫌いなんだ?」

『姉も含めてだけど』

「ロッタ様。重ね重ね申し上げますが、ヴェインの件は不幸な事故なのです!」


 アセイシルが、聞き覚えのある名前を口にした。

 ヴェイン――今、僕とロッタが変身しているマテリアムの名前にもなっている、彼女の勇者の名前だ。


『あなたがどう思おうと勝手ですが、あなたの口からあの方の名前は聞きたくありません』


 ロッタは、取り付く島もない。

 簡単に整理をすると、ロッタにはヴェインという信頼できる人がいたけれど、その人はアセイシルと彼女の姉が原因で、何か取り返しのつかないことになってしまったということか。

 ……気のせいか、左目が熱くなっているような気がする。


「仕方ありません。それならば、一度強制的に向こう側へと戻っていただきましょう」

『私が自らの意志で国に戻ると思っているのですか? 傀儡になることが目に見えているというのに? そもそも、あなたに再興出来るとは思えません』

「民の幸せとは、希望。彼らの望む希望とは、安定。その安定をもたらすものこそが、王家の繁栄。残されたただ一人の血族であるロッタ様には、どうか民を見捨てないでいただきたいのです」

『我が国が滅んだのは、あなたとロウザの不義理も一因でしょう』

「あなたのご協力は不可欠……必ず来ていただきますよ!」


 アセイシルは自らの意志で、その身をウルトラボードに沈み込ませた。

すると、ウルトラボードが黒い表層から青白い光を放ち出す。


「な、なんだあれ!?」


 エイムを生み出した時とはわけが違う。本能的にそう感じた。


『何よあれ!? 初めて見るんだけど!』


 ロッタの、これまでにない切羽詰まった声色に、全身が粟立つ。

 僕には魔法が使えないからわからないけど、それを知覚できるロッタは、目の前の現象を脅威とみなすだけの何かを感じ取っているに違いない。

 瞬間、ウルトラボードから無数の光が放たれた。光の玉は瞬時に細長い槍と化して地面に降り注ぐ。

 あまりの出来事に、僕は反応仕切れなかった。


『蒼次郎!?』


 ロッタが、悲鳴を上げる。

 気づけば、マテリアムヴェインの全身に、何本も光の槍が刺さっていた。そのせいで、僕らの融合は解けて、マテリアムから元の姿に戻ってしまった。


「あぁ……無様しちゃったなぁ……」


 失った体力が元に戻るわけもなく、僕はその場に仰向けに倒れてしまった。

 ロッタが何か叫んでいるけど、もう何を言っているのか、わからない……。

 彼女の向こう側に見えるウルトラボードは、僕を嘲笑うように光り続けていた。

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